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2 中国における技術移転政策の原点―ソ連からの技術援助を中心に― 0

2.4 大躍進期

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表が示すように,各工業製品の生産量でみると,特に重工業は第一次五ヵ年計画期間にほ

ぼ100%から200%を増産した.

中国国家科学技術委員会は第一次五ヵ年計画期間の技術移転について,以下のように評 価している74)

「目標が明確で,重点産業の選択も的確,計画の組織と実施措置にも効果があった.また,……様々な レベルの管理者,エンジニア,科学者,技術者,および中核となる労働者群を養成しえた」

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来技術を重視する動きであった.これは,中国はソ連の技術依存から離脱するために,ソ 連「一辺倒」から国内偏重の「自力更生」へ転換する発端となった.

第二次五ヵ年計画の想定と「自力更生」という総路線に基づき,1958年に第二次五ヵ年 計画を実行した.それは,初期の中ソ友好においての技術移転によってある程度工業基盤 を整えたうえで,完璧な社会主義社会を建設しようという目的であった.

このような動きに対して,周恩来,李富春をはじめとした実務派は,毛沢東が宣言した ように中国が急速に発展するためにはソ連の技術が不可欠であると主張し,ソ連と東欧諸 国からの技術移転を積極的に指示した.

この指示にしたがって,中ソ両国政府は 1958 年 1 月に,『科学技術研究に関する協 定』79)を締結した80) .また,1958年8月8日には,中ソは『47の工業企業の建設と増築 に関する技術的援助協定』81)を締結した.この協定では,ソ連が中国の 47 の工業企業に 生産特許権を譲渡し,その代わりに中国は当時実行していた『中ソ貿易協定』によって商 品で払い戻すことが規定された.この協定は 3 つの援助方式から成り82),それぞれ援助の 内容について具体的な項目リストが作られた83)

いっさいの工業と国民経済発展の基礎であり,われわれの幸福な生活の支柱である……しかし,高速 度発展の可能性を現実に変えるには,なお大・中・小の結合,「土」(在来の方法)と「洋」(現代 的方法)結合の方法を真剣に貫徹しなければならない……われわれの最終目的は洋式すなわち現代化 した大生産を実現することでもある……土法で小型の高炉,転炉を建造すれば,われわれが現代的設 備を建造するのに必要とする……設備,材料,資金と技術的力量を揃えることができる.それがあれ ば,われわれは現代的鉄鋼企業の建設規模が拡大できる.」(中国経営会計研究資料叢書編集委員会 編,1994,179−181 ページ).

79) 中国語の協定名は『中蘇両国共同進行和蘇聨帮助中国進行重大科学技術研究協定』.

80) これは第二次五カ年計画期に締結した科学技術研究に関する協定のなかで,唯一大きな成果をあげた ものであった.この時期には,本協定以外にも,『中蘇両国農業科学院科学技術合作協議書』(1958 118日),『中蘇両国教育部関于双方高等学校進行工作協議書』(1958118日),『中 国水電部和蘇聨電站部所属有関科学研究和設計機構進行科学技術協議書』(19587月),『中蘇両 国医学科学院在重大医学問題方面的科学技術合作協定』(1960610日)の4つの協定が締結さ れた.しかし,実行項目がほとんどなく,結局撤廃された.

81) 中国語の協定名は『関于蘇維埃社会主義共和国連盟在技術上援助中華人民共和国建設和拡建47個工業

企業的協定』.

82) ①ソ連が企業建設に関する考察・研究・設計を行い,設備,原材料,部品などを提供する方式.②中 国が企業を設計し,それに必要な資料,情報や現地生産に必要な専用の原材料はソ連が提供する方式.

③ソ連が設計資料と中国では生産できない設備・部品を提供する方式.

83) 具体的な内容は以下を参照のこと.『ソビエト社会主義共和国連盟が中華人民共和国に47工業企業の

建設と増築技術的援助に関する協定』 (中共中央党史資料征集委員会,2003,23−82ページ).

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それを継承して,1959年2月 7日には,中ソ両国はモスクワで『78の工業企業の建設 と増築に関する技術的援助協定』84)に調印した.上記の 47 項目協定と同様な援助方式に よって,ソ連から総価値およそ 42 億旧ルーブルの設備,設計図,その他の技術援助を提 供し,その代わりに中国は商品で対価を支払った.

こうした一連の協定の締結によって,中国は積極的にソ連の技術を導入したのである.

工業の分布に関しては,中国政府が経済の地域的均衡性を考慮したうえで,国防上の配 慮から工業が集中しすぎないように現地調査を行い,経済区域という新たな工業区を計画 した.水力発電所と鉄鋼基地を中心に,以下の 8 つが経済区域として設置された(第 5 図)85)

第 5 図 経済区域の分布図

出所)中国まるごと百科事典(http://www.allchinainfo.com)中国省名・省都名入り地図 をもとに筆者作成.

84) 中国語の協定名は『関于蘇維埃社会主義共和国連盟在技術上援助中華人民共和国建設和拡建78個工業

企業的協定』.

85) 中国社会科学院中央档案館編(1998)1076−1077 ページ.

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①包頭鉄鋼冶金連合企業を中心に,包頭,フフホト(呼呼浩特),河套地区(寧夏回族 自治区横城から陝西省府谷にいたるまでの黄河に囲まれた地域),大同を含む工業 区.

②武漢鉄鋼冶金連合企業と丹江口水力発電所を中心に,湖南,湖北の襄樊と湘潭地区を 含む工業区.

③三門峡水力発電所を中心に,晋南(山西省の西南部),豫西(河南省鄭州市から西方 面の地域),陝西,西安地区の工業区.

④劉家峡水力発電所を中心に,西寧,蘭州,河西回廊(中国甘粛省の黄河から西,祁連 山脈の北側にそった狭長な地域 )の工業区.

⑤四川馬辺河水力発電所(岷江)を中心に,重慶,成都,宜賓,内江などの都市を含む 四川工業区.

⑥会理鉄鋼冶金連合企業を中心に,西昌,会理,昆明など地域の工業区.

⑦貴州(あるいは広西)鉄鋼冶金連合企業を中心に,湘桂鉄道沿線と広西,貴州両省の 工業区.

⑧ウルムチと南疆(新疆の南部地区)を中心とした新疆工業区.

大躍進期(1958年〜1960年)にかけて,ソ連の援助によって,2150項目の大中型工業 プロジェクトが実施された.第一次五ヵ年計画期より 55%増加した.第一次五ヵ年計画期 から建設し始めた「156 重点プロジェクト」も(三門峡水力工程と 1 つの軍事工業以外)

もすべて完了した.これらの工業プロジェクトを工業生産に投入することによって,第一 次五ヵ年計画期に比べて,工業生産能力が倍増した.

また,「自力更生」という思想への転換にしたがって,工業技術の革新(外来技術と伝 統技術の結合)が推進され始めた.これは,中華人民共和国の成立以来,初めて導入した 技術を吸収しようという試行であったといえるのである.