平
成
二
十
六
年
度
学
位
請
求
論
文
(
課
程
博
士
)
法
然
上
人
「
十
七
条
御
法
語
」
の
研
究
―
伝
承
と
展
開
の
背
景
―
大
正
大
学
大
学
院
仏
教
学
研
究
科
仏
教
学
専
攻
研
究
生
長
尾
隆
寛
i
凡
例
1
.
本
文
の
表
記
は
、
当
用
漢
字
、
現
代
仮
名
遣
い
で
統
一
し
た
。
た
だ
し
、
固
有
名
詞
、
引
用
文
等
の
特
殊
な
場
合
は
こ
の
か
ぎ
り
で
は
な
い
。
2
.
漢
文
文
献
の
引
用
に
あ
た
っ
て
は
、
す
べ
て
新
字
体
に
統
一
し
た
。
な
お
割
注
は
{
}
に
て
示
し
た
。
3
.
本
文
の
暦
年
は
、
原
則
と
し
て
和
漢
暦
で
表
記
し
、
西
暦
を
(
)
に
て
示
し
た
。
[
例
]
弘
安
一
〇
年
(
一
二
八
七
)
4
.
書
名
、
経
典
名
等
に
は
『
』
を
付
し
、
章
篇
名
や
学
術
雑
誌
所
収
論
文
等
は
「
」
を
付
し
た
。
5
.
巻
数
、
頁
数
、
年
号
等
の
数
字
は
単
位
語
無
し
の
漢
数
字
を
用
い
た
。
た
だ
し
法
数
と
し
て
慣
用
化
さ
れ
た
も
の
は
通
常
の
表
記
を
用
い
る
。
[
例
]
巻
五
七
一
三
五
頁
二
〇
一
二
年
四
十
八
願
な
ど
6
.
叢
書
類
に
つ
い
て
は
、
本
文
・
註
記
と
も
に
左
記
の
よ
う
に
略
称
を
表
記
し
、
左
記
以
外
の
も
の
に
つ
い
て
は
慣
例
に
し
た
が
う
。
【
略
称
】
【
正
式
名
】
『
正
蔵
』
大
正
新
脩
大
蔵
経
『
浄
全
』
浄
土
宗
全
書
『
続
浄
』
続
浄
土
宗
全
書
『
聖
典
』
浄
土
宗
聖
典
『
昭
法
全
』
昭
和
新
修
法
然
上
人
全
集
『
法
伝
全
』
法
然
上
人
伝
全
集
『
日
仏
全
』
大
日
本
仏
教
全
書
『
印
仏
研
』
印
度
学
仏
教
学
研
究
7
.
典
拠
の
表
示
は
、
前
項
ま
で
の
凡
例
に
基
づ
き
次
の
よ
う
に
表
示
し
た
。
『
浄
全
』
二
・
一
三
一
上
(
浄
土
宗
全
書
、
第
二
巻
、
一
三
一
頁
、
上
段
を
意
味
す
る
)
8
.
主
な
典
籍
は
具
名
を
出
さ
ず
、
以
下
の
よ
う
に
略
称
を
用
い
た
。
【
略
称
】
【
具
名
】
『
観
経
』
観
無
量
寿
経
『
観
経
疏
』
観
無
量
寿
経
疏
『
選
択
集
』
選
択
本
願
念
仏
集
ii
目
次
凡 例 ----ⅰ 目 次 ----ⅱ 序 論 -- ---一 一 、 研 究 の 目 的 --- ---一 二 、 研 究 の 回 顧 ― 御 法 語 研 究 の 課 題 と 現 状 ― ---一 ① 法 然 遺 文 集 の 書 誌 的 整 理 ― 『 西 方 指 南 抄 』 を 中 心 に ― ---二 ② 御 法 語 の 真 偽 に つ い て --- ---九 ③ 御 法 語 の 伝 承 に つ い て --- ---九 三 、 研 究 方 法 --- ---一 一 四 、 本 論 の 概 要 --- ---一 二 第 一 章 「 十 七 条 御 法 語 」 と は --- ---一 九 第 一 節 「 十 七 条 御 法 語 」 を め ぐ る 諸 問 題 ---一 九 第 一 項 題 名 に つ い て --- ---一 九 第 二 項 説 示 順 序 及 び 内 容 に つ い て ----二 三 第 二 節 「 十 七 条 御 法 語 」 の 概 要 と 伝 承 系 統 ---二 三 第 一 項 「 十 七 条 御 法 語 」 の 概 要 ---- ---二 四 第 二 項 「 十 七 条 御 法 語 」 の 内 容 的 分 類 と 伝 承 系 統 に つ い て ---二 九 小 結 -- ---二 九 第 二 章 『 明 義 進 行 集 』 伝 承 系 統 の 法 然 法 語 群 ---三 一 第 一 節 釈 尊 出 世 の 本 懐 と 宗 義 各 別 ― 一 期 物 語 か ら の 伝 承 ― ---三 一 第 一 項 釈 尊 出 世 の 本 懐 と 宗 義 各 別 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 二 条 ----三 二 第 二 項 宗 義 各 別 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 十 七 条 ---四 七 第 三 項 伝 承 背 景 ― 公 胤 と の 関 係 ― ----四 九 第 二 節 称 名 念 仏 と 観 想 念 仏 ― 信 空 か ら の 伝 