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所有・支配・経営の関係についての考察

ドキュメント内 博士(経済学)学位論文 (ページ 108-126)

第3章 国有企業の企業統治

第2節 所有・支配・経営の関係についての考察

本節では先行研究の経営者支配論および内部者支配論の所有、支配、経営に関わる論理 について、続いて、中国の上場企業である国有株式会社およびその親会社に関わる所有、

支配、経営の実態について考察する。

2‐1 所有・支配・経営に関する先行研究の考察

バーリ&ミーンズ(1932)は、株式会社制度のもとでは、産業用富に関する支配は所有 権益が全くなくても行使出来る、と所有と支配の分離を述べている34。川井は、前述(「1

-1「大株主支配、内部者支配、それらの重合の概要と検討」1-1-1「大株主支配、

内部者支配、それらの重合の概要」(2)「内部者支配の定義の概要」)の通り、内部者支配

32 奥村宏(1984)『法人資本主義』御茶の水書房、145-146頁。

33 川井(2003)、117-118頁、にて王東明(2000)「中国上場企業の株式所有構造とコーポ レート・ガバナンスの実態」『証券経済研究』第23号、日本証券経済研究所、2000年1月、

35頁のデータを用いて示している。

34 バーリ&ミーンズ(1932 ),北島訳(1966)、88頁(森訳、66頁)。

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と企業財産の所有権の掌握とが関連していると述べている。したがって、所有と支配の分 離、所有と経営の分離、所有(権)の内容について、以下の通りバーリ&ミーンズ、川井、

他の論理を考察する。

2-1-1 所有と支配の分離、所有と経営の分離

所有と支配の分離が存在するならば、その有無と、ならびに所有と経営の分離の有無と を組み合わせたマトリックス図を用いて、先行研究を整理、考察する(図2-1参照)。

図2-1:所有・支配・経営の関係図

所有と支配が 所有と支配が

一致 分離

(所有者支配) (経営者支配)

所有と

経営が タイプ:1 タイプ:3

一致 (実際には存在しない)

所有と

経営が タイプ:2 タイプ:4

分離 出所:筆者作成

バーリ&ミーンズ(1932)は、株式会社の富の所有権が広範囲に分散されるに従って、

株式会社の富の所有権とこれに関する支配とは分離されると述べ、そして会社の諸活動に 関する指揮は取締役会を通じて行われるので、その取締役会を選出する法律的権限或いは 実際的権限を持った人(または人々)を支配者と規定し35、支配の形態として5つの主な支 配形態、(1)「殆ど完全な所有権による支配」、(2)「過半数持株支配」、(3)「法律的手 段方法による支配」、(4)「少数持株支配」、(5)「経営者支配」を示した36。そして、(1)

「殆ど完全な所有権による支配」では、所有と経営の分離については直接には触れられて いないが、既発行株式の全部または殆どを所有する人または集団は所有権に基づく支配を

35 バーリ&ミーンズ(1932 ),北島訳(1966)、88-89頁(森訳、66-67頁)。

36 バーリ&ミーンズ(1932 ),北島訳(1966)、88-112頁(森訳、66-85頁)。5つの支配形態 の概要は、(1)「殆ど完全な所有権による支配」…特定の個人または集団が既発行株式の 全部または殆ど全部を所有している。所有権と支配とが同一の掌中にある、(2)「過半数 持株支配」…既発行株式の過半数を所有する特定の個人または集団が支配に関する法律的 権限、特に取締役会を選出する権限を有する。過半数持株支配は所有権と支配との分離の 第一段階、(3)「法律的手段方法による支配」…特定の個人または集団による過半数持株 はないものの、ピラミッド型支配、無議決権株式の利用や議決権信託の組織化などの方法 によって過半数持株支配となっている、(4)「少数持株支配」…特定の個人または集団が 過半未満の少数株式所有であるが、彼らの持ち株を基礎として取締役会選出の議決権の過 半数を確保するために一般の分散株主達から委任状を収集している、(5)「経営者支配」

…所有権があまりにも広く分散しているので会社の諸活動を支配するに十分な株式数を持 つ特定の個人または集団が存在せず、支配は委任状収集を通じて実質的に取締役を選出し うる立場にある経営者の手中にある。 ・・・この概要説明は柴田努(2011)「バーリ&ミ ーンズの株式会社論―巨大株式会社規制の理論的根拠をめぐって―」『都留文科大学研究紀 要』第74集、都留文科大学、2011年10月、114-115頁をも参照した。

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して、「特に、経営者を選択し、支配する」37と述べられているので、バーリ&ミーンズは、

所有と支配をしている人または集団が自ら経営者にはならない状態の存在を示していると 推定される。ただし、(1)の形態は個人会社に多く見られる形態である38と述べられてい るので、その会社は形式的には会社組織であっても、実態は資本所有者が自らその資本を 充用する資本の所有と経営(機能)との分離の不徹底、未分化な状態の場合もあり得るだ ろう。しかし、必ず所有者=支配者が経営者を兼ねるとは述べられていない。この(1)

は図2-1のタイプ:2またはタイプ:1に該当する。(2)「過半数持株支配」は、「所有権 と支配との分離の第一段階である」39と述べられている、すなわち、(2)の形態から(5)

の形態に向かって所有と支配の分離の度合いが進展する。しかし、(2)、(3)、(4)の形 態は、いずれも株主が所有権に基づいて会社を支配する形態であり、未だこれらの段階で は所有と支配とは結合している。なお、所有と経営の分離の有無については触れられてい ないが、これらの段階では企業規模が(1)の形態よりも拡大するケースが多く、概ね所 有者=支配者が経営の専門家である他者を経営者に選択するケースが多いだろう、ただし 所有者が自ら経営を行うケースも否定はできないだろう。(2)、(3)、(4)はタイプ:2 に、まれにタイプ:1に該当する。(5)「経営者支配」はタイプ:4に該当する(支配が 所有から分離するとすれば、所有者ではない経営者が会社を支配、経営するので、その形 態では所有と経営は分離している)。なお、タイプ:3は実際には存在しない。

