第5章 国有企業の労働生産性と資本の効率に関する考察 はじめに
第1節 中国の鉱工業企業の生産性に関わる先行研究
中国の鉱工業部門の主な業種の生産性に言及した研究に、丸川知雄(2008)「自動車産業 の高度化」10、中屋信彦(2008)「鉄鋼業の高度化―その飛躍的成長と産業再編―」11があ る12。
丸川(2008)は2006年頃までの中国の自動車産業を対象として労働生産性の向上、資本 集約度の上昇、製品技術・生産技術や研究開発能力の向上などを考察している。そのなか で労働生産性と資本集約度との考察では、まず労働生産性について、中国の自動車産業全 体の1 人当たり付加価値額の推移を示し、それによると、1990 年代初頭に上昇、1990 年 代半ばに停滞、1999 年以降に急上昇している、と述べている13。次に資本集約度について は、資本集約度と労働生産性ならびに資本効率との関係について、2004年時点の完成車メ
10 丸川知雄(2008)「自動車産業の高度化」 今井健一・丁可編著『中国 産業高度化の潮 流』アジア経済研究所、47-76頁。
11 中屋信彦(2008)「鉄鋼業の高度化―その飛躍的成長と産業再編―」 今井健一・丁可編 著『中国 産業高度化の潮流』アジア経済研究所、77-116頁。
12 『中国 産業高度化の潮流』の冒頭(4頁)で、今井健一は産業の高度化について、「産 業構造の『高度化』とは、資本集約度や技術集約度が相対的に高い産業が急速な成長を遂 げ、経済全体のなかでの比重を上昇させてゆくこと指す」、「個別の産業レベルの『高度化』
は、産業を構成する各企業の資本蓄積や技術力の向上、あるいは集中度の上昇や集積の形 成などの産業組織の再編によって、製品の高付加価値化や、開発・生産・流通の各段階の 効率化が進み、産業全体の付加価値産出能力が向上してゆくことを意味する」と提示して いる。
13 丸川(2008)、49頁および50頁の「図1中国自動車産業の労働生産性」。
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ーカーを調べた結果、対象119社の内の4社(上海GM、広州ホンダ、一汽VW、北京現 代)は労働生産性が最も高く且つ資本効率14が最も高い15、そして、この「4 社は、119 社 のなかで最も資本集約度〔従業員当たり資産額〕が高い16。つまり、資本集約度が最も高い 企業が資本生産性も労働生産性も最も高いのである(〔〕内筆者。以下同様)」、との判定を 示している17。
続いて丸川(2008)は、「資産と労働力の利用にはそれぞれコストがかかるので、同じ付 加価値をより少ない労働力と資産とで生産できるメーカーはより高い利潤をあげることが できる」ので、2004年時点の各メーカーの状態が今後も継続するならば、上記の4社また はそれに近い状態の 10 数社(その大部分は外資系メーカー)は利潤を再投資して拡大し、
「その結果、資本集約的なメーカーだけが生き残るはずである」、と述べている18。さらに 丸川(2008)は、「だが、現実には生産性が低いメーカーもしぶとく生き残っている」、1980 年代以来、業界の集約化は必至だと言われていたが、メーカー数は減っておらず、その理 由として考えられるのは、①「労働生産性が高いメーカーほど賃金も高い」、一方、「資本 集約度が低く、労働生産性が低いメーカーはその分賃金が安いために、生き残りが可能と なっていると考えられる」、②「利益率が低くても地方政府の保護によって存続している」
19、「おそらくこの二つの理由が相まって」「資本集約的メーカーに業界が集約されていかな
14 丸川(2008)は51頁で「資産額/付加価値が最も小さい、つまり資本効率が最も高い」
との表現を使用しているので、この場合の「資本」は「資産」に同じであると解釈できる。
15 丸川(2008)は、52頁にグラフ:「図2 中国の自動車メーカーの生産技術」を表示し、
その横軸に「従業員数/付加価値(人/万元)」、縦軸に「資産額/付加価値(元/元)」を 示し、各々、労働生産性と資本効率(資本生産性)とを表している。この図2の表示方法 は、横軸の場合には「従業員数/付加価値(人/万元)」を表示するので、労働生産性が高 くなればなるほど「従業員数/付加価値(人/万元)」の数値が小さくなり両軸の交点であ る「0」に近づく。縦軸の場合も同様に資本効率が高くなればなるほど「0」に近づく。
すなわち、両軸の交点である「0」に近くなるほど労働生産性も資本効率も共に高くなる。
ただし、このような丸川の図2の表示方法は労働生産性も資本効率も高くなるほどに、そ れらを表示する数値が逆に小さくなり、一見すると判り難さが感じられる。したがって、
