(2) 労務が履行されなかった場合の報酬請求権
使用者の責めに帰すべき事由により労務が履行されなかった場合の報酬請 求権の帰すうについて,判例・通説は,実際に労務が履行されなくても,民 法第536条第2項を根拠として,具体的な報酬請求権が発生すると解して いる。この見解は,同項を,雇用契約に関しては,労務を履行していない部 分について具体的な報酬請求権を発生させるという意味に解釈するものであ るが,その解釈を条文の文言から読み取ることは容易でないという問題点が 指摘されている。そこで,同項を含む危険負担の規定を引き続き存置すると いう考え方を採用する場合にも(部会資料5-1,第4,3(16頁)参照) , 同項とは別に,労働者の具体的な報酬請求権の発生の法的根拠となる規定を 設けるべきであるという考え方が提示されているが,どのように考えるか。
また,労務が履行されなかった場合における既履行部分の報酬請求権の帰 すうについて明らかにするため,明文の規定を設けるべきであるという考え 方が提示されているが,どのように考えるか。
(参考・現行条文)
○(債務者の危険負担等)
民法第536条 (略)
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなった ときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自 己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなけ ればならない。
(補足説明)
1 問題の所在
ノーワーク・ノーペイの原則からすると,労務が履行されなかった場合には,
常に具体的な報酬請求権が発生しないという結論になりそうであるが,それでは 使用者の責めに帰すべき事由によって労務の履行が不能となった場合にも労働者 が全く報酬を請求することができなくなる等,妥当な結論を導くことができない。
この点について,判例(最判昭和37年7月20日民集16巻8号1656頁 等)・通説は,使用者の責めに帰すべき事由により労務の履行が不能となった場合 には,実際に労務が履行されなくても,民法第536条第2項を根拠として,具 体的な報酬請求権が発生すると解している。
この見解は,「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができ なくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない」と規定する民 法第536条第2項について,雇用契約に関しては,労務を履行していない部分 に係る反対給付としての具体的な報酬請求権を積極的に発生させるという意味に 解釈することにより,同項を具体的な報酬請求権の発生の法的根拠とするもので あるが,このような見解に対しては,条文の文言からは必ずしも読み取ることが
できないという問題点が指摘されている。
仮に,民法第534条第1項の危険負担制度を廃止し,同法第536条第2項 のみ引き続き存置するという考え方を採用する場合であっても(部会資料5-1,
第4,3(16頁)参照),この規定とは別に,労働者の具体的な報酬請求権の発 生の法的根拠となる規定を設けるべきであるという考え方が提示されている。
このような考え方について,どのように考えるか。
2 具体的な報酬請求権の発生要件に関する考え方
上記のような規定を設けるべきであるとする考え方は,具体的な報酬請求権の 発生要件について,以下のような考え方を提示している。これらの考え方は,民 法第536条第2項の「責めに帰すべき事由」という概念が多義的であることか ら,学説による解釈論を踏まえて,これをできる限り明確化すべきであるという 考慮に基づき,提案されているものである。
[A案]使用者の義務違反によって労務を履行することが不可能となったときは,
約定の報酬から自己の債務を免れることによって得た利益を控除した額を請 求することができるとする考え方(参考資料1[検討委員会試案]・360頁)
[B案]使用者側に起因する事由によって労働できないときに報酬を請求できる が,自己の債務を免れたことによって利益を得たときは,その利益を使用者 に償還しなければならないとする考え方(参考資料2[研究会試案]・211 頁)
[A案]は,前記「第2,4(2) 仕事の完成が不可能になった場合の報酬請求 権」の改正提言と同様の考え方に基づくものである。この考え方に対しては,[A 案]の考え方によると,雇用契約における使用者の受領義務があると解釈される のではないかとした上で,そのような解釈を前提とすると,裁判例(東京高決昭 和33年8月2日労民集9巻5号831頁(読売新聞社事件))や有力説によって 否定されている労働者の就労請求権を認めることにもつながり得るという指摘が されている。また,「使用者の義務違反によって労務を履行することが不可能とな ったとき」を要件とすることについては,具体的な報酬請求権の帰すうに関する 民法第536条第2項の「責めに帰すべき事由」の解釈として使用者の故意・過 失又はこれと同視すべき事由が必要であるとしているこれまでの判例(最判昭和 62年7月17日民集41巻5号1283頁(ノース・ウエスト航空事件)等)
や有力な学説に比して,報酬請求権の発生が認められる場合が狭くなるおそれが あるという懸念が示されている。
他方,[B案]は,使用者の支配領域で生じた事由に基づき労務の履行が不可能 となったときには,民法第536条第2項に基づき具体的な報酬請求権が発生す るという通説的な見解に基づく考え方である。この考え方に対しては,同項の「責 めに帰すべき事由」の解釈に関する上記の判例や有力説が,使用者側に起因する 経営,管理上の障害はこれに該当しないとしてきたのに比して,報酬請求権の発 生を広く認めることになるのではないかという懸念があるとされている
以上の点を踏まえて,具体的な報酬請求権の発生要件に関する上記の考え方に
ついて,どのように考えるか。
3 労務の履行が期間の中途で終了した場合における報酬請求権の帰すう
労働者が退職する等の理由により,労務の履行が期間の中途で終了した場合の 報酬請求権の帰すうについては,条文上,必ずしも明らかでないが,労務が履行 されていない部分については具体的な報酬請求権が発生せず,労務が履行された 部分についてのみ,労働者は,労務を履行した割合に応じて算出される金額を報 酬として請求することができると考えられている。
そこで,このような解釈を明らかにするため,労務の履行が期間の中途で終了 したときは,労働者が,既に履行した労務の割合に応じて報酬を請求することが できるということについて,明文の規定を設けるべきであるという考え方が提示 されているが,このような考え方について,どのように考えるべきか。