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が な か っ た

。そ れ は こ れ ま で の 研 究 に お い て

、「 信 空 伝 説 の 詞

」や

『 四 十 八 巻 伝

』に 説 か れ る 住 心 房 を 覚 顕 と と ら え

、『 明 義 進 行 集

』と 合 わ せ て 考 え る こ と が な か っ た こ と が 大 き な 要 因 の 一 つ で あ る と 考 え ら れ る

。 伝 承 に つ い て は

、「 白 河 消 息

」が 原 本 で あ り

、そ こ か ら『 明 義 進 行 集

』や

「 十 七 条 御 法 語

「 信 空 伝 説 の 詞

」 へ と 伝 わ り

、 そ の 後 そ れ ら か ら

「 つ ね に 仰 せ ら れ け る 御 詞

」 に 伝 わ る と い う 伝 承 が 明 ら か と な っ た

。 図 示 す る と 以 下 の と お り で あ る

最 後 に

、 本 節 で 覚 愉 に つ い て 考 察 し た 際 に

、 廬 山 寺 を 通 し て 本 光 房 禅 仙 と 覚 愉 に 関 わ り が あ る こ と が 明 ら か と な っ た

。 覚 愉 や 禅 仙 は

、 次 節 で

「 十 七 条

」 を 考 察 す る 際 に も 関 わ る 人 物 で あ る の で 再 度 詳 し く 述 べ た い

第 四 節 念 仏 と 諸 行

― 信 空 か ら の 伝 承

『 和 語 灯 録

』 と の 関 連 か ら

本 節 で は

、 念 仏 と 諸 行 と い っ た 起 行 論 が 説 か れ る

「 十 七 条

」 と

「 十 七 条

」 に つ い て 考 察 す る

。「 十 七 条 御 法 語

」の 説 示 順 と 異 な る 順 序 で 考 察 し て い く 理 由 は『 和 語 灯 録

』に 関 わ る こ と で あ り

、 本 文 の な か で 説 明 し て い く

。 第 一 項 要 門

・ 弘 願 に つ い て

「 十 七 条 御 法 語

」 第 八 条 一

、 内 容 と 問 題 点

「 十 七 条

」 に は 次 の よ う に 説 か れ て い る

。 又 云

、 玄 義

釈 迦 ノ 要 門 ハ

、 定 散 二 善 ナ リ

。 定 者 息 慮 凝 心 ナ リ

、 散 者 廃 悪 修 善 ナ リ

。 弘 願 者 如 大 経 説

、 一 切 善 悪 凡 夫 得 生 ト イ ヘ リ

。 予 コ ト キ ハ

、 サ キ ノ 要 門 ニ タ エ ス

、 ヨ テ ヒ ト ヘ ニ 弘 願 ヲ 憑 也 ト 云 リ

2 2 6

こ こ で は

、 要 門 と 弘 願 に つ い て 説 か れ て い る

。 は じ め の 部 分 で は

『 観 経 疏

』 玄 義 分 に 説

「つね⑤」

(直接)

法然

原本(信空「白河消息」)

「十七条⑤」

「信伝⑤」

(「白河消息」と 合わせて参照)