バーリ&ミーンズは株式所有の分散度合いに対応させて所有と支配の分離を述べており、

株式所有の分散度合いに対応しての所有と経営の分離については触れていない、且つ株式 所有が集中している段階でも所有と経営は分離することを示している。つまり、前述(1

-1「大株主支配、内部者支配、それらの重合の概要と検討」1-1-2「大株主支配、

内部者支配、それらの重合の検討」(1)「所有と経営の分離に関わる検討」)で見た川井の バーリ&ミーンズの論理に基づく内部者の経営支配=株式所有の分散=所有と経営の分離、

大株主支配=株式所有の高い集中=所有と経営の一致との見方は、バーリ&ミーンズの論 理に合致せず、川井の見方は妥当性を欠いている。

川井(2003)の「内部者支配」は前述(1-1「大株主支配、内部者支配、それらの重 合の概要と検討」1-1-2「大株主支配、内部者支配、それらの重合の検討」(1)「所 有と経営の分離に関わる検討」)で確認した通り、内部者の経営支配=株式所有の分散=所 有と経営の分離との事態であり、図2-1のタイプ:4に該当する。また「大株主支配」は同 じく前述で確認した通り、大株主支配=株式所有の高い集中=所有と経営の一致との事態 であり、タイプ:1に該当する。

また川井(2003)で青木昌彦の「内部者支配」が引用されているが40、青木は「『インサ イダー・コントロール』ということによって、旧共産主義経済における旧国有化企業の民 有化(法人化)過程で、企業のコントロール権の実質的部分が法的または事実上、経営者

37 バーリ&ミーンズ(1932 ),北島訳(1966)、90頁(森訳、67頁)。

38 バーリ&ミーンズ(1932 ),北島訳(1966)、89頁(森訳、67頁)。

39 バーリ&ミーンズ(1932 ),北島訳(1966)、90頁(森訳、67頁)。

40 川井(2003)、8頁、10頁。

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によって(場合によっては従業員との連合を通じて)掌握されることを指す。こうした意 味でのインサイダー・コントロールは、共産主義の遺産から生じた進化的現象といえる」41 と述べている。青木の“法的または事実上”の掌握の“法的”の意味は直接には記述され ていないが、上記に続く、ロシアの民有化についての「民有化案の帰趨はいまだ完全には 明らかになっていないが、これまで企業のインサイダーは、彼らに多数所有権を保障する ような案を圧倒的に選択しているといわれる」42との記述からみれば、“法的”は、内部者 が企業の所有権を取得して所有者になる事態を指しているだろう。以上の青木の「インサ イダー・コントロール(内部者支配)」を図2-1に当てはめてみれば、それは法的に掌握し た場合はタイプ:1、事実上掌握した場合はタイプ:4に該当するだろう。

奥村宏と西山忠範は経営者支配論をめぐって論争をした。「法人資本主義」を主張した奥 村は、「一方における所有に基づかない経営者の支配、他方における所有に基づいた個人大 株主の支配という二つの議論に対して、法人資本主義論は法人所有に基づいた経営者によ る支配ということを主張する」43、「個人大株主としての資本家に代わって大企業経営者が 会社を支配するようになり、それがそれぞれの資本主義国を支配するようになっている。

それは『経営者支配』論のいうような『所有なき支配』ではなく、会社所有に立脚した支 配なのだが、個人財産としての所有に立脚したものではない」44と述べ、所有と支配を分離 していない。この奥村の法人資本主義論の経営者支配は図2-1のタイプ:2に該当し、タイ プ:4は存在しない。

一方、西山は、支配を伴わない所有(実質的所有)はあり得ない、逆に所有を伴わない 支配はあり得る、と述べ45、「所有と経営は分離し得る。だが、ここで注意すべきことは、

所有と経営が分離している場合には、経営者には支配力はないという点である。支配力は あくまでも『所有者』にある」46と述べている。このケースは図2-1のタイプ:2に該当す る。さらに西山は「経営者に支配力が移ればそれはもはや『経営者支配』であって『所有 と経営の分離』とは異なる。(中略)経営者が支配力を握り、その結果それまでの所有者が 支配力を失えば、それはもはや『所有者』とはいえない。他方、経営者は、支配者になる ことによって、当然に所有者となるわけではない。その場合、経営者による支配の基礎は、

『所有』ではなく、経営者としての『地位』または経営者としての地位に基づく企業の『占 有』(またはその両者の結合)である。これは所有を基礎としない支配の一例である」47、 と述べている。 西山の「経営者支配」は、所有と経営が分離していないので、図2-1のタ イプ:2、4には該当しない、さらに所有者はもはや「所有者」とはいえない、且つ経営 者は所有者にならないのであるから、図2-1のタイプ:1、3にも該当しないだろう。西山 の「経営者支配」は図2-1の枠外に位置づけられるだろう。西山は上記のような記述に続い

41 青木昌彦(1995)『経済システムの進化と多元性』東洋経済新報社、159-160頁。

42 青木(1995)、162頁。

43 奥村(1984)、48頁。

44 奥村(1984)、130頁。

45 西山(1980)、24頁。

46 西山(1980)、25頁。

47 西山(1980)、25頁。

ドキュメント内 博士(経済学)学位論文 (ページ 108-126)