第 19 章 所有するよりも都合が良い
近い将来、きっと私は音楽や本や映画を「所有」しなくなると思う。
そのかわりに、「常にオン」のサービスを使って、利用料金または税金を 払うことによって、すべての音楽、すべての本、すべての映画がいつで も利用できるようになるだろう。私は個別の音楽や本を買うこと(所有 を決断するという意味で)をしなくなるだろう。なぜならば、流れてい る「すべてのもの」の中から、必要なときに、見たり聞いたりすることを 要求するだけでよいからである。そのためにまとめてお金を払うかもし れないが、所有はしない。したがって、作品を楽しみたいという要求は、
それを「所有」するかどうかの面倒な選択とは別のものになる。所有を 決断したり継続したりしなくても、映画や音楽や本を消費することがで きる。
多くの人にとって、何でもすぐに利用できるというこのような形態は、
所有するよりも都合が良い。手入れしたり、予備を用意したり、分類し たり、整理したり、清掃したり、保管したりする責任がない。本や音楽 や映画を公共の利用に供するときには、たとえ税金でまかなわれていな くても、それは社会的財となる方向へ向かう。他の多くの無形財が、同 様に社会的財になることは容易に想像できる。ゲーム、教育、健康情報 などもその方向に向かっている。
創作がデジタル化するにつれて、作品は共有化されて、所有者のない 財産になる傾向にある。見方を変えると、ビットの世界では財産そのも のが社会的な活動になるということである。財産は所有権に関するもの ではなくなり、使用と管理に関するものになってくるだろう。たとえば 発想などは、純金と同じ方法では所有することができない。実際のとこ ろ発想というものは、それをある程度共有したり使用したりしない限り ほとんど価値がない。逆説的であるが、私的に所有する度合いが低いほ
第 19 章 所有するよりも都合が良い
ど、発想の価値は高くなる。しかし、誰もそれを所有していないとした ら、その高くなった価値の恩恵を被るのは誰なのか? この新しい枠組み では、今まで所有者がすべきだった面倒なことは、たいていの場合、使 用者が引き受けることになるだろう。つまり見方によっては、使用する ことが所有のかわりになるのである。
脱物質化の原理に従って、あらゆる物品はその原子がビットに取り込 まれて、性能に対する重量の比率が減少する。その結果としてすべての 有形財は、無形のサービスのように振る舞う。すなわち、木材、鉄鋼、化 学製品、食品、自動車、航空便など、すべての製品は、無形財の原理に も支配されるようになる("New Rules for the New Economy"(邦題:
ニューエコノミー勝者の条件)参照)。物品は実体がなくなり、わずかの 知能を注入され、ビットで埋め尽くされて、新しい財産の力学法則に従う ようになる。あらゆる製品は、たちまち社会的所有になる可能性がある。
自動車が「電子的」すなわちデジタルになると、自動車を社会の中で 交換したり共有したりする傾向が現れるだろう。衣服に知能と賢さを埋 め込むと、人間はそれを共有物として扱うようになるだろう。 その性状
(たとえば、何でできているか、どこに存在するか、どんな環境にあるか、
など)を共有することよって、自分たちがその物品を共有していると思 うようになる。
所有という感覚は奇妙なものである。電子ブックを購入して、その本 の PDF ファイルをパソコンにダウンロードしたとすれば、あなたはそ れを所有していると言うだろう。そしてその所有権があると思う。しか し、本の PDF が無料で自動的に画面に表示されるサイトを見に行ったと すれば、ファイルが自分のディスクに転送されていたとしても、その本 を所有しているとは思わないだろう。すなわちコピーを持っていること
第 19 章 所有するよりも都合が良い
よりも金額のほうが、所有という感覚には影響を及ぼしているのだ。無 料のものでは強い所有感が発生しない。ところが、贈り物は「無料」だ と思っていても所有感が発生する。所有という感覚はその「再調達原価」