『明義進行集』

73

か れ る

要 門

ト ハ

者 即 此

観 経

定 散 二 門 是

ナ リ

也 定

即 息

テ レ慮

以 凝

シ レ心

即 廃

シ レ悪

以 修

ス レ善

シ テ 二

二 行

ヲ 一

往 生

ヲ 一也 言

ハ 二

弘 願

ト 一者 如

シ 二

大 経

カ 一

一 切 善 悪

凡 夫 得

ル コ ト ハ レ生

ス ル コ ト ヲ

者 莫

シ レ不

ト 云 コ ト 下皆 乗

シ テ 二

阿 弥 陀 仏

大 願 業 力

ニ 一

中増 上 縁

ト 上

2 2 7

と い う 説 が そ の ま ま 引 用 さ れ て い る

。『 観 経 疏

』 で は

、釈 尊 の「 要 門

」 は 定 善 と 散 善 の 二 善 で あ り

、 そ の う ち

、 定 善 と は 思 い を 乱 さ ず 心 を 凝 ら す こ と で あ り

、 散 善 と は 散 乱 し た 心 の ま ま で

、 悪 行 を や め て 善 行 を 修 す る こ と で あ る と さ れ て い る

。そ し て「 弘 願

」 と は

、『 無 量 寿 経

』 に 説 か れ て い る と お り で あ り

、 善 悪 の す べ て の 凡 夫 が 往 生 で き る の は

、 み な 阿 弥 陀 仏 の

「 大 願 業 力

」 に 乗 じ て こ れ を

「 増 上 縁

」 と す る か ら で あ る と さ れ て い る

。 そ し て

「 十 七 条

」 で は 後 半 部 分 に こ の 善 導 の 説 を 受 け

、 自 分 の よ う な 愚 者 に は

、 定 散 二 善 の よ う な

「 要 門

」 に は 堪 え ら れ ず

、 ひ た す ら 阿 弥 陀 仏 の

「 弘 願

」 を 頼 り と し て い る と 説 か れ て い る

。 こ こ で 問 題 に 入 る 前 に

「 要 門

」・

「 弘 願

」 と い う こ と に つ い て 整 理 し て お き た い

「 要 門

」・

「 弘 願

」と い う 用 語

、 ま た そ の 解 釈 は

、「 三 部 経

」 等 の 仏 説 に よ っ て 直 接 説 か れ て い る も の で は な く

、善 導 の「 三 部 経

」解 釈 に よ る も の で あ る

。こ こ で 善 導 が 説 く「 要 門

」、 つ ま り 定 散 二 善 と は

、『 観 経

』に お い て 釈 尊 が 韋 提 希 の 要 請 に よ っ て 答 え た「 随 他 意

」の 教 え で あ る

。 さ ら に

『 観 経 疏

』 に お い て

、『 観 経

』 の 解 釈 と し て

上 来 雖

玉 ト 二

定 散 両 門 之 益

ヲ 一

レ ハ 二

仏 本 願

ニ 一

意 在

リ 三

衆 生

ヲ シ テ

一 向

専 称

セ シ ム ル ニ 二

弥 陀 仏

ヲ 一

2 2 8

と 善 導 が 解 釈 し た こ と か ら も 分 か る よ う に

、釈 尊 は 定 散 二 善 を 説 い た 後

、「 随 自 意

」の 教 え と し て 称 名 念 仏 を 説 き

、 善 導 は こ の 称 名 念 仏 が 釈 尊 の

「 随 自 意

」 と し て の 思 い で あ る と 同 時 に

「 望 仏 本 願

」 と し て

、 こ れ が 阿 弥 陀 仏 の 立 て た 本 願 で あ る と 解 釈 し た

。 こ れ を も っ て 善 導 は 弘 願 と と ら え て い る

。 つ ま り 善 導 は

、『 観 経

』 理 解 を 通 し て

、「 要 門

」 は 釈 尊 の

「 随 他 意

」 の 教 え で あ り

、「 弘 願

」 は 釈 尊 の「 随 自 意

」 の 教 え で あ る と 同 時 に

、阿 弥 陀 仏 が 立 て た 本 願 で あ る と 解 釈 し た と い う こ と で あ る

。『 観 経 疏

』に お い て 第 一 項 で 挙 げ た 一 節 の 前 に は

娑 婆

化 主

ル カ 二

ニ 一

即 広 開

キ 二

浄 土

之 要 門

ヲ 一

安 楽

能 人

シ 下 フ

別 意

之 弘 願

ヲ 一

2 2 9

と 説 か れ て お り

、 こ こ で は「 娑 婆 化 主

