ハ
釈 迦 如 来
ハ
但
タ
以
テ 二四 字
ヲ 一説
玉 フ 二浄 土 宗
ヲ 一。 謂
ク
、 二 者 深 心
ノ
文 也
。 光 明 大 師
ハ
以
テ 二十 一 字
ヲ 一釈
二成
シ 玉 フ
浄 土 宗
ヲ 一。 謂
ク
、 言 深 心 者 即 是 深 信 之 心 也
ノ
釈 也
。
1 0 4
と し て い る
。 は じ め か ら
「 已 上 鎮 西
」 ま で は
、『 西 宗 要
』 か ら の 引 用 で あ る が
、 そ の 後
、 釈 尊 は
「 二 者 深 心
」 の 四 字 を も っ て 浄 土 宗 を 説 き
、 善 導 は
「 言 深 心 者 即 是 深 信 之 心 也
」 と い う 十 一 文 字 に 浄 土 宗 の 教 え を 究 め る こ と が で き る と し て い る こ と が 示 さ れ て い る
。 法 然 門 下 に お い て も
、「 十 七 条
⑨
」 の よ う な
、 善 導 が 深 心 を 解 釈 す る た め に 他 の 二 心 を 解 釈 し た と す る も の は み ら れ な か っ た が
、 こ れ ら の 祖 師 は
、 三 心 す べ て が 重 要 で あ る こ と を ふ ま え た う え で
、 深 心 を 重 視 し て い た こ と は 明 確 で あ る
。 こ れ ら の 解 釈 を も と に 考 え る と
、「 十 七 条
⑨
」 の 説 示 は
、 三 心 の な か に 優 劣 を つ け て い る わ け で は な く
、 他 の 二 心 が 不 必 要 で あ る と し て い る わ け で も な い
。 三 心 す べ て が 重 要 で あ る と し た う え で 衆 生 の 機 に よ っ て 深 心 を 重 要 と す る と い う 意 味 で と ら え る と
、 法 然 の 思 想 と し て 問 題 の な い も の で あ る と い え る
。
「 十 七 条
⑥
・
⑦
・
⑨
」 の 伝 承 過 程 に 関 し て 明 確 に な る の は
、 以 下 の と お り で あ る
。
小 結
― 伝 承 背 景
―
本 章 で は
『 明 義 進 行 集
』 と も
『 広 疑 瑞 決 集
』 と も 関 連 が み ら れ な い 五 つ の 御 法 語 に つ い て 考 察 し た
。 第 一 節 で 考 察 し た 二 つ の 御 法 語 は
、 前 章 ま で に
「 十 七 条 御 法 語
」 と 関 係 が あ る こ と が 明 ら か に な っ た 明 遍 と 良 遍 と に 注 目 し
、同 じ く 関 係 が み ら れ る こ と が 分 か っ た
。ま た
、『 興 福 寺 奏 状
』 や 明 恵 の 批 判 の 対 象 と な る 内 容 と も 関 係 が あ る も の で あ り
、 前 章 と 同 じ く
、 南 都 と の 関 わ り が 非 常 に 深 い こ と が 明 確 と な っ た
。 こ れ ま で
、「 十 七 条 御 法 語
」中
、十 四 種 の 御 法 語 に 関 し て は
、伝 承 背 景 を 明 か ら に す る こ と が で き た な か で
、 本 章 第 二 節 で 考 察 し た 三 つ の 御 法 語 は
、 伝 承 背 景 を 明 確 に す る こ と が で き な い も の で あ っ た
。 し か し
、 い ず れ も 法 然 教 学 上 重 要 な 内 容 で あ る
。 こ の 三 つ の 御 法 語 は
「 十 七 条 御 法 語
」 の な か で ど の よ う な 意 味 を も つ の で あ ろ う か
。 十 七 条 を 全 体 的 に み る と 何 ら か の 意 味 を 見 出 せ る か も し れ な い
。 次 章 で
「 十 七 条 御 法 語
」 の 全 体 像 を み る 際 に 再 び 考 え て み た い
。
法然
原本又は口伝
(良遍が関連、
⑨は不明)
「十七条⑥・⑦・⑨」
178
1
『 明 義 進 行 集
』 二
・ 三 に は 存 在 し な い 内 容 で あ る が
、 現 存 し な い 第 一 巻 に 示 さ れ る 内 容 で あ る 可 能 性 が な い わ け で は な い
。
2
『 昭 法 全
』 四 六 九
3
設
シ
我
レ
得
ン ニ レ仏
ヲ
、 十 方
ノ
衆 生 至 心
ニ
信 楽
シ テ
