空 か ら の 伝 承
Ⅰ
―
本 節 で は
、 称 名 念 仏 と 観 想 念 仏 と い っ た
、 起 行 論
、 す な わ ち 念 仏 に つ い て 説 か れ る
「 十 七 条
⑬
」 と
「 十 七 条
⑯
」 に つ い て 考 察 す る
。 第 一 項 第 十 八 願 と 念 仏 に つ い て
「 十 七 条 御 法 語
」 第 十 三 条
「 十 七 条
⑬
」 に は 次 の よ う に 説 か れ て い る
。 又 云
、 善 導 ハ 第 十 八 ノ 願
、 一 向 ニ 仏 号 ヲ 称 念 シ テ 往 生 ス ト 云 リ
。 恵 心 ノ コ コ ロ
、 観 念 称 念 等
、 ミ ナ コ レ ヲ 摂 ス ト 云 リ
。 モ シ 要 集 ノ コ コ ロ ニ ヨ ラ ハ
、 行 者 ニ オ イ テ ハ
、 コ ノ 名 ヲ ア ヤ マ チ テ ム 歟 ト
。
7 5
こ こ で は は じ め に
、『 無 量 寿 経
』 に 説 か れ る
「 設
シ
我
レ
得
ン ニ レ仏
ヲ
十 方
ノ
衆 生 至 心
ニ
信 楽
シ テ
欲
シ テ レ生
セ ン ト 二我
カ
国
ニ 一乃 至 十 念
セ ン ニ
若
シ
不
ン ハ レ生
セ
者 不
レ取
二正 覚
ヲ 一」
7 6
と い う 第 十 八 願 に 関 す る
、 善 導 の 解 釈 が 挙 げ ら れ て い る
。善 導 が 直 接 解 釈 し た も の に は
、『 観 念 法 門
』の
「 若
シ
我
レ
成 仏
セ ン ニ
十 方
ノ
衆 生 願
シ テ レ生
セ ン ト 二我 国
ニ 一称
セ ン コ ト 二我
カ
名 字
ヲ 一下 至
ン ニ 二十 声
ニ 一乗
シ テ 二我 願 力
ニ 一若
シ
不
ン ハ レ生
セ
者 不
ト レ取
ラ 二正 覚
ヲ 一」
7 7
と
、『 往 生 礼 讃
』の
「 若
シ
我
レ
成 仏
セ ン ニ
十 方
ノ
衆 生 称
シ テ 二我 名 号
ヲ 一下 至
マ テ 二十 声
ニ 一若
シ
不
ン ハ レ生
セ
者 不
ト レ取
ラ 二正 覚
ヲ 一。 彼
ノ
仏 今 現
ニ
在
シ テ レ世
ニ
成 仏
シ 玉 ヘ リ
。当
ニ レ知
ル
本 誓 重 願 不
レ虚
カ ラ
衆 生 称 念
ス レ ハ
必
ス
得
二往 生
ヲ 一」7
8
と い う 一 節 が あ る
。 こ れ ら か ら
、 善 導 が 第 十 八 願 を 阿 弥 陀 仏 の 名 を 称 え て 往 生 す る こ と で あ る と し て い る こ と が 考 え ら れ る が
、「 十 七 条
⑬
」に あ る「 一 向
」と い う 言 葉 は こ れ ら『 観 念 法 門
』・
『 往 生 礼 讃
』 に 存 在 し な い
。 善 導 の 五 部 九 巻 の な か で
「 一 向
」 と い う 言 葉 を 用 い て い る の は
、『 観 経 疏
』 に 説 か れ る
、「 上 来 雖
レ説
玉 ト 二定 散 両 門
ノ
之 益
ヲ 一望
レ ハ 二仏 本 願
ニ 一意 在
リ 三衆 生
ヲ シ テ
一 向
ニ
専 称
セ シ ム ル ニ 二弥 陀 仏
ノ
名
ヲ 一」
7 9
と い う 一 箇 所 の み で あ る
。 法 然 は
『 選 択 集
』 第 四 章 私 釈 段 で
、 こ の 一 節 に お け る
「 一 向
」 と い う 言 葉 に 注 目 し
、 イ ン ド に あ る 三 寺 の 例 を 出 し て 詳 し く 説 明 し て い る
。 法 然 に と っ て
「 一 向
」 と い う 言 葉 は 非 常 に 重 要 な 言 葉 で あ る