」で あ る 釈 尊 が 浄 土 の 要 門 を 開 き

、「 安 楽 能 人

」で あ る 阿 弥 陀 仏 が 弘 願 を あ ら わ し た と し

、 こ こ か ら も 善 導 が

「 要 門

」 は 釈 尊 が 説 い た も の で あ り

、「 弘 願

」 は 阿 弥 陀 仏 が 立 て た も の と い う 違 い を ふ ま え て い る こ と が 分 か る

。 善 導 が 説 く

「 要 門

」 と

「 弘 願

」 は

、 単 に 行 と し て の 定 散 二 善 と 称 名 念 仏 を 別 個 の も の と し て 比 較 し た も の で は な く

、『 観 経

』 に 説 か れ る

「 随 他 意

「 随 自 意

」 の 流 れ に そ っ て

、 釈 尊 が 説 く 定 散 二 善 と

、 阿 弥 陀 仏 が 立 て た 本 願 を

、 釈 尊 に よ る

「 随 他 意

」・

「 随 自 意

」 の 違 い

、 ま た 釈 尊 と 阿 弥 陀 仏 の 違 い に 留 意 し な が ら

、 解 釈 し た と 理 解 す る こ と が 重 要 で あ る

。 本 章 第 一 節 で 挙 げ た 深 貝 氏 の 論 考 の よ う に

、 決 し て 二 尊 が 異 な る と い う こ と で は な く

、 大 悲 願 王

・ 救 済 者 と し て の 阿 弥 陀 仏 と

、 発 遣 教 主 と し て の 釈 尊 と い う こ と で あ り

、 発 遣 教 主 釈 尊 は 請 に 応 じ て 要 門 を 説 き

、 救 済 者 阿 弥 陀 仏 は 本 願 を 立 て る こ と に よ っ て 衆 生 を 救 う と い う こ と で あ る

。 こ れ を 図 示 す る と 次 の よ う に な る

74

こ の

「 要 門

」 や

「 弘 願

」 は

、 念 仏 と 諸 行 論 の 考 え 方 に 関 わ り

、 法 然 門 下

、 と く に 良 忠

・ 証 空

・ 親 鸞 等 が そ の 思 想 を 形 成 す る 根 幹 と な る 重 要 な も の で あ る

。ま た

、「 十 七 条

」等 に 説 か れ る 第 十 八 願

・ 第 十 九 願

・ 第 二 十 願 と い っ た 三 願 と

、 こ の

「 要 門

」・

「 弘 願

」 と の 間 に も 密 接 な 関 係 が あ る

「 十 七 条

」 に 関 し て は

、 以 下 の 問 題 点 が 挙 げ ら れ る

・ 三 願 や 念 仏 と 諸 行 論 と の 関 係

・ 法 然 教 義 書 に お い て「 要 門

」・

「 弘 願

」 と い う 用 語 を 用 い て 解 釈 す る の は『 三 部 経 大 意

』 の み で あ り

、 先 学 の 研 究 に よ っ て

『 三 部 経 大 意

』 の 真 偽 が 問 題 と な っ て い る こ と

・「 要 門

」・

「 弘 願

」 と は 証 空 や 親 鸞 が 各 々 の 教 義 に お い て 重 要 視 し た 課 題 で あ る こ と

。 二

、 法 然 教 学 と の 比 較 先 ほ ど 問 題 点 に 挙 げ た よ う に

、法 然 の 教 義 書 に お い て「 十 七 条

」と 関 連 す る 内 容 は『 三 部 経 大 意

』 に

、 但 此 至 誠 心 ハ ヒ ロ ク 定 善 ト 散 善 ト 弘 願 ト ノ 三 門 ニ ワ タ リ テ 釈 セ リ

。 是 ニ ツ キ テ 総 別 ノ 義 ア ル ヘ シ

。 総 者 自 力 ヲ 以 テ

、 定 散 等 ヲ 修 シ テ 往 生 ヲ 願 フ

、 至 誠 心 也

。 其 故 ハ 疏 ノ 玄 義 分 ノ 序 題 ノ 下 タ ニ 云 ク

、 定 即 慮 ヲ ヤ メ テ

、 以 テ 心 ヲ コ ラ シ

、 散 ハ 即 悪 ヲ 廃 シ テ 以 テ 善 ヲ 修 ス

。 此 ノ 二 善 ヲ 廻 シ テ 往 生 ヲ 求 也

。 弘 願 者 大 経 ニ 説 カ 如 シ

。 一 切 ノ 善 悪 ノ 凡 夫 生 ル ヽ 事 ヲ 得 ハ

、皆 阿 弥 陀 仏 ノ 大 願 業 力 ニ 乗 シ テ

、増 上 縁 ト セ ス ト 云 事 ナ シ ト イ ヘ リ

。 自 力 ヲ 廻 シ テ 他 力 ニ 乗 ル 事 ハ 明 ナ ル モ ノ カ

2 3

と あ る こ の 一 箇 所 の み で あ る

。「 弘 願

