第3章では、完全には再現できない線とかたちを扱っている。それ らを、自由曲線とそれにより描くかたち、自然界における統計的なフ ラクタル、偶然性のある線とかたち、可視化による線とかたちの4つ に大きく分類している。しかし、それらのかたちは、自然界における 統計的なフラクタルを除くと、もとと同じように見えるという、再現 に近い表現は可能である場合がある。
「3。2」では、自然界に存在するかたちや現象、人体の複雑な構造、
植物や動物の器官などの複雑なかたちを扱う。それらの複雑なかたち を統計的なフラクタルという視点でまとめる。
また、「3.3」では、偶然性のある表現と、その表現の工夫を取り上 げる。統計的なフラクタル性を含むかたちの中で、造形表現に利用さ れる人為的なかたちを扱う。
「3.4」では、本論文独自の定義による可視化をもとにしたかたち を扱う。そのかたちも、統計的なフラクタルともかかわりがあるもの がある。そして、3.1〜3.4と進むにつれて、手で直に描く表現、何 かの手段を用いる偶然的な表現、そしてさらに複雑な表現を扱ってい
くことになる。
3.1 自由曲線とそれにより描くかたち
3、1.1 自由曲線とは何か
本論文では自由曲線を、完全には再現できない線であり、統計的な フラクタル性を持たない線であるとする。それらは、フリーハンドで 描かれた線を意味する。また、完全には再現できないかたちの輪郭線 や、そのかたちを構成する線の中から取り出した部分の線が自由曲線 になっていることもある。
本論文における線の定義をもとに考えると、点が自由に動いた軌跡 が自由曲線となる。また、幾何学的な線や自由曲線を自由に変形した ものも自由曲線と扱っていく。線が変形するという考え方は、カンデ ィンスキーの著書『点・線・面抽象芸術の基礎』を参考にしている。
そして、この項でもその著書を参考にする。
「1.1.3」では、側面から加わる圧力により直線が折れ曲がり、曲線
62
.者
ロゆ す
図1
→
↓ 芸
図2
図3
\⊥/〒\↓ノ
図4
がうまれる、という線の性質を挙げた。その性質からは、圧力が加わ ると曲線も折れ曲がっていくという意味も読み取れる。ただ、直線や 曲線を折り曲げるという意味は、一度描かれた線を折り曲げていくと いう意味ではない。描く過程において線を曲げていくのである。
図1〜3は、圧力により曲線が変化した様子を示している。その曲 線には、任意の波状曲線という名前がっけられている。任意の波状曲 線は、以下のように説明されている。
「幾何学的・波状曲線のずれたもの、幾何学的な形姿は消え、プラス とマイナスの圧力の交替が不均等で、前者が後者を大きく圧倒してい
る。」(註1)
図2については「プラスの圧力が最高度に達している」(註2)と説 明されている。どのくらいが最高度か、ということは、数字で示され てはいないので客観的には分からない。ただ、「圧力が大きくなれば、・
それだけ直線から逸れる度合いも大きくなる。」(註3)と述べられて いるように、圧力が強いほど曲線は大きく曲がるということは言える
だろう。
なお、幾何学的・波状曲線については図4のような例が示されてい る。そして、以下のように説明されている。
「等しい大きさの半径一プラスとマイナスの圧力とが均等に交替、緊 張と弛緩が交替する水平的進行」(註4)
半径という言葉が使われており、曲線に円弧が含まれていると分かる。
そこから考えても、幾何学的・波状曲線はその名前の通り、幾何学的 曲線を部分に含んだ曲線であると考えてよいだろう。
以上のような任意の波状曲線と幾何学的・波状曲線の関係をもとに、
任意の波状曲線を、本論文における自由曲線におきかえてみる。する と、自由曲線は、幾何学的な線や自由曲線を自由に変形したものであ ると考えることができる。
そして、カンディンスキーは、直線や曲線をこのように曲げる力を、
点に対して外部への緊張と方向を与えるもの、と扱っていると考えら れる。これは、以下のような文章から考えられる。まず、カンディン スキーは点の持つ緊張について、こう述べている。
「点はただ1つの緊張を内蔵するのみで、方向を持つことはありえな
い。」(註5)
「外部からの力により、… 中略…点の求心的緊張は破壊され、点自
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λ 図5
→賓 →↓ 芸
→ ↑
図6
信はその生命を失うと同時に、点から、新しい存在が生まれる。」
(註6)
「線は無条件に緊張、方向、そのいずれの分け前にもあずかってい る。」(註7)