承 Ⅰ ― ---五 一 第 一 項 第 十 八 願 と 念 仏 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 十 三 条 ---五 一 第 二 項 称 念 と 観 念 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 十 六 条 ---五 二iii 第 三 項 伝 承 背 景 ― 信 空 と 天 台 教 団 ― --六 〇 第 三 節 念 仏 論 ― 信 空 か ら の 伝 承 Ⅱ 「 白 河 消 息 」 ― ---六 三 第 一 項 「 ヤ ウ ナ キ 」 念 仏 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 五 条 ---六 三 第 二 項 伝 承 背 景 ― 「 白 河 消 息 」 と の 関 係 ― ---六 七 第 四 節 念 仏 と 諸 行 ― 信 空 か ら の 伝 承 Ⅲ 『 和 語 灯 録 』 と の 関 連 か ら ― ---七 二 第 一 項 要 門 ・ 弘 願 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 八 条 ---七 二 第 二 項 観 法 と 称 念 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 四 条 ---八 〇 第 三 項 伝 承 背 景 ― 『 和 語 灯 録 』 と の 関 連 か ら ― ---八 六 第 五 節 三 種 行 儀 ― 諸 師 か ら の 伝 承 ― ----八 八 第 一 項 往 生 の 業 成 就 、 臨 終 と 平 生 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 十 条 ----八 八 第 二 項 浄 ・ 不 浄 、 平 生 と 別 時 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 十 二 条 ---九 一 第 三 項 伝 承 背 景 ― 雅 成 親 王 と 天 台 教 団 ― ---九 八 小 結 天 台 教 団 と の 関 係 ---- ---一 〇 〇 第 三 章 『 広 疑 瑞 決 集 』 伝 承 系 統 の 法 然 法 語 群 ---一 一 九 第 一 節 本 願 論 Ⅰ ― 信 空 か ら の 伝 承 ― --一 二 一 第 一 項 第 二 十 願 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 一 条 ---一 二 一 第 二 項 伝 承 背 景 ― 浄 土 各 派 に お け る 第 二 十 願 の 受 容 を ふ ま え て ― ---一 三 一 第 二 節 本 願 論 Ⅱ ― 隆 寛 か ら の 伝 承 ― --一 三 六 第 一 項 第 十 九 願 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 十 四 条 ---一 三 六 第 二 項 伝 承 背 景 ― 浄 土 各 派 に お け る 第 十 九 願 の 受 容 を ふ ま え て ― ---一 四 四 第 三 節 諸 菩 薩 と の 関 わ り ― 南 都 と の 関 係 ― ---一 四 五 第 一 項 地 蔵 信 仰 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 三 条 ---一 四 五 第 二 項 伝 承 背 景 ― 神 祇 信 仰 を ふ ま え て ― ---一 四 八 小 結 -一 四 九 第 四 章 『 明 義 進 行 集 』 ・ 『 広 疑 瑞 決 集 』 に は み ら れ な い 伝 承 の 法 然 法 語 群 --一 六 〇 第 一 節 明 遍 か ら の 伝 承 ---- ---一 六 〇 第 一 項 念 声 是 一 論 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 十 一 条 ---一 六 〇 第 二 項 三 心 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 十 五 条 ---一 六 四
