1.はじめに
本研究では,会計を事業の言語として捉え,会計情報作成者と会計晴報利用者のコミュ ニケー一・・一・ションツールの1つとして会計情報が存在すると考えていることを第1章において 明らかにした。そして,第2章では,言語分析的アプローチのうち語用論的アプローチを 用いることによって会計制度に関する分析が可能であることを示し,語用論的アプローチ
を用いれば,会計情報における認識情報と開示清報には差異があることを前章において述 べてきた。
しかしながら,語用論的アプローチを用いる場合には,理論的に認識情報と開示情報の 差違を考察するとともに,実際の言語使用の場における相違を観察する実証研究が必要で ある。そこで,本章では認識情報と開示情報の実際的差異を観察するさいに用いる有価証 券の公正価値情報の概念やその役割を明らかにし,有価証券の公正価値情報が会計制度の なかにどのように組み込まれていったのかを明らかにすることにする。そうすることによ
り,認識情報と開示情報の有用性の差違を明らかにする本研究にとって,有価証券の公正 価値情報が最も適した会計情報であることを確認できるのである。
有価証券に代表される金融商品にたいして,国際的に公正価値により評価することを提 案したのは,2000年12月に多国間共同作業会議i(Joint Wbrking Group of Standards Setters,以下ではJWGという)が公表したドラフト基準案「金融商品および類似項目」
(Draft Standards and Basis for Conclusions−Accounting for Financial lnstruments and Similar ltems,以下ではドラフト基準という)である。ドラフト基準において,すべ ての金融資産および金融負債を公正価値で測定し,その変動を損益計算書で認識すること が提案された1。
金融商品とは,国際会計基準委員会(International Accounting Standards Committee,
以下ではIASCという)が1995年に公表した国際会計基準(lnternational Accounting Standard,以下ではIASという)第32号『金融商品:開示と表示』(Financial
Instruments:Disclosure and Presentation)において,「一方の企業にとっての金融資産 と,他の企業にとっての金融負債又は持分金融商品の双方を生じさせるあらゆる契約」
[IASC(1995), par.5]のことであると定義されている。さらに,金融資産とは「(a)
現金,(b)他の企業から現金若しくは他の金融資産を受け取ることができる契約上の権利,
(c)金融商品を潜在的に有利な条件で他の企業と交換できる契約上の権利,または(d)
他の企業の持分金融商品」[IASC(1995), par. 5]のようなあらゆる資産であり,金融負 債については「(a)他の企業に現金若しくは他の金融資産を引渡す義務または(b)金 融商品を,潜在的に不利な条件で他の企業と交換する義務」[IASC(1995), par. 5]のよ
うな契約上の義務を負うあらゆる負債であると定義されている。本章では,国際的に用い られている公正価値という概念を用いて,財務報告における公正価値情報の意義(すなわ ち時価評価の意義)を探ることとする。そのさいには,金融商品に焦点をあてることにす
る。
金融商品に関する会計基準が国際的に検討されるようになった背景には,証券市場にた いする会計情報の機能を向上させることがあると考えられる。須田(2000)によれば,財 務会計の機能は,投資意思決定支援機能と契約支援機能の2つに大別される2。投資意思 決定支援機能とは,投資家の意思決定に有用な会計情報を提供し,それにより証券市場に おける効率的な取引を促進するという機能である[須田(2000),16ページ]。また,契 約支援機能とは,企業を契約の束と理解した場合に,そこで結ばれる契約の効率性が企業 価値を決定することから,契約の監視と履行を促進し,それによりエイジェンシー費用を 削減するという財務会計の機能のことである[須田(2000),21ページ]。本研究では,
財務会計が証券市場において果たすと考えられる2つの機能のうち,投資意思決定支援機 能に焦点をあて,有価証券の公正価値情報の役割とその制度化について検討していくこと
とする。
まず,第2節において公正価値の概念を整理し,公正価値を把握するさいの階層性を示 すことにする。公正価値は,市場価格が入手可能であれば,階層性の頂点にある市場価格 が用いられることを述べる。っついて第3節では,公正価値による情報と企業評価との関 係について述べることとする。公正価値情報は,企業価値に関連する情報であるといわれ
るが,それら,特に金融商品の公正価値情報がどのように企業評価と結びついているのか を検討する。そして第4節では,企業評価に役立つ情報と会計制度との関係を整理し,そ のあとに有価証券の公正価値情報に関するわが国の会計の制度変更についてみていくこと にする。会計においては理論的な有用性が認められてはじめて認識情報として報告されて いる。有価証券の公正価値情報に関する会計基準の変更はそのよい例だと考えられるから である。そして最後に,全体を要約することにする。
2.公正価値の概念およびその階層性
本節では,公正価値会計における公正価値の概念を整理することにする。まずは国際的 に最初に公正価値の概念整理を行ったFASBの定義からみていくことにしよう。
FASBが公表している概念ステートメントにおいて初めて公正価値の定義が示されたの は,2000年2月に公表されたSEA.C第7号『会計測定におけるキャッシュフロ・・一…情報と 現在価値の使用』(Using Cash Flow Information and Present Value in A㏄ounting Measurements)においてである3。 SFAC第7号においては,「公正価値とは,資産(あ
るいは負債)が自発的な当事者間,すなわち強制売却あるいは清算による売却以外の最近 の取引での購入(発生)もしくは売却(決済)価額である」[FASB(2000), Glossary of 1}erms]と定義されている。
SEAC第7号によれば,会計において現在価値を計算するのは,当初認識時およびフレ ッシュ・スタート時点に公正価値を見積るためである[FASB(2000), par. 25]。公正価 値は,現在価値の測定に必ず含まれる次の5つの要素を捉えている[EASB(2000), par.