、 欲
シ テ レ生
セ ン ト 二我
カ
国
ニ 一、 乃 至 十 念
セ ン ニ
、 若
シ
不
ン ハ レ生
セ
者 不
レ取
二正 覚
ヲ 一。 唯 除
ク 二五 逆
ト
誹 謗 正 法
ト ヲ 一。
(『 浄 全
』 一
・ 七
)
『4
観 念 法 門
』… 即 如
キ 二無 量 寿 経
ノ
四 十 八 願
ノ
中
ニ
説
カ 一仏
ノ
言
ク
、若
シ
我
レ
成 仏
セ ン ニ
十 方
ノ
衆 生
、 願
シ テ レ生
セ ン ト 二我 国
ニ 一称
セ ン コ ト 二我
カ
名 字
ヲ 一下 至
ン ニ 二十 声
ニ 一、 乗
シ テ 二我 願 力
ニ 一若
シ
不
ン ハ レ生
セ
者 不
ト レ取
ラ 二正 覚
ヲ 一。
(『 浄 全
』 四
・ 二 三 三 上
)
『 往 生 礼 讃
』
… 又 如
シ 二無 量 寿 経
ニ
云
カ 一。 若
シ
我
レ
成 仏
セ ン ニ
十 方
ノ
衆 生
、 称
シ テ 二我 名 号
ヲ 一、 下 至
マ テ 二十 声
ニ 一若
シ
不
ン ハ レ生
セ
者 不
ト レ取
ラ 二正 覚
ヲ 一。 彼
ノ
仏 今 現
ニ
在
シ テ レ世
ニ
成 仏
シ 玉 ヘ リ
。 当
ニ レ
知
ル
。 本 誓 重 願 不
レ虚
カ ラ
。 衆 生 称 念
ス レ ハ
必
ス
得
二往 生
ヲ 一。
(『 浄 全
』 四
・ 三 七 六 上
)
5
『 聖 典
』 三
・ 二 八
6
永 井 隆 正 氏
「 法 然 上 人 に お け る 念 と 声 に つ い て
―
「 念 声 是 一 論
」 試 論
―
」(
『 仏 教 文 化 研 究
』 二 九
、 一 九 八 四
)、 同 氏
「 良 忠 上 人 の 念 声 是 一 論
― と く に 念 と 声 の 関 わ り に つ い て
―
」
(『 良 忠 上 人 研 究
』、 一 九 八 六
) 参 照
。
7
『 浄 全
』 八
・ 七 九 二 上
8
『 昭 法 全
』 四 九 三
9
順 に
『 昭 法 全
』 六
〇
・ 五 一 九
・ 五 八 一
・ 五 九 五
1 0
『 昭 法 全
』 四 九 二
1 1
『 一 言 芳 談
』 下
(『 仏 教 古 典 叢 書
』 一 九
)
1 2
高 橋 弘 次 氏
『 法 然 浄 土 教 の 諸 問 題
』( 山 喜 房 仏 書 林
、 一 九 九 四 年
) 二 六 三
― 四 頁 参 照
。
1 3
『 浄 全
』 一
〇
・ 一 六 五 下
1 4
『 浄 全
』 二
・ 四 二 二 下
1 5
『 浄 全
』 二
・ 四 二 三 上
1 6
こ こ で 注 意 す べ き こ と は
、 良 遍 が
「 念 勧 声
、声 起 念
」と し て 念 を 前 提 に 声 を 導 き だ し て お り
、 先 述 し た 法 然 の 声 を 前 提 と す る 思 想 と は 基 本 姿 勢 が 異 な る と い う 点 で あ り
、 永 井 氏 も 指 摘 す る と こ ろ で あ る
。 後 述 す る 良 遍 の 浄 土 教 に 対 す る 姿 勢 に も 関 わ る
。
1
「7
念 は こ れ 等 起 の 意
、念
、声 は 則 ち 所 発 の 語 声 な り
。色 心 体 異 に し て 能 所 義 別 な り
」(
『 決 疑 抄
』『 浄 全
』 七
・ 二 四 三 下
)、
「 六 字 と 唱 う る 間 に 能 等 起 心 の 唱 え さ す る 方 を ば 念 と 云 う
」
(『 決 疑 抄 裏 書
』、
『 浄 全
』 七
・ 三 六 七 下
)、
「 念 と 声 と 色 心 各 別 な り
。 何 ぞ 同 じ と い わ ん や
」
(『 決 疑 抄
』、
『 浄 全
』七
・ 二 四 三 上
)、
「 念 は 思 う と よ み
、又 唱 う と よ む
」(
『 東 宗 要
』、
『 浄 全
』 一
〇
・ 二 二 八 上
)、
「 口 声 に 名 を 唱 う を 称 と 名 づ け
、 心 に 六 字 を 経 る を 念 と 名 づ く
。 口 心 に 仏 名 を 行 ず る な り
」(
『 往 生 要 集 義 記
』 五
、『 浄 全
』一 五
・ 二 七 五 下
)、
「 心 に 仏 を 思 う を 念 と 云 い
、 口 に 仏 を 唱 う る を 声 と 云 う な り
」(
『 決 疑 抄 裏 書
』、
『 浄 全
』 七
・ 三 六 七 下
)、
「 心 に 弥 陀 を 思 う て
、 そ の 心 に す す め ら れ て