。 こ の
『 観 経 疏
』 の 一 節 は
、『 無 量 寿 経
』に 説 か れ る 三 輩 の 文 す べ て に「 一 向 専 念 無 量 寿 仏
」と あ る こ と を 受 け て の こ と で あ り
、「 十 七 条
⑬
」 は
、 先 の
『 観 念 法 門
』・
『 往 生 礼 讃
』 や
、 こ の
『 観 経 疏
』 の 内 容 を 含 め た う え で の 解 釈 で あ る と い え る
。 つ ま り
「 十 七 条
⑬
」 の 善 導 に 関 す る 短 い 一 節 に は
、 こ れ ら を す べ て 考 慮 し た う え で の 法 然 の 善 導 解 釈 が 示 さ れ て い る と 考 え ら れ る
。 ま た 第 十 八 願 の
「 乃 至 十 念
」 の
「 念
」 が
、 称 念 を 指 し て い る こ と が 分 か る
。 次 に
、 源 信 は「 乃 至 十 念
」の
「 念
」に 観 念 も 称 念 も 両 方 含 む と い う こ と が 示 さ れ て い る
。
『 往 生 要 集
』の な か で
、直 接 第 十 八 願 文 を 出 し て い る の は 一 箇 所 の み で あ る
8 0
。こ こ は 諸 々 の 聖 教 の な か で
、 念 仏 が 往 生 業 と な る 証 拠 の 文 を 十 挙 げ る 箇 所 で あ り
、 そ の な か の 第 三 に 第 十 八 願 文 が 説 か れ る
。こ こ で の「 念
」は 何 を 指 す の か
。全 十 文 中
、『 観 経
』・
『 阿 弥 陀 経
』・
『 鼓 音 声 経
』 に 名 号 を 念 ず る
、 す な わ ち 称 念 が 説 か れ る が
、 源 信 は そ の 後 称 念 が 往 生 業 に な る の だ か ら
、 観 念 が 往 生 業 に な ら な い は ず が な い と し て
、 結 局 は 観 念 を す す め て い る
。
「 十 七 条
⑬
」は
、第 十 八 願 の「 乃 至 十 念
」の
「 念
」の 理 解 に つ い て
、善 導 は 称 念 で あ り
、 源 信 は
、 観 念
・ 称 念 の 両 方 を 指 す と い う 解 釈 の 後
、 最 後 に
『 往 生 要 集
』 に よ る 行 者 は
、 こ の「 名
」、 つ ま り は「 念
」の 理 解 の 仕 方 を 誤 っ て し ま う 可 能 性 が あ る こ と が 指 摘 さ れ て い る
。 こ こ に 説 か れ る 善 導 理 解 や「 念
」が 称 念 で あ る こ と
、「 念
」の 理 解 が 源 信 と 異 な る こ と は
『 選 択 集
』 を は じ め
、 法 然 教 義 書 に 共 通 し て 説 か れ る 基 本 的 な 内 容 で あ り 問 題 が な い が
、
52
善 導 と 源 信 を 比 較 す る 点
、 源 信 の と ら え 方 等
、 考 慮 す べ き 点 が い く つ か あ る
。 こ の
「 十 七 条
⑬
」 は 次 に 考 察 す る「 十 七 条
⑯
」と 深 い 関 係 が あ る た め
、「 十 七 条
⑯
」 と 合 わ せ て 考 察 し た い
。
第 二 項 称 念 と 観 念 に つ い て
「 十 七 条 御 法 語
」 第 十 六 条 一
、 内 容 と 問 題 点
「 十 七 条
⑯
」 に は 次 の よ う に 説 か れ て い る
。 又 云
、 善 導 与
二
恵 心
一
