第3章 研究方法
第Ⅰ節 教育プログラムの開発方法
組織の人材開発に向けた教育プログラムを開発する場合は、組織目標と現実を検討して、
強化すべき人材層の絞り込みから始めるが、本研究では、開発する人材層は、看護部専任 教育担当者と決定しているので、人材層決定後のプログラム開発方法を検討する。
1.教育プログラム開発の手順の概要
まず、経営学文献から人材開発における教育プログラム開発の基本的な手法(日本能率 協会,2007)を確認する。まず、①人材像に求められる「役割と能力」を作成する。これ は、現在行っていることや有している能力をまとめるのではなく、中長期的に組織が発展 していくために必要とされる役割や能力を把握し、それを含めて定義していく。次に、② 教育ニーズを把握する。先の「役割と能力」と現実とのギャップの把握を様々な資源から 調べる。そして、③把握した期待と現実のギャップからニーズを整理して、強みと弱みを 明らかにして優先課題を決める。ここまで前半が「ニーズアセスメント」の段階である。
そして、④課題解決のための能力開発方法を選択する。ここで重要なことは、集合研修 にとどまらず、多様な視点で検討し選択肢を広げることである。つまり、人の変化と成長 を促し、期待する行動や能力の伸長に大いに貢献できる「体験」を検討するのである。こ の検討結果に基づいて、⑤中長期の開発計画のシナリオを作成する。人の成長には時間を 要するため、全体の期限の中で節目のコース目標をいくつか設定し、コース目標達成のた めの大まかな中期計画を策定する。そして、⑥具体的なプログラム立案に向けて、コース ごとの具体的なカリキュラムに盛り込む内容の順序と配列を決め、教育評価測定方法の計 画もしておく。ここまで後半が「プログラム計画」の段階である。そして、この計画に基 づいて教育を実施し評価する。
看護継続教育の文献をみると、①学習ニーズのアセスメント、②カリキュラム計画、③
「 教 授 - 学 習 」 に お け る 成 人 学 習 原 理 の 活 用 、 ④ 実 施 と 評 価 、 と い う 流 れ で あ る
(Abruzzese,1996)。これは学校教育にも通じるような伝統的な方法であるが、看護スタッ フ能力開発の文献では、臨床看護実践の動的な性質を踏まえて、①組織と個人の両側面か らニーズ把握する、②カリキュラムの道筋を決定する、③プロセスと資源を調整する、④ 指 導 の タ イ ミ ン グ と 指 導 の 連 続 、 と い う プ ロ グ ラ ム 開 発 モ デ ル を 設 定 し て い る
(Schoenly,1997)。いずれの文献でも、プログラム開発の最初の段階である「ニーズアセス メント」が重要であると言われている。その理由は、その後に続く「プログラム計画」は アセスメントされたニーズと資源に沿って考案されるからである。
2.役割と能力
ニーズアセスメントを的確に行うためには、まず、第一の手順となる「役割と能力」の 作成において、その人材に求められる姿を的確に描くことが重要になる。ここで、「役割と 能力」に関する概念、およびその抽出方法について述べる。
二神(1998)は、人材開発辞典「役割行動」の項で、「役割とは社会や組織の中で、その 人が果たすことが期待されている働きのことである」(p.543)と述べている。人的資源管 理においては、企業の従業員がそれぞれに割り当てられる仕事を通して、期待した役割に 一致した行動をとるか、あるいは期待以上の行動をとるように、様々な手段で動機づける 必要がある(二神,1998)。
「能力」とは、期待される役割を遂行するために必要な「知識・スキル・態度」である。
しかし、もっている「知識・スキル・態度」を、現実の仕事の中で行動として発揮できな ければ、その人に能力があるとはいえない。行動を起こして成果を出す段階の能力のこと を「発揮能力」といい、発揮する前段階の能力を「保有能力」という。そして、「保有能力」
の根底には個人特性、基礎能力、意欲、価値観といった資質がすでに備わっており、これ らと「知識・スキル・態度」とが統合されて、仕事の場で「発揮行動」として現れるので ある(日本能率協会,2007)。「発揮能力」には、実践の場において、問題状況を適切に認知 できる能力や、保有した知識スキルを現実場面で選択する着想力、また自分の思考や行為 と結果を客観的に把握して軌道修正できるメタスキル、周囲の人とのコミュニケーション 能力などが必要になる。また、成果を出す上では個人を取り巻く環境要因も影響する(福 澤,2009)。
先の役割との関係で言えば、割り当てられた仕事を通して、いくつかの行動が発揮され て、周囲が期待した働きをしていると認めた場合、その人には能力があり、役割を遂行し ていることになる。逆に、観察された行動から役割を果たしていないと認知される場合は、
能力が発揮できるよう何らかの対策が必要になる。このように、その人の能力の保有と発 揮によって役割に関する行動は変化し、周囲への認識に影響する。この点については、新 人看護職員臨床研修における研修責任者・教育担当者育成のための研修ガイド(日本看護 協会,2010)でも次のように示されている。研修責任者や教育担当者が「果たすべき役割」
と「求められる能力」は互いに影響し合うもので、それらと現実との差異から学ぶべき内 容が浮かび上がるとしている。
経営学の分野では、上記の「発揮行動」を「パフォーマンス」あるいは「コンピテンシ
通する行動特性」と定義され、もともとは職務に適切な人を採用するために開発されたも のであったが、後に、職種ごとに期待される行動を記述して人事制度に活用されるように なった。人事制度に活用する場合は、平均的な職員のレベルを中心軸に置くことや、現場 で評価可能な項目の工夫が必要になる。細かい行動リストが馴染まない職種の場合は、「企 画力」「交渉力」「情報収集力」といった表現を用いて評価し、評価過程で不足している保 有能力を発見する方法もある(高間,2008)。また、看護スタッフ能力開発の文献でも、コ ンピテンシーに基づく能力評価や能力開発を奨励しているが、看護実践の場合は極めて文 脈や状況に依存した複雑な判断行為が求められるため、コンピテンシーを慎重に定義する ように言われている(Jeska,1998)。
