コミューンが過ぎ去った後、パリ音楽院では平常の教育を取り戻すと同時に、教育管理 体制の見直しが図られた。そのために、既に古くなり時代に適応しなくなってきた
50
年総 則の重要な部分にメスが入ることとなる。本章第1
節では、教育再開時の音楽院の動きを みた上で、教育を運営する内部機関の再編成に関わる重要な省令の内容を、50 年総則と比 較しながら検討し、その意義を明らかにする。この再編成とは別に、ピアノ科の教授陣にも動きが見られた。1870 年代に入るとピアノ 科教授の高齢化が進み、1874 年までにファランク夫人とエルツが相次いで退職した。第
2
節では、彼らの引退理由と教授候補者たちの経歴を比較し、いかなる観点から2
教授の後 継者が指名・任命されたのかを検討する。7-1. 教育再開と総則の変更(1871)
1871
年7
月1
日、1856年以来作曲家教授を務めていたアンブロワーズ・トマが還暦を目 前にして院長に任命され、新院長の下、パリ・コミューンで中断されていた教育が再開さ れた。再開時、その年のコンクールの実施可否が問われた。本節では、再開直後の音楽院 の対応を検討した後で、同年11
月に公教育・宗教・美術省が発布した布告を取り上げる。この布告は、20年間保持してきた教育管理体制の見直しにかかわるもので、50年総則に変 更を加え、
1878
年発布の新総則(以下78
年総則と略記する)の基礎ともなる重要なもので あった。図I-7-1. アンブロワーズ・トマの肖像373
373 Anonyme, Ambroise Thomas, ca 1870, impression photomécanique, 11 x 8 cm, Paris, BnF, cote : Est. Thomas A.
019, poste d’accès aux ressources électroniques : IFN- 8425327.
7-1-1. コンクール中止の決定
コミューン後最初に開かれた音楽教育委員会では、ソルフェージュの後期試験に先立っ て公教育・宗教・美術大臣ジュール・シモン Jules SIMON(1814~1896)が院長トマに宛て た
7
月18
日付けの手紙が読み上げられた。その内容は、既に年度末を迎えていたこの時期 に、修了コンクールを実施すべきか否かという院長の問いに対する大臣の回答である。院長殿、本年、音楽院の試験と例年のコンクールを通常通り実施すべきかとのお 問い合わせを貴殿より頂きました。私はこれが時宜を得ているとは思いません。あ れらの事件によって学習がたいへんに妨害され、コンクールのことなど考えられな いほどのことでした。コンクールに欠陥がありますと、私が特に熱を上げて以前の 正当な名声を立て直そうとしている機関の栄光にほぼ確実に新たな傷がついてし まうのではないかと思っております。
しかしながら、私は年度末の試験を実施するのはよいと思います、それは[実施 されない]コンクールに代わって生徒たちへの良い刺激になることでしょう374。
大臣は、パリ包囲とコミューンによって教育が中断されたこと、学習不十分な状態で公開 の修了コンクールが行われ、音楽院が対外的評判を落とすことの
2
点を懸念して、1870-1871
年度の修了コンクールを見送る判断を示している。コンクールを見送る代わりに、大臣は非 公開の年度末試験(後期試験)の実施を許可した。大臣は、続けて
1870
年の総則改訂の折、デルプラによって指摘された生徒の質375を問題 にして、怠惰な生徒を排除し天性(vocation)に恵まれ、かつ勤勉な生徒のみを育成するこ とに力を注ぐよう申し入れた。除名ないし退職が認められた教育諸委員会のメンバーは交代となります。そして 貴殿は、これらの委員会が真の芸術家になるべき生徒だけをクラスに在籍させると いうことについて、十分留意したいとのお考えです。無能な生徒や怠惰な生徒が、
とても才能に恵まれ勤勉な生徒の席を占めてはなりません。私はこの点について委 員会のメンバー諸氏の注意を喚起します。というのも、すべての人に真の奉仕をす ることこそが、生来の素質と真の天性を混同しがちな親や若者たちを、正当なる厳 格さを通して啓蒙することになるからです。
しかし、将来性のない生徒の前では厳しく振る舞う必要があるにせよ、勤勉な若 者たちはいくら励ましてもしすぎるということはありません。本性が[勤勉な]彼 らに秘されたる影響を与えたのです。彼らの何名かにはおそらく期待する権利のあ ったこれらの賞が[教育の中断により]奪われてしまったことの埋め合わせをすべ く、委員諸氏がもっとも相応しい措置として私に示そうと思われることについては、
喜んで教育の実施を許可します。
374 « Monsieur le Directeur, vous m’avez consulté pour servir si vous deviez procéder, cette année, comme à l’ordinaire, aux examens et aux concours annuels du Conservatoire : je ne pense pas que cela soit opportun. Les études ont été tellement entravées par les événements, qu’il ne paraît pas possible de songer à des concours dont la faiblesse, plus que probable, serait une nouvelle atteinte portée à la gloire d’une institution dont j’ai particulièrement à cœur de relever la vieille et légitime réputation. »
« Cependant, je crois qu’il serait bon de faire des examens de fin d’année qui seront, à défaut de concours, un utile stimulant pour les élèves. » AN, AJ 37/195-1, p. 135.
