第 3 章 ステレオタイプ抑制による逆説的効果の個人差
3.3 対人認知における認知的複雑性:多次元的な認知構造
認知的複雑性とは,対人認知を規定する認知的特性であり,社会的環境,な かでも他の個人を複数の次元を利用して捉えているかどうかという特性である
(Bieri, 1955)。認知的複雑性が低い個人は,単一次元上で対人認知を行ってい るのに対し,認知的複雑性が高い個人は,対人認知の際,他者を多次元的に捉 えていることが示されている(池上, 1983)。さらに,認知的複雑性が高い個人 は,対人認知の際に,お互いに葛藤する情報を処理することができることが示 されている(e.g., 池上, 1983; Tripodi & Bieri, 1964)。
認知的複雑性による非優位ステレオタイプ的特性の利用可能性の違い
Bieri(1955)の考えは,個人に対する捉え方に焦点を当てているが,集団も 社会的環境のひとつであるので,集団に対する捉え方も,認知的複雑性の高低 によって異なると考えることができる。個人に対する捉え方と同じように,認 知的複雑性が高い個人は,集団を多次元的に捉えており,集団のさまざまな次 元を利用してその集団や集団成員を判断していると考えられる。つまり,認知 的複雑性が低い個人は,主に優位ステレオタイプ的特性やその反対の内容の特
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性である反ステレオタイプ的特性が利用可能なのに対して,認知的複雑性が高 い個人は,それらだけでなく,非優位ステレオタイプ的特性も利用可能である と考えられる。
認知的複雑性による優位ステレオタイプ的特性のアクセス可能性の違い
さらに,認知的複雑性によって,優位ステレオタイプ的特性に対するアクセ ス可能性も異なると考えられる。先行研究では,認知的複雑性が低い個人は高 い個人よりも,ステレオタイプ的な判断をしやすいことが示されている(e. g., Ben-Ari, Kedem, & Levy-Weiner, 1992)。このことから,認知的複雑性が低い個人 は,日常的に優位テレオタイプを用いて対人判断を行っているため,優位ステ レオタイプ的特性を繰り返し利用していると考えられ,優位ステレオタイプ的 特性に対するアクセス可能性が慢性的に高くなっていると考えられる。一方,
認知的複雑性が高い個人は,優位ステレオタイプ的特性だけでなく非優位ステ レオタイプ的特性も利用して対人判断を行っていると考えられるため,認知的 複雑性が低い個人よりも,優位ステレオタイプ的特性に対するアクセス可能性 は高くはなってはいないと考えられる。
認知的複雑性による代替思考の使用しやすさの違い
以上の議論から,認知的複雑性の高低によって,優位ステレオタイプ抑制の 際にどの代替思考を使用しやすいかが異なると考えられる。前章の第 2 章で述 べたように,優位ステレオタイプ抑制における対象集団に関連した代替思考に は,反ステレオタイプ的特性と非ステレオタイプ的特性があると考えられ,反 ステレオタイプ的特性を代替思考として使用する場合には,逆説的効果が低減 されにくく,非優位ステレオタイプ的特性を代替思考として使用する場合には 逆説的効果が低減されやすいと考えられる。
認知的複雑性が低い個人は,非優位ステレオタイプ的特性が利用可能ではな
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く,さらに,優位ステレオタイプ的特性に対するアクセス可能性が高いので,
優位ステレオタイプ抑制の際には,優位ステレオタイプ的特性の反対の内容で ある反ステレオタイプ的特性を代替思考として使用しやすいと考えられる。一 方,認知的複雑性が高い個人は,非優位ステレオタイプ的特性が利用可能であ り,優位ステレオタイプ的特性に対するアクセス可能性が認知的複雑性が低い 個人よりも高くはないので,優位ステレオタイプ抑制の際には,反ステレオタ イプ的特性だけでなく,他の特性,つまり非優位ステレオタイプ的特性をも代 替思考として使用しやすいと考えられる。
このように,認知的複雑性が高い個人は,それが低い個人よりも,優位ステ レオタイプ抑制の際の代替思考として,非優位ステレオタイプ的特性を使用し やすいために,上の序論3.2で述べたように,実行過程および監視過程の働きが 弱くてもよく,その結果,優位ステレオタイプ的特性に対するアクセス可能性 が高まりにくく,逆説的効果が生じにくいと考えられる。
本論文の仮説のまとめ
第Ⅰ部で述べてきた仮説をまとめると次の通りである。第 2 章では,優位ス テレオタイプ抑制の際に,非優位ステレオタイプ的特性を代替思考として使用 すると逆説的効果が低減されやすいという仮説を立てた。しかしながら,第 3 章で述べたように,非優位ステレオタイプ的特性の利用可能性には個人差があ り,非優位ステレオタイプ的特性の利用可能性が高い個人は低い個人よりも,
非優位ステレオタイプ的特性を代替思考として使用しやすいので,逆説的効果 が生じにくいと考えられる。この非優位ステレオタイプ的特性の利用可能性の 個人差の背後にある認知的特性のひとつとして認知的複雑性を取り上げ,認知 的複雑性が高い個人は逆説的効果が生じにくいが,認知的複雑性が低い個人は 逆説的効果が生じやすいという仮説を立てた。
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第Ⅱ部の実証研究では,第Ⅰ部の第 2 章と第 3 章で述べた仮説を実証的に検 討する。
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