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目次 1. 本調査の目的と実施方法

3. 諸外国の ICT 活用教育に関する権利制限規定及び運用実態等

3.1 英国

3.1.2 教育に関する権利制限規定

英国著作権法においては、「フェアディーリング」という概念を用いて、権利制限の対象となる 利用形態等を定めている。フェアディーリング条項のうち、教育目的で著作物を利用する場合の 権利制限規定は、「教育」の節に規定されている、

・第32条「教育目的での説明における利用」

である。

138 英国内の文書・画像作品の権利管理団体。書籍・ジャーナル・雑誌の一部分を利用したい学校・大学・企業な どの団体向けライセンスの提供を行う組織で、1983年に英国著作権法に基づき設立されている

(http://www.cla.co.uk/参照)

139 英国のテレビ放送やラジオ放送を扱う権利管理団体(http://www.era.org.uk/参照)

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また、「教育」の節に規定されている個別権利制限規定として、以下の条項が存在する。

・第33条「教育上の使用のための詩文集」

・第34条「教育機関の活動の過程において著作物を実演し、演奏し、又は上映すること」

・第35条「教育機関による放送の録音・録画」

・第36条「発行された著作物からの章句の教育機関による複写複製」

・第36条A「教育機関による複製物の貸与」

なお、本稿では、「教育」の節に規定されている上記規定のほか、以下の条項についても言及す る。

・第29条「研究及び私的学習」

・第40条B「図書館等及び教育機関における端末装置による利用」

3.1.2.2 沿革

英国においては、従来、フェアディーリング条項による教育目的で著作物を利用する場合の権 利制限が規定されていたが、2014年の「The Copyright and Rights in Performances (Research, Education, Libraries and Archives) Regulations 2014、(以下「Regulations 2014」という。)」 による改正により、権利制限規定が拡大された。改正にあたっては、10年以上140に及ぶ検討が行 われ、2006年には「ガワーズ報告書(Gowers Review of Intellectual Property)」141142、2011 年 に は 「 ハ ー グ リ ー ヴ ズ 報 告 書 (Hargreaves Review report, Digital Opportunity :an Independent Review of Intellectual Property and Growth)」143144などが公表されている145

3.1.2.3 第 32 条「教育目的での説明における利用」

本条は、教育における説明を目的とする著作物の利用についての権利制限規定である。本条に よって、電子黒板に詩の一節を表示する行為や、それを生徒がパソコンで電子的に書き記す行為 などが可能となる。

140 英国でブレア政権(1997年~2007年)が教育改革を積極的に進め、教育現場のICT整備及び授業における ICT活用を進めてきた。2005年の時点ですでに初等教育学校では94%、中等教育学校では98%もの学校が少な くとも1台は電子黒板を導入していた(Becta ICT Research,”The Becta Review 2006”,10頁,

http://dera.ioe.ac.uk/1427/1/becta_2006_bectareview_report.pdf参照)

141 報告書原文については、

https://www.gov.uk/government/publications/gowers-review-of-intellectual-property参照。

報告書の日本語訳については、「知的財産に関するガワーズ・レビュー –Gowers Review of Intellectual

Property–に関する報告書」(公益社団法人著作権情報センター附属研究所。2010年)

142 ガワーズ報告書においては、当時の著作権法やライセンス・エージェントによる運用の下では、著作物からの 章句を学生に電子メール又はVLEで利用させることができず、そのような利用が可能になるような改正の提案を している。ただし、権利者はその分野に正当な利益を有している以上、そのような権利制限規定は、ライセンス スキームが存在している場合には、影響を及ぼすべきではないなどと、権利者と学習者の利益のバランスを重視 した具体的な提案が行われている。

143 Professor Ian Hargreaves,”Digital Opportunity A Review of Intellectual Property and Growth”,2011年, https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/32563/ipreview-finalreport.pdf

144 ハーグリーヴズ報告書においては、権利制限規定に契約が優先するという定めは、明確性を失わせるものであ るため、権利制限規定が契約に優先することを明確に規定すべきであるとの提言が行われている。

145 CDPA改正の背景は、作花文雄「英国・2014年著作権法改正(制限規定の整備)の背景と制度の概要〔前編〕

(コピライト 2014.12)に詳しい。

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本条における要件は、「フェアディーリング」であることのほか、下記のとおりとなる。

①非商業目的であること

②教育を行う者又はそれを受ける者によってなされるものであること

③不可能な場合を除き、十分な出所明示を行っていること

また、本条により許容される行為は、契約によって制限することができない(本条第3項)。 なお、Regulation 2014による改正前は、本条が適用される範囲が、「文芸、演劇、音楽又は美 術の著作物(a literary, dramatic, musical or artistic work)」の「複製」(複写手段を用いて行わ れないこと)に限られていたが、改正によって、適用範囲の限定が削除された。

3.1.2.4第 33 条「教育上の使用のための詩文集」

本条は、発行済みの文芸、又は演劇の著作物(a published literary or dramatic work)からの 短い章句を、教育用の収集物に収録する行為についての権利制限規定である。

