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【図17】江蘇省
中国地團出版社(1987年)を参考に著者が作成した。
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(8)黄運爾河各道道光11年銀爾問題
『林則徐集』36〜38頁には,以下の史料がある。
「黄運爾河各道属道光十一年分奏杏男案用銀総敷摺」(道光十二年四月十五日)
奏爲査霰道光十一年分黄、運爾河各道属奏沓男案用銀総敷,比較上三年銀敷,循例繕 具清軍,恭摺奏祈聖堕事:
籍臣巻査嘉慶二十一年准工部杏開: 凡河道男案工程,無論題春各案,於三汎後,
將一年統用銀敷彙奏一次,並將上三年男案所用銀敷多寡,分晰比較,以備査霰 等因。
奏奉諭旨: 依議。 欽此。通行遵照,按年具奏。並於道光八年十二月内接准部杏: 奏 奉上諭: 嗣後彙奏軍内,除歳槍修定額外,凡一年男案工程,倶入軍内聲明比較 等因。
欽此。 欽遵各在案。
臣査道光十一年黄河男案工程,前河臣原奏内稻1 大汎長水二十七次,共計七丈六 尺四寸,兼因秋雨湧泥,山河匪注,爾岸瞼工畳出,直過霜清始得槍護平穏,用銀較多 於往年 等語。已於上年十月問繕具清輩,奏蒙聖肇在案。至運河閾煽行渠土石陛掃各 工,非牧水利運,即泄漂保陛,亦経前河臣随時霰明,分別奏沓 理。所有該年黄、運 爾河工程,除歳槍修定額母庸比較外,其一切男案銀敷,開婦道属較上三年爲多。河北 道属比九年錐多,較八、十爾年均少。克折道属比八、十爾年稽多,較九年傍少。運河 道属奏案比八年微多,較九、十爾年倶少,杏案比八、九雨年爲多,較十年減少。
弦擦各該道遵照造送各案銀敷比較清冊前來,臣覆霰無異。理合循例繕具清輩,恭 摺具奏,伏乞皇上聖堕,救部存霰施行。謹奏。
清輩
謹將道光十一年分河南、山東爾省黄、運爾河各道属男案奏沓用銀総敷,並比較上 三年銀敷,分晰開繕清輩,恭呈御覧。
開婦道屡:
道光十一年分奏 男案砕石土掃各工,共二十七案,共用銀九十萬三千六百八十四 爾六銭五分九麓。比較道光十年分男案樺石土掃各工共用銀八十三萬三千三百二十二 爾四銭九分五螢,十一年計多銀七萬三百六十二爾一銭六分四楚。比較道光九年分男 案砕石土帰各工共用銀八十三萬一千九百七十四雨四銭六麓,十一年計多銀七萬一千 七百一十雨二銭五分三螢。比較道光八年分男案葎石土婦各工共用銀七十九萬二千一 百七十五爾三楚,十一年計多銀十一萬一千五百九爾六銭五分六麓。
河北道属:
道光十一年分奏 男案砕石土婦各工,共十七案,共用銀四十四萬九千三百二爾二 銭三萱。比較道光十年分男案砕石土掃各工共用銀四十六萬一千七百七十二雨六銭一 麓,十一年計少銀一萬二千四百七十爾三銭九分八螢。比較道光九年分男案砕石土掃
工共用銀四十二萬七百爾一銭一分二麓,十一年計多銀二萬八千六百二爾九分一螢。
較道光八年分男案砕石土掃各工共用銀五十三萬二千九百一十四爾五銭七分三麓,
一年計少銀八萬三千六百一十二爾三銭七分。
共道年屡光萱年萬八萬属光比 道道五 道道 各比十活 分十十道銀河 克
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道光十一年分奏 男案土帰各工,共九案,共用銀十五萬四千四百六十八爾八銭六 五萱。比較道光十年分男案土掃各工共用銀十四萬七千六百三十五爾七銭一分一麓,
一年計多銀六千八百三十三爾一銭五分四萱。比較道光九年分男案土帰各工共用銀 六萬二千六百九十二雨四銭五螢,十一年計少銀八千二百二十三爾五銭四分。比較 光八年分男案土婦各工共用銀十三萬六千九百四十三雨五銭七分三贅,十一年計多 一萬七千五百二十五爾二銭九分二楚。
頒看粉肝翁鑑薦珀 鐘肝磯鳩識紗価備 二銀爾銀 爾年五銀 爾少八輔臨五一銭用 七計十共六十十七共嵐 十年八案分三・雨案五 七一百奏九百螢五苔分 百十二分銭七七十分八 一 ・千年三千分七咋銭 汗萱八八雨一九百ノ四六四萬光六萬銭七光爾 萬爾九道十﹁三千道一一 九九銀較八銀爾九較十 銀十用比百用一銀比六 用三共︒一共百用︒百 共百案麓千︐七共楚三 ︐三奏一一案千案六千 案千分分銀四二杏分一 三九年三多十萬分五銀 十萬九銭計一一一年銭多 共九光五年共銀九五計 ︐銀道爾一 ︐用光雨年 工用較一十工共道九一 各共比十ヲ各案較十十 案案︒一麓案春比五︐ 男奏螢百三男分︒百萱 分五一分辮年麓九六 奏年分千三杏十六千分 分十七二銭分光分一二 年光銭銀八年道八銀銭 一道七少爾︸較爾多八 ・十較爾計十十比六計雨 一年九光︒十年二 ︒十一百道麓六一十 楚六十九 一百十七
道光12(1832)年4月15目の上奏文では,黄河,運河の各道台によって施行された道光 11(1831)年の臨時堤防工事に費やした銀の総額を報告し,それ以前の3年間の工事費と 比較して上奏している。
嘉慶21(1816)年工部(76)の公文において,河道の臨時堤防工事の三洲(77)における1 年の工事費の総額を上奏し,3年間で費やされた臨時堤防工事の費用の多寡と比較分析し,
調査に備えたいと書かれている。
また,道光8(1828)年12月の公文では,歳槍修(毎年行なう修築工事で緊急を要する もの)(78)の定額の他,およそ1年の臨時工事は,軍(目録,明細書)(79)に入れその中で比 較して明らかにすると書かれている。
そこで,林則徐は,道光11(1831)年の黄河の臨時工事を調査すると,前河道総督嚴娘 から,大水による増水は27回あり,合わせて水位7丈6尺4寸(24m44.8cm)あり,秋 の大雨も重なり,山河は溢れ,両岸で工事に要する危険箇所が何度も出現した。霜清(11 月頃)(80)が過ぎ緊急工事を始めたところ危険箇所は平穏となったが,費やした銀は例年と 比べて多くなったとの報告を受けて林則徐が調査した。前河道総督嚴娘は,運河の關煽は
渠(81)を築き,土石堤防から水が漏れていることを調査し,それぞれ上奏し処理している。
林則徐は,河南省と山東省の黄河,運河に属する開蹄道,河北道,克折道,運河道のそ れぞれにっいて,道光11(1831)年分の臨時堤防修復工事に費やした銀の総数とここ3年 間の銀数と比較し分析し,清軍(82)として道光帝に報告している。
【表4】【表5】【表6】【表7】にまとめた結果,過去3年間と林則徐自身が見積もりし た道光11(1831)年においての見積り額に大きな差がないことから道光11年において不正 な見積もりをしていないことが推測される。
【表4】開隔道における道光8〜11年の男案用銀総敷及び比較
道光11年@ 道光10年⑤ 道光9年◎ 道光8年①
開蹄道(奏 ) 903,684爾