4 中国における経済発展と技術移転政策の戦略的転換
4.4 人材政策
人材は国の経済発展にとって重要な役割を果たしている.第 2 章では,中ソ間で技術移 転する際に実施した人材政策をふまえて,海外から優秀な留学人材を帰国させ,活用する のが,技術移転にとって最も効果的な方法の 1 つであることを検証した.したがって,ハ イレベルな留学人材の招致・活用に焦点を絞った中国の留学政策は「自主創新」をサポー トする重要な政策の1つと考えられる.
2000 年以後,中国では海外の優秀な留学人材の帰国を促進するために,第 22 表のよう に一連の政策を実施した.
また,2008 年に中国共産党中央組織部より打ち出された「海外ハイレベル人材招致“千 人計画”」政策では,2008 年からの5〜10年で世界トップレベルの研究者 2000 名を厚遇
(特別財政予算)で招聘すると決定した140).その海外ハイレベル人材となる対象は以下の 諸条件のいずれに該当する者である141).
① 外の著名な高等教育機関,研究機関において教授またはそれに相当するポストに就い た者.
② 国際知名企業と金融機関において上級管理職を経験した経営管理人材及び専門技術人 材.
139) 武進高新技術開発区(http://kingdonsoft.com/).
140) 金(2012)11ページ.
141) 科学技術振興機構 Science Portal China
(http://www.spc.jst.go.jp/policy/talent_policy/callingback/callingback_05.html) .
75
第 22 表 中国におけるハイレベルな留学人材の招致・活用策
年 政策名 実施
部門
2000年 『海外のハイレベルな人材が帰国して就業することを奨励するこ
とに関する意見』 人事部
2001年 『海外留学生が多様な方式で国に奉仕することを奨励することに
関する若干の意見』 人事部
2002年 『留学帰国人員の科研(科学研究)始動基金の管理規定』 教育部
2002年 『国家傑出青年科学基金の実施管理方案』 財政部 教育部
2005 年 『海外のハイレベルな留学人材を界定(定義)することに関する指導
意見』
国務院 人材部
2007年 『海外の優秀な留学人材の招致活動を一層強化することに関する
若干の意見』 教育部
出所)筆者作成.
③ 主知的財産権をもつ,またはコア技術を把握している者,海外での起業経験を持ち,
関連産業分野と国際標準を熟知する創業人材.
④ 国が至急に必要とするその他のハイレベルイノベーション創業人材.
これらの人材は①国家重点開発プロジェクト,②大学や研究機関の重点学科・重点実験 室,③国有企業や国有金融機関,④中国でのベンチャーなどに配置される142).
このように,特に「海亀族」と呼ばれた海外帰国者は,イノベーション型国家建設にお いて,主要な戦力として大きな役割を果たしている.現在,中国科学院院士の 84.29%,
中国工程院院士の75.14%,教育部直属の 72大学の学長の77.6%,大学院博士課程の指導
教授の 62.31%,大学院や学部の責任者の 47.77%が海外からの帰国留学者であり,科学院
院長と研究所所長のポストにおいては,その比率は 95%以上にも達している.他にも,国
142) 金(2012)11ページ.
76
家重点実験室及び教育研究基地主任の 71.65%,「長江学者」143)の 94%,国家「863 計 画」の主席科学者の72%が海外からの帰国留学者である144).
さらに,一部の帰国しても職に就けない「海待族」と呼ばれる海外帰国者に対しては,
政策的に国家帰国留学人員創業パーク(インキュベーター)を設立し,帰国者の個人起業 をサポートすることによって,海外から学んだものを活用しようとしている.
2014 年までに,全国に 305 の創業園が開設され,約 2.2 万社が入居している.そこで は,6.3 万人の留学人員が働いており,2014 年の技工貿145)総収入は 3400 億元を超えた
146).また,中国留学人員創業パーク同盟という非営利団体の設立は,留学人員創業パーク 内での各領域間の情報交換をさらに便利にし,創業パーク全体のサービスを向上させ,よ り良い創業環境を作り上げた.
例えば,常州の海安高新技術開発区では,2013年に留学生創業パークと大学創業パーク を設立し,3 年間「千人計画」などのハイレベル人材を 23 人引き入れた.特に, 南通美 嘉ロポット会社(南通美嘉机器人科技有限公司)は,2014 年 12 月に「千人計画」者であ る張丹博士が創立した医療設備(リハピリテーションロポット)会社である.当社商品の 市場占有率すでに30%を超えている147).
以上のように,これらの人材政策によって,人材を海外から獲得し,あるいは海外に出 した人材が自国で活躍することによって,「自主創新」にとって不可欠な人的資源が得ら れた.中国は,かつては海外に人材が流出するという「頭脳流出(brain drain)」の状態 から,「いったん海外へ流出した人材をそこで得た高度な専門技能をともなって出身地へ 帰還する,あるいは両地域間・多地域間を頻繁に往来する」148)という「頭脳循環(brain circulation)」の状態になった.
143) 「長江学者」は,1998年に始まった中国教育部と香港李嘉誠基金会が共同で資金助成を行う高等教育
人材の育成計画である.香港李嘉誠基金会は香港最大の企業グループである「長江集団」の創設者で ある李嘉誠氏によって設立されたチャリティー基金であることから「長江学者奨励計画」(長江学者)
の名称が付けられた.
