(1) 受任者の善管注意義務(民法第644条)
受任者は委任事務の処理につき善管注意義務を負うが(民法第644条) , その内容として,委任事務の処理について委任者の指図があるときは原則と してこれに従うべきであり,指図に従うことが委任の趣旨に適合しないか又 は委任者の不利益となるときは,直ちに委任者に通知して指図の変更を求め るべきであるとされている。他方,急を要し委任者に指図の変更を求める余 裕がないとき又は指図に反することが委任者の利益に適合するときは,善良 な管理者の注意をもって臨機の必要な措置を取り得る権限と義務があるとの 見解が主張されている。
以上を踏まえ,受任者は委任者が与えた指図に従って委任事務を処理しな
ければならないとの原則を条文上明示した上で,例外として委任者の指図に
従うことを要しない場合についても規定を設けるべきであるとの考え方があ るが,どのように考えるか。
(参照・現行条文)
○(商行為の委任)
商法第505条 商行為の受任者は、委任の本旨に反しない範囲内において、委任 を受けていない行為をすることができる。
○(受託者の注意義務)
信託法第29条 受託者は、信託の本旨に従い、信託事務を処理しなければならな い。
2 受託者は、信託事務を処理するに当たっては、善良な管理者の注意をもって、
これをしなければならない。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その 定めるところによる注意をもって、これをするものとする。
(補足説明)
1 民法第644条は,受任者が委任事務を処理するに当たり善管注意義務を負う ことを規定しているが,この善管注意義務の内容として,受任者は,委任事務の 処理につき委任者の指図があるときは原則としてこれに従うべきであり,指図に 従うことが委任の趣旨に適合しないか,又は委任者の不利益となるときは,直ち に委任者に通知して指図の変更を求めるべきであるとされている。
もっとも,急迫の事情がある場合には,受任者は,委任者の指示に反し,委任 の範囲を超えて,善良な管理者の注意をもって臨機の必要な措置を取る権限及び 義務を有すると解する学説が多い。これに対し,指図に反して適宜の措置を行う ことはできるが,このような措置を取る義務はないとの見解も主張されている。
2 以上を踏まえ,受任者は委任者が与えた指図に従って委任事務を処理しなけれ ばならないことを条文上明示すべきであるとの考え方が提示されている(参考資 料1[検討委員会試案]・370頁,参考資料2[研究会試案]・215頁)。
他方,この原則に対する例外として,受任者が委任者の指図に拘束されない場 合については,次のような考え方が提示されている。
一つの考え方として,①委任者の指図に従うことが委任者の利益に反すると認 められ,かつ,②委任者にその指図の変更を求めることが困難である場合は,受 任者には一定の裁量権限が認められ,善良な管理者の注意をもって委任者の利益 に適合すると判断した合理的な措置を講ずることが求められるとの見解に立ち,
このような場合には委任者の指図に従うことを要しないものとすべきであるとの 考え方が示されている(参考資料1[検討委員会試案]・370頁)。
また,受任者は委任者の指示に従わなければならないこと,委任者の指示が委 任の本旨から見て不適当な場合にはその旨を通知して協議を求めなければならず,
協議が整わないときは委任者の指示に従わなければならないこと,緊急やむを得
ない事由があるときは,委任者は協議を求めずに委任の事務の本旨に従った事務 を処理できることをそれぞれ規定すべきであるとの考え方も提示されている(参 考資料2[研究会試案]・215頁)。
以上のような考え方について,どのように考えるか。
(2) 受任者の忠実義務
受任者は,委任者との利害が対立する状況で受任者自身の私利を図っては ならないという義務(忠実義務)を負うとされている。受任者の忠実義務に ついて,民法は明文の規定を有していないが,善管注意義務を定めた規定(同 法第644条)から解釈上導かれるとされている。他方,他の法律には,会 社法第355条や信託法第30条など,善管注意義務とは別に忠実義務に関 する規定を設けるものがある。
忠実義務と善管注意義務が性質を異にする別個の義務であるかどうかにつ いては議論があるが,この点についてどのように考えるかにかかわらず,規 定の明確化を図る観点から,善管注意義務に関する規定とは別に忠実義務に 関する規定を設けるべきであるとの考え方が示されているが,どのように考 えるか。
(参照・現行条文)
○(忠実義務)
会社法第355条 取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式 会社のため忠実にその職務を行わなければならない。
○(忠実義務)
信託法第30条 受託者は、受益者のため忠実に信託事務の処理その他の行為をし なければならない。
(補足説明)
1 民法上明文の規定はないが,受任者は委任者に対して忠実に委任事務を処理し なければならず,委任者との利害が対立する状況で受任者自身の私利を図っては ならないという義務(忠実義務)を負っているという見解が主張されている。こ のような見解は,忠実義務の具体的内容として,例えば,委任者との利益相反行 為をしてはならない義務,事務処理の過程で問題となりそうな情報があればこれ を委任者に提供する義務,本人に関する守秘義務等が含まれるとしている。
2 会社法第355条は会社の取締役について,信託法第30条は受託者について,
善管注意義務とは別に忠実義務についての規定を設けているが,これらの忠実義 務と善管注意義務との関係については様々な見解がある。
会社法上の取締役の忠実義務については,会社との利害対立状況において私利 を図らない義務も善管注意義務の一部にすぎないとの見解があり,判例(最判昭
和45年6月24日民集24巻6号625頁)も両者は別個のものではないとす る。他方,忠実義務は自己又は第三者の利益を会社の利益よりも優先してはなら ないという義務であって,善管注意義務とは異なるとの見解なども主張されてい る。
また,信託法については,受託者と第三者との間の行為について忠実義務が問 題になるのは,受益者の利益と受託者又はその利害関係人の利益とが相反する場 合であり,受益者の利益と当該第三者その他の者の利益とが相反する場合は善管 注意義務の問題であるとの説明がある。
3 以上を踏まえ,①善管注意義務と忠実義務とは性質の異なる別個の義務である との見解によればもとより,忠実義務は善管注意義務の一部であるとの見解から も,忠実義務の規定を設けることはその明確化に資すると考えられること,②民 法第108条においては代理人と本人の利益が相反する取引の外部関係について 代理行為の効果が本人に帰属しない旨が規定されているが,これに対応する内部 関係に関する規定が欠けていることなどの理由を挙げて,善管注意義務に関する 規定とは別に,受任者は委任者のために忠実に委任事務を処理しなければならな いことを明示すべきであるとの考え方が示されている(参考資料1[検討委員会 試案]・371頁)。
このような考え方について,どのように考えるか。