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本稿の結論

ドキュメント内 立教大学ビジネスデザイン研究科 (ページ 133-136)

第 9 章 株主の権限行使② 裁判所の機能

10.1 本稿の結論

本稿は、わが国ではこれまでほとんど注目されることのなかった支配・従属関係のない 当事者間の企業買収の場面を対象に、米国とわが国の判例法理や学説上の議論および数理 モデル分析から示唆を得ることで、買収対象会社の取締役に対するあるべき規律づけの仕 組みについて検討し、企業買収の場面を対象として、経済学的に効率的な企業買収が実現 できるプロセスの模索を行ってきた。

まず、本稿は、近年の米国における研究を手掛かりとして、企業買収の場面では、たと え当事者間に支配・従属関係がなかったとしても、買収対象会社の株主と取締役との間に は潜在的な利益相反問題が存在することを指摘した。そして、このような潜在的な利益相 反問題は、株主の利益よりも自らの利益を優先したいと考える不忠実な取締役のみによっ て引き起こされるわけではない点には、十分に留意する必要がある。買収対象会社の取締 役は、自らの利益を追求する行為こそが株主の利益に合致すると信じ込んでしまうことに よって、株主の利益を積極的に害する意図はないにもかかわらず、誤って株主の利益を害 する行動をとっている可能性があるからである。こうした認知上のバイアスの存在も踏ま えれば、企業買収の場面において買収対象会社の取締役が自らの利益を追求することは、

一部の悪質な取締役のみに妥当する例外的な話であるとはいえないだろう。

こうした潜在的な利益相反問題を認識したうえで、それでも買収対象会社の取締役に強 力な権限を与えるわが国の現状を正当化するためには、企業買収の場面では、何らかの方 法で、取締役に対する十分な規律づけが確保されていると評価できることが必要であるが、

この問題に対する本稿の結論は、わが国の現行の法制度の下では、企業買収の場面におけ る買収対象会社の取締役に対する規律づけは、きわめて不足しており、企業買収プロセス の効率性は阻害されている場合が多いといわざるをえないというものである。

取締役を規律する手段として、まずは株主による最終的な判断権限の行使を通じた仕組 みが考えられるが、第三者割当増資による企業買収の場面では権限行使の機会が与えられ ないこと、強力な取引保護条項の締結によって実質的には権限が制限されうること、株主 の合理的無関心やただ乗りといった集合行為問題が存在することを考慮すれば、株主の権 限行使を通じた規律づけは、それだけでは十分とは評価できない。また、裁判所による介 入を通じた規律づけの仕組みについても、わが国では、取締役の行為の差止め、企業買収 の無効、取締役に対する損害賠償責任の追及といった大きく 3 つの介入の手段が考えられ るが、いずれの手段についても十分に機能しているとは評価できない。以上の手段を利用 するうえで障害となりうる問題として、わが国では、取締役の行為を規律するための審査 基準が確立されていないという問題や、以上の手段が買収対象会社の株主にとって非常に

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利用しにくいものになっているという問題が存在するからである。

こうしたわが国の企業買収の場面における現状と問題点を踏まえたうえで、本稿は、企 業買収の場面を対象として、効率的な企業買収が実現できるプロセスを模索することを目 的とし、企業買収の場面における問題点を法制度および経済学の観点から分析し、効率的 な企業買収が実現できるプロセスを模索してきた。

企業買収の場面での合理的な根拠に基づく交渉のプロセスについて分析を行った第 4 章 では、交渉問題をモデル化するために、合理的主体による交渉の妥結点の優れた予想とし て高く評価されているNash (1950)によって提案された交渉解を用いて、買収会社と買収対 象会社のリスクに対する選好の相違が、交渉の結果である交渉解に影響を与えるのかを特 徴づけた。分析の示唆によれば、独立当事者間の相対取引において、合理的な根拠にもと づく交渉に関して、情報収集を十分に行い、株価算定を緻密に行ったとしても、いざ相手 方との交渉の場において、双方のリスク選好の相違などにより、パラメータの変化によっ て、買収対象会社と買収会社に非対称的な影響を与えることが分かった。

さらに、第 5 章では、前章と同様の交渉解を、将来の価格が不確実な株式の所有者であ る買収対象会社が、売買によって利益をあげようとする買収会社との間で価格交渉を行う 状況に適用し分析を行った。この分析により、買収価格が不確実である場合の買収会社と 買収対象会社の交渉が本質的であるための条件を比較検討した。将来の価格が不確実な資 産の売買における買収対象会社および買収会社の価格交渉について、どのような構造的特 徴をもつのか分析したところ、次の 3 つの結果を得た。第一に、株式についての買収対象 会社の確実同値額が、買収会社の確実同値額を上回るとき,そのときにのみ買収対象会社、

