第 4 章 テアル構文の主語
4.1 主語性の問題
4.1.2 再帰代名詞「自分」とテアル構文
日本語の再帰代名詞「自分」は一般的に主語指向性(Subject Orientation)があるとさ
れ(Kuroda 1965、McCawley 1976、Oyakawa 1973、久野1973など)、統語論では主語性
をテストするためにしばしば使用される。
64 テアル構文ではA型が「(に)〜が」の格配列を示し、まさに柴谷が意図した「特定の述語」
の型に合致するため、(c) を用いることはできない。同様に、A型が存在文と類似した特徴を持 つと思われるため、(d)の基準を用いることはできない。
65 Takano (2011) 、Aoyagi (2015) などが指摘しているように、実際にはこれら二つの統語操作は
異なる結果をもたらす場合がある。この点については後述する。
66 2.2の注で述べたように、川崎(1983)、Muraki (1986) 宇田(1996)の議論は、実際には本論で言 うB型テアル文のガ格名詞句についてなされていることがほとんどである。
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(3) 太郎が花子を自分の部屋でなぐった (自分=太郎、自分≠花子)
(4) 太郎が父親に自分の部屋で叱られた (自分=太郎、自分≠父親)
(5) 太郎が自分の部屋で亡くなった (自分=太郎)
(3)の文において、「自分の部屋」は、動作主であり主語である太郎の部屋を指し、花
子の部屋という解釈はない。同様に、受動文である(4)でも、「自分の部屋」は動作主 である父親ではなく、表層の主語である太郎の部屋という解釈になる。また(5)において は非対格自動詞の主語(対象)が「自分」の先行詞になっている。つまり、意味役割に 関係なく、「自分」の先行詞は常に(表層の)主語であると言える。
Muraki(1986)は、この再帰代名詞の性質を使用して、テアル文におけるガ格名詞句の
主語性について考察している。
(6) ジョンが自分の家に呼んである。 (自分≠ジョン) (Muraki 1986:228)
Murakiが指摘しているように、この文では「自分」が「ジョン」を指すという解釈は不
可能である。この文において「自分」の先行詞が正しく解釈される余地があるとすれば、
それはこの文には現れていない「呼ぶ」という語幹動詞の隠れた動作主である。この事 実は同時にこの文がB型テアル文であることを示している。隠れた動作主が統語的な現 象において何らかの効果を持つのはB型テアル文の特徴である。
この初期のMuraki(1986)の観察を出発点として、テアル文の類型ごとに、そこに現れ るガ格名詞句の性質について再帰代名詞を使ってテストしてみよう。
A型〈存在表現テアル文〉
(7) a. *椅子に太郎iが自分iの紐で縛り付けてある。
b. *押し入れに弟が自分iの布団でくるんである。
c. *魔女iが洞窟に自分iの魔法で封印してある。
A型〈結果状態テアル文〉
(8) a. *太郎iが自分iのナイフで殺してある。
b. *弟iが自分iの部屋で倒してある。
c. *アナiが自分iのお城の前で石化してある。
B型〈パーフェクト・テアル文〉
(9) a. 部長iが自分iの荷物を運んである。
b. 太郎iがすでに自分iの履歴書を会社に送ってある。
c. 花子iがだいぶ前に自分iのミスを報告してある。
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意外にも、(7)及び(8)において「自分」の先行詞を文中の唯一のガ格名詞句であると する解釈が得られない。形式だけを見れば、テアル文は非対格自動詞や直接受動文との 類似性が目を引くところであり、同様の性質がテアル文にもあると推論することはごく 自然なことである。しかし、非対格自動詞や直接受動文においてはガ格名詞句が「自分」
の先行詞となれることに注意したい。
非対格自動詞
(10) セットの中のベッドに太郎がi自分iの出番直前に倒れ込んだ。
(11) 弟iが自分iの部屋で倒れた。
(12) アナiが自分iのお城の前で石化した。
直接受動文
(13) 椅子に太郎iが自分iの紐で縛り付けられた。
(14) 弟iが自分iの布団でくるまれた。
(15) 太郎iが自分iのナイフで殺された。
(7)(8)の例文が示すように、テアル文におけるガ格名詞句は「自分」の先行詞とはな
れず、この点で主語の特性を持っていないと判断できる。
一方、(9)の「自分」が問題なくガ格名詞句を指せることからわかるように、動作主 が表出しているB型パーフェクト・テアル文においては、その動作主のガ格名詞句は統 語上の主語であると結論づけてよいだろう。また、B型の場合、2.8で触れたように、た とえ音形がなくても動作主が存在する。本稿ではその音形を持たない動作主(それは同 時に統語的な主語として働く)を便宜上 pro# と表記する(pro#に課せられた特別な意 味(人称制限)については 4.3.2節で詳しく述べる)。したがって、(9)の動作主をpro#
で置き換えた場合、「自分」は pro#を先行詞として取ることになり、結果として話者を 指す解釈が得られる。
(9’) a. pro#i 自分iの荷物を運んである。
b. pro#i すでに自分iの履歴書を会社に送ってある。
c. pro#i だいぶ前に自分iのミスを報告してある。
ここまでの考察から、A 型テアル文におけるガ格名詞句が主語性を持たないこと、B 型テアル文における動作主のガ格名詞句が主語性を持っていることが明らかになったわ けだが、もう一つ心配しなければならない要素がある。すでに述べたようにテアル文で は補助動詞アルが場所句(ニ格)と対象(ガ格)を項として取る。このうちガ格名詞句 については主語性がないことが示されたが、残るニ格名詞句は主語性に関してどのよう
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な性質を持っているだろうか。この問題は4.4節で詳しく議論する。