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科学研究政策

4 中国における経済発展と技術移転政策の戦略的転換

4.1 科学研究政策

中国では,長年,政策的にわたって科学技術を重視している.1950年の『科学技術発展 遠景計画』と 1963 年の『科学技術発展計画』は,ソ連の指導もとで,重工業を中心に策 定した.これらをスタートとして,科学技術政策は展開されてきた.

第 10 図 中国における新たな技術移転戦略の枠組み 出所)筆者作成.

130) 計画経済期においてはソ連との外交関係が技術移転に主な影響を与えたので,対外政策として取り扱 う.改革・開放以後は,外資系企業を中心に技術移転について検討するので,外資政策として取り扱 う.

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1978年に,全国科学大会における鄧小平の講話で,「科学技術是第一生産力(科学技術 こそ第一の生産力である)」というスローガンが掲げられた.第 11 図に示したように,

中国の経済発展における科学技術の重要性はこの時期からすでに強調されてきたのであ る.そして,江沢民時代の 1990 年後半,「科教興国」政策が強く打ち出され,科学技術 と教育が今後の中国の発展にとって極めて重要であるとされた.

しかし,当時「世界の工場」と呼ばれた中国は,海外からの技術に依存し,組み立てを 中心とする低付加価値産業しか発展していなかった.こうした外国技術に頼り,技術の独 自性が極めて弱い状況を克服するために,2000年前後いくつかの産業領域で「中国独自技 術規格化」が推進された.また,2001 年に開始した『第十次五ヵ年計画』では,すでに

「創新」能力の増強の重要性がうたわれていた.

胡錦濤・温家宝政権に交代後『国家中長期科学技術発展計画』の制定が決定され,『国 家中長期科学技術発展計画綱要』の作成作業を立ち上げた.2004年以降,胡錦濤前主席と 温家宝前総理は「自主創新」の最重視に何度も言及した.2005 年 6 月の共産党中央政治 局会議では,以後 15 年にわたって自主創新を堅持し,自主創新能力の向上を科学技術事 業の重要任務とする方針が明確にされ,原始的創新,集中創新及び先進技術導入の上で消 化・創新を強化することや,重要分野におけるコア技術の掌握,自主的知的財産権の保 有,国際競争力のある企業とブランドを育成することによって,経済社会の発展に強い科 学技術基盤を提供することが長期的目標とされた131)

こうした政策環境の変化をふまえて,2006 年 2 月に公表された『国家中長期科学技術 発展計画綱要』では「自主創新」が明文化された.また,「自主創新」は 2006 年から始 まった『第 11 次五ヵ年計画』の主要項目の1つとして登場し,技術の海外依存から脱却 すべく,自主的なイノベーションシステムの構築の重要性が強調されるようになった.

この自主的なイノベーションシステムを構築するうえで,大学発企業は重要な役割を 担っている.第 18 表のように,大学発企業は,中国の経済発展の各時期において重要な 役割を果たしてきた.現在,大学や研究機関の役割と成果の創出を活用するために設立さ れた大学発企業は中国経済の持続的な発展を追求している.

特に 2000 年前後,大学発企業では,中国の「独自技術規格化」が推進され,電子情報 分野の技術を中心に,「中国が独自の知的財産権を有する」技術が開発されている.こう して,産官学が連携した技術開発体系の構築によって,研究機関から生まれた技術を効率 よく製品に転化させている.

131) ジェトロ(2007)5ページ.

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第 11 図 中国国家科学技術計画の変遷 出所)科学技術振興機構 Science Portal Chinaホームページ.

第 18 表 中国における大学発企業の変遷

時期 形態 位置づけ 特徴

1970年まで 校弁工場 大学生を含む学生に対し思想 教育を行う場

学生に労働者の職業的意識 などを養成してもらう 1980年以後 校弁企業 大学の予算不足を解消する

ツールの1つ

大学発ベンチャーに近い企 業の原型

1990年以後 校弁科技企業 大学で生まれた技術成果を生

かして事業化 大学発ベンチャー 2000年以後 大学科技園 ハイテク産業の育成,振興,

集積の一環

ハイテク産業開発ゾーンと の政策的,地域的連動 出所)中国総合研究センター(2010)145ページ.

しかし,この「独自技術規格」の開発には,

① 「中国独自規格」といっても,既存の国際規格に比べ,成熟度が低く商用化まで時 間がかかっている.

② 製品化,商品化,産業化に向けての青写真がなく,かつ既存の国際規格からの置き 換えコストが大きい.

③ 目先の利益の最大化に走る傾向が強く,また,企業内 R&D が欠けているので,自

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主開発より既存国際規格を受け継ぐ方向に走る.

④ 研究資金調達,政策優遇などを受けるために技術の「捏造」が起こりやすくなる.

⑤ 研究開発の基となる「コア技術(コア部品)」あるいは技術の知的所有権を持って いないことが多いため,完全意味での自主開発とはいえない場合がある.

などの問題点が存在している.つまり,中国は,完全な独自開発の段階に入るには,時期 尚早といえるのである.

そして,中国で技術を利用する際に,もっとも重要な認識の 1 つは「技術は商品であ る」ということである.それは,1985年に公布された『技術移転に関する暫定的規定』に よって,すでに明文化されていた.近年,中国国内で技術移転市場の論議132)がさかんなの は,技術を商品としてとりあつかうようになったからである.

1996年に国務院が公布した『「九五」期間における科学技術体制改革の深化に関する決 定』では,「中国の科学技術体系は『企業を主体とし,産学官が連携した技術開発体系 と,科学研究員および大学を主とした科学研究体系,および社会化された科学技術サービ ス体系』である」と提起された.また,1997 年には新たな『科学技術成果転換法』が制 定・公布された.それらの政策提起によって,大学や国の研究機構で開発した技術を企業 に移転させ商品化に結びつけようとした.すなわち,研究機関から生まれた技術を商品化 し,効率よく利用させることがこの法律の最大の目的である.

そこで,「技術は商品である」ことを前提とし,以上の 2 つの政策に基づき,「自主創 新」を促進するために,2008年には『国家技術移転の促進行動に関する実施方案』を実行 した.そのうち,最も重要な方策は,科学技術者が「全国範囲で技術移転のモデル化事業 を組織・展開し選定した異なるタイプ,異なる発展パータンの技術移転機構の実験的活動 を支援すること」である.そこで,「国家技術移転モデル機構」が設立された.この「国 家技術移転モデル機構」における移転の対象は,国家または地方の科学技術計画プロジェ クトと業界共通の技術・コア技術である.このように国家レベルの技術移転モデル機構を 創設することによって,商品となる技術の活性化,技術移転情報の交流,産官学の連携な ど,技術移転機構全体のサービス能力を向上させ,健全な発展を牽引するとしている.

また,中国の政策指導者や研究者は「自主創新」といっても,「自主」とは閉ざされた システムではないと強調している.中国のイノベーションシステムの今後の発展は,イノ

132) 钟(2003),陈(2007),张・余・施(2013)などを参照.

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ベーションを支える世界中のリソースと連携し,これらを積極的に活用していくことで達 成するという姿勢を打ち出している133)

このように「自主創新」を重視する科学技術政策の変転にしたがって,かつては技術移 転戦略の枠組みにおいて中心的な政策であった外資政策,地域政策,人材政策もそれぞれ 変化したのである.そこで次に,これまでの技術移転政策の最も中心であった外資政策の 変化について考察する.