iv 第 三 項 伝 承 背 景 ― 明 遍 と 良 遍 ― -- ---一 七 一 第 二 節 伝 承 不 明 の 御 法 語 --- ---一 七 二 第 一 項 願 成 就 文 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 六 条 ---一 七 二 第 二 項 三 心 と 第 十 八 願 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 七 条 ---一 七 三 第 三 項 就 行 立 信 釈 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 第 九 条 ---一 七 五 小 結 ― 伝 承 背 景 ― --- ---一 七 七 第 五 章 「 十 七 条 御 法 語 」 と 法 然 教 学 ----一 八 七 第 一 節 法 然 教 学 と の 比 較 --- ---一 八 七 第 一 項 教 判 論 --- ---一 八 七 第 二 項 安 心 論 --- ---一 八 八 第 三 項 作 業 論 --- ---一 八 八 第 二 節 念 仏 と 諸 行 に つ い て -- ---一 八 九 第 一 項 念 仏 と 諸 行 と の 関 係 に つ い て ---一 八 九 第 二 項 諸 行 本 願 ・ 非 本 願 、 諸 行 に よ る 往 生 の 可 否 と い う 問 題 に つ い て --一 九 七 第 三 項 「 十 七 条 御 法 語 」 と の 比 較 --二 〇 五 小 結 -二 〇 六 第 六 章 「 十 七 条 御 法 語 」 の 伝 承 過 程 ― 成 立 と 展 開 ― ---二 一 四 第 一 節 各 御 法 語 説 示 時 の 背 景 ---二 一 四 第 一 項 「 十 七 条 御 法 語 」 の 真 偽 を め ぐ る 問 題 ---二 一 四 第 二 項 各 御 法 語 説 示 時 の 状 況 ---- ---二 一 四 第 二 節 『 明 義 進 行 集 』 ・ 『 広 疑 瑞 決 集 』 へ の 伝 承 と 「 十 七 条 御 法 語 」 の 成 立 ---二 二 六 第 一 項 信 瑞 の 人 物 像 と 『 明 義 進 行 集 』 ・ 『 広 疑 瑞 決 集 』 の 編 集 態 度 ----二 二 六 第 二 項 「 十 七 条 御 法 語 」 と 信 瑞 著 作 と の 関 係 ---二 二 七 第 三 項 「 十 七 条 御 法 語 」 成 立 の 背 景 ---二 二 七 第 三 節 『 西 方 指 南 抄 』 へ の 伝 承 と そ の 後 の 展 開 ---二 三 〇 第 一 項 「 十 七 条 御 法 語 」 の 親 鸞 へ の 影 響 ― 三 願 転 入 ・ 要 門 弘 願 ― ---二 三 〇 第 二 項 『 西 方 指 南 抄 』 へ の 伝 承 -- ---二 三 一
v 第 三 項 「 十 七 条 御 法 語 」 の 展 開 -- ---二 三 二 小 結 -二 三 三 総 結 -二 三 九 付 録 参 考 文 献 お わ り に 英 文 目 次
1
序
論
一
、
研
究
の
目
的
本 論 は 「 法 然 上 人 「 十 七 条 御 法 語 」 の 研 究 ― 伝 承 と 展 開 の 背 景 ― 」 と 題 し 、 法 然 上 人 ( 以 下 、 敬 称 を 省 略 ) の 遺 文 集 と し て 伝 わ る 『 西 方 指 南 抄 』 所 収 の い わ ゆ る 「 十 七 条 御 法 語 」 に つ い て 、 一 々 の 御 法 語 が ど の よ う な 経 緯 を 経 て 「 十 七 条 御 法 語 」 と し て ま と め ら れ た の か 、 そ の 伝 承 を 明 ら か に し 、 同 時 に そ れ に 伴 う 諸 問 題 を 解 決 す る こ と を 目 的 と す る 。 こ の 目 的 の た め に 考 察 す べ き こ と は 、 大 き く 以 下 の 三 点 が 挙 げ ら れ る 。 ① 十 七 条 個 々 の 御 法 語 が ど の よ う な 人 師 を 経 て 伝 え ら れ て き た か と い う 、 伝 承 過 程 に お け る 背 景 ( 時 代 背 景 ・ 人 物 関 係 等 ) に つ い て 。 ② 『 西 方 指 南 抄 』 の 書 誌 に つ い て 。 ③ 他 の 文 献 に み ら れ る 法 然 の 思 想 と の 関 連 に つ い て 。 こ れ ま で 多 く の 先 学 に よ る 法 然 御 法 語 に 関 す る 研 究 成 果 が 残 さ れ て い る な か で 、 本 論 に お い て 「 十 七 条 御 法 語 」 と い う 遺 文 に 注 目 す る 理 由 と し て は 以 下 の 二 点 が 挙 げ ら れ る 。 ⑴ 従 来 あ ま り 注 目 さ れ て こ な か っ た た め 、 解 決 す べ き 課 題 が 多 い こ と 。 ⑵ 「 十 七 条 御 法 語 」 が 含 ま れ る 『 西 方 指 南 抄 』 自 体 に 多 く の 問 題 が 残 さ れ て い る こ と 。 ⑴ に 関 し て 、 「 十 七 条 御 法 語 」 は 、 何 れ も 浄 土 教 学 的 に 重 要 な 教 判 論 ・ 本 願 論 ・ 起 行 論 ・ 安 心 論 ・ 行 儀 論 等 が 示 さ れ て い る に も 関 わ ら ず 、 『 選 択 集 』 等 で は ふ れ ら れ な い 内 容 が 多 く 見 受 け ら れ る 。 