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中村 英夫

ドキュメント内 30人合体.PDF (ページ 87-91)

武蔵工業大学教授

将 来 展 望 に お い て 注 目 す べ き 事 項

  21 世紀半ばを展望する上で間違いなく起こるのは少子・高齢化であろうが、昨今の少子 化と人口減とは別の問題との印象を持っている。日本人の人口は減るかも知れないが、現状 の生産レベルを維持しようとするのならば、グローバル化の中で日本に住んでいる人の人口 はそれほど減らないのではなかろうか。 

  また、自己中心的で快楽ばかり求める人々の今のような生活態度がいつまで持つのだろう か疑問である。もっと周囲の人や後世代のことを考え、必要な勉強や事業をがっちりしてい くことが必要だ。 

  全体としては地域間や階層間の公平を一層現実化してゆくことのほか、環境問題に政策の 重点を置かなければならない。ヨーロッパのある研究者たちは 21 世紀の展望をシナリオと してまとめた際に成長、公平、環境という三角座標を設定し、社会の意識や政策の中心は成 長、公平、環境の順に推移するという方向性を示した。日本でも少し遅れたペースでこれを 追っているといえるが、ヨーロッパの先進地域ではインフラがすでに十分整備された段階で あるのに対し、我が国ではまだ十分整備されていない段階にあるのが気になる点だ。更に深 刻なのはいくつかの発展途上国であり、インフラがほとんど整備されていないうちに公共事 業に対して反対の風潮が顕著になりつつあることだ。ただし環境といったときに、地球環境 や自然環境のみならず、広義に解釈して文化的なものまで含めて考えるべきだ。

将 来 の 経 済 社 会 の イ メ ー ジ

  我が国の経済社会の中長期的な見通しとして、災害で罹災したり、不況で失業したり、高 齢者ばかりの村が発生したりということのない、持続的・安定的な社会をイメージしたい。

また、国民一人当たり所得についても国際比較すれば、これまではかなり上位を維持してき たが、肝心の住み心地はそれほどでもない。国際経済において無理をしてまで最上位のグル ープにあり続けることはなく、そこそこ上位のレベルで推移すればよい。

一 極 集 中 と 地 方 へ の 分 散

  集積によるメリットが大きい反面、外部不経済も数多く存在する。それらの内部化は現実 の政策としては非常に難しく、地価等によってある程度は内部化されているものの、住宅が 狭かったり遠かったりという、金銭外の個人の肉体的、心理的な負担の上で問題に対処され ている感がある。

  地方部の人口減少というのは、国民がそのようなところへの移動を望まないことが根本だ。

国土構造や地域構造を考えると、地方への分散のためには、地方に住む魅力を増やすほか手

段はないと考える。そのためには観光などは非常に重要なポイントになると思う。またそれ なりの雇用があると同時に、消費や福祉に関して、東京が提供するに近いようなサービスを 提供できるようにしておくことが必要だ。そのようなサービスの提供は小規模な町ではでき ないため、ある程度集積した都市を中心にしてやらざるを得ない。一方、自然環境を保全す る必要もあるから、可能な限り、中山間地にも住んでもらい、必要な都市的サービスはいつ でも欲しいときに手に入る状況を作っておく。東京の集積は限度を超していることから、全 国レベルでの一極集中は困るが、生産拠点が移動するような現象でもない限り、地方の域内 での極への集中は進むと考えている。それを止める手段はないし、止めることに意味がある とも思えない。

地 域 間 格 差 と 地 域 の 個 性 に つ い て

  地域の個性を活かしていくことは大切だが、地域間格差と個性は全く別の問題だ。個性を 活かすから格差があっていいということではなく、消費・教育・医療といった生活上の格差 は可能な限りなくさなければならない。ただしコンビニエンスストア型の施設整備では魅力 がなくなってしまう。人口 5 万の都市が市民病院や市民ホールと称してどこも同じような小 さな施設を作っている例が往々にして見られる。例えば病院なら、風邪をひいた程度ならコ ンビニエンスストア型の最低限必要な診療所でよいが、脳の手術といった高度なものは人口 50 万ないし 100 万の都市の大学病院に行かざるを得ない。いずれの都市もすべてを整備す ることは無理だ。 

