第 6 章 存在文とテアル文
6.4 歴史的変遷と文法化
6.4.2 テアル文の歴史的変遷
次にテアル文を含む、存在動詞によるアスペクト形式の歴史的変遷をたどる。まず、
上代から平安時代まではアスペクト形式としてリ、タリ、ツ、ヌがあったが、中心的な アスペクト形式はリとタリだった(野村1994、柳田1987、金水2006a、野田2010など)。 リは連用形にアリが付加されたもので、タリはテにアリが付加された形式である。金水 (2006b)は存在動詞の変遷に合わせてアスペクト形式も推移しているとして、以下のよう にまとめている。
(55) 鎌倉時代まで: 「~たり」
室町時代: 「~てある」
江戸時代: 「~ている」(有生)「~てある」(無生)
近代以降: 「~てある」
(金水2006b:37-38)
実際にここまで単純化することはできないであろうが、金水も述べているように概略と してはこのような状況であったと考えて差し支えないだろう。柳田(1987)によれば、テ アリは上代からあった。実際に『日本古典文学体系』のコーパス113で見ると、万葉集か ら51件のテアリ文が検出された。また古事記と日本書紀にも1件ずつ見られる。うち、
現代語訳が「~てある」になっているものは2件だけで、後は全て「~ている」と訳さ れている。
(56) 春日野(かすがの)に齋(いつ)く三諸(みもろ)の梅の花榮えてあり待て還 り來るまで (~ている) 〔万葉集3〕
(57) 門立(かどた)てて戸も閉(さ)してあるを何處(いづく)ゆか妹(いも)が 入り來て夢(いめ)に見えつる (~てある) 〔万葉集3〕
(古典文学体系)
113国文学研究資料館,『日本古典文学大系本文データベース』。このコーパスは岩波書店刊行の旧 版全100巻全作品の本文をデータベース化したものである。以下「古典文学体系」と記す。
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また、野田(2010)は今昔物語にテアリとテイルの形式があることを示し、詳しく分析し ている。今昔物語は一般的に平安末期から鎌倉時代の作品とされている114。野田によれ ば、この今昔物語から、テイルとテアル(活用はまだラ変のテアリ)の用例が豊富に採 取できるという。テアルのほうが多いが、テイルと混在しているという。同じ動詞でも テイルとテアルが使い分けられていることから、テイルが「+主格維持性」「-限界性」
などの条件が整ったときに使われていることを示した。この場合の「主格維持」とは、
もともと森山(1988)の「維持」の概念を取り入れており、主体が特に動きに対して主体 的に関わって、変化結果の大勢を保存・持続するというところまで意味として含んでい るということである。
(58) 明クル朝ニ、人有テ、堂ノ戸ヲ開ケテ見ルニ、仏ノ御前ニ、蔵縁、掌ヲ合ワセ テ額ニ当テ、居乍ラ死テ有リ。
(59) 前ノ如ク木ノ胯ニ西ニ向テ、此ノ度ハ死テ居タリ。 (野田2010:5-6)
野田(2010)によれば(58)は眼前の様子を静的な結果状態として表しており、(59)の文
は、死者を発見した住職の視点で語られており、阿弥陀信仰に目覚めた盗賊が西に向か った結果、西の果ての木の上に自ら行って仏の声を聞き、そのまま死んだ場面で、意志 的に木の上で死んだ状態を保っている様子を描いているという。しかし、これは自殺で はないので、意志的というよりは、金水(2006a)で「立つ」の対義語として示された本動 詞「ゐる」の意味に近いと思われる。つまり、イルが表すのはもともとそこにいなかっ たが、どこかからやってきてそこに止まったという動作であり、タリによってその状態 が保たれていることを表していると思われる。イルからの文法化の初期の段階だと考え られる文である。
柳田(1987)はテアルの変遷を次のように考えた。まず上代からテアリはあったが、テ
アリがタリになり、テアリのアスペクト形式を担うようになった。しかしタリが成立し た後も上代では、テアリはツ・ヌ・タリと共存していた。平安時代になるとタリが勢力 を伸ばし、テアリ・ツ・ヌは衰退していき、タリがそれらのアスペクトをすべて担うこ とになった。タリの台頭によって平安時代にテアリは消えたという説もあるが、柳田
(1987)は細々とテアリが残存していたことを示している115。その後鎌倉時代になると、
114 作者も成立年も不詳で諸説ある。他の資料の今昔物語に関する記述などから、1120年以降1449 年までの間といわれているが、説話の内容から考えると1120年からそれほど離れていないもの とされている(山田他(1959)、国東(1985)等参照)。国立国語研究所の『日本語歴史コーパス』で は鎌倉時代の作品として収録されている。
115 柳田(1987)の調査では、テアリとタリの比率が、万葉集では45:160なのに対し、竹取物語で
は2:95、源氏物語では61:4293である。確かに比率として多くはないが、しかし0ではないの