し た が っ て 、 法 然 の 思 想 と し て 疑 わ し い も の が 混 在 す る 遺 文 で あ り 、 こ れ ま で 研 究 対 象 と し て 敬 遠 さ れ て き た 経 緯 が あ る 。 ⑵ に 関 し て 、 具 体 的 に は 、 『 西 方 指 南 抄 』 が 親 鸞 に よ る 編 集 か 書 写 か と い っ た 問 題 や 、 「 十 七 条 御 法 語 」 の 編 集 意 図 に 関 す る 問 題 で あ る 。 こ れ は 、 『 西 方 指 南 抄 』 に 親 鸞 の 思 想 が あ ら わ さ れ て い る か と い う 問 題 に 関 わ る も の で あ る 。 後 ほ ど 本 序 論 に て 書 誌 的 整 理 の 際 に 詳 し く 指 摘 し た い 。 御 法 語 の 伝 承 を 解 明 す る た め に は 、 書 誌 や 思 想 を 含 め て 考 察 す る 必 要 が あ り 、 最 終 的 に は そ の 結 論 が 法 然 御 法 語 の 真 偽 等 の 重 要 な 問 題 に も 関 わ っ て く る 。 本 論 に お け る 研 究 方 法 と 結 論 は 、 後 述 す る よ う な 個 々 の 問 題 を 解 決 す る だ け で は な く 、 御 法 語 研 究 に 一 石 を 投 じ る も の と 考 え て い る 。二
、
研
究
の
回
顧
―
御
法
語
研
究
の
課
題
と
現
状
―
研 究 の 整 理 に 先 立 ち 、 「 十 七 条 御 法 語 」 に つ い て 概 観 し て お き た い 。 「 十 七 条 御 法 語 」 は 法 然 遺 文 集 の 一 つ で あ る 『 西 方 指 南 抄 』 に 所 収 さ れ る 、 十 七 条 の 御 法 語 か ら な る 遺 文 で あ る 。 法 然 の 御 法 語 は 三 度 の 大 き な 収 集 作 業 が 行 わ れ 、 年 代 順 に 挙 げ る と 以 下 の よ う に な る 1 。 ⑴ 醍 醐 本 『 法 然 上 人 伝 記 』 ( 以 下 、 『 醍 醐 本 』 と す る ) ⑵ 『 西 方 指 南 抄 』 ⑶ 『 黒 谷 上 人 語 灯 録 』 ( 以 下 、 『 語 灯 録 』 と す る ) こ れ ら の 遺 文 集 は 何 れ も 、 成 立 し た 時 代 に つ い て は 信 頼 の も て る 文 献 で あ る が 、 そ の な か に 所 収 さ れ る 遺 文 は 個 々 の レ ベ ル で み る と 、 さ ま ざ ま な 問 題 を 孕 ん で い る 。 「 十 七 条 御 法 語 」 も 多 く の 問 題 を 孕 む 遺 文 の 一 つ で あ る 。2 「 十 七 条 御 法 語 」 に つ い て 詳 し く は 後 ほ ど 第 一 章 に お い て 論 ず る が 、 実 は こ の 遺 文 は 現 在 も そ の 題 名 す ら 確 定 さ れ て い な い 。 そ れ は す な わ ち 、 ど こ で 段 落 を 分 け て 全 部 で 何 条 に な る か 明 確 に な っ て い な い と い う こ と で あ る 2 。 ま た 説 示 順 序 や 、 内 容 に つ い て も 問 題 が あ る に も 関 わ ら ず 、 こ れ ま で ほ と ん ど 言 及 さ れ て こ な か っ た 3 。 こ れ は 「 十 七 条 御 法 語 」 が ど の よ う な 意 図 で こ の よ う な 形 に ま と め ら れ た の か と い っ た 問 題 や 、 真 偽 の 問 題 に つ い て 明 ら か に な っ て い な い と い う こ と で あ る 。 こ の よ う に 問 題 の 多 い 遺 文 で あ る が 、 伝 承 を 明 ら か に す る と い う こ と は 、 こ れ ら の 細 か い 問 題 も す べ て 解 決 し た う え で の 考 察 が 必 要 と な る 。 ま た 一 方 で は 、 真 偽 問 題 等 の よ う に 、 一 つ 一 つ の 伝 承 を 解 明 し た う え で 総 合 し た 結 果 、 明 ら か と な る も の も あ る 。 結 論 だ け で な く 、 他 の 御 法 語 に 援 用 で き る よ う な 、 結 論 に 至 る 方 法 論 を 示 す こ と も 本 論 の 目 的 で あ る 。 本 論 は こ の よ う な 問 題 を 念 頭 に お き な が ら 、 御 法 語 の 伝 承 を 明 ら か に し て い く の で あ る が 、 こ の 解 明 は 複 雑 な 問 題 が 入 り 交 じ る 「 御 法 語 」 間 の 関 係 の な か で 進 め て い く も の で あ る 。 