第3章 国有企業の企業統治
第 3 節 株主・経営者・従業員の関係、性格についての考察
川井(2003)は、前述(1-1「大株主支配、内部者支配、それらの重合の概要と検討」
1-1-1「大株主支配、内部者支配、それらの重合の概要」(1)「支配類型の概要」)の 内部者支配モデルで示したように、内部者支配モデルは株主と経営者との利害対立を前提 にしていると述べ、内部者支配モデルと称する状態であれば、その基礎には株主と経営者 との利害対立が常に存在するとの認識を示している。また前述(1-2「内部者支配にお ける経営者と従業員との関係の概要と検討」)で指摘した通り、川井は、経営者と従業員と は同等の地位・立場に立っている、経営者は従業員の代表である、との認識を示している。
このような株主、経営者、従業員の姿を、中国に限定せずに、一般的に、“(資本を所有す る)株主と(資本を所有しない)経営者”、“(資本を所有しない)経営者と従業員(または 労働者)”の関係、性格について考察し、更に中国の経営者と従業員との関係を、それらの 収入を鍵に考察する。
3‐1 株主と経営者との関係、性格
株主と経営者との関係は、法人会社が経営者支配や内部者支配と称する状態にあるから といって、株主と経営者とは利害がたんに対立するだけではない。それは、資本の所有と 機能(経営)との分離によって株主と経営者との利害は対立も一致もする。以下、詳述す る。
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3-1-1 利潤分配に関わる株主と経営者との利害一致・対立
利潤の分配に関しては、企業収益(利潤)は大別して、株主への利益配当、内部留保、
経営者への報酬(いわゆる役員賞与)に分けられる80。まず、利潤分配の以前の段階では、
株主も経営者も利潤全体を最大化して自分達の取り分を大きくできる基礎を作るという点 で利害を共有している。この段階では株主と経営者との関係は利害が一致している構図で ある。この構図では経営者は株主の代理人であるがゆえに利害が一致しているのではない、
株主も経営者も各々の目的・利害が共に一致しているのである。
利潤分配のなかの、まず内部留保については、それを再生産のための設備増強などに充 当する場合は、それは株主からみても経営者からみても将来の利潤増大の基礎づくりであ り、株主も経営者も相互にそのことをめぐって必然的に対立しあうような要因ではない。
つまり株主にとっては、株主向け利益配当でも内部留保でも、どちらかが有利であるとは 言い切れない。株主は目先の利益配当を狙う場合もあるし、長期的な視点から当面の内部 留保を多くして設備増強・生産拡大を図り、それによる将来の利潤(配当)増大を狙う場 合もある。一般的に、株主は、会社の停滞期や需要の減退期などにおいては利益の再投資 先がないために株主への配当を優先するだろう、逆に、会社の成長期や需要の拡大期など においては設備増強・生産拡大を図るために内部留保の増大を優先するだろう。したがっ て、利益配当だけではなく内部留保を多くすることも株主利益の優先に適合する。すなわ ち、株主利益の優先=利益配当増大と内部者利益の優先=内部留保増大との対立関係は、
必ずしも、常に現われるとは言えない。
しかし、利潤分配の他の成分に関してみると、株主への利益配当と経営者への役員賞与 との多少をめぐっては、株主、経営者ともに自身の取り分を大きくしたいゆえに、株主と 経営者は対立する関係である。株主への利益からの現金配当は会社外への資金の流出であ り、経営者にとっては会社の利潤増大に利用できる資金の減少であるから一般的には好ま しくない。経営者への利益からの役員賞与も会社外への資金の流出であり、株主にとって は会社の利潤増大に利用できる資金の減少であるから一般的には好ましくない。
なお、株主への利益配当の手段として株式配当があるが、これは「現金の流出を伴わな い配当で、株主は現金の代わりに株式を受領するとともに、会社は利益を内部留保して資 本金に転化させる制度である」81,82,83。つまり株主資本(貸借対照表の資本の部)全体の変
80 税引後純利益の配当と内部留保への分割、その分割に関わる企業の意思決定等について は、諸井勝之助(1989)『経営財務講義[第2版]』東京大学出版会 がMM理論(モジリア ーニ=ミラーの理論)の解説も含めて分析している。