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テアリが復活する。その原因として、アスペクト形式を一手に引き受けていたタリがタ に転じ、過去と完了を表わすようになったことを挙げた。この結果、結果の存続を表わ すアスペクト形式が足りなくなり、それを補ったのがテアリである。その背景には、テ アリが細々と残っていたという事実がある。
平安時代に残っていたという用法については神永(2008)が詳しい。神永(2008)は平安中 期のテアリ文を語幹動詞によって分類した。
(60)① 動作を示す自動詞(おこなふ、出で走る、笑ふ、慰む、ながらふ、生く、など)
惟成入道は、聖よりもけにめでたくおこなひてあり。
② 動作主の変化を示す自動詞(うち群る、出す、など)
殿の御前どもは、側の方に忍びやかにうち群れてあるに、院の御供の人々忍び させたまへど、いと多くさぶらふ。
③ 主語の状態の変化を表わす自動詞
(落ちあぶる、古る、気色ばむ、勝る、すぐる、など)
あさましうして失ひはべりぬと思ひたまへし人、世に落ちあぶれてあるやうに、
④ 限界性のない他動詞(思ふ、思ほす、言ふ、語らふ、など)
「いと心やすくなりはべりぬ。今は歌のこと思ひかけじ」など言ひてあるころ、
いかなることにはと思し疑いひてなんありける。
⑤ 限界性を有する他動詞(封ず、隠す、造る、書く、など)
おとどの御もとにある御文、いとよく封じてあり。 (神永2008:28-29) 神永は①から④までは動作主体のテアリで、⑤だけを動作客体のテアリとした。⑤が現 代でもテアル文で表わすものであるが、圧倒的に数が少ないことも述べている。神永 (2008)はこの現在のテアル文にあたるものをさらに分類している。
(61) ① 動作客体が動作主の行為により変化を被る動詞
(乗す、隠す、刺す、結ひあわす、鎖す、など)
さすがに、人の言ふことは強うもいなびぬ御心にて、「答へきこえで、ただ聞け とあらば、格子など鎖してはありなむ」とのたまふ。
② 生産・出現される動詞
(しつらふ、造る、用意す、よそふ、彫り透かす、書きしるす、など)
民部卿の御方になむ、新しき糸毛の車、造りてあめるを、
で、細々と残っていたと言える。
146 ③ 再帰的で結果が動作客体に残存しない動詞
((耳を)ふたぐ、着る、(身を)捨つ、など)
「いみじう、かたはらいたき事はせさせつるぞ。え聞かで、耳をふたぎてぞ ありつる。その布一つ取らせて、とくやりてよ」
(神永2008:30-31)
このうち③の文は再帰動詞なので主体が変化することから、動作主体のテアリと同じも のとしている。実際現代語ではテイルで訳すものである。①と②が動作客体の変化を表 す配置動詞や状態変化動詞、作成動詞で、現代のテアル文でもよく使われる動詞である。
しかし、これらはB型テアル文に近い。①の文は神永によれば「格子を閉じた状態にせ よ(=格子を閉じておいてください)」の意味である。②の文は推量を表す助動詞「めり」
とともに使われ、「作ってあるようだ」の意味に捉えられるが、文脈を見ると、その前に
「大将」が造らせたと書いてあり、特定の動作主の存在が想定されていることがわかる。
また神永(2009)は中世末期(室町時代)以降のテアル構文についても語幹動詞の分類 をしている。ここでは主に『大蔵流狂言台本虎明本116』(以下「虎明本」と表記する。) の用例が考察されている。この頃は終止形もアルになり、4 段活用に変化している。ま ず語幹動詞が自動詞の例を挙げる。自動詞の場合はテアリと同じく、現代語ではテイル と訳されるものが多い。
(62) 移動動詞―動作パーフェクト
扨はなんぢがと(疾)ふきてあるよな (63) 状態変化動詞―状態変化結果
しやくやくの花が、人のうらにみ事に、さひてあるをみて、
(64) 動作動詞―動作の継続
はりまのいまみ野をとをつてあれは、おおきな牛がふせつておつて、
116 現在の狂言の台本がだいたい固まったのは「虎寛本」と言われている。これは江戸後期から明 治期のものであるので、江戸後期にしか出てこない表現もある。それに比べ、「虎明本」は、室 町期の口語表現を反映していると言われている(ただし江戸前期と思われる表現も含まれるとさ れる)。国文学資料館のコーパスになっている古典文学体系に収録されているのは虎寛本である。
近藤(2012)ではテシマウの文法化について考察しているが、同コーパスで江戸中期以降にしか出
てこないテシマウの用例が、江戸前期以前では室町時代の資料として分類されている狂言台本 にのみ数多く表れたので、狂言台本を分析対象としなかった。2016年に公開された国立国語研 究所の『日本語歴史コーパス』には虎明本のテキストが収録されているが、虎明本ではテシマウ の用例が1件も検出されなかった。したがって、本論でも虎明本の用例は室町時代の口語表現と して信憑性の高いものとして扱う。狂言資料の詳細は池田(1967)、池田・北原(1972)など参照。