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ドキュメント内 林則徐の黄河・運河治水事業について (ページ 35-42)

       【図10】山東省

謹其駿『中國歴史地圖集』第8冊,中国地團出版社(1987年)を参考に著者が作成した。

(3)山東省運河発折雨道の河庫銭糧問題

『林則徐集』22頁には,以下の史料がある。・

  「東省運河克折爾道河庫銭糧盤査無麟摺」(道光十二年正月二十二日)

奏爲盤査東省運河、党沢爾道河庫銭糧,恭摺具奏,仰所聖堕事:

 霜照豫、東雨省管河四道,倶有経管河庫銭糧,総河有稽査考藪之責,到任後例磨 盤査具奏。又,案准部沓: 東河各道庫貯銀雨,於年終盤査奏報。 臣於上年臓月到 任,其時巳届年終,自磨併案盤査以蹄霰實。即経飾擦各道將庫存各款分別開冊詳送前 來。弦臣於本年正月初四、初八等日,先後親赴運河、克折爾道庫逐款盤査:運河道庫 磨存銀九萬五百五十一爾三銭九分五萱,制銭こ十四千九百六十六文;克折道庫磨存銀 六萬二千四百五十七爾八銭三分八麓。當堂査封庫冊及牧支月報庫簿,霰與現存銀敷均 属相符。逐封弾免,平色亦皆足實,並無藺短。

 除豫省開蹄、河北爾道庫,侯臣赴豫査験工料順道盤査,男行具奏外,所有到任年 終併案盤過東省運河、克折爾道河庫銭糧無麟縁由,理合恭摺具奏,伏乞皇上聖肇。謹

奏。

 道光12(1832)年1月23目の上奏文では,林則徐は道光帝に山東省克州府と同省折州 府【図10】の両道河の道庫(29)の銭糧(30)をくまなく調査し欠額がないことを上奏してい

る。

 河南省と山東省は四つの河道を管轄しており,道庫の銭糧を管理し,河東河道総督林則 徐はそれらを調査する責務を負っているとしている。

 そこで,林則徐は1月4目と8日に於いて山東省克州府と同省活州府の銀雨(31)の実地 調査を行い,運河道庫は銀90,551爾3銭9分5麓,制銭(32)24,966文,克折道庫は銀62,457 雨8銭3分8螢あり,これは帳簿と合致していると報告している。

 以上の山東省克州府,折州府の銀爾調査の結果,銀雨の備蓄が十分であることが明らか となり,前述の湘,捕,上三磨の工事費(総額36,370雨)に支出されたものと考えられる。

帳簿と道庫の銭糧を照らし合わせることにより,各河道を管轄する官僚の不正行為がない かどうかを林則徐自らが実地調査して上奏している。

 引き続き林則徐は,河南省開封府蹄徳府道庫【図11】と河北(33)道庫の銀爾にっいても 実地調査を行いたいと上奏し,林則徐は河工において官僚による不正がないかどうかを積 極的に調査していることがうかがえる。

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(4)河標四螢の兵員,銀爾問題

『林則徐集』22〜23頁には,以下の史料がある。

   「査明河標四螢暫裁兵額及節省銀敷摺」(道光十二年正月二十二日)

奏爲査明臣標四螢暫裁兵額,恭摺具奏,仰所聖竪事:

 霜臣接到撫臣訥爾経額杏會,承准廷寄: 欽奉上諭: 前擦長齢等奏,簿 回彊 善後事宜,請將各省緑螢兵額,各按馬歩守兵,分別均句,於毎百名内暫裁二名,將裁 欲所節経費解交甘粛藩庫,自道光十二年爲始,蹄入回彊経費項下,搭運前往,以資支 襲,交該部査明具奏。薙接奏,各直省地方瞼易異宜,兵敷多寡不一,且額兵有存城分 況之別,存城者以備差操,爲敷稽多;分汎者以専戌守,人敷較少;自慮由各省査明霰  。著各該省督撫各按全省兵敷,以毎百名暫裁二名霰計,共裁馬歩守兵若干名,於所 属標螢内詳査繁簡多寡情形,遇有抜補開革事故,所出之敏,磨陸績分別拍除,及所裁 餉銀、糧折、馬乾並紅白憧賞銀爾,慮酌定裁減敷目,一併迅速査明,各行接實覆奏。

將此各諭令知之。 欽此。 欽遵移會到臣。並准杏稻,臣標各螢磨由臣査霰具奏等因。

 伏査臣標中、左、右三螢並濟寧城守共四螢,額設馬歩守兵一千六百四十六名,以 毎百名暫裁二名霰計,共磨裁兵三十三名。惟其中存城分沃,本有繁簡多寡之殊,自磨 恪遵聖諭,詳査情形,分別裁減。現査沿河分駐汎兵四百三十五名,存城差操者一千二 百一十一名。是分況兵丁人敷本少,而所管沿河況地有三百六十餓里之長,分設四十四 汎,催漕機護,差事段繁,自未便一律議減。擬將臣標四螢磨裁兵丁三十三名之籔,統 就存城兵内酌量裁撤。自道光十二年爲始,遇有抜補開革事故,随時拍除。計有閏之年 約共節省餉乾米折憧賞等銀七百五十鯨雨,無閏之年節省七百爾零,於各螢請領季餉冊 内聲明拍存司庫,彙案搭解。接各該螢會詳前來。