  行政サービスとして都市のあり方を考えれば、拠点都市への集積を優先すると同時に、拠 点へのアクセスを整備することが肝要だ。 

都 心 の 空 洞 化 問 題 と 土 地 利 用 規 制

  土地利用をはじめとする規制緩和は都心の空洞化の流れを助長する方向にある。以前は都 市の中心部に公共公益施設を整備してきたが、近年では用地取得がしやすいという理由だけ でそれらを郊外立地する例が多すぎる。その結果、都市の中心部はさびれて魅力を失い、バ イパスの沿道に大規模店舗が立地していくこととなる。まちづくりという観点から自動車交 通を考えなければならない。郊外にバイパスを整備するのならば沿道の規制が必要だ。狭い 日本でアメリカのいくつかの都市と同様の都市拡大パターンをたどっていることが、今の日 本を苦しめているといえる。ドイツ、フランス、スイス等での流れは全く逆であるが、我が 国に同様の制度を取り入れることも現実には不可能であろう。大規模小売店舗立地法で、ま ちづくりの観点で立地を考えるようになったのは一つの望ましい方向性だが、どう運用され るかが問題だ。

社 会 資 本 の 整 備 水 準 に つ い て

  我が国の社会資本の整備状況はとても十分とはいえない。特に我が国はその自然的、社会 的特性ゆえ、社会資本整備に費用がかかることを認識することが必要だ。社会資本にヨーロ ッパと同様の機能を求めた場合、例えば耐震設計にしても、高密度土地利用下での制約によ っても自ずと施設建設のコストは高くなる。

  また、社会資本の整備水準について国際比較をする場合、単純な数字ではなく、内容を示 す適切な数値を用いなければ意味がない。例えば、日本の国道ネットワークを地図上に表示 してみると一見十分整備されているように感じるが、その質的内容でみると極めて不十分で ある。ヨーロッパでは国道といえば多くは往復 4 車線以上で、我が国の暫定 2 車線の高速道 路より高規格だ。また、住宅にしても 1 世帯当たりの戸数でいえば、日本は高水準に位置す ることになってしまうが、中身は全然違う。逆に下水道については後発である分、外国に比 べ質は高いはずだが、普及率で比較する限りはそれを読みとることができない。 

首 都 機 能 移 転 に つ い て

  首都機能移転は絶対に行うべきだ。不況から脱するという消極的な意味もあるが、一番の 理由は東京が地震でその政治行政機能と経済・金融機能が同時に罹災したときの影響が大き すぎることだ。世界経済全体にわたって非常に大きな影響が出るのみならず、時間をかけて たとえ復旧したとしても、災害復旧後の日本の経済力や国際的地位も二度と従前のレベルに は戻らないことが懸念される。

ナ シ ョ ナ ル ミ ニ マ ム 論 と 社 会 的 な 費 用 対 効 果

  社会資本の必要性を考えるときに費用便益というのはあくまで第一段のフィルターであ って、それをパスしないからといって不要と言い切れるだろうか。例えば北海道のいくつか の道路は費用対便益で考えたら不要となるかも知れないが、ナショナルミニマムの観点から は必要と説明されるものも少なくないだろう。

  しかしながら、ナショナルミニマム論は世の中にわかりやすい政治的な標語としては良い だろうが、議論としてはあまりにも単純すぎる。したがって必ずしも経済的な便益だけでな く、もっと広い意味での社会的な費用対効果を考えこれを提示してゆかなければならない。

  例えば人口 5 人の離島に 10 億円かけて港をつくるという計画に対して、島を捨てて 5 人 に移ってもらった方が良く、5 人でも住んでいればナショナルミニマムとして交通が必要だ というのはナンセンスだというのが、一般的な費用対効果分析の結論だ。ただしそのとき島 を捨てたらどうなるかをも考えるべきだ。我が国国土の保全のためには、引き続き島民が住 んで島を保全することが全国民的な見地からは必要であるという結論もあり得る。このよう に費用便益分析では出し得ない非市場的価値も大きな意味を持っている。地域間の格差問題 への対策もその例である。国民の皆が安心して秩序ある生活を送るために必要なものがいく つかあることは確かだ。

ドキュメント内 30人合体.PDF (ページ 87-91)