―その品物をどこか他の場所で買ったときの値段、市場価格に関係して いる。市場価格がゼロの品物であれば、それを所有しているとは感じな い傾向がある。経済活動が無料に向かって進んでいく(邦訳: 第 13 章
「技術は無料になりたがる」)につれて、所有の感覚は少なくなる。共有 される物が増えると、財産として振る舞う物が少なくなる。
共有は賃貸とほとんど違いがない。ソーシャルメディアから発生しつ つある共有経済は、実際のところ賃貸経済であると言える。しかし、私 たちは「賃貸」という言葉をあまり論理的には使っていない。有料テレ ビ放送のチャネルで映画を見るとき、実際には賃貸しているのだが、そ れを賃貸とは言わない。でも映画を利用するとき(映画を見ることは利 用することだ)、それを所有するかわりに、借りる権利に料金を払ってい る。これは賃貸である。目に見える物をやりとりしているわけではない ので、賃貸のように感じられないのだ。ネットフリックスで映画を見る ときには、小さなプラスチックのディスクが郵送されてくるので、もう少 し賃貸らしく感じる。しかし、もしもネットフリックスが突然デジタル のダウンロードに転換したとすれば(今その方向になりつつある)、それ はディスクがなくてもやはり賃貸である。デジタルな財貨について「賃 貸」という言葉を通常は使わない理由は、賃貸と言えばサービスではな く物を想起するからである。タキシードの賃貸はあるが、インターネッ ト・サービスの賃貸はない。しかし何かを賃貸するときには、所有のコ ストを集団全体で分担している。法律上の所有権は賃貸する会社に残っ ているが、実質的な所有権 ―利用する権利― はその商品またはサービス
第 19 章 所有するよりも都合が良い
を借りている集団にある。
賃貸の関係においては、借り手は所有による便益を多く享受している が、資本も維持費も不要である。もちろん借り手には不利な点もあって、
たとえば、改変する権利、長期的な利用、値上がりによる利益など、従来 の意味での所有による便益をすべて得るわけではない。賃貸という発明 は、資産の発明に決して劣らないもので、今日ではほとんどすべてのも のを借りることができる。米国の女性用ハンドバッグの小売業界は、90 億ドルの規模である。有名ブランドの高級品種は 500 ドルまたはそれ以 上で売られている。バッグは服装に合わせたり、季節的流行があったり するので、おしゃれなバッグはすぐに高価になる。バッグが高価になる のに応じて、かなりの規模のバッグ賃貸業が出現している。大都市では、
賃貸業者の素敵な店でバッグを借りることができる。あるいは、ネット 上には便利なバッグ賃貸ウェブサイトがいくつかあって、ほとんど新品 の高価なバッグを借りて利用することができる。料金は週 30 ドルから 60 ドルくらいで、バッグの人気によって異なる。賃貸業が繁盛している のは、多くの用途について、所有するよりも都合が良いからである。服 装に合わせてバッグを交換することができるし、また、返品してしまえ ばバッグを保管しておく必要がない。短期の利用には、共同所有は理に かなっている。そして今後の世の中で利用する多くの物については、短 期利用が当たり前になる。
多くの物品が発明され製造されると、1 日のうちそれを享受する時間 の合計は変わらないのだから、一つ一つの物品に費やす時間はますます 少なくなる。すなわち、現代生活の長期的な傾向として、すべての商品 やサービスは短期利用するものになるだろう。したがって、すべての商 品やサービスは、賃貸したり共有したり、あるいは社会的財となる候補
第 19 章 所有するよりも都合が良い
なのである。
流行のバッグを持てば、やはり流行の靴や宝石やスカーフが欲しくな るかもしれないが、これらはすべて借りることができる。そして今日で は、女性のファッションだけではない。あらゆる種類の高級品の賃貸市 場が拡大している。高価な男性用時計、ヨット、陶磁器、工芸品など何 でも、業者から一時的に借りることができる。より安価な商品は、以前 から賃貸の歴史がある。家具、ベビーベッド、折りたたみ椅子と机、建 築用工具、パーティー用テント、日曜大工道具、健康器具などを、米国だ けでも 1 万 2 千ほどある賃貸業者から借りることができる。