相 違 義 事
。 善 導 ハ 色 相 等 ノ 観 法 オ ハ
、 観 仏 三 昧 ト 云 ヘ リ
。 称 名 念 仏 オ ハ
、 念 仏 三 昧 ト 云 ヘ リ
。 恵 心 ハ 称 名 観 法 合 シ テ 念 仏 三 昧 ト 云 ヘ リ
。 又 云
、 余 宗 ノ 人 浄 土 門 ニ ソ ノ 志 ア ラ ム ニ ハ
、 先 ツ 往 生 要 集 ヲ モ テ
、 コ レ ヲ オ シ フ ヘ シ
。 ソ ノ ユ ヘ ハ
、 コ ノ 書 ハ モ ノ ニ コ コ ロ エ テ
、 難 ナ キ ヤ ウ ニ ソ ノ 面 ヲ ミ エ テ
、 初 心 ノ 人 ノ タ メ ニ ヨ キ 也
。 雖
レ
然 真 実 ノ 底 ノ 本 意 ハ
、 称 名 念 仏 ヲ モ テ
、 専 修 専 念 ヲ 勧 進 シ タ マ ヘ リ
。 善 導 ト 一 同 也
。
8 1
こ こ で は は じ め に
、 善 導 と 源 信 が 念 仏 三 昧 の 解 釈 を 異 に し て い る こ と に つ い て
、 法 然 の 考 え を 示 し て い る
。 善 導 は
、「 色 相 等 ノ 観 法
」 を
「 観 仏 三 昧
」、 称 名 念 仏 を
「 念 仏 三 昧
」 と し
、 観 仏 三 昧 と 念 仏 三 昧 を 区 別 し て い る の
。 そ れ に 対 し
、 源 信 は 称 名 と 観 法 を 合 わ せ て 念 仏 三 昧 と し て い る と 述 べ て い る
。こ の と ら え 方 の 違 い が
、冒 頭 の 善 導 と 源 信 の 違 い で あ る
。 ま ず
、 善 導 に つ い て は
、『 観 経 疏
』 に
、 今 此
ノ
観 経
ハ
即 以
二観 仏 三 昧
ヲ 一為
レ宗
ト
亦 以
二念 仏 三 昧
ヲ 一為
レ宗
ト
一 心
ニ
廻 願
シ テ
往
二生
ス ル ヲ
浄 土
ニ 一為
レ体
ト
。
8 2
と あ り
、浄 影 寺 慧 遠 や 吉 蔵
、智 顗 等 が
、『 観 経
』を 観 仏 三 昧 を 宗 と な す も の で あ る と し た の に 対 し て
、『 観 経
』 は
、 観 仏 三 昧 と 念 仏 三 昧 を 宗 と す る も の で あ る と し た
。 さ ら に
『 観 経
』 に 説 か れ る 十 六 観 に つ い て
、 問 曰
ク
、云 何
ナ ル ヲ カ
名
ケ 二定 善
ト 一、 云 何
ナ ル ヲ カ
名
ク 二散 善
ト 一。 答 曰
、従
二日 観
一下 至
ル 二十 三 観
ニ 一已 来
ヲ
名
テ
為
二定 善
ト 一、 三 福 九 品
ヲ
名
テ
為
二散 善
ト 一。
8 3
と し
、 ま た
、
前
ニ ハ
明
シ テ 二十 三 観
ヲ 一以 為
二定 善
ト 一。 即 是
レ
韋 提 致
シ レ請
ヲ
如 来 已
ニ
答
ヘ 玉 フ
。 後
ニ ハ
明
シ テ 二三 福 九 品
ヲ 一名
テ
為
二散 善
ト 一。 是
レ
仏
ノ
自 説
ナ リ
。
8 4
と し て
、 は じ め の 十 三 観 は 韋 提 希 の 請 に よ る 定 善 で あ り
、 後 の 三 観 は 仏 の 自 説 で あ る 散 善 で あ る と し た
。 ま た
、 観 仏 三 昧 に つ い て は
、『 観 念 法 門
』 に お い て
、
如
キ 二観 仏 三 昧 経
ニ
説
カ 一、 若
シ
有
テ レ人 一 須 臾
ノ
頃
タ モ
観
ス レ ハ 二白 毫 相
ヲ 一若
ハ
見 若
ハ
不
レ見
( 中 略
)是
ヲ
名
ク 二観 仏 三 昧
ノ
観 法
ト 一。 一 切
ノ
時 中
ニ
常
ニ