」 と い う こ と に 関 し て は

『 往 生 大 要 鈔

』 に

、「 善 導 は 観 経 の 疏 の 一 の ま き に

、 弘 願 を 釈 す る に

、 一 切 善 悪 の 凡 夫 む ま る ゝ 事 を う る 事 は

、 阿 弥 陀 仏 の 大 願 業 力 に 乗 じ て

、 増 上 縁 と せ ず と い ふ 事 な し

2 3 1

と あ る よ う に

、『 観 経 疏

』 の 引 用 と し て 所 々 に 説 か れ て い る も の の

、「 十 七 条

」 や『 三 部 経 大 意

』の よ う に

、 要 門 弘 願 を 比 較 し

、 要 門 に 堪 え ら れ な い か ら 弘 願 に 頼 る と い う 内 容 は み ら れ な い

。 ま た

、『 選 択 集

』 第 十 二 章 に は 次 の よ う に 説 か れ て い る

。 当

ニ レ知

随 他 之 前

ニ ハ

ト モ レ開

ク ト 二

定 散

ヲ 一随 自 之 後

ニ ハ

ツ 二

定 散

ヲ 一一

以 後 永

ル ハ レ閉

者 唯 是 念 仏

一 門

ナ リ

弥 陀

本 願 釈 尊

付 属 意 在

リ レ此

矣 行 者 応

ニ レ知

ル 2 3 2

第 十 二 章 で は こ の 箇 所 の 他 に も

、 定 散 二 善 と 念 仏 を 比 較 し

、 最 終 的 に は 定 散 の 門 が 閉 ざ さ れ

、念 仏 一 門 の み が 付 属 さ れ る こ と が 説 か れ る

。要 門・ 弘 願 と い う 用 語 は 出 て こ な い が

、 内 容 的 に は 関 連 し て い る と い え よ う

。 次 に

、 法 然 御 法 語 に お け る 解 釈 を み て み た い

。「 一 期 物 語

」 に は

或 人 問 云

。 常

テ 二

廃 悪 修 善

ヲ 一

念 仏

ム ト

、 与

常 思

テ 二

本 願 旨

ヲ 一

念 仏

タ ル

。 答

。 廃 悪 修 善

是 雖

諸 仏 通 戒

、 当 世

我 等

違 背

セ リ

。 若 不

別 意 弘 願

ニ 一

、 難

生 死

ヲ 一

者 歟

。 云 々

2 3

と あ り

、 こ こ で は

、 廃 悪 修 善 を 思 っ て 修 め る 念 仏 と 本 願 を 思 っ て 修 め る 念 仏 と で は ど ち ら

「 要 門」

=   定 散 二 善  = 釈 尊 の「 随 他 意」

「 弘 願」

= 阿 弥 陀 仏 の 本 願= 釈 尊 の「 随 自 意」

善 導 の『 観 経』 解 釈

75

が 勝 れ て い る か と い う 問 い に 対 し て

、 廃 悪 修 善 は 諸 仏 に 通 じ る 戒 で は あ る が

、 現 在 の 我 々 は そ の 教 え に 背 い て し ま っ て い る た め

、 弘 願 に 乗 ず る こ と が な け れ ば

、 生 死 の 世 界 を 出 る こ と は 難 し い と 説 か れ て い る

。 こ れ は

、「 十 七 条

」に お け る「 予 コ ト キ ハ

、 サ キ ノ 要 門 ニ タ エ ス

、 ヨ テ ヒ ト ヘ ニ 弘 願 ヲ 憑 也 ト 云 リ

」 と い う 一 節 と 軌 を 一 に し て い る と 考 え ら れ る

。 さ ら に

、『 和 語 灯 録

』 所 収

「 一 百 四 十 五 箇 条 問 答

」 に は

. つ ね に 悪 を と ゝ め

、 善 を つ く る へ き 事 を お も は へ て 念 仏 申 候 は ん と

、 た ゝ 本 願 を た の む は か り に て 念 仏 を 申 候 は ん と

、 い つ れ か よ く 候 へ き

。 答

。 廃 悪 修 善 は

、 諸 仏 の 通 戒 な り

。し か れ と も

、当 時 の わ れ ら は

、み な そ れ に は そ む き た る 身 と も な れ は

、た ゝ ひ と へ に

、 別 意 弘 願 の む ね を ふ か く 信 し て

、 名 号 を と な へ さ せ 給 は ん に す き 候 ま し

。 有 智 無 智

、持 戒 破 戒 を き ら は す

、阿 弥 陀 ほ と け は 来 迎 し 給 事 に て 候 也

。御 心 え 候 へ

と あ り

、 同 じ く

「 信 空 伝 説 の 詞

( 以 下

、 後 述 す る

