1.はじめに
会計を事業の言語として捉える考え方は,今日まで多くの論者によりなされている。「企 業のさまざまな経営活動も,会計言語によって会計諸表を通じて報告される」[井尻(1976),
20ページ]といわれている。また,「会計は会計独自の表現様式を通じて,ある活動単位 の経済的取引や事象を表現するための一種の言語体系を構成している」[田中(1995),1
ぺ・一・一・ジ]ともいわれている。
会計が事業の言語であり,会計言語が1つの言語体系を有しているならば,会計にたい しても言語分析と同様のアプローチが1つの分析方法として用いられてもよいであろう。
実際,「会計の理論が方法論の点で言語学によく似ている」[井尻(1976),35ページ]と 指摘されており,Riahi・Belkaoui(2000)やHendriksen and Breda(1992)においても 会計の理論研究をするさいの方法論として会計の言語分析が取り上げられている。そうで あるならば,会計の使い方を規制している会計制度についても,言語と同様の分析方法を 用いることが可能だと思われる。
わが国における会計の言語分析的研究の先駆者である青柳(1976)によれば,事業の言 語としての会計を研究するさいには,言語の構成要素である記号について考察することが 先決であると述べられている[青柳(1976),158ペー一一ジ]。会計言語は記号の実用的利用 の一形態だと考えられるからである[青柳(1976),176ページ]。
前章で述べたように,記号過程を分析するものとして言語を構成する記号と記号との間 の関係,すなわち記号相互間の形式的関係だけを扱う構文論記号とその指示対象である 事物または概念との間の関係だけを扱う意味論,記号とその利用者との間の関係が扱う語 用論という3つの領域がある1。種々の記号を結び付け,有意義な文を作り出すための規
則のことを構文論的規則であり,意味論的規則とは,ある記号がある指示対象に適用可能 となるような諸条件を決定する規則のことである[田中(1995),8ページ]。そして,言 語の使用者による記号の使用状況を規定するのが語用論的規則である[田中(1995),8
ページ]。
このような言語分析的アプローチを会計において用いるのであれば,斎藤(1975)が指 摘するように「言語分析の方法のどの側面が,どのような形で会計言語の分析に適用され
うるかを問わなければならない」[斎藤(1975),15ページ]であろう。そこで,まず,
会計にたいする言語分析的研究を,構文論的アプローチ,意味論的アプローチ,語用論的 アプローチといった視点から整理し,それぞれの方法がどのような分野に適用できるのか を明らかにする。そして,会計研究は全体として3つのアプローチの複合体として行われ るべきであるということを確かめることにする。そのうえで,従来にはみられなかった新 しい会計基準が導入されているわが国の会計制度の分析にあたっては3つのアプローチの うち,いずれのアプローチを用いれば制度変更の論理を説明できるのかを明らかにするこ
ととする。
まず,第2節では会計研究における構文論的研究としてはどのようなものが存在するの かその具体例とともに整理していくことにする。そして第3節では,記号とその指示対象 との関係を扱う意味論的アプローチを採用する会計研究を取り上げる。つづく第4節では 記号とその使用者との関係を扱った会計情報の語用論的研究をみていくことにする。最後 に,それらの諸説をふまえて,会計が言語の一種であることから,会計研究も言語分析と 同様に多様な視点から展開しうる可能性があることを明らかにすることにする。そして,
会計において制度との関係を扱う場合には,語用論的アプローチを用いなければならない ということを指摘することにする。
2.会計言語の構造と構文論的研究
会計言語を構成する記号間の論理的秩序を究明しようとするものが,構文論的視点から の会計研究である。会計言語を構成する記号とは,簿記や財務諸表で用いられる勘定科目 などの会計上の用語や金額などの数値である。構文論的視点からの会計研究では,会計言 語を構成する諸要素間の相互関連性,すなわち勘定理論などの会計構造論に注目した研究 が行われる。本節では,会計にたいする言語分析的研究のうち構文論的アプローチによる
研究を取り上げることにする。
構文論を会計研究において用いれば,複式簿記の基本的要素である借方と貸方の関連性 (二元性)やその基本的構成要素である貸借対照表勘定と損益計算書勘定との関連性,ま た資産,負債,資本等の諸勘定の分類構造や損益計算の構造などが研究対象となる[田中
(1994),18ページ]。たとえば,複式簿記システムでは,借方と貸方が等しくならなけ ればならないが,このことの根拠を考察するのも構文論的視点からの研究である。借方と 貸方という会計記号問の論理的秩序を考察の対象としているからである。