本章での叙述では、丸川の図2のような「従業員数/付加価値(人/万元)」、「資産額/付 加価値(元/元)」による表示方法は使用せず、労働生産性が高ければ「付加価値/従業員 数」の数値も高く、資本効率が高ければ「付加価値/資産額」の数値も高くなる、という 一般的で判り易い方法により記述する。
16 丸川(2008)の図2の表示方法では、資本集約度は「資産額/従業員数」であるから「縦 軸の値/横軸の値」の数値となり、この数値は両軸の交点と個々の自動車メーカーの表示 されている点とを結ぶ直線の「傾き」の程度を表わし、この「傾き」が高くなるほど資本 集約度が高くなる。
17 丸川(2008)、51-52頁。
18 丸川(2008)、52-53頁。
19 丸川が記す「利益率」は、売上高利益率なのか総資本利益率なのか、または他の利益率 なのかを具体的に記されていない。しかし、丸川は「労働生産性(従業員数と付加価値の 比率)」、「資本生産性(資産額と付加価値の比率)」を取り上げて論じているので、この「利 益率」は総資本利益率(または総資産利益率)(ROA)または自己資本利益率(または株主 資本利益率)(ROE)を表わしていると思われる(なお、負債が無ければ総資本と自己資本 は一致し、ROAとROEは一致する)、そして、これらの「利益率」の高低の度合いは「資 本生産性(資産額と付加価値の比率)」の高低の度合いに概ね一致すると判断して差し支え
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いのであろう。資本集約的メーカーと労働集約的メーカーの並存が今後も続くとすれば、
産業全体としての資本集約化はゆっくりとしか進まない」、と述べている20。
丸川(2008)は技術進歩について、中国で生産されている車種の製品技術と日本を含む 先進国の(丸川が本論を著した2000年代半ばの時点の)製品技術とを比較して、中国が先 進国に比べて何年遅れかを示している。その結論は、例えば最新モデルでは2006年にトヨ タが中国でハイブリッド車「プリウス」を生産開始し、一方、上海VWは1981年版「サン タナ」を生産している、さらに商用車はもっと古いモデルが生産されている、つまり、中 国で生産されている自動車の技術は、最新技術と30年以上昔の技術とが併存している状態 である。また研究開発については先進国に大きく遅れている、と述べている21。
以上のような丸川の分析について、資本集約度と生産性の関係、生産性の低いメーカー が生き残っている状況について以下の通り確認と検討をする。
資本集約度と生産性の関係について、丸川は、(前述の通り)2004年時点の完成車メーカ ーを調べた結果をグラフに表し、資本集約度が最も高い企業が資本生産性も労働生産性も 最も高く、より少ない労働力と資産とで付加価値を生産するメーカーはより高い利潤をあ げることができる、と述べている、言い換えれば、資本集約度が低い(労働集約度が高い)
企業は資本生産性も労働生産性も低く、より低い利潤しかあげることができない、と述べ ている。なお、「高い利潤をあげる」との文言に係わって、少ない労働力で高い利潤、少な い資産で高い利潤をあげるとは、それぞれ従業員 1 人当たり利益額(または剰余価値率)、 ならびに総資産利益率(ROA)(または利潤率)が高いと解釈できるだろう。以上より、丸 川の主張は、資本集約度が高い企業は剰余価値率とROAが高い、とも言える(表1-1参照)。 また、丸川は「より少ない労働力」で高い利潤をあげる、と述べているが、丸川が分析で 使用しているグラフの労働生産性の指標は「従業員数/付加価値」22である、そして、後述 するように丸川は各メーカー間の従業員1人当たり賃金が同一でないことを示しているの で、この「従業員数/付加価値」は直接には「労働力/付加価値」と一致しない。丸川の
「より少ない労働力」で高い利潤をあげる(つまり剰余価値率が高い)との主張は証明さ れていないことを確認しておく。
表1-1:丸川(2008)の主張する資本集約度と生産性との関係
資本集約度 労働集約度 具体的な企業事例 労働生産性 資本生産性 剰余価値率 ROA
高い企業 低い企業 ⇒ 高い 高い 高い 高い
低い企業 高い企業 ⇒ 低い 低い 低い 低い
出所:丸川(2008)、51-53頁より筆者が作成 上海GM、広州ホンダ、
一汽VW、北京現代 しぶとく生き残っている メーカー
筆者コメント
・・・左記は、
右記に同様と 解釈できる。
ないだろう。
20 丸川(2008)、53頁。
21 丸川(2008)、53-64頁。
22 丸川(2008)は労働生産性を表示する数値として、一般的で判り易い「付加価値/従業 員数」ではなく、それとは逆転した「従業員数/付加価値」との表示方法を採用している
(前述の注を参照)。ここでは、丸川の原文通りの表示を記した。