第3章 国有企業の企業統治
第 1 節 川井伸一(2003) 『中国上場企業―内部者支配のガバナンス』の大株主 支配と内部者支配の「重合」の検討
川井は、川井(2003)で、中国の上場企業(その大半は国有企業)を対象にその企業統 治の性格を分析して、「大株主支配」、「内部者支配」を論じている。川井が分析対象とした 当時の上場企業の株主の大部分(77~79%)は国有部門(政府・国有企業)によって占め られているので6、その上場企業の分析は国有の上場企業である「国有株式会社」7を対象と などのケースが多い。また「国有経済部門」と表記するケースは多くない。
株式会社(中国名:股份有限公司、和訳:株式有限公司)はその株式のマジョリティーを 所有する株主が、または筆頭株主で事実上企業を支配する株主が国または国有企業である 場合、国有株式会社と呼称する。この国有株式会社は上記の国有控股企業(和訳:国有株 支配企業)のなかの一形態である。
本稿では「国有経済部門」または「広義の国有企業」、「国有企業」、「国有及び国有控股企 業」を同義として表記する。また国有控股企業は国有株支配企業とも表記する。狭義の国 有企業を「狭義の国有企業」または「100%国有企業」と表記する。
4 川井伸一(2003)『中国上場企業―内部者支配のガバナンス』創土社。
5 Berle and Means(1932 ),The Modern Corporation and Private Property, The
Macmillan Company. (北島忠男訳『近代株式会社と私有財産』、文雅堂銀行研究社、1958
年初版、1966年4版)で、近代株式会社の支配形態では「経営者支配」が現れると主張さ れた。北島訳以外には、森杲訳(2014)『現代株式会社と私有財産』北海道大学出版会、が ある。本稿での引用は北島訳による、引用箇所の表示は北島訳のほかに森訳も示す。
6 川井(2003)、51-52頁。2000年の上場会社940社および942社についてのデータ(出 典:馬慶泉主編、2001年、中国証券業協会2001年科研課題研究報告『中国証券市場発展 前沿問題研究2001』上冊、中国金融出版社、59頁)に基づいて支配株主の状況を示してい る。
7 中国では1993年制定の公司法(和訳:会社法)に基づき多くの国有企業は有限会社およ び株式会社として再編された。その再編された国有の株式会社(=「国有株式会社」)のな
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する点に主眼が置かれている。そして、上場会社では大株主支配と内部者支配は重合して いる、いいかえれば大株主支配と内部者支配は一体化されたものとして存在している、と の仮説を設定8して、その仮説を上場企業の人事、取引、利潤分配についての分析を通じて 証明しようと意図している。
すなわち、川井の分析対象の上場企業は、国有株式会社である(実証分析では国有株式 会社の実情を詳しく分析している)。そして、その国有株式会社の支配は親会社である国有 企業による大株主支配と国有株式会社の内部者支配とが重なり合うと主張している。
1‐1 大株主支配、内部者支配、それらの重合の概要と検討
川井は、川井(2003)の序章「企業統治と内部者支配」で企業統治の支配類型、内部者 支配の定義、中国における内部者支配に関わる議論を示した上で、中国の上場企業におけ る企業統治に関わる川井の仮説=「大株主支配と内部者支配との重合」を述べている。そ して、その後の第4章「内部者支配の人的構造」、第5章「上場会社の取引構造」、第6章
「上場会社の利潤配当分配」で、各々、上場企業の人事面、取引面、利潤分配面の詳細な データの分析を行い、仮説を証明しようとしている。
それらの概要といくつかの点に関わる検討は次の通りである。
1-1-1 大株主支配、内部者支配、それらの重合の概要
(1)支配類型の概要
川井は中国における企業統治の支配類型についての3つの類型を提示しており、この支 配は経営者の選出解任を含む企業の主要な意思決定に対する強いコントロールまたは影響 力を意味すると注記している9。
3つの支配類型は、次のように示されている。
① 大株主支配モデル・・・上場会社の支配的大株主が株主総会の支配権をとおして自 らの代表を取締役会の中に送り、その取締役が経営陣を選出する。取締役も経営陣 も大株主の利益代表であり、大株主は会社の経営を支配している。大株主とは国家 株や国有法人株の所有権代表である政府機関や国有企業を指す。
② 内部者支配モデル・・・上場会社の内部者すなわち経営者および従業員によって会 社は事実上支配されている。内部者の利益が優先される。当該モデルは株主と経営 者との間の利害対立を前提にしている。中国の多くの国有企業や株式会社でいわゆ る「内部者支配」現象が指摘されており、この内部者支配モデルはこの現象を反映
かの上場企業が、上場企業全体のなかの大部分を占めている。
8 川井(2003)、20頁。
9 バーリ&ミーンズ(1932)、北島訳(1966)、88-89頁(森訳、66-67頁)は、会社の諸活 動に関する指揮は取締役会を通じて行われるので、その取締役会を選出する法律的権限或 いは実際的権限を持った人(または人々)を支配者と規定している(本章第3節参照)。バ ーリ&ミーンズの支配と川井の支配とは似ている、またはほぼ同じであると言える。
96 したものと考えられる。
③ 経営者支配モデルまたはキーパーソン支配モデル・・・特定の有力経営者が強い指 導力を発揮して事実上、企業を支配する。小規模同族企業のオーナー経営者の場合 によく見られるし、株式会社のなかにも強力な経営者が支配株主の代表であると同 時に取締役会長、総経理(社長に相当)、当該会社の共産党書記などを兼ねるような 場合に見られる。