24]。5つの要素とは,市場参加者がその額を決定するさいに適用するであろう期待将来キ ャッシュフローの見積り4,そのようなキャッシュフローの額やタイミングにおいて考え られる変化の期待値,無リスク利子率によって表される貨幣の時間価値,当該資産や負債 に固有の不確実性にともなう価格,そして市場の非流動性や不完全性にともなう価格であ る[EASB(2000), par. 23]。っまり,公正価値とは,現在価値が備えるべき5つの要素 を包含しており,現在価値によって測定されるものであると考えられているのである。そ して,市場で見積られた期待将来キャッシュフローの現在価値が市場での交換価格である ことから,公正価値は市場価格のことを指していると述べられている[EASB(2000),par.
27]。
このように,SEAC第7号によれば,公正価値は概念的には市場で形成された期待将来 キャッシュフローの現在価値を表しており,市場価格が存在する場合には,公正価値はそ の市場価格が用いられることになる。
アメリカでは,SEAC第7号において公正価値の概念が明確にされる前から,すでに財 務会計基準書(Statement of Financial Accounting Standards,以下ではSEASという)
において公正価値情報を財i務情報として提供するように求めていた。SEAC第7号では,
公正価値は市場での交換価格を指すとされている。この場合には,公正価値の捉え方は平 面的である。しかしながら,それまでに公表されているSEASにおける公正価値の定義を みていくと,実際の適用を考慮しているため,公正価値の概念が階層性を有していると考 えられているのである。そこで,以下では公正価値の概念における階層性を明らかにして いくこととする。
財務諸表で報告されている資産などの公正価値の開示を求めたものとして,1991年に 公表されたSEAS第107号『金融商品の公正価値の開示』(Disclosures about FahF掘ue of Financial Instruments)を挙げることができる。 SFAS第107号は金融商品の公正価 値情報を開示するように求めている。そこでは,すべての企業にたいして金融商品の公正 価値階報を注記することを要求しているのである。FASBがSFAS第107号において市場 価格という用語を用いずに公正価値という用語を用いた理由は,市場価格という用語では 活発な流通市場(secondary market)において取引されている項目を想定してしまうから だと説明している[EASB(1991), par.37]。公正価値というのは流通市場と発行市場 (primary market)の双方から入手できる価格とその利率を含むより広範な概念だからで
ある[FASB(1991), par. 37]。つまり,金融商品の公正価値においては,流通市場が存 在しないために市場価格が入手できないとしても,発行市場は存在するはずであり,その 市場価格を含めたものを公正価値といっているのである。
SRへS第107号における金融商品の公正価値は,「当該金融商品が強制売却や清算によ る売却以外の自発的な当事者間での最近の取引において交換されうる金額」のことである
と定義されている[EASB(1991), par.5]。また,金融商品の公正価値は,最近の利子 率と正味将来キャッシュフロL・・一・が生じないリスクにたいする市場の評価を反映するために,
市場により評価された正味将来キャッシュフローの割引現在価値を表しているという
[FAS]B (1991), par.40]。
SFAS第107号では,市場価格が入手可能な揚合には,それが金融商品の最も強力な証