第2章 サービス提供システムの源流管理
第2節 サービス・マネジメント論の視点
2・1 はじめに
サービス・マネジメント論の起源および歴史について整理した優れた研究は、既にいく つか存在している。その代表的なものとしてまずあげられる研究は、1993年の春にJo urnal ofRθtai7ing誌の特集としてBerry and Parasuraman[1993】とFisk et al[1993]が約80頁 にわたって展開した連作であろう2。前者はサービス・マネジメント論が欧米で1つの研究
1Fisk et a1[1995】によると、経営学においてサービスを取り上げた論文および専門書は、
1993年までには少なくとも1100以上存在していた(p.4.)。以降10年間も英語圏を中心に 膨大な量の研究がなされ現在にいたっている。
2これらの研究は、本論文で言うサービス・マネジメント論に対して、サービス・マーケテ ィング(Service Marketing)という名称を用いている。それは、近藤[1996,48頁]も指摘
領域として認知され定着した経緯を分析している。一方で、後者はサービス・マネジメン ト論が歴史的にどのような研究から構成されてきたかを整理し、今後どのような方向に向 かっていくかを見通している。さらにFisk et a1[1993]は、要約・修正された後にヨーロソ バにおいても紹介されている(Fisk et a1[1995])。また、 Fisk et al[1993,1995]を基礎にし て、わが国でもサービス・マネジメント論の史的展開が紹介されている(近藤;[1996])。
サービス・マネジメント論の起源、内容、史的展開に関する詳細は、これらの研究が丁 寧に取り扱っている。そのため、本節ではこれらの研究を参考にしながらも、これらの研 究がカバーしていない1993年以降の展開を補足しながら、サ■一一・Eビス・マネジメント論の全 体像とその研究スタンスについて本論文の目的に適合する形で整理することが妥当である
と考える。本論文の目的は、サービス組織における原価管理の存在意義とそのあるべき姿 を理論的に考察することにある。そのため、サービスおよびサービス提供システムをどの ように認識し、どういつだ経営管理をするべきかについての見解を中心に、サービス・マ ネジメント論の整理を行いたい。
2・2 乳児期(1953・1980年)
Fisk et a1[1993,1995]が「乳児期(Crawling Out stage)」とする1953年から1980年ま での時期は、「モノ・マーケティング対サービス・マーケティングの議論(Fisk et al[1995,p.5」)」と表現されるように、サービス・マーケティング研究の独自性を正当化す る時期であった。乳児期の研究の大半は、サービスのマーケティングは伝統的なマーケテ ィング・ミックスである4つのPのフレームワーク3では扱いきれないことを指摘するため に、サービス固有の特徴を議論することに主眼においていたのである(Fisk et
al{1995,pp.5 7.]).
この時期に、無形性、不可分性、不均一性、消滅性という典型的なサービスが持つ4っ の特徴が明確化された(Fisk et a1【1995,p.7.])。これは、序章で指摘したように、サービス 提供者と顧客をサービス生産者とみなす発想からきている。そして、サービス生産者とし て顧客が関与するため、サービスのマーケティングはサービス生産についても綿密に議論
しなければならなかった。
するように、アメリカの経営学におけるサービス研究が主にマーケティング分野から生ま れたことに由来すると思われる。彼らがいうサービス・マーケティングは、本論文では基 本的にサービス・マネジメント論と表記する。
34つのPとは、「マーケティングの全貌を具体的かっビジュアルに示すことを目的として
(深山・海道編著[2001,50頁])」出版されたMcCarthy[1960]が提案したものである。
McCarthy[1960]は、マーケティング上の主要な変数としてProduct、 Price、 Place、
Promotionの4つのPを取り上げる。そして、ターゲットの顧客を満足させ、かっ企業が 目標を達成するために4Pの組み合わせを考えるものとしてマーケティングを位置づけた。
なお、4Pは企業側の視点であるため、より顧客の視点に立った4つのC(Customer Value、
Cost、 Convenience、 Communication)という考え方が提唱されている。
そのため、1970年代のサービスのマーケティング研究では、いかにしてサービス生産性 を高めるかが1つの重要な研究テーマとなっていた4。サービス提供システムを機械化・自 動化、ルーチン化することによって顧客の回転率を上げ、生産性を上げることが可能であ るという議論がなされた(Levitt[1972])。また、単に大量生産的にサービス提供システム を構築するだけでなく、サービス需要が時間的に均等になるように価格設定やサービス内
容を工夫することもサービス組織の1つの生産性戦略であることが指摘された
(Sasser[1976])5。加えて、サービス提供システムにおける顧客の役割を軽減および工夫 することによって、サービス提供者側の能率を高めることが可能であることも指摘された
(Chase[1978】)6。さらには、サービス生産性を高めるために、ターゲット顧客の信条、
生活スタイル、行動パターンなどを綿密に分析し、それらの情報をサービス提供システム やマーケティング方法に反映させるべきであることも主張された(Lovelock and
Young[1979]).