これらの文章から、点は内部への緊張を持っているが、外部から加え られた力によりその緊張は失われる、ということが分かる。
ここから以下の文章では、直線や曲線を曲げる力を、単に力と呼ん でいく。そして、直線は1つのカにより成り立っている。
「外部から加わる力が点を塗る方向へ動かす時、線の最初の型が実現 する。その際、一度とられた方向は永久不変、且つまた線は、まつす ぐの道を無限に進む傾向を持つ。これが直線である。」(註8)
氏 いう直線の説明からも、1つの力、つまり1つの方向さえ与えられた ら直線は成立すると分かる。
そして、2つの力が交互に作用すると、図5のように角のある線が 生まれる。ただ、このような折れ線は、2つの線分の衝突によっても うまれる。また、2つの力が同時に作用すると、図6のように曲がっ た線が生まれる。なお、曲がった線というのは任意の波状曲線と同様 のものと考えられる。曲がる向きが変化する度に、2つの力が同時に 作用しているように見える。
以上のようなカンディンスキーによる線の扱い方を、本論文におけ る自由曲線におきかえて考察してみる。そうすると、カの調整により 描ける線を変化させることができると考えられる。力を一方向に向け ていると、直線のように見える線を描くことができる。また、力を入 れて描いていく途中で力を抜くと、線の動きが止る。そしてまた向き を変えて線を描き始めると、折れ曲がった線を描くことができる。そ して、力の入れ方を変えていくと、変化のある曲線を描いていくこと ができる。
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∴勝 ・
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3.1.2 自由曲線により描く
ここで、グラフィックデザイナーである粟津潔による自由曲線の説 明を示しておく。粟津潔も図7のように、自由曲線による多様な表現 を行っている。
「自由曲線とは、幾何学的曲線とは異なり、人々の心に映るものを描 き出す時に用いる線をいう。あるいは幾何学的には感受することがで
図7 64
きない線をいう。」(註9)
人々の心に映るものを描き出すという意味を、2つの意味に分けて 考えてみる。1つは、頭の中に浮かぶ自由なイメージや具体的なかた ちを想像して描くこととする。もう1っは、視界に入るものを見て描 くこととする。この分類だと、理念的なかたちと現実的なかたちとい う分類と捉えられてしまう。しかし、頭の中では、以前に見た具体的 なもののかたちもイメージできる。それに、理念的なかたちの1つで ある幾何学的なかたちも、明確に1つのかたちとしてイメージできる。
幾何学的なかたちが再現できるということから考えても、頭の中で同 じかたちを常にイメージしたり、便宜的に視覚化したりできると考え
られる。
何かを見て描くということも、ただ、機械的に綜やかたちを写し取 るというわけではない。目に見えるかたちの構造を頭の中でとらえ直 したり、以前に見たそれと同様ものをもとに、かたちを把握したりす ることがある。特に造形表現では、機械的な写実表現を常に求めるわ けではない。それゆえ、何かを見て描くということも、実際に見える かたちを、頭の中でイメージし直して描き表すことと考えてみる。
例えば、目に見える人工的なかたちを風景や静物として描く場合を 考えてみる。当然ながら、人間が作った工業製品、機械、建築物など は、幾何学的なかたちが多い。直線、円弧、幾何学的曲線などが輪郭 線となっている。それらを見たときには、幾何学的なかたちと感じる
ことができるだろう。しかし、それらを描き出す時にはフリーハンド によっても描くことができる。つまり、何かを見て描くことも、頭の 中で理念として考え直したことを描くことと考えられる。
自由曲線は頭の中で思い浮かべる自由なイメージを描き表したり、
何かを見て描き表したりする時の、最も基本的な線となると考えられ る。また、最も自由度が高い表現が可能になると考えられる。そして、
フリーハンドにより自由曲線を描いても、幾何学的なかたちと同じよ うに見える線やかたちを描くことができる。
例を挙げると、真っ直ぐな線や、きれいな丸いかたちを描くことが できる。粟津潔は、自由曲線は幾何学的には感受できないと説明して いた。しかし本論文では、自由曲線を用いても、幾何学的な感覚を受 けるかたちを描き表すことができるとする。
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