このように、人事考課の場合は、評価する仕事の特性や使用目的に応じてコンピテンシ ーの定義をして、現実に見合った能力評価の指標項目を出す必要がある。一方、教育プロ グラム開発に活用する場合は、平均的なレベルや評価方法を気にすることなく、将来的に 目指したい「発揮行動」を描いていくのが望ましい。これが能力開発の目標になる(高 間,2008)。本研究は、専任教育担当者の能力開発に資する教育プログラム開発が目的であ るため、現在の教育担当者の平均的なレベルではなく、病院看護部が将来的に果たしてほ しい役割を想定して、役割遂行に必要な能力(知識・スキル・態度)を発揮した状態とし ての「行動」を抽出していく。そして、ニーズアセスメントによって、期待される行動と 現実との差異を把握して、教育プログラムによって強化するべき能力(知識・スキル・態 度)を明らかにしていく。
3.ニーズアセスメント 1)学習ニーズと教育ニーズ
成人教育の第一人者である Knowles(1975/2005)は、学習ニーズとは、「現在の自分とこ うありたいという理想の自分との格差を埋めようとする欲求を意味しており、学習の原動 力となるもの」(p.7)と定義している。しかし、成人学習者が自覚し言語的に表明できる 学習ニーズは、個人の経験や学習イメージおよび自己評価の捉え方などに強く影響される ため、本人が感じているニーズの背後には、重大な要因や真のニーズが隠されていること も有り得る。そこで、Knowles(1980/2002)の成人教育プログラム計画理論では、個人的、
組織的、社会的ニーズを診断し、これらを融合させたものを「教育ニーズ(人々が自分自 身、組織、地域社会のために学ぶべきもの)」とし、教育ニーズの優先順位にしたがって教 育内容を配列する。つまり、個人の主観的ニーズだけでなく、社会や組織が期待するニー ズも併せて多角的な視点から客観的に真の教育ニーズを診断することが重要なのである。
また、最終的には学習者自身が真の教育ニーズに目覚めて、それを充たそうと自己指示的 に な れ る よ う な 支 援 が 教 育 計 画 に 組 み 込 ま れ な け れ ば な ら な い 。 こ の よ う に 、 Knowles(1980/2002)は、学習者の自己決定や関心を常に出発点とし中心に置こうとする。
この主張に対して Cranton(1992/2006)は、学習者が表明しているニーズに伴う価値観や信 念など、自分自身の前提を問い直す支援こそが成人教育の本質であると述べ、成人学習者 に対する自己決定への支援よりも、意識の変容への支援を強調している。
看護スタッフ能力開発では、対象者の成人学習者としての特性を踏まえつつ、組織が開 発したい人材像に近づいて欲しいという期待がより強調される。例えば、Alspach(1995) は、学習ニーズを「学習者の現在の認知・精神運動・情緒のレベルと、期待される知識や 行動のレベルの間の連続体の中断」(p.12)と定義し、ここでの期待とは、学習者の欲求や 関心ではなく組織が期待する看護専門職としての職務基準である。また、ニーズは通常、
要求される、期待される、何かが不足している、という意味で使われるが、看護スタッフ 能 力開 発 では、期待さ れ る基準 と 現在の 状 態との差 異を強 調する意 味 で、「 不 一致
(Discrepancy)」という用語が好んで使われている(Cooper,2002)。さらに、真の教育ニー ズとは、専門的な知識・技能・態度が不足している状態をより良い状態に向けて教育によ って満たしていくもので、学習者によって認識されるとは限らないという意見もある
(Kristjanson, & Scanlan,1989)。Cooper(2002)も、看護師が認識する学習要求や興味関 心が必ずしも組織が期待する行動と関連していない点を強調し、教育ニーズは次の5つの 要素を充たすべきだと述べている。「①多様な方法によって明確化される、②充分な返答数 から得たニーズアセスメントから見出される、③焦点を絞ったものである、④ニーズは、
教育によって処理可能なものである、⑤ニーズは、組織での個人のパフォーマンスを向上 させるものである」(p73.)。したがって、ニーズ調査の計画の際には、組織が期待する行 動を明確に設定し、調査対象である学習者自身のニーズの認識傾向を念頭に置きつつ、多 様な資源や方法によるニーズアセスメントを検討する必要がある。
2)ニーズアセスメントの資源
ニーズアセスメントを行う際には、目的、対象、時間やコストなどの資源を明確にして おくことが重要である(DeSilets,2007)。本研究では、看護部専任教育担当者を対象にし た教育プログラム開発が目的であることを踏まえて、ニーズアセスメントの資源と方法に ついて検討する。
Alspach(1995)は、教育ニーズを明確にするための資源には、直接的情報である「第一次 資源」と、間接的情報である「第二次資源」、その両方の性質をもつ「混合資源」の 3 つに 分 類 し て い る。 第 一 次資 源 に は、職 務 行 動 の 記述 ( Position Descriptions )、 基 準
(Standards)、手順(Protocols)、学習者自身、学習者の管理者や指導者が含まれる。学習 者自身が感じている学習ニーズは、教育プログラムの中で動機づけに向けて活用する上で 重要である。しかし、看護師の自己評価や学習ニーズの認識は個人の知識と経験に強く影 響されるため、これを補完するために、身近で指導的立場で観察している看護師長やプリ