そ の た め 、 以 下 、 三 つ の 遺 文 集 を 中 心 と し た こ れ ま で の 御 法 語 研 究 に つ い て 、 先 学 の 研 究 を も と に 基 礎 的 整 理 を 行 い た い 。 以 下 、 本 論 で 扱 う 「 御 法 語 」 4 に 関 す る こ れ ま で の 研 究 成 果 に つ い て 、 ① 遺 文 集 の 書 誌 、 ② 御 法 語 の 真 偽 、 ③ 御 法 語 の 伝 承 の 三 点 に 分 け て 整 理 を 試 み た い 5 。 ① 法 然 遺 文 集 の 書 誌 的 整 理 ― 『 西 方 指 南 抄 』 を 中 心 に ― 先 述 し た よ う に 、 法 然 研 究 に と っ て 一 次 資 料 と な る は ず の 三 遺 文 集 に か ぎ っ て み て も 、 個 々 の 遺 文 を み る と 未 解 決 の 問 題 が 多 く 残 さ れ て い る の が 現 状 で あ る 。 何 れ も 御 法 語 を 法 然 の も の と し て 受 け 取 っ て も よ い か と い う 重 要 な 問 題 で あ り 、 早 急 に 解 決 が 求 め ら れ る 。 同 様 の 問 題 は 伝 記 資 料 に も あ て は ま る こ と で あ る 。 伝 記 に 関 し て も 、 相 互 の 記 述 の 比 較 研 究 が 多 く 、 残 さ れ た 問 題 が 多 い 。 こ の 伝 記 に 関 す る 研 究 で 大 切 な こ と は 伝 記 編 集 の 資 料 と な っ た 遺 文 類 に つ い て 基 本 的 問 題 を 解 決 す る こ と で あ る 。 以 上 の よ う な 問 題 意 識 の も と で ま と め ら れ た の が 、 中 野 正 明 氏 『 法 然 遺 文 の 基 礎 的 研 究 』 ( 法 蔵 館 、 初 出 一 九 九 四 年 / 増 補 改 訂 版 二 〇 一 〇 年 ) で あ る 。 こ の 研 究 に よ っ て 、 御 法 語 研 究 の 書 誌 学 に 一 定 の 基 準 が 設 け ら れ た 。 遺 文 集 に つ い て そ れ ま で の 研 究 を ふ ま え た う え で 総 合 的 に ま と め ら れ た の は 中 野 氏 が は じ め て で あ ろ う 。 三 遺 文 集 に つ い て 諸 本 比 較 を 基 本 と し て 、 非 常 に 緻 密 な 研 究 が さ れ て い る 。 以 下 、 中 野 氏 の 研 究 を 参 考 に し な が ら 、 各 遺 文 集 に 関 す る こ れ ま で の 研 究 を 整 理 し 、 問 題 点 を 明 確 に し た い 。 は じ め に 『 醍 醐 本 』 ・ 『 語 灯 録 』 に つ い て 整 理 を 行 い 、 最 後 に 本 論 に お い て 主 に 用 い る 『 西 方 指 南 抄 』 に つ い て ま と め て い く 。 A 、 『 醍 醐 本 』 に つ い て 『 醍 醐 本 』 6 は 、 大 正 七 年 ( 一 九 一 八 ) に 醍 醐 寺 三 宝 院 で 発 見 さ れ 、 望 月 信 亨 氏 に よ っ て 紹 介 さ れ た 7 。 こ の 望 月 氏 の 研 究 は 『 醍 醐 本 』 研 究 の 嚆 矢 と さ れ る 。 元 々 こ の 『 醍 醐 本 』 に 所 収 さ れ て い る 遺 文 に は 、 第 四 篇 「 別 伝 記 」 ・ 第 五 篇 「 御 臨 終 日 記 」 以 外 に タ イ ト ル ら し い タ イ ト ル は な く 、 冒 頭 の 第 一 篇 は 、 望 月 氏 に よ っ て 「 一 期 物 語 」 と い う タ イ ト ル が 与 え ら れ 、 ・ 書 写 人 が 醍 醐 寺 第 七 十 九 世 の 義 演 で あ る こ と
3 ・ 源 智 が 見 聞 し た も の で 源 智 の 書 で は な い こ と ・ 成 立 は 法 然 入 滅 後 三 十 年 、 す な わ ち 仁 治 三 年 ( 一 二 四 二 ) で あ っ た こ と ・ 全 六 篇 に 分 け ら れ 、 こ の 『 醍 醐 本 』 が 法 然 遺 教 の 第 一 結 集 で あ り 、 『 西 方 指 南 抄 』 が 第 二 結 集 、 『 語 灯 録 』 が 第 三 結 集 で あ る こ と 等 、 多 く の 点 が 指 摘 さ れ 、 法 然 御 法 語 研 究 に 大 き な 影 響 を 与 え た 。 こ の 望 月 氏 の 研 究 を 基 と し て そ の 後 も 多 く の 先 学 に よ っ て 『 醍 醐 本 』 研 究 が 進 め ら れ て い く 。 『 醍 醐 本 』 研 究 は 非 常 に 複 雑 で あ る が 、 野 村 恒 道 氏 「 醍 醐 本 研 究 に 関 す る 回 顧 と 展 望 」 8 や 中 野 正 明 氏 『 増 補 改 訂 法 然 遺 文 の 基 礎 的 研 究 』 ( 法 蔵 館 、 二 〇 一 〇 年 ) に 今 後 の 展 望 を 含 め て 詳 し く 整 理 さ れ て い る 。 