以上のように、サービスのマーケティング研究では、当初からサービス組織の経営管理 上の諸問題を幅広く取り扱わなければならなかった。そうした中で、サービスのマーケテ
ィングは工業製品を対象としたモノ・マーケティング(product marketing)とは根本的に 異なることを明確に指摘する「記念碑的論文(Fisk et al[1995,p.8」)」が登場する。 Journa/
ofMarketing誌に掲載されたShostack[1977]である。
Shostack[1977]は、伝統的なマーケティング・ミックスである4っのPのフレームワー クに疑問を投げかける。伝統的なマーケティング・ミックスが想定しているのは財貨の商 取引であるが、サービス提供とは無形の経済財を含む商取引なのである。彼女の問題意識 は以下のとおりである。
「サービスを単に無形性を持つプロダクトとするのは間違いである。このロジックでは、
りんごは「りんごらしさ」をもつオレンジであるということになる。無形性は修飾語では なく状態なのである。無形なものは有形の装飾と一緒に表れることもあるが、経験(映画)
や時間(コンサルティング)やプロセス(クリーニング)のような無形なものの物的所有 権を買うことは出来ない。サービスは提供される。サービスは経験される。サービスは在 庫にできず、触ったり、味見したり、試着したりできない。「有形」とは触れることができ、
物的であることを意味する。「無形」とはその反意語で、触れることができず、物的でない ことを意味する。この区別は深い意味がある。マーケティングは無形性をコアとするプロ ダクトを扱っておらず、この無形のコア部分を管理、変換、統制するために有効なツール
4そのきっかけの1つとして、Fuchs[1968]のような経済学者によるサービス生産性の低さ に対する指摘があったことも忘れてはならない。
5このような、需要のオーバーフローを緩和するためのマーケティングは、「デマーケティ ング(Demarketing)」と呼ばれる(浅井[1989,121頁])。
6サービス提供システムにおいて顧客とサービス組織の相互作用を軽減する行為は、「デカ ップリング(Decoupling)」と呼ばれる(浅井[1989,125頁])。
を提供していないのである。(pp.73−74.)」
Shostack[1977]の主張は明確である。彼女は、財貨的発想ではなく、そして財貨かサー ビスかという二律背反的な発想ではなく、プロダクト構成要素としての財貨とサービスの 関係性に注目すべきであるとする(図表2・1)。そして、適切なマーケティング戦略は、当 該プロダクトの財貨とサービスの関係性に依存することを指摘する(図表2−2)。そして Shostack[1977]はこの観点から、無形のサービスが当該プロダクトのコアとなり、当該プ ロダクトにおいて無形部分が大きな割合を占めているプロダクトに適切なマーケティング 戦略を議論する。
図表2−1 プロダクトの有形性・無形性の度合い
塩
飲料洗剤
自動車
化粧品
ファスト・フード店
有形支配
無形支配
広告代理店 航空
投資管理
コンサルティング 教育 出所:Shostack[1977,p.77.]
Shostack[1977]の記述や図表には、説明が不十分な点がみられる。例えば、プロダクト 構成要素としての無形要素を、製品やサービスが顧客にもたらす機能として捉えているよ
うに感じられるが、それを示す具体的な記述はない7。ただ、彼女が明確に指摘した企業の プロダクトを「財貨とサービスの束」として認識する考え方8と、それらの関係性によって 適切なマーケティング戦略は変化するという考え方は、その後のサービス・マネジメント 論の確立に大きな刺激を与えることとなった9。特に、その後のサービスのマーケティング
7このサービス観は、財貨や人がもたらす機能をサービスとして認識した野村[1983】の考え 方に近いといえる。
8この考え方自体は、既に主張されていた。例えばRathmell[1966,1974] 1ま企業のプロダク トを「財貨=サービス連続体(goods・service continuum)」と表現している。
9例えば、マーケティング論の第一人者として世界で広く読まれているマーケティング管理