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第 2 章 テアル構文の類型

2.7 テアル文の含意

本論では益岡(1987)のA1型とA2型の区別を撤廃し、A2型はニ格場所句を伴わない場 合に生じる形式であると位置付けた。しかしこれまでの研究において、A1型と A2型を 区別すべきであるという議論がある。それは主にこれら二つのタイプのテアル文が異な る含意を示すという事実に基づいたものである。この節では、果してこれらの含意の違 いがA型テアル文を二つの下位類に帰属させる根拠となるかどうかを検討し、含意の違 いは語彙の意味と場所句の有無などから総合的に導かれることを示し、両者が本質的に 異なるタイプに属すると考える必要がないことを明らかにしたい。

A1型とA2型の違いについて、杉村(1996)は次のような否定文にした時の含意の違いを 指摘している。

44 (203) A1

a. 本が置いてない。 ⟹ 本がない。

b. 字が書いてない。 ⟹ 字がない。

A2

c. 髪の毛が切ってない。⤃ 髪の毛がない。

d. ケーキが食べてない。⤃ ケーキがない。 (杉村1996:89)

(203a)(203b)は典型的なA1型(存在表現テアル)の否定文だが、これらの文はガ格

名詞句の指示対象の存在自体がないことを含意している。一方、(203c)(203d)は A2

型(結果状態テアル)の否定文であるが、この場合はガ格名詞の指示対象の存在がない ことを含意してはおらず、状態変化が起こっていないことを表現するのみである。

同様に、肯定文においても含意の違いが見られる。A1型ではガ格名詞の指示対象の存 在が含意されるが、A2型では含意されないことがある43

(204) A1

a. 本が置いてある ⟹ 本がある b. 字が書いてある ⟹ 字がある A2

c. ひげがそってある。 ⤃ ひげがある。

d. 黒板の字が消してある。⤃ 黒板の字がある。

これらのA2型テアル文では、「ひげ」や「字」の存在はむしろないと考えるのが普通で ある。従って、A2型テアル文では含意の有無が一定ではない 。

このような考察から、A1型とA2型を異なるテアル構文と位置付ける立場が生まれる のは自然なことであろう。しかし、状況は思ったより複雑である。含意の有無、そして 含意の中身は語幹動詞の意味やニ格場所句の有無が絡み合って生じるものであるようだ。

次の例を見てみよう。

(205) テーブルに花が飾ってある

このテアル文からは二種類の含意が得られる。まず、テアル文の意味の中には動作が完 了したことが含まれている。この場合、「誰かがテーブルに花を飾った」ということにな

43 ここでは便宜上、X⟹Yで「XがYを含意する」、X⤃Yで「XYを含意しない」という ことを表す。

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る。ここから「飾る」という動詞の意味をもとに、第一の含意として、位置変化が起こ ったことが推論できる。「飾る」の意味の中には「美しくまたは立派に見えるように置く

(並べる)」という意味が含まれており44、配置動詞の一種である。これら二つが合わさ れば、「現在、テーブルに花がある」という含意が導かれるのは明らかであろう。

(206) テーブルに花が飾ってある

誰かがテーブルに花を飾った ⟹花がテーブルに位置変化した ⟹現在、テーブルに花がある

すでに2.6節で述べたように、「飾る」のような配置動詞はもともとニ格場所句を選択す る動詞であるが、例えば「乾かす」のような状態変化動詞の場合はニ格場所句が補助動 詞アルによって導入され、その結果、状態変化と位置変化が同時に起こることになる。

(207) ベランダにハーブが乾かしてある

誰かがハーブを乾かした

⟹ハーブが状態変化および位置変化した ⟹現在、ベランダにハーブがある

一方、ニ格場所句がない場合(つまり益岡(1987)のA2型である場合)には状態変化のみ が含意されるため、存在するという含意はこの図式の中では得られない。

(208) 窓が開けてある

誰かが窓を開けた ⟹窓が状態変化した

この場合には、状態変化の内容が物の存在に影響を与えるようなもの(つまり物が生ま れる、あるいは消え去るといった変化)ではないため、もともと窓が存在していたので あれば、変化後にも引き続き存在しているだろうというのは妥当な推論である。

しかし消滅・抹消の動詞の場合は事情が異なる。次の場合、もともと存在していた髭 が無くなったため、現在では髭は存在しないという推論が得られるのである。

44 『国語大辞典』学習研究社、第13刷、1984年、より。

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(209) 髭が剃ってある

誰かが髭を剃った

⟹髭が状態変化した(無くなった)