重 要 な 点 の み を 整 理 す る と 、 成 立 年 時 に つ い て 、 井 川 定 慶 氏 は 望 月 説 を う け た が 9 、 田 村 圓 澄 氏 は 、 「 御 臨 終 日 記 」 の み が 法 然 滅 後 三 十 年 の 成 立 で あ り 、 「 一 期 物 語 」 は 『 西 方 指 南 抄 』 の 「 源 空 聖 人 私 日 記 」 ( 以 下 、 「 私 日 記 」 と す る ) よ り 以 後 で あ る と し 、 望 月 氏 に 対 抗 し た 1 0 。 さ ら に こ れ ら を 受 け て 梶 村 昇 氏 は 、 「 一 期 物 語 」 ・ 「 禅 勝 房 へ の 答 」 ・ 「 三 心 料 簡 お よ び 法 語 」 の 三 篇 は 建 保 二 年 ( 一 二 一 四 ) 頃 、 「 別 伝 記 」 は 建 保 四 年 ( 一 二 一 六 ) 頃 、 こ れ ら に 「 御 臨 終 日 記 」 と 「 三 昧 発 得 記 」 を 加 え た 『 醍 醐 本 』 全 体 は 仁 治 三 年 ( 一 二 四 二 ) の も の で あ る と し た 1 1 。 次 に 作 者 に つ い て は 、 望 月 説 に 対 し て 井 川 定 慶 氏 は 、 は じ め の 「 見 聞 出 勢 観 房 」 を 「 見 聞 書 勢 観 房 」 と 読 ん で 、 「 一 期 物 語 」 が 源 智 の 筆 で あ る と す る 1 2 。 三 田 全 信 氏 は 法 然 滅 後 三 十 年 頃 、 源 智 の 弟 子 宿 蓮 房 が 現 行 本 の よ う に 編 集 し た と す る 1 3 。 こ れ ら の 研 究 に 対 し て 梶 村 氏 は 、 「 一 期 物 語 」 ・ 「 禅 勝 房 へ の 答 」 ・ 「 三 心 料 簡 お よ び 法 語 」 は 源 智 の 筆 に よ り 、 「 別 伝 記 」 の 筆 者 は 不 明 、 全 体 を ま と め た の は 源 智 の 弟 子 で あ る と し た 1 4 。 さ ら に そ の 後 、 「 三 昧 発 得 記 」 は 法 然 の 筆 に よ る も の で あ り 、 そ の 他 の 五 篇 は す べ て 源 智 の 筆 に か か る も の で 弟 子 が そ れ を ま と め た と い う 見 解 を 示 し て い る 1 5 。 以 上 、 『 醍 醐 本 』 に 関 す る 研 究 は も っ と 複 雑 で あ る が 、 こ れ だ け の 問 題 に か ぎ っ て み て も 、 先 学 に よ り 意 見 が 分 か れ 、 未 だ 曖 昧 さ が 残 る と み ら れ て い る 1 6 。 B 、 『 語 灯 録 』 に つ い て 次 に 『 語 灯 録 』 は 、 文 永 一 一 年 ( 一 二 七 四 ) か ら 翌 建 治 元 年 ( 一 二 七 五 ) に か け て 、 良 忠 の 門 弟 で あ る 了 恵 道 光 に よ っ て 編 纂 さ れ た も の で あ る 。 そ の 構 成 は 、 『 漢 語 灯 録 』 十 巻 、 『 和 語 灯 録 』 五 巻 に 分 か れ 、 さ ら に 、 『 拾 遺 漢 語 灯 録 』 一 巻 、 『 拾 遺 和 語 灯 録 』 二 巻 が 追 加 編 纂 さ れ て い る 。 こ の 『 語 灯 録 』 は 法 然 研 究 の 根 幹 史 料 と な る べ き も の で あ る が 、 『 醍 醐 本 』 や 『 西 方 指 南 抄 』 に そ れ ぞ れ 良 質 な 写 本 が 現 蔵 さ れ て い る の に 対 し 、 『 語 灯 録 』 に は 原 本 が 伝 わ ら な い ば か り か 、 写 本 や 版 本 類 に 諸 本 が あ る た め 、 文 献 学 的 な 検 討 を 要 す る 1 7 。 『 漢 語 灯 録 』 に つ い て 、 写 本 と し て は 大 谷 大 学 所 蔵 本 ( 以 下 、 「 大 谷 本 」 と す る ) ・ 千 葉 県 善 照 寺 所 蔵 本 ( 以 下 、 「 善 本 」 と す る ) の 二 つ が あ り 、 こ れ ら は ど ち ら も 恵 空 得 岸 が 所 持 し て い た も の を 転 写 し た も の で あ る と さ れ て い る 。 版 本 と し て は 正 徳 五 年 ( 一 七 一 五 ) に 義 山 に よ っ て 開 版 さ れ た 正 徳 五 年 版 ( 以 下 、 「 正 徳 版 」 と す る ) が あ る が 、 こ れ に つ い て は 、 義 山 に よ る 改 変 が 多 く 、 ま た 義 山 が 底 本 と し た も の も 不 明 で あ る た め 、 資 料 的 価 値 と し て は す ご ぶ る 劣 る も の で あ る と さ れ て い る 。 他 に 比 較 的 古 い 写 本 と し て 、 浄 厳 院 所 蔵 の 『 漢
