既存の役務提供型の典型契約については,役務受領者の任意の解除権に関す る規定が設けられている。既存の典型契約に該当しない役務提供型契約におい ても,契約の履行を受ける利益が消滅した場合,役務受領者が役務の受領を強 制されるべきではないなどとして,役務受領者に任意の契約解除権を認める考 え方や,役務提供型契約が継続的な場合についての役務受領者の解除権に関す る規律を整備すべきであるとの考え方が提示されているが,どのように考える か。また,任意解除権が行使された場合に役務提供者の損害を填補するための 損害賠償請求権の要件及び範囲について,どのように考えるか。
また,既存の役務提供型の典型契約に関する規定には,役務提供者の任意解 除権を規定するものもあるが,これらはそれぞれの典型契約に固有の理由によ るものであるとして,既存の典型契約に該当しない役務提供型契約については 役務提供者の任意解除権を認めるべきでないとする考え方や,やむを得ない事 由がある場合に限って役務提供者の任意解除権を認めるべきであるとする考え 方が提示されているが,どのように考えるか。
(補足説明)
1 問題の所在
既存の役務提供型の典型契約には,当事者に任意の解除権を認めるものがある。
既存の典型契約に該当しない役務提供型契約の受皿となる規定を設けることとする 場合に,これらの規定を参考として,当事者に任意の解除権を認めるべき場合があ るかどうかが検討事項となり得る。
2 役務受領者の任意解除権
(1) 任意解除権を認めることの可否
ア 既存の役務提供型の典型契約については,具体的な要件には違いがあるもの の,役務受領者が任意に契約を解除することができる場合があることが規定さ れている(民法第626条第1項,第627条第1項,第641条,第651 条第1項,第662条)。これらの規定の趣旨は,例えば請負については,請負 は注文者の利益のために仕事を完成させることを目的としており,注文者が必 要としない場合にまで仕事を継続することは無意味である上,社会的にも不経 済であるからなどと説明され,委任契約については,委任は当事者間の信頼関 係を基礎とするものであり,信頼できない当事者間における事務処理を強制す るのは無益だからであるなどと説明されている。
イ 以上のように,既存の役務提供型の典型契約のいずれについても役務受領者 の任意解除権の規定が設けられていること,役務提供が完了する前に当該契約 によって実現する利益が消滅した場合に役務受領者が役務の受領を強制される
べきでないことなどに鑑み,既存の典型契約に該当しない役務提供契約につい ても,役務提供者がその役務の給付を完了しない間は,役務受領者が任意に解 除することができる旨の規定を設けるべきであるとの考え方が提示されている
(参考資料1[検討委員会試案]・361頁)。
他方,既存の典型契約における任意解除権の規定についても,民法第651 条第1項による委任契約の解除が無制約であるかについては争いがあり(前記 第3,6(1)参照),契約関係の継続性の価値は同条第2項の損害賠償によっ ては十分に評価できないとして,任意解除権を緩やかに認めることには慎重で あるべきであるとの見解も主張されている。また,役務提供自体が役務提供者 にとって金銭で補えない利益を伴う場合があり,このような場合に役務受領者 の任意解除権を認めるべきではないとの指摘もある。
ウ また,例えば,語学学校の受講契約のように継続的なサービス契約では,中 途解除をめぐる問題が多発していることから,サービス契約のうち継続的なも のについて役務受領者の解除権に関する規律を整備すべきであるとの考え方も 提示されている(松本恒雄「サービス契約」別冊NBL51号240頁。なお,
このような規律の検討に当たっては,継続的契約に関する総則的な規律を設け るという別の立法提案との関係に留意する必要がある。)。
この提案は,継続的なサービス契約について期間の定めがない場合は,一般 に期間の定めのない継続的契約一般について各当事者はいつでも解約の申入れ をすることができるとされている(民法第617条,第627条第1項など)
ことから,役務受領者は相当の告知期間をおくことによっていつでもサービス 契約を解除することができるとする。