これまでさまざまな論者により貸借平均の原理について考察されてきた。そこで,ここ ではそれらのうち代表的なものとして井尻(1976),杉本(1989)そして田中(1995)の 三者によるものを取り上げることにする。
まず,井尻(1976)では借方と貸方とが等しくなることについて,因果的複式簿記を根 拠に説明している。因果的複式簿記とは,借方と貸方に2つの異なる財が記入されるのは,
両者の間にある因果関係の結果だとして説明するものである[井尻(1976),121ページ]。
たとえば,棚卸資産100を現金100で購入した場合,複式簿記では「(借方)棚卸資産100,
(貸方)現金100」というように仕訳される。因果的複式簿記を根拠として説明すると,
このような仕訳がなされるのは,現金と棚卸資産という2つの異なる財の間には因果関係 があるからだと説明されるのである。つまり,貸借平均の原理の根拠を2つの異なる財が,
「交換における増分の価額を減分のそれに等しいと置く歴史的原価主義による」[井尻
(1976),121ページ]ものだとして説明するのである。
井尻(1976)が2つの異なる財の因果関係により貸借平均の原理を説明しているのにた いして,次に取り上げる杉本(1989)では同じ財が2つの観点(流入と流出)から分類さ れているという考え方2によって貸借平均の原理を説明している。2つの異なる財の因果関 係として貸借平均の原理を捉えるのか,同じ財にたいする視点の違いとしてこれを捉える のかという点に両者の違いがある。
杉本(1989)では,借方と貸方の両者は「価値の流れ」(資金の流れ)について,その 積極面(借方)と消極面(貸方)に対比させながら複式に認識した結果であると考えてい る[杉本(1989),51ページ]。つまり「価値形態から見た価値の流れ」(資金形態から見 た資金の流れ)と「価値源泉から見た価値の流れ」(資金源泉から見た資金の流れ)に大別 し,「資金的2勘定系統説」と名づけた論理によって貸借平均の原理の根拠を説明してい るのである[杉本(1989),60ページ]。
たとえば「資金的2勘定系統説」によれば,棚卸資産100を現金100で購入した揚合に は,棚卸資産100という価値(資金)が流入したことにより借方に棚卸資産100と記入さ れる。また,現金100という価値(資金)が流出したことにより貸方に現金100と記され るという説明がなされるのである。「資金」という1つの財をその流れによって「資金形 態」と「資金源泉」という2つの相対立する局面から捉え,貸借平均の原理を説明するの
である。
最後に,田中(1995)による貸借平均の原理にたいする見解を取り上げることにする。
田中(1995)では,貸借平均の原理を考察する前に,すべての取引に内在する逆関係の論 理的特質を指示する二元性と,2種類の勘定群を用いて取引に内在する逆関係を二重に表 現する複式性を明確に区別している。ここで逆関係とは,「受け取る/与える」「買う/売
る」のように,1つの推論関係で結ばれた2つの極を持っているもののことをいう[田中
(1995),46ページ]。二元性だけでは借方と貸方との問の価値の均衡を要求せず,「二元 性の分類構造は貸借平均の原理とは関係なしに成立可能である」[田中(1995),77ペー
ジ]と述べている。借方と貸方という逆関係の論理とそれを二重表現する複式性とが結合 することによって貸借平均の原理は構造的に可能となると考えているのである[田中
(1995),78ページ]。
たとえば,棚卸資産100を現金にて購入した場合を考えてみよう。まず,棚卸資産を受 け取るという行為と現金を与えるという行為の逆関係がある。それを「棚卸資産」と「現 金」という2つの勘定により二重に表現する複式性によって「(借方)棚卸資産100,(貸 方)現金100」というように記録されると考えるのである。つまり,二元性と複式性のう えに貸借平均の原理は成り立つというのである3。田中(1995)は,通常仕訳で貸借が平 均しているのは,その深層構造(観察可能な会計仕訳の基底に存在しながら,表面に常に 現れるとは限らない潜在的な構造)においてすでに貸借が平均しているからであると考え ているのである[田中(1995),81ページ]。
その他の構文論的視点からの研究として斎藤(1975)の研究もある。斎藤(1975)では,
会計測定が情報処理(データ処理)の一環をなすものと考え,会計の測定機能にかかわる 言語的事象について,一種の構文論システムを考察している[斎藤(1975),19ページ]。
そして,会計測定システムのための構文論ルールを導くことができるのかを検討している。
本節では主として貸借平均の原理がなぜ成り立つのかということを例としてあげ,構文 論的視点からの会計研究を取り上げてきた。そこでは,論者により異なる主張がなされて