4 語 灯 録 』 が あ る 。 現 存 す る の は 第 七 巻 『 逆 修 説 法 』 の 前 半 部 分 一 冊 の み に か ぎ る が 、 中 世 の 書 写 本 と し て の 特 徴 を よ く 備 え て い る と さ れ て い る 1 8 。 ま た 『 漢 語 灯 録 』 と し て ま と ま っ た も の で は な く 、 『 無 量 寿 経 釈 』 ・ 『 観 無 量 寿 経 釈 』 ・ 『 阿 弥 陀 経 釈 』 に は 寛 永 九 年 ( 一 六 三 二 ) 版 や 、 『 無 量 寿 経 私 記 』 ・ 『 観 無 量 寿 経 私 記 』 ・ 『 阿 弥 陀 経 私 記 』 と い う 名 称 の 承 応 三 年 ( 一 六 五 四 ) 版 と い っ た 、 個 々 の 別 本 と し て 開 版 ・ 書 写 さ れ た も の が 存 在 す る も の も あ る 1 9 。 『 拾 遺 漢 語 灯 録 』 に つ い て は 、 「 大 谷 本 」 ・ 「 善 本 」 は 存 在 せ ず 、 義 山 に よ る 「 正 徳 版 」 の み 存 在 し て い た 。 こ の た め 、 『 拾 遺 漢 語 灯 録 』 は 資 料 的 価 値 を 疑 問 視 さ れ て き た の で あ る が 、 一 九 九 五 年 に 曽 田 俊 弘 氏 が 、 滋 賀 県 の 水 口 町 立 図 書 館 に お い て 、 「 正 徳 版 」 に 先 行 す る 写 本 ( 以 下 、 『 大 徳 寺 本 』 と す る ) を 発 見 し た こ と に よ っ て 研 究 が 進 む こ と と な る 2 0 。 『 和 語 灯 録 』 は 、 版 本 と し て 、 元 亨 元 年 ( 一 三 二 一 ) に 円 智 に よ っ て 印 刻 さ れ た 龍 谷 大 学 図 書 館 所 蔵 版 ( 以 下 、 「 元 亨 版 」 と す る ) 、 寛 永 二 〇 年 ( 一 六 四 三 ) に 開 版 さ れ た 「 寛 永 版 」 、 正 徳 五 年 ( 一 七 一 五 ) に 義 山 に よ っ て 開 版 さ れ た 「 正 徳 版 」 が 存 在 す る 。 『 拾 遺 和 語 灯 録 』 に つ い て は 、 『 和 語 灯 録 』 と 同 様 に 、 「 元 亨 版 」 ・ 「 寛 永 版 」 ・ 「 正 徳 版 」 す べ て が 存 在 す る 。 『 語 灯 録 』 を 研 究 す る 際 に は 、 こ の よ う な 書 誌 的 問 題 を ふ ま え た う え で 、 義 山 に よ る 「 正 徳 版 」 で は な く 、 『 漢 語 灯 録 』 は 、 「 大 谷 本 」 ・ 「 善 本 」 と い っ た 恵 空 書 写 本 、 『 和 語 灯 録 』 は 、 「 元 亨 版 」 を 、 よ り 原 本 に 近 い も の と し て 用 い る 等 の 注 意 が 必 要 で あ る 。 こ の 『 語 灯 録 』 は 『 醍 醐 本 』 や 『 西 方 指 南 抄 』 に 比 べ る と 、 成 立 時 期 や 編 者 が 明 確 で あ る こ と も あ り 、 比 較 的 信 憑 性 が 高 い 文 献 で あ る と さ れ て い る 2 1 。 C 、 『 西 方 指 南 抄 』 に つ い て 「 十 七 条 御 法 語 」 は 三 遺 文 集 の な か で 『 西 方 指 南 抄 』 の み に 所 収 さ れ て い る 。 よ っ て 、 『 西 方 指 南 抄 』 に 関 す る 問 題 は 、 直 接 「 十 七 条 御 法 語 」 に 関 わ る も の で も あ る 。 こ こ で は 、 は じ め に 『 西 方 指 南 抄 』 に 関 す る 書 誌 的 研 究 の 整 理 を 行 い 、 そ の 後 『 西 方 指 南 抄 』 に お け る 「 十 七 条 御 法 語 」 の 位 置 を 確 認 し た い 。 a 、 書 誌 的 整 理 『 西 方 指 南 抄 』 に 所 収 さ れ て い る そ れ ぞ れ の 御 法 語 に つ い て は 、 す で に 岸 一 英 氏 に よ り 、 『 醍 醐 本 』 や 『 語 灯 録 』 と の 対 応 が 論 じ ら れ て い る 2 2 。 