情報の増大はどこにでも見られる。もう少し見えにくくて追跡しにく いけれども、同様に爆発的に増加しているものは、知識の増大である。1 年間に出版される科学記事の数は、50 年にわたって着実に増え続けてい る。また、過去 150 年間、特許出願の数は増え続けている。この大ざっ ぱな測定基準によれば、知識は指数関数的に増加している。
第 6 章 増大する無知
知識が指数関数的に増加しているならば、難問はすぐに尽きてしまう はずだ。学習する速度が加速しているので、私たちは「科学の終焉」の 時代にいると断言している著者も何人かいる。しかし、物理学の現状を 知れば、このような立場はナノ秒の間も持ちこたえられないだろう。 宇 宙にあるすべての物質とエネルギーの 96 %は、暗黒と呼ばれる未知の 種類のものだという。「暗黒」とは、無知の婉曲表現であることは明らか
第 6 章 増大する無知
である。宇宙の大部分が何でできているのか、本当にまったくわからな い。細胞や脳を、あるいは地球も詳しく調べてみれば、同様にわからな いという状況がある。なんにもわかっちゃいない。
それでも、1 世紀前と比べると、宇宙について非常に多くのことがわ かるようになったのは確かである。このような新しい知識は、GPS や iPod(アイポッド)のような消費材で実用に供されているし、また、私 たちの寿命を着実に延ばすことにも寄与している。知識が有益な進歩を 遂げるのは、道具や技術によるところが大きい。たとえば、望遠鏡、顕 微鏡、X 線透視装置、オシロスコープなどは、ものを見る新しい方法を 提供している。新しい道具を使ってものを見ると、多くの新しい答えが 突然得られる。
しかし、科学のパラドックスは、答えの一つ一つがそれぞれ二つ以上 の新しい疑問を生み出すということだ。望遠鏡や顕微鏡のおかげで、私 たちが知っていることが増えたが、同時に知らないことも増えた。私た ちの無知を見通せるようになった。新しくて良い道具は、新しくて良い 疑問をもたらす。素粒子に関する知識は、すべて、加速器を発明した後 に生じた新しい疑問から得られたものである。
第 6 章 増大する無知
私たちの知識が指数関数的に増加しても、私たちの疑問は指数関数的 にそれよりも速く増加する。数学者が教えてくれるとおり、二つの指数 関数曲線の差が広がる様子は、それ自身がまた指数関数である。疑問と 答えの差は私たちの無知であり、それが指数関数的に増加する。すなわ ち、科学という方法は、人間の知識を増やすのではなく、無知を拡大す るものなのだ。
将来これが逆転するという理由はない。技術や道具が強力になればな るほど、そこから得られる疑問も強力になる。将来の技術、たとえば人 工知能、核融合、量子計算機(実現の近そうな例をいくつか挙げてみた)
などは、矢継ぎ早に無数の新しい疑問を――今まで全く想像したことも ないような疑問を生み出すだろう。実際のところ人間は、人間にとって
第 6 章 増大する無知
最大の疑問にまだ直面していないと考えるのが賢明だろう。
すなわち、別の言い方をすれば、私たちはまだ最大限の無知に到達し ていないということだ。
(初出: http://memo7.sblo.jp/article/20904292.html) (原文: The Expansion of Ignorance)