位置変化を含む動詞を基盤に作られたテアル文がニ格場所句を表面上備えていない場 合には、含意について曖昧性が生まれる。

(210) 雑草が抜いてある

誰かが雑草を抜いた

⟹雑草が(どこかに)位置変化した

(発話の場所が位置変化の到着点である場合)⟹現在、ここに雑草がある (発話の場所が位置変化の出発点である場合)⟹現在、ここに雑草がない

否定文の場合、A1型であっても曖昧性が生じることがある。

(211) テーブルに花が飾ってない

誰かがテーブルに花を飾ったということはない45 ⟹花がテーブルに位置変化しなかった

(発話の場所がテーブルを含む場合)⟹現在、テーブルに花がない (発話の場所がテーブルを含まない場合)⟹現在、ここに花がある

発話の場所がテーブルを含む場合、A型が場面描写文の性格を持っている以上、話者は テーブルを見ながら花がそこにないことを認識することになる。逆に発話の場所がテー ブルを含まない場合、例えば隣室に居る場合、話者は花を見ながら、それがテーブルま で位置変化を起こさなかったことを認識するのである。状態変化動詞のケースも同じで ある。

ニ格場所句を伴わない状態変化の場合には、否定文において曖昧性は生じない。これ は通常の状態変化動詞であっても、消滅・抹消の動詞であっても同じである。

(212) 窓が開けてない

誰かが窓を開けたということはない ⟹窓が状態変化しなかった

45否定辞と存在数量詞(「誰か」)の間のスコープの問題を避け、文全体を否定するために、文末 に「ということはない」をつけて表している。

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この文については、肯定文同様、窓の存在が前提になっているため、それが部分的な属 性変化をしなかったということから、恐らく何も変化が起こらなかった、つまり存在そ のものは影響を受けなかった、と推論することができる。「(??) 窓が開けてない。もと もと開いていたのだ」が極めて不自然であることから、通常は、窓が閉まっているとい う含意が得られるだろう。

消滅・抹消の動詞の場合も同様に曖昧性は生じないが、肯定文と逆に非存在が含意さ れる。

(213) 髭が剃ってない

誰かが髭を剃ったということはない

⟹髭が状態変化しなかった(無くならなかった)

この結果、もともと存在していた髭が無くならなかったため、現在でも髭は存在してい るという推論が得られる。

ここまでの観察を整理すると次のようにまとめられる。

表3

肯定文 否定文 A1 テーブルに花が飾って

ある

存 在 の 含 意

A1 テーブルに花が飾って ない

視点によって 曖昧

A1’ ベランダにハーブが乾 かしてある

存 在 の 含 意

A1’ ベランダにハーブが乾 かしてない

視点によって 曖昧

A2 窓が開けてある 存 在 の 含 意

A2 窓が開けてない 間接的に存在 の含意

A2 髭が剃ってある 非 存 在 の 含意

A2 髭が剃ってない 存在の含意

このような状況が意味していることは、対象物の存在に関わる含意に関してA1型とA2

型が綺麗に分かれる訳ではなく、複数の要因が絡みあって、時には「存在する」という 含意が得られ、時には「存在しない」という含意が得られるということである。従って、

この種の含意の様相が、A1型とA2型の間に根本的な違いがあるという主張の強い根拠 にはならない。

しかし重要なことは、ニ格場所句が現れたテアル文は、必ずその場所に対象物の存在 を含意するということである。

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(214) 庭の草が抜いてある。

(215) 庭に草が抜いてある。

(214)は意味的に曖昧であり、抜いた草が庭に存在する場面と、草取りした後の庭の、

草のない場面の、両方を表わすことができる。しかし(215)のようにニ格を伴うと、抜 いた草が庭のどこかに置いてある場面しか表せなくなり、草が無い場面を表わすことが できない。つまり(215)はニ格場所句が表出することにより、義務的に存在表現テアル 文の解釈が得られることになる。それゆえ、消滅・抹消の動詞で、対象物が存在しない 場合はニ格場所句を出すことができないのである。

(216) *彼のアゴにヒゲが剃ってある。 (再掲)

(217) *黒板に字が消してある。 (再掲)

したがって、このニ格場所句は対象物の存在場所としての働きをしており、テアルがも たらす項であると主張する。A型テアル文と存在文との関係は6章で詳述する。