第2章 サービス提供システムの源流管理
第4節 原価計算論とサービス・マネジメント論
「少年期」までのサービス・マネジメント論において、サービス組織がどのような原価 計算システムを用いるべきかについての議論は全くなされていない。また、原価計算論が 歴史的に扱ってきた、原価管理目的の原価計算である標準原価計算と変動予算、利益管理 目的の原価計算である直接原価計算と予算編成・統制、経営意思決定目的の原価計算であ る差額原価収益分析の議論も基本的に考慮されていない48。サービス組織の原価計算研究が その有用性を指摘した、オペレーション段階における、価格設定、プロダクト収益性分析、
原価管理の3目的でさえ、あまり注目されてこなかったのである49。
サービス・マネジメント論と原価計算論との大きな接点と一見考えられる価格設定の議 論は、そもそも目立った研究の蓄積がない50。サービスの価格設定に関する議論は、論文と いうよりも専門書の中でわずかに取り上げられる程度のものであった(Norman[1984]、
Heskett[1986]. Bateson[1989]. Gr6nroos[1990], Bowen et al[1990]. Berry and Parasuraman[1991])。そして、基本的にマーケティング戦略の観点から議論されてきた。
近藤教授の以下の記述は価格設定に対するサービス・マネジメント研究者の基本的考え方 を述べており、サービス・マネジメント論の価格設定の議論において原価計算が活躍しな かった1つの理由を示している。
「サービスの価格決定では、サービスの商品としての特性から、その費用に影響されると いうよりも、顧客にとっての価値や値打ちの主観的認知により多く左右される。特定サー ビスの生産に要する限界費用は、保険会社、コンピュータ企業や銀行のようにサービス企 業が大規模な場合には、平均的な総合費用と直接的な関係は薄いものだ。原価プラス利潤 という発想は無意味なものとなってしまう。したがって、サービスの価格設定を最適化す るには、もし適切な計算が可能であれば、発生する費用の合計を価格の最低基準として、
実際の価格は、顧客の「価値の認知」との適合を考えて決定しなければならない。(近藤
[2004,227頁])」
48ここでの原価計算目的と原価計算技法の体系は、岡本[2000,4・5頁]に従っている。
49もし取り上げていたとしても、CVP分析をわずかに説明しているのみである。
50「思春期」に入って、ようやくそれらしい論文が登場した(Berry and Yadav[1996])が、
それ以上の上積みは確認されていない。ちなみに、Berry and Yadav【1996]は、満足基準の 価格設定、リレーションシップの価格設定、効率化による価格設定という3つの価格戦略
を取り上げる。そして各戦略を実行する手段について整理している。最初の2つはマ・一一・・ケ ティング戦略と密接に関連したものであるが、効率化による価格設定は原価計算・原価管 理と密接に関連している。そこでは、サウスウェスト航空の例が取り上げられ、選択と集 中、そして徹底した合理化によって低価格サービスが実現されうることが指摘されている。
近藤教授の記述は、我々原価計算研究者にとって大きな示唆を与えるものである。そも そもサービスでは、何がいくらで売れるかを基準に、つまり市場志向の価格設定を行う必 要があるのである。このことは、第3章以降で取り上げるサービス原価企画の妥当性を示 すものであるといえる。その一方で、近藤教授の記述は、サービスの収益性を考慮した価 格設定が実務においてあまりなされてこなかったことを暗示している。それは「もし適切 な計算が可能であれば」という表現に表れている。
こうした中で、部分的・断片的にではあるが、活動志向で展開されたShostack[1981,
1984a]のサービス収益性分析の議論は非常に興味深い。彼女は、靴磨きのブループリント
(図表2・6)をもとに収益性分析を議論する。Shostack[1981]の段階では、以下のような図 表を示し、標準作業時間(2分)およびその許容範囲内(3分)と関連してサービス収益性 がどのように変化するかを分析し、サービス・デザインの修正に活かす方法を例示するの みであった。
図表2−10 靴磨きの収益性分析
盤 価格 50セント 費用
1)9セント/分 18セント 2)靴墨 5セント 3)その他 7セント (ブラシ、布などの償却額)
塾
50セント
27セント
5・7セント 7−8セント
4分 50セント
36セント 5・7セント 7−8セント
総費用 税引前利益
10セント 39・42セント 48・51セント 20セント 8・11セント 2・(1)セント
出所:Shostack[1981,p。226.]