81 諸井(1989)、219頁。
82 中国では、利益剰余金の資本金への繰入による「送股」(和訳:株式配当)、資本準備金 の資本金への繰入による「資本公積金転増」(和訳:無償増資)が実施されており、送股を 受け取る株主は現金配当同様に所得課税される(資本公積金は配当ではなく非課税扱い)。
83 企業の利潤が増大する中で利子相当額の現金配当をし、内部留保を増やす安定配当政策 を実施すると、会社資産の増大に対する資本金と発行株式の過小化の結果として株価が上 昇し、配当利回り(=1株当たりの年間配当金額÷1株購入価額)が一般利子率以下に引き
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化は無く、経営者にとっては会社の利潤増大に利用できる資金が減少しないので現金配当 よりも好ましい。一方、株主にとっては所有株式数が増加し、もしも 1 株当たり現金配当 額が次期以降も維持されるのならば受取り配当金総額が増加するので好ましい。したがっ て、この配当政策は株主と経営者とが必ずしも対立する政策ではない。
以上の通り、株主と経営者との関係には、利潤の分配に関して株主への現金配当と経営 者への報酬とをめぐって、必ず対立する性格が内包されている。
以上のような株主と経営者との関係や現象について、『資本論』第3巻第5篇第23章「利 子と企業者利得」では次のように記されている。利子は「機能資本家としての産業資本家 や商人が、自分の資本ではなく借り入れた資本を充用するかぎり、この資本の所有者であ り貸し手である人に支払わなければならないところの、利潤すなわち剰余価値の一部分に ほかならない(中略)ただ、資本家が貨幣資本家と産業資本家とに分かれるということだ けが、利潤の一部分を利子に転化させ、およそ利子という範疇をつくりだすのである。そ して、ただこの二つの種類の資本家のあいだの競争だけが利子率をつくりだすのである」84 と。すなわち、所有者であり経営者である資本家が貨幣所有者とその貨幣を借り入れる経 営者とに分離されれば、利潤を利子と企業者利得とに分けてしまい、相互に対立する関係 ができることを示している。一方、資本を充用している機能資本家が手にする部分につい ては、「借りた資本で事業をする資本家にとっては、資本の生産物は利潤ではなく、利潤・
マイナス・利子であり、利子を支払ったあとに残る利潤部分である。(中略)(機能資本家 が)総利潤のうちから貸し手に支払わなければならない利子に対立して、利潤のうちまだ 残っていて彼のものになる部分は、必然的に産業利潤または商業利潤という形態をとるの である。または、この両方を包括するドイツ的表現で言えば、企業者利得という姿をとる のである」85と。このように、貨幣資本家と機能資本家とは各々の受取部分である利子と企 業者利得とへの利潤からの配分をめぐって競合関係、競合する性格である。そして、株主 が所有する株式については、『資本論』第3巻第5篇第29章「銀行資本の諸成分」で、証 券は所有証書、または企業で資本として支出されるために株主によって前貸しされている 貨幣額を表しており、「株式は、この資本によって実現されるべき剰余価値にたいする按分 比例的な所有権にほかならないのである。(中略)(この所有権は売買されて)株式資本か ら期待される剰余価値に対する単なる所有権に転化している」86と。また、『資本論』第 3 下げられる。この状態を糊塗するために資金流出を伴わない株式配当、株式分割、無償交 付などの一種の配当政策が実施される(『大月 経済学辞典』1979年、773-774頁、この項 目は高橋昭三の執筆による)。
なお、株式配当については、新株をもってする利益配当であるとの“配当説”ではなく、
利益の資本組入れと株式分割を組み合わせたものであるとの“分割説”がある…竹内昭夫、
弥永真生補訂(2001)『株式会社法講義』有斐閣、342-343頁(竹内他の分割説と配当説と の論争があった)。
(日本の法制は、1990年・商法改正により配当説から分割説の立場に変化し、株式配当は 株式分割に含まれた。中国の取扱いは1990年以前の日本に同様であろう)。
84 『資本論』第3巻第1分冊、463-464頁(独383)。
85 『資本論』第3巻第1分冊、467頁(独386)。
86 『資本論』第3巻第2分冊、597-598頁(独484-485)。