そして、以上の3モデルの位置は、「まず①と②の大きな区分があり、③は②のサブモデ ルである。(中略)形式論理的には①と②の特徴は相反的な内容を持つので、①と②は対称 的なものとして位置づけられる」、と記されている10。
(2)内部者支配の定義の概要
内部者支配の概念、定義は、次のように示されている11。
①内部者支配の概念は経営者が企業財産の所有権を掌握することと直接関連している。
②企業財産の所有権のとらえ方には理論上 2 つの基準がある。ひとつは残余コントロー ル権(法律または契約が規定していない企業資産使用のコントロール権)として把握する ものであり、もう1つは(ミルグロム=ロバーツ説12による)残余コントロール権および残 余利益請求権(すべての義務を清算した後に残った資産所得の受取を請求する権利)とし て把握するものである。
③一般に所有と経営が分離している現代の法人会社においては、株主は残余請求権者で あるのに対して、企業経営者は残余コントロール権を掌握している。しかし、企業経営者 が残余利益を株主に還元しないで自らそれを支配する場合も考えられる。
④以上の理解を前提に内部者支配を再定義すれば、それは企業経営者または従業員など の内部者が企業財産の残余コントロール権および(または)残余利益請求権を掌握するこ とである。
⑤川井の内部者支配に関する議論では、(ミルグロム=ロバーツ説に従って)「企業内部 者が残余コントロール権および残余利益請求権を合法的または事実上掌握する事態を内部 者支配とする」。
以上より川井の主張によれば、中国の上場企業の内部者支配とは、企業の経営も利潤分 配も株式を所有しない内部者によって支配されている状態を指している。
10 川井(2003)、6-8頁。
11 川井(2003)、8-9頁。
12Paul Milgrom and John Roberts (1992),Economics,Organization & Management,
Prentice Hall,Inc.(奥野正寛、伊藤秀史、今井晴雄、西村理、八木甫訳、『組織の経済学』
NTT出版、1997年)、321-326頁。
ミルグロム=ロバーツによると、所有の概念の2つの側面は、一つは残余コントロール権
(residual rights of control…法の定めや契約によって他人に割り当てられている以外の資 産使用法についての決定権)、もう一つは残余利益(residual return…純収益、他のすべて の人に支払が行われた後の残り)、それを受け取る権利を与えられた者が残余請求者
(residual claimant…企業の所有者、企業に発生するすべての純収益を受け取る権利を与 えられた者)。
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なお、内部者支配と相反する大株主支配についての(上記の内部者支配に関わる詳細な 定義と同様な)定義は、川井(2003)では示されていない。
(3)大株主支配と内部者支配の重合、一体化の概要
大株主支配と内部者支配の関係について、川井は、多くの既存の研究では大株主支配と 内部者支配とが異質であることを前提に両者の併存を指摘しているが両者の関連について は余り検討されていない、と述べたうえで「上場会社において大株主支配と内部者支配は 二つの対称的な存在であるというよりも、大多数の場合において重合しているというもの である。いいかえれば、大多数の株式会社において大株主支配と内部者支配は一体化され たものとして存在している」との仮説を提示している13。さらに川井はこの仮説をより具体 的に、「上場会社は親会社との間に所有、経営者、取引、利益分配などの様々な面において 密接不可分の特殊な利害関係を持っており、このような親会社は上場会社の内部関係者と 見なすことが出来る。従って、親会社から上場会社に派遣される経営者は外部者ではなく 内部者であるといえる。(中略)親会社による大株主支配と内部者支配とは重なり合うであ ろう」14と示している。
また、川井は、川井(2008)でも、中国の上場会社(1993年制定の会社法に基づき、国 有大規模企業を母体として再編された株式会社)の特徴の一つは、支配株主=(上場会社 の親会社である)国有企業の支配と上場会社の内部者支配が基本的に重なっている点にあ る、と述べている15。また、川井(2010)でも、(1993年以降の)上場国有会社のガバナン スの特徴は「〔支配株主である〕親会社〔=国有企業〕は上場会社の外部者ではなく内部者 と見なすべきであろう。こうして親会社による大株主支配と内部者支配とは重なり合う」16 と述べている。
そして川井(2003)の上記仮説に関する証明の概要は以下の通り。
人事面について、川井(2003)は、2000 年の上場企業942 社の取締役総数の 80.7%が 株主から派遣され且つ取締役総数の53.3%は筆頭株主から派遣されている17、と述べている。
すなわち、上場企業である国有株式会社には、その支配株主である(また親会社である)
国有または国有株支配会社(集団公司などの名称の公司)から取締役のマジョリティーが 派遣されている。そして、川井は、統計結果から上場企業の取締役会長の 47.5%が親会社 の代表により兼任されていると述べ、さらに幾つかの大手上場企業である国有株式会社の 取締役の事例を示して、上場企業の取締役役員はその大半が親会社の現経営者または前経 営者によって占められている事例は多い、と述べている18。
13 川井(2003)、20頁。
14 川井(2003)、22頁。
15 川井(2008)、「中国の会社の歴史的性格:法人の二重性の視点から」『中国経済研究』第 5巻第1号(通巻7号)、中国経済学会、2008年3月、13頁。
16 川井(2010)「中国における会社支配の歴史的検討」中兼和津次編著『歴史的視野からみ た現代中国経済』ミネルヴァ書房、200頁。
17 川井(2008)、93-94頁。
18 川井(2003)、130-131頁。