買収会社のどちらにとっても許容しうる売買価格が存在する。第二に、買収対象会社、買 収会社にとってパレート最適な契約は、ある特定の価格で売買するという契約である。売 買価格を確率的に選ぶことは、どちらにとっても利益とはならない。第三に、将来価格に ついての期待が「より高い価格の実現する確率がより大きい」という意味で改善されると

き、Nash 解、Kalai=Smorodinsky 解、比例解のどれにおいても売買価格は上昇すること

である。

第 6 章では、競合する買収提案の排除を目的とする取引保護条項が、企業買収取引の是 非をめぐる買収対象会社の株主の最終的な判断権限を実質的に制限し、場合によっては形 骸化させ、企業買収プロセスの効率性を阻害してしまう可能性について検討した。競合す る買収提案があった場合の買収対象会社の取締役の合理的な交渉および判断形成プロセス

についてRubinstein (1982)の交互提示ゲームを適用し、交渉のプロセスと交渉決裂を明示

的に扱い、交渉決裂の可能性が交渉の結果にどのように影響しうるのかを示した。競合す る買収提案があった場合の買収対象会社の取締役の合理的な交渉および判断形成プロセス は何かを分析の対象とし、どちらが先に買収提案を行うかなどの交渉のプロセスと、他の 買収会社がより有利な買収提案をしてきた場合の交渉決裂という事象を明示的に扱い、交

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渉決裂の可能性が交渉の結果にどのように影響しうるのかを示した。最初に買収提案を行 う者は、後から買収提案を行う者と比較して、買収に関してより多くの費用を負担するこ とになるため、合理的な買収者であれば、自らは最初に買収提案を行うための努力はせず、

誰かが買収提案を行った取引を後から観察して、それが魅力的なものであれば、当該取引 に後から買収者として参加することを望むことになる。そして、強力な取引保護条項が締 結できるのであれば、最初に買収提案を行う者の買収のインセンティブを維持することも 可能ではある。しかし、他の買収会社がより有利な買収提案を行ってきた場合に、買収対 象会社が交渉を決裂させるという選択肢がある場合、買収対象会社は、選択肢がない場合 に比べてより高い利得を得ることがあり、最初に買収提案を行う者の買収のインセンティ ブを維持できなくなる可能性があるといえる。しかし、最初に買収提案を行う者の買収の インセンティブが大きくは損なわれない結果が生じる場合がある。それは、第一に、仮に 買収によって得ることのできる利益が買収者間で変わらないのであれば、理論上は、買収 によって得られる利益はなくなってしまうため、そのことを理解する潜在的な買収者は、

最初の買収者が登場した後の段階では、もはや買収提案を行うことを控えるようになり、

その結果として最初に買収提案を行う者の買収のインセンティブは大きくは損なわれない。

第二に、買収によって得ることのできる利益が買収者間で異なるのであれば、買収後に最 も多くの利益を得ることのできる買収者は、たとえ他の買収者と競い合うことになるとし ても、買収による利益を確保することができるため、最初に買収提案を行うインセンティ ブは大きくは損なわれない。さらに、交渉決裂という事象が、当事者の自発的な選択とし て起こるのか、偶発的に引き起こされるのかによって、交渉結果が異なることが分かった。

続く第 7 章では、経済的な補償を目的とする取引保護条項が、企業買収取引の是非をめ ぐる買収対象会社の株主の最終的な判断権限を実質的に制限し、場合によっては形骸化さ せ、企業買収プロセスの効率性を阻害してしまう可能性について検討した。前章では取り 扱わなかった取引費用を明示的に扱い、取引が成立する条件を提示した。取引費用が存在 する場合、交渉が行われず非効率な結果が生じる可能性があるが、取引費用を負担するタ イミングによっては、全く非効率性が生じないときもあることを示した。さらに、取引費 用を負担するタイミングが、交渉の結果と効率性に深く関わることを説明した。具体的に は、開始前に交渉費用を負担し開始後はサンクし回収できない場合、交渉成立が効率的で あるにもかかわらず、不成立に終わることがあり得ることが示された。また、有限期の交 渉プロセスを考えると、必ず交渉が不成立に終わることは特徴的であった。さらに、当事 者間で取引が成立する余地が残されていない場合に、交渉を決裂できる選択肢を増やし、

さらに交渉決裂のルールを織り込んだ状況も分析した。一般に取引関係は、両者の同意が 無ければ解消すると考えるべきである。この状況は「一方的破棄」にあたる。このケース では、交渉費用としての経済的な補償額が高いと交渉が開かれないため、効率的な取引が 行われない可能性がある。それに対し、両者の同意が無ければ取引関係を解消できない状

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