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49〜56大鳥城跡3号溝 57,58大鳥城跡1号井戸
59大鳥城跡16号土坑 60〜62本町遺跡1号石積井戸 図111 岸窯系陶器編年案
Fig lll Chronological sequence of Kishi、 vare
点下層
)で
35。1%、 元禄年間 (第5地
点Ⅳ〜VⅡ層)で
89.2%、 18世紀後棄 (第9地
点15。 16号土坑)で
59.0%、19世紀前葉か ら中葉 (第
9地
点1号
池)で 31.5%の
数値 を示す。(註
2)福
島市飯坂 にある岸窯跡 は、平成4・6年
と7年
の2回
にわた り発掘調査が行われた (鈴木・堀江1996、堀江前掲)。 同 じ丘陵の北斜面 にも岸窯跡 と同様 の陶器片や窯道具が出土する地点が存在す る。さらに岸窯跡 のあ る福島県中通 り北部 の信達盆地か らは、岸窯跡か ら出土す る陶器 と胎土や製作技法が近似 しなが らも、岸窯では 作 られていない製品が出土す ることもあ り、周辺 に近世窯跡が展開す ることが予想 されている。 これ ら岸 。大鳥 丘陵窯跡群 (関根達人
1999)で
作 られた近世陶器 を岸窯系陶器 と呼ぶ。福島県中通 り地方には、18世紀 中葉以路 も岸窯系陶器の影響下 に成立 し、播鉢 を主体 に壷・ 甕等の生産 を行 ったであろう地元の窯が複数存在 した と予魁 され るが、それ らの窯で作 られた製品については、岸窯系陶器 の概念か らは除外 して考 える。(3)上
人形・ 土製玩具の検討今 回の調査 においては、二の丸跡での これ までの調査例 に比 して、比較的多数の上人形・土製玩具が出上 した。
仙台周辺の近世遺跡 において、 これだけのまとまった量の出土 は初 めてである。 しか し幕末以降の整地層か らの 出上 を主 とす る出土状況か らは、出現時期や時期毎 の組成 の変化な どを詳細 に論 じるには不足なので、以下では 出土資料全体 としてみた特徴 について、二の丸跡での出土例や他地域 との比較 を通 して若千考 えてみたい。
①
土人形
人形 の製作技法 については、型 を用いた ものが圧倒的に多い。 なかで も前後 または左右 に
2分
割 した合せ型作 りの ものが多 く、片面のみに型 を用いた ものが少数認 め られ る。型 を用いた製法の採用が、比較的簡単 に同 じも のを量産す る道 を開 き、江戸時代 に土人形の普及 をもた らした要因 として重視 される点であ り、型作 りが主体で あることは、各地の近世遺跡 に共通する様相 といえる。合せ型作 りの場合、器壁 を薄 くして内部 を中空 にす るこ とが一般的であるが、器壁 を薄 くせずに大 きな穿孔 を施す例が大阪で多いな ど、技法の細部 には変異 も多 くまた 地域性が存在す ることも 知 られている (愛知県 埋蔵文化財セ ンター1990a、 中野高久1998)。 当地点出上の もの をみて も、中空 の度合いや底面の開日の有無、穿孔の有無 な ど一様 ではない。ちなみに、仙台の江戸時代 中期か らの人形産地 として知 られ る堤人形の伝世品では、原則的 に底 は作 らず、下部 の内側 まで胡粉 を塗 るが、底 まで 作 り込 んでいるものや、底 に紙 を貼 っているものな どもあるとの ことである (杉山晋作 ほか1996)。単純 な型作 りとは異なる技法の ものに、大型 の西行法師
D(図 90‑21)と
、手づ くねを主体 とし一部 に型 を作 用 した猿A(図
■2‑1〜
5・ 7)・Bが
ある。西行法師
Dは
いわゆる瓦質土器 とは異な り、屋瓦 とほ とん ど変わ らない燻 し銀色の堅緻な焼成の大型の もので ある。1号
池か らの出上で幕末 に近 い時期の もの と考 えられ る。型作 りではないこのような瓦 に近 い焼成 の人形 には、堤焼 の作例 として伝世する高 さが70〜120cmに
もなる大型 の七福神が知 られ る (東北歴史資料館1995)。また、型作 りによるものが圧倒的に多いなかで、猿 に手づ くね (十一部型使用
)の
ものがみ られ る とい う例 は 各地でたびたび認 め られる。 その背景 としては、様々なポーズを とらせ るための表現上の理由であろ うとす る見 解 (真砂遺跡調査団1987)が
妥当 と思われ る。手づ くねの猿 のポーズには実際非常 に多様性があ り (図112)、 本 遺跡 の例 だけで も、釣 りをす るもの、鋏砲を構 えるもの、 しゃがむ もの、あ ぐらをか くもの、横座 りす るものが あ り、他遺跡の例 では、親子が肩車す るもの、悟鉢 を抱 えす りこぎを持つ ものな ども認 められる。 なぜ猿 につい てのみ これほ どまでに多様 隆があるのだろうか。土人形 の意匠 には、人間の形 をとるものでは、天神・ 七福神・ 西行法師、動物では猿 。犬が多い傾 向が認 め ら れる。 これ らの意匠 はいずれ も各地で よく出土す るものであ り、仙台城下で も同様であった ことがわか る。
天神 はきわめて様式化 されたスタイルの ものである。七福神 には背面 に橋状 の突帯 を作 るものが認 め られ る(図
112‑9)。 この ような突帯 をもつ ものには猿・ 般若 な どの例があ り (図112‑14・ 15など)、 お面 とされている。
4(5) 5(7)
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何日Щ 爪ぃ判 .5
0 10cm
図112 武家屋敷跡 第4地点 出土土人形 と各地 の土人形 Fig l12 Clay figures from BK4 and other sites
│ 1(1)
11 内藤町遺跡
A2号
遺構 12 東大医学部附属病院地点遺構外 13 市谷薬王寺町遺跡H410号遺構 14 南山伏町遺跡 474号b遺構16。 17 南山伏町遺跡
424・425号遺構 15 荒木町追跡
H
166号遺 借 18 早稲田南町遺跡
1号通 構
0 5 cm
( )内は遺物登録番号
9(58)
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り12(55)
武家屋敷跡第4地点 5(54)
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・・20
越基鷲 り
21 四谷一丁 目遺跡 D14号遺構
26 南町遺跡21号遺構
図113 武家屋敷跡 第4地点 出土玩具 と各地 の玩具 Fig l13 Clay ottectS frOm BK4 and other sites