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嘉田 良平

ドキュメント内 30人合体.PDF (ページ 36-40)

京都大学教授

日 本 の 経 済 社 会 の 中 長 期 的 な 方 向 性

日本の長期的展望について考えるためには、豊かさとは何かを考えることが重要だ。そ の際のキーワードは、少子・高齢化、環境、安全や安心といったものだ。日本の現状の問題 点は、社会全体が目標を見失っていること、人々が豊かさを実感できず生き甲斐を失ってい ること、社会システムの変換に混乱が生じていることの3つである。

これらを打開していくためには、日本の農業、農村の持つ多面的価値を念頭に置いて、

ふるさと回帰をいかに実現していくかが大きなポイントである。都会人の嘆きである、ゆと り・安らぎの欠如、緑や自然環境に身近に接する機会の欠如、健康への自信の喪失といった 問題にうまく対処して人々の豊かさが実現されるように、日本を方向づけるべきだ。 

農 業 ・ 農 村 分 野 か ら 見 た 将 来 展 望

少子・高齢化については、一般にマイナスのイメージが強いが、むしろプラスの面に注 目すべきだ。戦後 50 年の日本人の重要な目標の一つは長生きであったとも言え、人生が長 くなったということは、本来プラスであるはずだ。また、一般に農村部の方が長寿であり、

農村においては、高齢者が農業や地域とのかかわり等さまざまな役割を果たし、生き甲斐を もって暮らしている。農村は、高齢化の先進地域であると言え、長期展望では農村に学ぶこ とが多い。 

90 年代に入って、市町村レベルの人口動態で見た過疎化は急速に鈍化し、定常状態にな った。これは、年間6万人におよぶ定年帰農者による社会的人口増加が発生しているからだ。

人々が農村や農業を見直し、農村での暮らしに生き甲斐を見出している。過疎の問題は、過 去の人口動態の統計を延長して過疎化がさらに進展していくという前提では論じられない。

現在、耕作放棄や生産調整等の要因が重なり合って、土地が余り始めている。これまで は、土地制約を相当シビアな条件として社会の設計をしてきたが、これからは土地はかなり 余ってくるという前提に立って、これらの土地をどう活用していくかが重要となる。 

望 ま し い 地 域 構 造

過疎・過密という現在の状況を、適疎・適密にもっていくために、首都圏から地方圏へ の分散が必要である。首都圏では、政治、経済、文化等すべての機能が東京に集まりすぎた 結果、過密による社会コストが発生している。例えば、社会資本を整備する場合にも摩擦や コストがあまりにも過大になっているという実態がある。逆に、農村部においては、モビリ ティの低さや社会資本を維持する上での問題を抱えている。農村の良さを維持しつつ、一定 水準の社会資本の充実やアメニティへのアクセスも可能にすることにより、職業・居住選定 の自由度を高めることが必要である。 

そのためには、一定水準以上の社会経済機能を発揮できる拠点都市を整備することが重 要であり、ドイツに見られるように、中枢都市の回りにサテライト的な地方中核都市を配置 するというような、都市の階層構造が望ましい。全ての過疎地域に行政サービスを確保する ことは、効率性の観点から無理があり、また、全ての市町村が、同じような教育、医療、文 化等の施設を抱え込む必要はない。農村には、いわゆるハコ物は既に相当整備されている。

これをもう一度広域のブロック単位で総点検した上で、機能面から再配置を行うことが大切 である。 

集落が崩壊しつつある過疎地域も確かにある。ただ、こういう地域に人々が住むことに よって、資源管理、国土保全等の面から安全な都市生活が影で支えられている。人口は少な いけれども大きな役割を担う最奥地の過疎地域を生かすシステムが必要だ。市場原理に任せ れば、やがて人は住まなくなり資源の維持管理ができなくなる。ここで、自然環境や緑との 接触が豊かさを実感するための要素であることが大きな意味を持つ。このような地域を、エ コ・ミュージアム的に生かすことが考えられる。 

 

社 会 資 本 整 備 の 現 状 と 将 来

社会資本の整備水準についての欧米との単純な比較は、人口密度、自然条件、農業構造 等が異なるので、あまり意味はない。日本には、日本独特の歴史、文化、風土があるのだか ら、社会資本の整備についても日本独自の選択があってしかるべきである。例えば、日本に おいて水は、多すぎると生命が脅かされ、足りないと農作物ができないという2つの長い戦 いの歴史を持っているが、これは欧米には無い発想だ。