Shostack[1984a]でも、その取り上げ方は部分的・断片的なものである。しかしながら、
サービス・ブループリンティングのステップとして、プロセスの識別、失敗点の識別、時 間軸の設定、収益性分析の4段階を取り上げ、以下の記述が追加されている点で興味深い。
以下の引用文は、第4章以降でサービス原価企画の議論をする際の参考となるものである。
「時間軸の設定ニサービス内容を図示し、プロセスと弱点を識別し、失敗を避ける方法を
考案した後、設計者はその実施を考えなければならない。全てのサービスは時間に依 存し、時間は通常主要なコスト決定要因となるので、設計者は標準作業時間を設定す るべきである。ブループリントはあくまでもモデルであるから、その内容は状況によ って生じる標準作業時間のばらつきを許容するべきである。必要とされる時間的余裕 の度合いは、サービス提供の複雑さに依存する。靴磨きの例では、標準作業時間は2 分である。顧客が品質に対する評価を悪くするまでに5分の猶予があろうことを調査 が示したとする。この時、許容可能な靴磨き時間は5分である。
収益性の分析:もしもエラーが発生したり、靴磨人がある作業に非常に手間取ってしまつ たりした場合、顧客は靴磨き所での待ち時間やサービス中に標準作業時間と許容可能 時間の間の3分間を費やしてしまうこととなる。その原因が何であれ、遅れは利益に 劇的に影響を与えてしまう。図表2は、遅れのコストを算出している;4分以降になる と、経営者は赤字になってしまう。サービス設計者は、儲からない取引を防止し、生 産性を維持する、サービス提供時間の標準を設定しなければならない。そのような標 準は、業績測定や均一性と品質のコントロールに役立つだけでなく、遠くはなれた場 所ヘサービスを導入するためのモデルとしても有用である。(Shostack[1984a,
p.135J)]
彼女は非常に単純な靴磨きの例をもとに以上のことを説明している。また非常に簡略化 した説明しか行っていない。そのため、彼女が頭の中で何の目的に対するどのような原価 計算モデルをイメージしていたのかを完全に理解することは難しい。筆者の解釈では、サ ービス・ブループリンティングを基礎としたサービス開発段階の目標原価計算を想定して いたのではないかと考えられる。その根拠は、価格を50セントに固定した中で「サービス 設計者は、儲からない取引を防止し、生産性を維持する、サービス提供時間の標準を設定
しなければならない」と論じている点にある。また、最後の文の「遠くはなれた場所ヘサ ービスを導入するためのモデル(amodel for distribution of the service to farfiung locations)」という表現からすると、彼女がこの収益性分析に対して、まさに組織ルーチン
としてのサービス原価企画をイメージしていたのではなかろうか51。
以上のように、「少年期」まではサービス・マネジメント論と原価計算論との関係性はほ とんどなく、歴史的に原価計算論が扱ってきた領域もサービス研究では基本的に考慮され ていなかった。むしろ、大半のサービス研究者が「よいサービスを提供し続ければ財務的
51Shostack氏がイメージしていると思われる組織ルーチンとしてのサービス原価企画活 動は、コンビニエンス・ストアの店舗展開に典型的に見られるものである。これは、版画 型原価企画とでも言うべきもので、データ・ベース化されたレベニュー・テーブルとコス
ト・テーブルをもとに、(1)通常営業の平日の収益性、(2)通常営業の休目の収益性、(3)
オープン直後の特別営業の収益性、の3点を中心的に企画するものである。版画型原価企 画の詳細については、現時点ではインタビュイーの許可の関係上これ以上記述することが
できない。
成果は自ずとついてくる」という理論的前提を置いていたのではないかと考えられる。そ れは、サービス・マネジメント論において、サービス品質、サービス・エンカウンター/経 験、サービス・デザイン、顧客維持とリレーションシソプ・マーケティング、インターナ ル・マーケティングがその主要研究分野であったことから明白であろう。
しかし、「思春期」に入ってこの状況は若干の変化を見せる。それは、以下の3点に集約 できよう。
まず第1に、Harvardグループを中心に、サービス組織の高収益モデルが議論されだし たことがあげられる。そこでは、「成果品質と生産性の向上が、サービス品質を高め、コス
トを下げる」という観点がとられる(図表2・3)。ここでいうコストとは、サービス原価の ことではなく、顧客が支払う代償のことである。それを示した顧客のサービス価値等式は、
以下のとおりである(Heskett et al[1997,p.40」)。
顧客のために生み出された成果 + プロセス品質 価値 =
顧客に提示した価格 十 サービス獲得費用
これは、顧客ライフサイクル・コスト52の議論がサービス・マネジメント論においても注 目されだしたことを意味している。
第2に、これもHarvardグループと関連したことであるが、顧客の生涯価値もしくは顧 客エクイティの議論が注目されだしたことがあげられる。それらの数値は、顧客がもたら す将来キャッシュ・フu一一の割引現在価値である53。つまり、原価計算論ではプロジェクト 収益性分析や設備投資の経済計算の際に取り上げられてきたNPV法(正味現在価値法)が、
サービス・マネジメント論にも応用されているのである。
第3に、これは第1章でも指摘したように、サービス・マネジメント論の専門書の中で サービス組織に適切な製品原価計算モデルとしてABCが紹介され始めたことである。この 傾向は、90年代末から顕著になった現象である。これらの専門書の多くが、価格設定戦略
の文脈でABCを取り上げている。
以上のように、サービス・マネジメント論は「思春期」になって原価計算論の領域に興 味を示し始めている。今後さらに、原価計算論とサービス・マネジメント論の融合の方向 性は強まっていくことと考えられる。
52廣本[1997,398頁1によると、ライフサイクル・コスティングには、2つのタイプがある。
製品・サービスの供給者側のライフサイクル・コスティングと、製品・サービスの需要者 側のライフサイクル・コスティングである。後者の意味のライフサイクル・コストは、顧 客ライフサイクル・コスト(customer life・cycle costs)と呼ばれる。
53つまり、顧客の生涯価値もしくは顧客エクイティとは、収益概念ではなく利益概念であ
る。