また,期間の定めがある場合でも,雇用契約に関する民法第626条の規定
(5年を超える期間の定めがある雇用契約について,当事者は5年を経過した 後はいつでも解約することができる旨等を規定する。)を参考に,役務受領者は,
一定期間の経過後は解除の申入れができるとする。
さらに,契約を継続しがたいやむを得ない事由があるときは,役務受領者は サービス契約を即時に解除することができるとする。
エ 以上を踏まえ,役務受領者に役務提供型契約の任意解除権を認めることの是 非,その要件に関する上記の考え方について,どのように考えるか。
(2) 損害賠償の要否
役務受領者の任意解除権を認めることとすれば,その行使により役務提供者が 被った損害を填補するための損害賠償の要件や損害賠償請求権の範囲について検 討する必要が生じる。
ア 注文者が任意解除権を行使して請負を解除した場合は請負人の損害を賠償し なければならず(民法第641条),委任者が受任者に不利な時期に委任を解除 した場合は,やむを得ない事由があったときを除き,受任者の損害を賠償しな ければならない(同法第651条第2項)。
損害賠償請求権の範囲をみると,同法第641条については,請負人が既に
支出した費用に仕事を完成したとすれば得たであろう利益を加えたもの(さら に,原状回復が必要なときは,その費用も加える必要がある。)とする見解が通 説である(前記第2,6(補足説明)2参照)。また,同法第651条について は,解除が不利益な時期であったことから生ずる損害に限るとされている(前 記第3,6(1)(補足説明)4参照)。なお,単に委任契約が有償であるとい うだけでは,損害賠償請求をすることができず,履行の割合に応じて報酬を請 求することができる(民法第648条第3項)にすぎない。
イ 損害賠償の要件・効果に関する一つの考え方として,役務受領者は任意解除 権の行使によって生じた役務提供者の損害を賠償しなければならないこととし,
その範囲は,成果完成型の役務提供型契約においては約定の報酬から解除によ って支出を免れた費用を控除した額,履行割合型の役務提供型契約においては 既に行った役務提供の履行の割合に応じた報酬及びその中に含まれていない費 用の額とする考え方が提示されている(参考資料1[検討委員会試案]・361 頁)。
他方,このような考え方に対しては,履行割合型の報酬支払方式を採る役務 提供型契約が解除された場合に,役務提供者が履行の割合に応じた報酬及びそ の中に含まれていない費用の賠償を請求することができるだけでは役務提供者 にとって酷ではないかとの考え方も示されている。
ウ また,継続的有償サービス契約についての解除権の規定を整備する考え方(上 記(補足説明)2(1)ウ参照)を前提として,期間の定めのある契約を解除 する場合には解除者は相手方に生じた合理的な額の損害を賠償しなければなら ないこと,契約を継続しがたいやむを得ない事由が当事者の一方の過失によっ て生じ,これによって契約が解除されたときは,その者は相手方に対して解除 によって生じた合理的な額の損害を賠償しなければならないことを規定すべき であるとの考え方が提示されている(松本恒雄「サービス契約」別冊NBL5 1号241頁以下)。
エ 以上を踏まえ,役務受領者が役務提供型契約を解除した場合に,役務提供者 が被った損害を賠償する責任の有無,要件に関する上記の考え方について,ど のように考えるか。
3 役務提供者の任意解除権
既存の役務提供型の典型契約については,役務提供者の任意解除権を規定するも のがある(民法第626条第1項,第627条第1項,第651条第1項,第66 3条第1項)。
しかし,例えば雇用において労働者の任意解除権が認められているのは,労働者 を労務に長期間拘束することは不当であるからであると説明され,委任契約におい て受任者の任意解除が認められているのは,委任契約が当事者間の信頼関係を基礎 としているからであると説明されているところ,これらの趣旨は,必ずしも役務提 供型契約一般に妥当するものではないと考えられる。例えば大学と学生との間の在 学契約など,役務提供者による任意解除権の行使を認めることが不適当であると考