私は、これ以上ダムを作ることには批判的だが、これまで築き上げてきたダムが全部ダ メだとは思わない。既につくり上げたシステムを維持・管理することを前提に、日本の風土 の下でこれをどのように新たなシステムに切り替えていくかを考えるべきだ。 

これまでの社会資本整備は、人々の豊かさ、暮らしの中における満足感とは独立に行わ れてきたきらいがある。例えば、道路についてはネットワークとして必要な整備は相当進ん できたし、今後も進んでいくと考えているが、これからは機能性だけでなく味わいとか安ら ぎとかの付加価値を加えることが重要になってくる。都市整備においても、そのような付加 価値は重要だ。今後、アメリカの大都会で起こったドーナツ化現象が、日本でも問題になっ てくると考えられるが、再開発等において、環境価値を高めれば、そのような現象を緩和で きるだろう。効率性、機能性の追求だけでなく、新たな時代のニーズに合うような社会資本 整備の理念が求められるようになる。

これまでの社会資本整備は、長期的視野も不十分であった。日本の家屋の平均寿命は 20

〜30 年しかないのに対し、イギリスは 100 年以上である。同じようなことが社会資本整備 にも言え、長持ちしないものを作りすぎた。社会の情勢や価値観が変わるとすぐに取り壊し て作りかえるため、結果的に割高になっている。また、事前に評価したものが、事後的に見 ればそうではなかったという反省が必要だ。これは、費用便益分析をどうやるかにもかかわ

る問題である。十分長い時間軸をとることによりストックとしての価値を便益に反映させて、

ライフサイクル・アセスメントを行うとともに、環境やアメニティの価値を適切に評価する 手法を工夫する必要がある。

また、そもそも住民自身が大切に残したいと思うものをいかにして作るかも課題であり、

社会資本整備は個人の生活の外にあって、自分たちとは無関係だという住民の意識を変えて いく必要がある。その結果、大切にしたいという気持ち、あるいは次の世代に残したいとい う気持ちが呼び覚まされ、結局、社会資本が長く補修されて使われるようになる。

分 散 的 国 土 づ く り の 重 要 な 役 割 を 担 う 農 業 の あ り 方

いま、U ターンとか、I ターンという形で、ふるさと回帰、農村回帰を志向する若者たち がいる。農林水産業は、他産業と比較して仕事そのものが楽しみであるという部分がある。

また、自分で意思決定して自分で実行することによって、それが結果として跳ね返ってくる という楽しみがある。労働者であると同時に社長でもあり、これが、個人は歯車のひとつに しかなり得ない都市産業と決定的に違う点であり、若者を惹きつける魅力のひとつとなって いる。一方で、農地や山林が余っていることも考えると、農林水産業は、これまでの農林水 産業とは違った新しい産業として復権させることも可能だろう。 

これからの産業について考えるとき、環境保全、生態系保全といったことがキーワード になってくる。しかし、今までは農林水産業も、いわば狭義の経済効率追求行為であって、

環境という観点が欠落していた。このことは、高度成長期以降に顕在化したものであるが、

それまでは、農林水産業は環境と調和することが不可欠だった。農業の近代化で、資源の保 全というものがないがしろにされ、環境調和型でない方向に進んできた。

この反省にたって、農林水産業という営みと、環境保全、それにまつわるさまざまな価 値をリンクさせていくことが、今後の大きな方向性となる。両者を分離して、環境価値は環 境価値だけで実現するという、いわばディープエコロジスト的な考え方もあるが、少なくと も日本にはなじまないだろう。資源と社会とのかかわり方が変化しつつある中で、このシス テムをどのように一体化していくか、つまり、農林水産業と環境保全をいかにして一体化し ていくかという方向性こそが求められている。10 数年前から私が提唱している農法の転換、

すなわち環境保全型農業を持続的に営むことができるシステムに切り替えることが必要だ。

そのためには技術開発は不可欠であるが、徐々に展望が見え始めている。 

他方で、環境価値をもう一度見直すことも大切であり、それが豊かさの源泉ともなる。

例えば、緑とか生態系とかの豊かさを感じられるものに、都会の人たちがアクセスできるよ うにする。日本型の観光とかレジャーというのは目的があってそれを効率的に追求してきた が、これはそろそろ限界に達している。ヨーロッパのバカンスに見られるように、ゆっくり ズムというか、自分を見つめ直す時間と空間に、豊かさの源泉を見出すように徐々に切り替 わっていくだろう。都市と農村のそれぞれの良さをつなげ、相互の連携と協力関係を構築し ていくことが重要だ。 

ドキュメント内 30人合体.PDF (ページ 36-40)