  除啓覆撫臣外,理合將査明暫裁兵額及節省銀敷縁由,恭摺具奏,伏乞皇上聖竪,

救部霰議施行。謹奏。

 道光12(1832)年1月22目の上奏文では,林則徐は道光帝に河道総督林則徐が管轄す る河道における4っの螢の兵員を減らし,銀爾を節約することを上奏している。

 林則徐が管轄する河道とは,山東省中,左,右(場所については詳細不明)3螢と同省 濟寧州の合わせて4っあり,馬歩守兵(34)は1,646名を数え,100名毎に2名を減らし,計 33名を減らす。馬歩守兵の兵員の内訳は、緑螢に配置された兵は435名,城を監守する兵 は1,211名である。況兵(35)はもともと少ないが,管轄する沿河は360里と非常に長く,

44の沃を設けており,漕運の防備には今以上に兵員が必要であると述べている。

 また,兵員の削減による経費の節約だけでなく,銀爾の節約についても林則徐は実施し ている。道光12(1832)年より始めた節約は,閏年には餉乾米折憧賞(36)等銀雨を合計750 両あまりを節約し,閏年でない年には700両を節約し,合計1450両あまりを山東省の司庫

(37)に送っている。

この上奏文では,道光帝の「節倹政治」に応えようとしていることがうかがえる。

1註】

(1)

(2)

(3)

︶︶ 45 ︵︵

(6)

(7)

(8)

(9)

前掲 井上裕正『林則徐』より引用。

土人とは,其の土地に生まれた人民。土地の人のことであり,土民とも言った(『南 史』周艮傅)。

汎とは,清代,緑螢兵の派出所をいう(『清會典事例』兵部,八旗庭分例,況守)又 は河川の氾濫を意味することもある(『宋史』河渠志)。

員弁とは,文武の官員をいう(『清會典事例』兵部,職制)。

探とは,城壁や塀の強度を増すために一定距離ごとに厚く築いてある部分のことで ある(愛知大学中目大辞典編纂処編『中日大辞典』中目大辞典刊行会,昭和55年)。

『林則徐集』18〜19頁。

註(6)前掲『林則徐集』に同じ。

註(6)前掲『林則徐集』に同じ。

註(6)前掲『林則徐集』に同じ。

(10)註(6)前掲『林則徐集』に同じ。

(11)註(6)前掲『林則徐集』に同じ。

(12)珈とは,江蘇省徐州府の運河に注ぎ込む瀕河をいう(『讃史方輿紀要』山東,克州   府折州)。

(13)捕とは,山東省にある地名と考えられるが,詳細は不明である。

(14)上とは,山東省にある地名と考えられるが,詳細は不明である。

(15)開とは,水門をいう(前掲『中國河工辞源』)。

(16)漕運とは,清代は,額賦中,地丁を除くの外,山東,河南,江蘇,安徽,江西,漸   江,湖北,湖南等の省から米及び豆を徴収して京師に韓漕するを漕運という(『皇朝   文獣通考』國用考,漕運,漕運規則例)。

(17)『林則徐集』20〜21頁。

(18)銭糧とは,租税をいう(『宋史』職官志三)。

(19)伽河とは,註(12)に同じ。

(20)繹とは,縣名。山東省臨折縣の西にある(『清史稿』地理志)。

(21)張荘關とは,山東省にある地名と考えられるが,詳細は不明である。

(22)陽穀とは,縣名。山東省柳城縣の西南。黄河の北,馬頬河の東南岸にある(『讃史方   輿紀要』山東,克州府,東平州)。

(23)荊門とは,山東省にある地名と考えられる。詳細は不明である。

(24)波河とは,川の名。山東省に在り。運河の上流にある(『明一統志』)。

(25)北沙河とは,山東省克州府にある運河に注ぎ込む河をいう(『清史稿』地理志)。

(26)趙王河とは,山東省克州府にある運河に注ぎ込む河をいう(『清史稿』地理志)。

(27)堂博とは,山東省東昌府にある堂邑と博平をいう(『清史稿』地理志)。

(28)土橋とは,山東省濟南府にある土橋をいう(『清史稿』地理志)。

(29)道庫とは,清制,監運司,監法道,糧道,河道,兵備道等の所管に属する倉庫をい   う(『戸部則例』)。

(30)銭糧とは,租税をいう(『宋史』職官志三)。

(31)銀爾とは,金銭,現金のことである(『清國行政法汎論』皇室財産,荘田)。

(32)制銭とは,官局で鋳造した銅銭の名。清代には,戸部,工部及び各省で鋳造し,各   地方に通行したものである(『清律』戸律)。

(33)河北とは,黄河の北方の地をいう(『爾雅』繹丘)。

(34)馬歩守兵とは,馬兵を指し,騎兵,緑螢,馬兵をいう(『六部成語』兵部,馬兵,注   解)

(35)況兵とは,清代,守備,都司等の下に属する緑螢兵のことである(『清會典事例』刑   部,刑律賊盗,強盗)。

(36)餉乾米折憧賞とは,餉は,俸給又は税金類をいい(『清會典』戸部),乾は,馬を飼   養する草豆をいい(『六部成語』兵部,馬乾,注解),折は,食糧をいい,位賞は,

  清の制度で,紅白事賞銀を指し,紅白,即ち吉凶の事あるに際し,例に照らして給   付する銀のことである。紅白は清の制度で,八旗官員の家に吉凶の事ある時,吉事   を紅といい,凶事を白といった(『清會典事例』八旗都統,優憧)。

(37)司庫とは,官名。武器,財寳等の出納を掌っていた(『唐書』百官志二)。

江蘇巡撫 林則徐

ドキュメント内 林則徐の黄河・運河治水事業について (ページ 35-42)