144)白木(2011)28ページ.
145) 技工貿は,技術開発,工場生産 ,貿易取引販売の3つを表している.
146) 楊(2015).
147) 『科技日報』(2015.7.15付).
148) 河口(2007)57ページ.
77
4.5 「自主創新」の検証
WEF(World Economic Forum)の国際競争力報告書(2014 年版)における国際競争
力ランキングでは,中国は, 144ヵ国のうち28位という位置にある149).
このランキングは,12項目150)によって,評価されたものである.中国のこの12項目に よる評価は第 13 図のようになっている.
そのなかで,特に9番目の項目である技術成熟度(Technological Readiness)について の 評 価 が 極 め て 低 い . そ の う ち , 海 外 直 接 投 資 と 技 術 移 転 (FDI and Technology
Transfer)についての評価は,世界第 81 位である.これに対して,最後の項目である,
イノベーション(Innovation)についての評価は,32位で,それほど低いものではない.
第 13 図 中国の国際競争力の評価 出所)WEF(2014) p.154.
149) WEF(2014) p.154.
150 ) 12 項 目 と は ,a.制 度 (Institutions) ,b.イ ン フ ラ (Infrastructure) ,c.マ ク ロ 環 境
(Macroeconomic Environment),e.健康と基礎教育(Health and Primary Education),f.高等教 育(Higher Education and Training),g.商品市場効率(Goods Market Efficiency),h.労働市場 効率(Labor Market Efficiency),i.金融市場発展(Financial Market Development),j.技術成熟 度 (Technological Readiness) ,k.市 場 規 模 (Market Size) ,l.商 品 素 養 (Business Sophistication),m.イノベーション(Innovation)である.
78
第 23 表 中国の国際競争力に関する評価の推移
(注)2007 年のデータはない.2005 年には,FDI and Technology Transfer について は,評価されていなかった.
出所)WEFのGlobal Competitiveness Report各年版より作成.
中国の国際競争力に関する評価の推移(第 23 表)からみると,技術成熟度についての 評価は,下がる傾向であり,海外直接投資と技術移転も改善していない.それは,WTO 加盟後の厳しい経済環境の変化による影響であると考えられる.
それに対して,イノベーションについての評価は,2006年と2008年の2回躍進して,
現在 30 位前後を維持ている.技術革新(イノベーション)が経済発展の源泉となり,中 国の国際競争力の評価は,イノベーションについての評価と連動し,30位前後を維持して いる.
これは,まさにランデスがいうように151),政府の「自主創新」戦略の実行による,一連 の政策によって,企業の誘致あるいは研究機関との協力などを通じて,技術革新の力を自 国に導入し,積極的に中国で技術開発能力を形成してきた結果である.
本章を通じて,WTO 加盟後の国内外の経済環境の変化に応じて,経済発展を維持する ため,中国政府は「自主創新」という科学技術政策を中心に技術移転政策を展開すること によって,これまでの外資政策・地域政策・人材政策を転換して新たな戦略的枠組みを構 築したことを明らかにした.
まず,科学技術政策について,「自主創新」政策を策定する経緯を整理したうえで,大 学発企業の位置づけを明確にした.また,中国では「技術は商品である」という認識を明 確にし,「技術移転モデル機構」で技術の商品化,サービスの向上,産官学の連携を活性 化することによって,「自主創新」を推進する戦略を明確にしたことを明らかにした.
これに伴って外資政策では,外資企業に中国市場に参入する際に,政策によって「技術 情報の開示・移転」などを義務づけることで,技術や知的財産権を半ば強制的に移転させ
151) 脚注 1)を参照.
79
ようとしていることを明らかにした.そしてそれは,中国における「自主創新」の推進,
産業構造の転換,環境の保護などの課題の解決として最も重要な方策であることを明らか にした.また,中国は,技術研究開発の促進・知的財産権の現地化など,研究開発能力の 移転を推進させるため,積極的に外資と連携する姿勢に変わりがないことも明らかにし た.
さらに,地域政策では,改革・開放後の地域政策を引き継ぎ,特定の地域で特定の産業 に特化した地域集積型産業基地が設立されるようになったことを明らかにした.産業を特 化することによって各自の発展に必要な資源を集中させることができる産業基地は,産業 間の連携,サービスの提供などによって,高新技術産業開発区を再統合させたことも示し た.それは「自主創新」が展開される重要なプラットフォームと位置付けられており,中 国における技術移転の効果的な展開や活性化の役割を期待されている.
最後に,改革・開放政策においては新たな展開が乏しかった人材政策では,留学政策に 焦点が絞られるようになった.ハイレベルな留学人材の招致・活用によって,「自主創 新」にとって不可欠な人的資源が充実した.中国の留学政策は国内人材が「頭脳循環」と いう好循環になることによって,「自主創新」の推進を支えてきた.
本章で論じたように,科学研究政策,外資政策,地域政策,人材政策は,それぞれ独立 した存在ではない.第 11 図のように,中国における新たな技術移転戦略は,科学研究政 策の転換に合わせて,各政策も変化し,時々の状況に応じて政策的に組み合され構築され たといえるのである.