375 Cf. 第1部「7-1-1. コンクール中止の決定」。
クラスの試験は7月の最後の2週間に行われることになります376。
大臣が「特に熱を上げて立て直そう」としたのは、占領とコミューンで教育の遅れた音 楽院であると同時に、生徒の増加による入学審査の困難377と生徒の質の低下が指摘された 音楽院であった。
音楽院は年度末試験を実施し、8月
3
日までのうちにすべてのクラスの試験が終わった。7-1-2. 教育体制の変更(1871)
1871
年11
月9
日、公教育・宗教・美術大臣の名において、未だ保持されていた50
年総 則における重要な改訂の布告が出された。改訂の対象とされたのは第5
章、すなわちそれ まで変更を被ってこなかった教育委員会の編成である。「10月31
日付けの同院院長の手紙 に鑑み、芸術庁長官の提案に基づいて」378出されたこの布告は、第46、47、49、50
項の変 更を決定した(表I-7-3
に掲げた条文対照表を参照)。変更の要点は、これまでの音楽学習・劇学習教育委員会の機能を教育評議会(Conseils
d’enseignement)
、入学審査団(Jurys d’admission)、クラス試験委員会(Comités d’examen desclasses)と称する 3
つ新しい内部機関に分けたことにある。それぞれの機関の役割は次の通りである。
1)教育評議会
-
構成:音楽学習教育評議会と劇学習教育評議会音楽院院長(議長)、芸術庁長官、劇場局局長、学士院音楽セクションのメンバー、音楽院 作曲科教授、音楽院総管理部事務官。この事務官には、発言権はあるが投票権はない。
-
役割:音楽院教育についての一般的利害に関わる問題と措置について検討する(1872 年の評議会構成員は表I-7-4
参照)。2)入学審査団
-
構成:各科に設置され、教育評議会のメンバー(一部)とその科の正教授で構成される。院長が団長を務める。
-
役割:入学志望者の試験審査にあたる。3)試験委員会
-
構成:各教育セクションに設けられ、教育評議会の成員と音楽院正教授から選出された6
376 « Les membres des divers Comités des Etudes démissionnaires ou admis à la retraite, seront remplacés et vous voudrez bien veiller à ce que ces Comités ne maintiennent dans les classes que les élèves qui leur paraîtront appelés à devenir de véritables artistes. Il ne faut pas que les nullités ou les paresseux prennent la place des élèves bien doués et laborieux. J’appelle toute l’attention de Messieurs les Membres des comités sur ce point, car c’est rendre à tous un véritable service que d’éclairer, par une juste sévérité, les parents et les jeunes gens qui confondent souvent quelques dispositions naturelles avec une véritable vocation.
Mais, s’il est nécessaire de se montrer rigoureux avec les élèves sans avenir, on ne saurait trop encourager les jeunes travailleurs, en qui la nature a mis l’influence secrète et, pour les dédommager de la privation de ces prix, sur lesquels quelques-uns d’entre eux étaient, peut-être, en droit de compter, c’est avec plaisir que j’accorderai des enseignements à ce que, MM les membres du comité voudront bien me désigner comme en étant le plus dignes. » AN, AJ 37/195-1, p. 135.
377 本論文I-5-1に引用したオベールの手紙参照。
378 « Vu la lettre du Directeur du Conservatoire en date du 31 octobre dernier ; Sur la proposition du Directeur des Beaux-arts », AN, AJ 37/195-1, p. 155.
名、および音楽院外部の芸術家で構成される(表
I-7-5
に1872
年の各セクション委員を掲 げた)。・音楽院正教授の
6
名は、音楽院院長の提示(指名)と芸術庁長官の提案に基づいて大 臣により任命される。・この委員は、2年ごとに半数を入れ替えることができる。
・委員を外れた者は、外れてから
2
年を経なければ同じ委員会に召集されることができ ない。・教授は、自身のクラスないし自身の所属する教育科目審査のために召集された委員会 には出場することができない。
-
役割:定期試験、修了コンクールへの出場許可、奨学年金の配分と増額を検討する。このように、教育評議会は教育に関する中心的な意志決定機関として位置づけられ、そ の下に、規則や決定に従って入試や定期試験を実践する機関としての入学審査団・試験委 員会が設けられることとなった。この機能分散により、評議員の事務的な負担を減らしつ つも、多くの生徒の試験の管理が可能になった。
入学審査団の特徴は、その科目の教授に重点を置く点にある。次に
1871
年11
月23
日に 行われたピアノ科入学試験の審査団の構成を示す。表I-7-1. ピアノ科入学試験の審査団の構成(1871年11月23日)
役職 名前
政府劇場局長(音楽学習評議会委員) A. ド・ボープラン 作曲科教授(同前) ルベール 和声・実践伴奏科教授(同前) バザン
音楽史講師(同前) バルブロー ピアノ科教授 マルモンテル
ピアノ科教授 エルツ
ピアノ科教授 ファランク夫人
ピアノ科教授 ル・クーペ
音楽院総務官(発言権のみ) ウジェーヌ・フェラン 教務長・事務官 エミール・レティ
10
名からなる審査団のうち、投票権をもつのは音楽学習評議会委員とピアノ科教授の計8
名で、その半数をピアノ専科教授(全員)が占めている。入試では、受験生の将来性を専 門的な観点から審査することが重視されていた。一方、試験委員会ではこれと反対の措置が取られている。定期試験の審査には、その専 攻の教授が加わることは認められなかった。
50
年総則第94
項は、審査の公平性を確保する ためにコンクールで審査員が自身のクラスの審査に加わることを認めていなかったが、1871
年の改訂条文にも、類似した考え方が定期試験について反映されたといえる。その背 景には、教授が自身のクラスから多くのコンクール出場者を輩出させ、他の同僚のクラス に出場者を出し渋るといった不公平な審査を排除する意図があったと考えられる。しかし、専攻教授が審査に加わらないで実技の特性を正しく評価することができるのか、
という批判が当然予想される。音楽院はこの批判を、専攻外教授の中でもピアノに精通し た教授や同様の外部音楽家を委員に起用することで回避することができた。次の表は