廻
ス レ ハ
生
ス 二浄 土
ニ 一。 但 依
テ 二観 経
ノ
十 三 観
ニ 一安 心
シ テ
必
ス
得
ヨ レ不
コ ト ヲ レ疑
ハ
。
8 5
と し て
、十 六 観 の 内
、は じ め の 十 三 観 が 観 仏 三 昧 で あ る と し
、念 仏 三 昧 に つ い て は
、『 観 経 疏
』 に お い て
、 如
キ 二無 量 寿 経
ノ
四 十 八 願
ノ
中
ノ 一、 唯 明
ス 下専 念
シ テ 二弥 陀
ノ
名 号
ヲ 一得
ル コ ト ヲ 上 レ
生
コ ト ヲ
。 又 如
キ 二弥 陀 経
ノ
中
ノ 一、 一 日 七 日 専 念
シ テ 二弥 陀
ノ
名 号
ヲ 一得
レ生
コ ト ヲ
。又 十 方 恒 沙
ノ
諸 仏 証
二誠
シ 玉
不 虚
ヲ 一也
。又 此
ノ
経
ノ
定 散
ノ
文
ノ
中
ニ
唯 標
ス 下専 念
シ テ 二名 号
ヲ 一得
ル コ ト ヲ 上 レ
生
コ ト ヲ
。此
ノ
例 非
レ
一
ニ
也
。 広 顕
シ 二念 仏 三 昧
ヲ 一竟
ヌ
。
8 6
53
と あ り
、 こ の 一 節 に つ い て 柴 田 泰 山 氏 は
、 こ こ で 善 導 が 示 し て い る
「 専 念 弥 陀 名 号
」 あ る い は「 専 念 名 号
」は
、「 正 定 之 業
」と し て の「 一 心 専 念 弥 陀 名 号
」と 全 く の 同 義 で あ る と し
、 ま た
、「 広 顕 念 仏 三 昧 竟
」と い う 一 文 か ら
、善 導 は
「 専 念 弥 陀 名 号
」
=
「 念 仏 三 昧
」と し て と ら え て い た こ と が 分 か る と し て い る
。 つ ま り
、『 観 経 疏
』 に 説 か れ る
「 念 仏 三 昧
」 と は
、
「 専 念 弥 陀 名 号
」 で あ り
、 か つ
「 正 定 之 業
」 と 同 義 と い う こ と に な る と し て い る
8 7
。「 十 七 条
⑯
」 で は こ れ ら の 善 導 の 説 示 を 基 に し て い る と 考 え ら れ る
。 次 に 源 信 に つ い て は
、『 往 生 要 集
』 に
、
問
、 念 仏 三 昧
ハ
為
ン 二唯
タ
心 念
ト 一為
ン ヤ 二亦 口 唱
ト 一。 答
、 如
シ 二止 観
ノ
第 二
ニ
云
カ 一。 或
ハ
唱 念 倶
ニ
運
ヒ
、 或
ハ
先
ニ
念
シ テ
後
ニ
唱
ヘ
、 或
ハ
先
ニ
唱
テ
後
ニ
念
ス
。 唱 念 相 継
シ テ
無
ク 二休 息
ス ル
時
一声 声 念 念 唯
タ
在
レ ト 二阿 弥 陀
ニ 一。
8 8
と あ り
、 こ こ で は
、 念 仏 三 昧 は「 心 念
」 で あ る の か
、「 口 称
」で あ る の か と い う 問 い に 対 し て
、 両 方 に 通 じ る こ と が 説 か れ て い る
。 ま た
、
念 仏 三 昧 経
ノ
第 七
ニ
云
、 当
ニ レ知
ル
如
ノ レ是 念 仏 三 昧
ハ
則 為
レ総
二摂
ス ト
一 切
ノ
諸 法
ヲ 一。
8 9
と あ る こ と か ら も
、「 十 七 条
⑯
」で は こ れ ら の 説 示 に よ っ て
、源 信 は 称 名 念 仏 と 観 法 を す べ て 合 わ せ て 念 仏 三 昧 と と ら え て い る と さ れ て い る
。 こ こ ま で が
、「 十 七 条
⑯
」の 前 半 部 分 で あ る と 考 え ら れ
、こ こ に は 善 導 と 源 信 の 相 違 点 が 説 か れ て お り