「 信 空 伝 説 の 詞

」 と 区 別 す る た め

「 信 伝

」 と す る

⑧ は

「 信 空 伝 説 の 詞

」 に お け る 段 落 で は な く

「 十 七 条

」 と 対 応 す る と い う 意 味 で あ る

) に は

あ る 人 問 て い は く

、 つ ね に 廃 悪 修 善 の む ね を 存 し て 念 仏 す る と

、 つ ね に 本 願 の む ね を お も ひ て 念 仏 す る と

、 い つ れ か す く れ て 候

。 答 て の 給 は く 廃 悪 修 善 は

、 こ れ 諸 仏 の 通 誡 な り と い へ と も

、 当 世 の わ れ ら こ と ゝ ゝ く 違 背 せ り

。 も し 別 意 の 弘 願 に 乗 せ す は

、 生 死 を は な れ か た き も の か

2 3

と あ る

。 こ れ ら は 単 独 の 詞 と し て 説 か れ て い る が

、 い ず れ も

「 十 七 条

」 等 と 同 様 に

『 観 経 疏

』 の 一 節 を 受 け て の も の で あ る こ と は 明 瞭 で あ る

。 こ れ ら 三 文 献 に お い て は

、 い ず れ も

、 我 々 衆 生 は 本 願 の 力 に 乗 じ な け れ ば な ら な い こ と が 説 か れ

、「 十 七 条

」 と 同 様 の 内 容 が 説 か れ て い る と 考 え ら れ る

。 ま た

、 こ の 詞 は

「 つ ね に 仰 せ ら れ け る 御 詞

」( 以 下「 つ ね

」 と す る

) に も 次 の よ う に 説 か れ て い る

又 云

。 弘 願 と い へ る は

、 如

大 経 説

一 切 善 悪 凡 夫 得

生 者

、 莫

皆 乗

阿 弥 陀 仏 大 願 業 力

、 為

増 上 縁

と 善 導 釈 し 給 へ り

。 予 が ご と き の 不 堪 の 身 は

、 ひ と へ に た ゞ 弘 願 を た の む な り

2 3

こ こ で は

、『 観 経 疏

』 の 一 節 が 引 か れ

、 自 身 の よ う な「 不 堪 の 身

」 は

、 た だ ひ ら す ら 弘 願 を 頼 り に す る と い う こ と が 説 か れ て い る

。「 十 七 条

」と 比 べ て

、要 門 に つ い て は 直 接 触 れ ら れ て い な い が

、「 予 が ご と き の 不 堪 の 身

」 と あ る こ と は

、「 十 七 条

」 に あ る 要 門 に 堪 え ら れ な い と い う こ と を 指 し て い る と 考 え ら れ る

。 こ れ は

「 十 七 条

」 と 軌 を 一 に す る も の で あ る と い え る

『 翼 賛

』 に は 次 の よ う に 説 か れ て い る

● 釈 シ 給 ヘ リ ト ハ 玄 義 也 十 三 定 善 ト 上 六 品 ト ノ 機 ヲ 善 凡 夫 ト 云 下 三 品 ノ 人 ヲ 悪 凡 夫 ト ス 四 十 八 願 ヲ 大 願 ト 名 ケ 六 度 万 行 ヲ 大 業 ト シ 仏 果 ノ 神 力 ヲ 名 テ 大 力 ト ス ル ナ リ

2 3

善 導 の 釈 と は

、『 観 経 疏

』 玄 義 分 を 指 し

、「 一 切 善 悪 凡 夫

」 に つ い て

、 善 凡 夫 と は

、 十 三 定 善 と 上 の 六 品

、 悪 凡 夫 と は 下 の 三 品 で あ り

、「 大 願 業 力

」 に つ い て

、「 大 願

」 と は 四 十 八 願

、「 大 業

」 と は 六 度 万 行

、「 大 力

」 と は 仏 果 の 神 力 で あ る と 説 か れ て い る

。 こ れ ら の 教 義 書 や 御 法 語 を み る か ぎ り

、法 然 は 先 ほ ど 整 理 し た よ う な 善 導 の「 要 門

」・

「 弘 願

」 解 釈 を 継 承 し

、 教 義 書 に お い て は

、「 十 七 条

」に 説 か れ る

「 予 コ ト キ ハ

、 サ キ ノ 要 門 ニ タ エ ス

、 ヨ テ ヒ ト ヘ ニ 弘 願 ヲ 憑 也 ト 云 リ

」 と い う 解 釈 に つ い て 直 接 説 か れ て い る も の は

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