本条における要件は、対象著作物が「発行済みの文芸または演劇の著作物」であること、利用 態様が「短い章句を収集物(教育機関における使用を意図され、かつ、その題号や広告において その旨が記載されており、主として著作権が存続しない資料からなるもの)に挿入する」ことで ある。本条に基づく利用においては、その著作物自体について教育機関における使用が意図され ていないこと、十分な出所表示を行うことも必要とされている。また、同一の著作者が作成した 著作権のある著作物からの 3 以上の抜粋を、5年間にわたり、同一の出版社が発行した収集物に 挿入することはできないとされている。

なお、本条はRegulation 2014においては、改正されていない。

3.1.2.5 第 34 条「教育機関の活動の過程において著作物を実演し、演奏し、又は上映すること」

本条は、学校等の教育機関の活動において、文芸や演劇又は音楽の著作物を実演する行為、録 音物や映画又は放送を授業の目的として演奏又は上映する行為についての権利制限規定である。

本条第1項における要件は、主体が「教師及び生徒(a teacher or pupil)」「教育機関における 授業の目的上必要な者(at the establishment by any person for the purposes of instruction)」 であり、利用態様が「教師及び生徒並びに教育機関の活動に直接関係する他の者からなる聴衆の 前で」「文芸、演劇又は音楽の著作物を実演すること」である。ここでいう「教師及び生徒並びに 教育機関の活動に直接関係する他の者」とは、校長又は指導主事を指すとされ、父兄の前での実 演は本条で認められない。

また、本条第2項においては、録音物、録画又は放送を、第1項に定める聴衆(教師、生徒等)

を前にして、授業を目的として演奏・上映することは、公における実演とならず、著作権を侵害 しないと定められている。

なお、本条も第33条と同様、Regulation 2014において改正されていない。

3.1.2.6 第 35 条「教育機関による放送の録音・録画」

本条は、教育機関による放送の録音録画・伝達についての権利制限規定である。

本条第1項は、教育機関が非商業的な教育目的のために放送の録音・録画物を作成することは、

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十分な出所明示が伴う場合、著作権を侵害しないと定めている。

本条第2項は、教育機関が、本条第1項の規定により著作権を侵害することなく作成された録 音・録画物又はその複製物を、教育目的のために生徒及び教職員に対して伝達する場合には、著 作権を侵害しないと定めている。

本条第3項は、本条第2項の適用対象が、当該教育機関の構外で受信されるものに限られるこ と、また、その伝達には生徒及び教職員のみがアクセス可能な、セキュリティが確保された電子 的ネットワークを用いて行わなければならないことを定めている。

なお、本条により許容される行為であっても、当該行為につきライセンスを受けることが可能 である場合、教育機関が当該事実について悪意又は有過失であるときには、本条の規定は適用さ れず、著作権侵害が成立する(本条第4項)146

Regulation 2014による改正前に存在した本条第1A項は、教育機関が本条第1項の規定により

著作権を侵害することなく作成された録音・録画物、又はその複製物を「当該教育機関の構内で」

公衆に伝達する場合は著作権を侵害しない、とされていた。だが、改正により第 1A 項が削除さ れ、現在の第2項に置き換わったことで、教育機関の構外への伝達が可能となった。この改正の 趣旨は、教育機関から遠隔地に居住する生徒が、教育機関に通学できる生徒に比べて不利な学習 環境とならないようにするという点にある。なお、当該教育機関の構内での著作物の利用につい ては、Regulation 2014による改正後の第32条「教育目的での説明における利用」及び第40条

「図書館等及び教育機関における端末装置による利用」に規定されている。

3.1.2.7 第 36 条「発行された著作物からの章句の教育機関による複写・利用」

本条は、教育機関による著作物からの抜粋部分の複製、伝達に関する権利制限規定である。本 条第1項は、教育機関による著作物からの抜粋部分の複製物の作成が、著作権の侵害とならない 旨を規定しており、要件は下記のとおりとなる。

①発行された著作物(放送、又は他の著作物に組み込まれたものではない美術の著作物を除く)

からの抜粋部分の複製であること

②非商業目的の教育指導(instruction)のためであること

③教育機関自身によって、教育機関のために行うこと

④複製物が十分な出所明示を伴うこと(出所明示ができない場合を除く)

⑤1つの作品につき、12か月間で著作物の5%以内の複製であること(本条第5項)

本条第2項では、同条第1項の規定により作成された抜粋部分の複製物が、非商業的な授業目 的のために、当該教育機関によって生徒や教職員に伝達される場合には、著作権侵害にはならな い旨が規定されている。

本条第3項では、本条第2項の規定が「当該伝達が当該教育機関の生徒及び教職員のみがアク セスできる、セキュリティが確保された電子的ネットワークの方法によりなされた場合において、

当該教育機関の構外にいる生徒及び教職員に対する伝達に限って適用される」ことが規定されて いる。

146 英国においては、教育現場における著作物の利用について、CLAERAを通じたライセンス供与が行われて おり、ライセンススキームとのバランスを図った規定であると考えられる。