、 か つ
、「 十 七 条
⑬
」 の 前 半 部 と 同 じ 内 容 で あ る
。 続 い て
、 他 宗 の 人 で
、 浄 土 宗 の 教 え に 帰 依 し よ う と い う 志 が あ る 者 に は
、 最 初 に
『 往 生 要 集
』を 用 い て そ の 教 え を 伝 え る べ き で あ る と す る
。そ の 理 由 と し て は
、『 往 生 要 集
』は 整 理 が 行 き 届 い て い る の で
、 そ の 趣 意 を 理 解 す る こ と が 容 易 く
、 初 心 の 人 に と っ て わ か り や す い か ら で あ る と さ れ て い る
。 そ し て 最 後 に
、 源 信 の 真 の 本 意 は 称 名 念 仏 を 専 ら 修 め
、 専 念 す る こ と を 勧 進 し て い る も の で あ り
、 善 導 と 意 図 は 同 じ で あ る と し て い る
。
「 十 七 条
⑯
」 に 関 し て は
、「 十 七 条
⑬
」 も 含 め て 以 下 の 問 題 点
・ 注 目 点 が あ る
。
・前 半 と 後 半 を 合 わ せ て 一 つ の 条 と す べ き か
、分 け て 考 え る べ き か
。ま た 後 半 に あ る「 雖
レ
然
」 と は
、 何 に 対 し て い わ れ て い る の か
。
・ 源 信 と 善 導 の 違 い と 法 然 の と ら え 方 に つ い て
。
・「 十 七 条 御 法 語
」 に お け る 源 信 の 引 用 態 度 に つ い て
。 二
、 法 然 教 学 と の 比 較 は じ め に 前 半 部 分 に 関 し て で あ る
。 善 導 に つ い て は
『 観 経 釈
』 に
、 次
ニ
流 通
ニ
有
二多
ノ
文 段
一、 取
テ レ要
ヲ
釈
セ バ レ之
、 経
ニ
云
。 仏 告
ハ ク 二阿 難
一、 汝 好
ク
持
テ 二是
ノ
語
ヲ 一。
{ 云 云
} 釈
ル ニ レ此
ヲ
有
二二
ノ
意
一。 一
ニ
者 先
ヅ
依
ラ バ 二善 導
ニ 一、 廃
テ 二定 散
ノ
諸 行
ヲ 一但 帰
ス ト 二念 仏
ノ
一 門
ニ 一。 二
ニ
於
テ 二経 中
ノ
諸 文
一、 略
シ テ
輔
二助
ス
此
ノ
義
ヲ 一。 一
ニ ハ
依
リ 二善 導
ニ 一廃
シ テ 二諸 行
ヲ 一帰
ス ト 二念 仏
ノ
一 門
ニ 一者
、善 導 釈
シ テ 二仏 告 阿 難 等
ノ
文
ヲ 一云
。従
二仏 告 阿 難 汝 好 持 是 語
一已 下
ハ
、 正
ク
明
下付
二属
シ テ
弥 陀
ノ
名 号
ヲ 一、 流
中通
コ ト ヲ
於 遐 代
上。 上 来 雖
レ説
ク ト 二定 散 両 門 之 益
ヲ 一、 望
レ バ 二仏
ノ
本 願
ニ 一、 意
ロ
在
リ 下衆 生
ヲ シ テ
一 向
ニ
専
ラ
称
セ シ ム ル ニ 中弥 陀 仏
ノ
名
ヲ 上。
{ 云 云
} 釈
テ
云
ク
。 諸 経
ノ
宗 旨 不 同
ナ リ
、 此
ノ
経
ニ ハ
観 仏 三 昧
ヲ
為
レ宗
ト
、 亦 以
二念 仏 三 昧
ヲ 一為
ス レ
宗
ト
。
{ 云 云
}
9 0
と あ り
、 こ こ で 法 然 は
、 定 散 の 諸 行 を 廃 し て 但 念 仏 に 帰 す と い う こ と に つ い て
、 善 導 の 二 つ の 文 に よ っ て 説 明 し て い る
。 こ の う ち
、 二 つ 目 の
「 諸 経 宗 旨 不 同 此 経 観 仏 三 昧 為 宗 亦 以