、 ま た 口 に 唱 う
。 念 は 声 を す す め
、 声 は 念 を 起 こ す
」
(『 浄 土 大 意 鈔
』、
『 浄 全
』一
〇
・ 七 一 四 上 下
) 等 と 有 る こ と か ら
、 良 忠 が
「 念
」 を 心 意 と と ら え
、 阿 弥 陀 仏 を お も う こ と と も 解 釈 し て い た こ と が 明 ら か で あ る
。
1 8
『 聖 典
』 五
・ 一
〇 五
1 9
『 浄 全
』 二
・ 六 一 二 下
2 0
『 昭 法 全
』 六 四 四
2 1
『 浄 全
』 一
〇
・ 七 一 四 下
2 2
永 井 氏 は こ の 他 に も「 高 声 念 仏
」や 阿 弥 陀 仏 と の 呼 応 関 係 と い っ た 視 点 か ら 念 声 是 一 論 に つ い て 詳 細 に 考 察 し て い る
。 詳 し く は 同 氏
「 法 然 上 人 に お け る 念 と 声 に つ い て
―
「 念 声 是 一 論
」試 論
―
」、 同 氏「 良 忠 上 人 の 念 声 是 一 論
― と く に 念 と 声 の 関 わ り に つ い て
―
」参 照 の こ と
。
2 3
念 声 是 一 論 の 問 題 に 関 す る 当 時 の 批 判 は 本 文 で 述 べ た と お り で あ る が
、現 代 に も こ の 問 題 が あ る
。 主 た る 例 は 津 田 左 右 吉 の 論 説 で あ る
(「 念 仏 と 称 名
」・
「 無 量 寿 仏 と い ふ 呼 称
」、
179
『 シ ナ 仏 教 の 研 究
』、 岩 波 書 店
、 一 九 五 七 年
)。 本 論 の 主 旨 と は 関 係 が な く
、 ま た 新 た な 見 解 を 示 す わ け で は な い が
、 宗 学 研 究 の 立 場 に も 関 わ る 重 要 な 問 題 で あ る た め
、 先 学 研 究 の 回 顧 を 中 心 に こ こ で 詳 し く 整 理 し て お き た い
。 津 田 左 右 吉 氏 は
、 念 声 の 問 題 に つ い て
、 歴 史 的
・ 文 献 的
、 そ し て 客 観 的 立 場 か ら
、
問 題 は 浄 土 教 に 関 す る こ と で あ る が
、 此 の 教 の 文 献 を 読 ん で わ れ 〱 の ふ し ぎ に 思 ふ こ と は
、 経 の 本 文 と は 違 っ た こ と が 経 の 文 と し て 記 さ れ
、 そ れ に よ っ て 或 る 思 想 が く み た て ら れ て ゐ る こ と で あ る
(『 シ ナ 仏 教 の 研 究
』 一 頁
)。 と し て い る
。 こ れ は 善 導 が
『 観 念 法 門
』 等 で 第 十 八 願 文 の 解 釈 を し
、「 十 念
」 を
「 十 声
」、 称 名 と す る
、 ま さ に 法 然 が
「 念 声 是 一 論
」 の 根 拠 と す る 箇 所 に 対 す る 批 判 で あ る が
、 以 下 道 綽
・ 善 導 の 第 十 八 願 解 釈 に つ い て
、 両 師 は
『 無 量 寿 経
』 の 原 文 を 書 き 換 え し て お り
、 原 典 に は 説 か れ て い な い 称 名 が 力 強 く 説 か れ る の は 原 文 と 異 な っ て い る と い う 点 で 誤 り で あ り
、 経 典 そ の も の に 対 し て 不 忠 実
・ 不 用 意 な し わ ざ で あ る と い う 批 判 を し て い る
。 ま た
、 津 田 氏 の 批 判 は 善 導 の 教 え を 受 け る 法 然 に も 至 り
、 法 然 は 其 の 選 択 集 に 無 量 寿 経 の 原 文 の 第 十 八 願 と 善 導 の 書 き か へ た も の を 並 べ 挙 げ
、 そ れ に 対 し て 深 い 疑 を 起 こ さ な か っ た
。 十 念 と 十 声 と に 語 の ち が ひ の あ る こ と に 気 が つ い て は ゐ る が
、
「 念 声 是 一
」と 手 軽 く 判 定 し て
、そ れ ら を 同 じ 意 義 の も の と 見 て ゐ る
。 こ れ は 勿 論
、善 導 の 見 解 に 批 判 を 加 へ ず
、そ れ に そ の ま ゝ 従 っ た も の で あ る(
『 シ ナ 仏 教 の 研 究
』 四 八 頁
)。 と し
、 さ ら に 法 然 の 思 想 に 仏 教 と し て
、或 は 宗 教 と し て
、い か な る 意 味 が あ る か は
、別 問 題 と し て
、 無 量 寿 経 の か う い ふ 解 釈 は 明 ら か に ま ち が ひ で あ る
、 と い ふ よ り も
、 か う 解 釈 し た 態 度 な り 考 へ か た な り が ま ち が っ て ゐ る
、と い ふ べ き で あ ら う(
『 シ ナ 仏 教 の 研 究
』四 九 頁
)。 と し て 厳 し く 批 判 し て い る
。 津 田 氏 は
『 無 量 寿 経
』 に お け る 異 訳 本 や 梵 本
・ チ ベ ッ ト 本 に ま で 言 及 し て 結 論 づ け て お り
、実 証 的 な 客 観 的 研 究 の あ り 方 と し て は
、何 ら 異 論 を は さ む 余 地 は な い( 高 橋 弘 次 氏『 法 然 浄 土 教 の 諸 問 題
』 四 四 二 頁
)と さ れ な が ら も
、こ の 批 判 に 対 し
、 高 橋 弘 次 氏(
『 法 然 浄 土 教 の 諸 問 題
』)
・ 静 永 賢 道 氏(
『 南 都 浄 土 教 と 法 然 上 人 の 教 学
』、 百 華 苑
、一 九 八 二 年
)・ 福 原 隆 善 氏
(「 念 声 是 一 論
」、
『 浄 土 宗 学 研 究
』 一 一
、 一 九 七 九 年
) の 批 判 が あ る
。 は じ め に 高 橋 氏 の 批 判 か ら み て い き た い
。 津 田 氏 の 批 判 は 最 終 的 に 宗 学 の 研 究 の あ り 方 に ま で 至 り 次 の よ う に 述 べ て い る
。 何 ご と に お い て も 権 威 に よ る こ と を 尚 ぐ 宗 教 家 と し て は
、 自 己 の 思 想 を 自 己 の 思 想 と し て 主 張 す る こ と が で き ず
、 経 典 に 其 の 根 拠 を 求 め ね ば な ら ぬ の で
、 そ こ か ら
、 意 識 し て 或 は せ ず し て
、 自 己 の 思 想 に 適 合 す る や う に 経 典 を 解 釈 す る こ と が 生 ず る
。 一 方 で 経 典 の 権 威 に 服 従 し な が ら 他 方 で 自 己 の 思 想 を 主 張 し よ う と す れ ば
、 か う な る の が 当 然 で あ る
。さ う し て そ れ が 一 歩 進 む と
、自 己 の 解 釈 に よ っ て 経 典 の 本 文 を 書 き か へ
、 而 も そ れ が 経 典 の 文 辞 で あ る が 如 く 説 き な す や う に も な る
。 が
、 こ れ に は ま た 宗 教 家 に 特 有 な 一 種 の 自 己 陶 酔 も し く は 自 己 信 頼 自 己 昂 揚 と
、 宗 教 家 に は 離 れ ら れ な い 宣 伝 的 精 神 と が は た ら い て ゐ る
。 経 典 を 講 説 す る 学 徒 の 態 度 と し て は 許 す べ か ら ざ る こ と が 平 気 で 行 は れ た の は
、 こ れ が た め で も あ る
(『 シ ナ 仏 教 の 研 究
』 四 五 頁
)。 こ の 批 判 に 対 し て 高 橋 氏 は
、 宗 学 と い う 主 体 的 な 研 究 の す べ て が
、 津 田 氏 の い う よ う な も の で な い と し た う え で
、 仏 教 の 宗 教 と し て 存 立 す る 所 以 が
、 た ん に 経 典 の 一 字 一 句 が そ の ま ま 受 け つ が れ て い く と こ ろ に あ る と は 考 え ら れ ず
、 ま た そ れ で も っ て 人 間 の 救 済 が も た ら さ れ る と も 思 わ れ な い
。 善 導 や 法 然 に よ っ て 経 典 の 語 句 が 変 え ら れ た と い う 批 判 に は 複 雑 な 人 間 存 在 の 問 題 が 考 え ら れ て お ら ず
、 宗 教 の よ っ て も っ て 成 り 立 つ 構 成 要 素 と い う も の も 考 慮 さ れ て い な い と し
、 津 田 氏 の 実 証 的 な 客 観 的 研 究 に は 限 界 が あ る と し て い る
。 善 導
・ 法 然 に よ っ て 原 典 が 変 え ら れ た の は 事 実 で あ る と 認 め な が ら も
、 そ れ が 何 故 変 え