『 シ ン ポ ジ ウ ム 法 然 と 親 鸞 』 の 末 に 付 さ れ て い る 対 応 表 を み る と 、 『 西 方 指 南 抄 』 の 「 法 然 聖 人 御 説 法 事 」 は 『 語 灯 録 』 の 『 逆 修 説 法 』 に 対 応 し 、 『 西 方 指 南 抄 』 の 「 或 人 念 仏 之 不 審 聖 人 に 奉 問 次 第 」 は 『 醍 醐 本 』 の 「 禅 勝 房 と の 十 一 箇 条 問 答 」 、 さ ら に 『 語 灯 録 』 の 「 十 二 の 問 答 」 に 対 応 す る 等 、 法 然 の 他 の 遺 文 集 や 伝 記 と の 対 応 が 詳 細 に ま と め ら れ て い る 。 ま た 、 そ こ で は 『 西 方 指 南 抄 』 の 「 私 日 記 」 と 『 醍 醐 本 』 の 「 一 期 物 語 」 、 『 西 方 指 南 抄 』 の 「 公 胤 夢 告 」 と 『 醍 醐 本 』 の 「 別 伝 記 」 、 『 西 方 指 南 抄 』 の 「 十 七 条 御 法 語 」 と 『 語 灯 録 』 の 「 三 心 義 」 が 点 線 で 結 ば れ て い る 。 点 線 に お け る 対 応 は 全 体 的 に 一 致 す る も の で は な く 、 一 部 一 致 す る も の が あ る こ と を あ ら わ し て い る と 考 え ら れ る 。 こ れ を 参 照 し た 安 達 俊 英 氏 は 、 こ れ ら の 点 線 は 全 体 的 に 一 致 す る も の で は な い こ と か ら 省 き 、 さ ら に 岸 氏 に 加 え て 『 醍 醐 本 』 の 「 一 期 物 語 」 と 『 語 灯 録 』 の 「 浄 土 宗 見 聞 ( 浄 土 随 聞 記 ) 」 と の 対 応 も 明 か し て い る 2 3 。 こ の 整 理 で 安 達 氏 は 、 岸 氏
5 と 同 様 に 「 三 心 義 」 と 「 十 七 条 御 法 語 」 を 点 線 で 結 ん で い る 。 『 西 方 指 南 抄 』 は 、 康 元 元 年 ( 一 二 五 六 ) か ら 翌 年 に か け て 親 鸞 に よ っ て 筆 記 さ れ た 原 本 が 現 存 し て お り 2 4 、 比 較 的 後 期 の 写 本 や 版 本 し か 伝 わ っ て い な い 『 醍 醐 本 』 や 『 語 灯 録 』 と 比 べ て み て も 、 法 然 遺 文 の 研 究 に と っ て 最 も 資 料 的 価 値 が 高 く 、 欠 く こ と の 出 来 な い 遺 文 集 で あ る と さ れ て い る 。 し か し 、 親 鸞 の 書 い た も の が 原 本 か ら の 書 写 で あ る の か 、 ま た は 親 鸞 に よ る 編 集 で あ る の か と い う 問 題 か あ る 2 5 。 は じ め に 辻 善 之 助 氏 は 、 親 鸞 筆 跡 に 一 定 の 基 準 を 示 し 、 親 鸞 の 文 献 そ れ ぞ れ に 真 筆 か ど う か の 評 価 を 与 え た 2 6 。 こ の と き 『 西 方 指 南 抄 』 も 真 筆 本 で あ る と 認 定 し て い る 。 こ の 説 は 親 鸞 に よ る 書 写 か 、 編 集 か と い っ た 問 題 を 解 決 す る も の で は な い が 、 こ の 段 階 で 親 鸞 に よ っ て 書 か れ た も の で あ る と い う こ と が 認 め ら れ た の で あ る 。 そ の 後 、 高 千 穂 徹 乗 氏 2 7 、 中 沢 見 明 氏 2 8 、 宮 崎 円 尊 氏 2 9 、 岩 田 繁 三 氏 3 0 ら に よ っ て 、 『 西 方 指 南 抄 』 は お お む ね 親 鸞 の 手 記 、 所 持 の 記 録 を も と に 親 鸞 自 身 が 編 集 し た も の で あ る と し 、 現 存 す る も の は 他 者 に よ る 転 写 本 で あ る と い う 見 方 が な さ れ た 。 そ の 後 は 、 奥 書 の 理 解 や 、 所 収 さ れ て い る 内 容 、 他 の 文 献 と の 比 較 に よ る 異 同 や 省 略 箇 所 の 検 討 等 か ら 、 生 桑 完 明 氏 に よ っ て 親 鸞 編 集 説 が 説 か れ 3 1 、 そ れ に 対 し て 赤 松 俊 秀 氏 に よ っ て 親 鸞 転 写 説 が 発 表 さ れ 3 2 、 こ の 両 者 に 焦 点 が 絞 ら れ 論 じ ら れ る よ う に な っ た 。 こ の 後 の 研 究 と し て は 、 親 鸞 編 集 説 に は 浅 野 教 信 氏 3 3 、 霊 山 勝 海 氏 3 4 、 転 写 説 に は 平 松 令 三 氏 3 5 の も の が 挙 げ ら れ る 。 い ず れ の 研 究 も 、 奥 書 の 理 解 と 内 容 や 他 の 文 献 と の 比 較 を 中 心 に 論 じ ら れ て い る 。 ま ず 、 奥 書 の 理 解 に つ い て 、 編 集 説 に は 、 ① 中 巻 末 の 「 十 月 十 四 日 」 と あ る 日 付 は 、 「 二 十 四 日 」 の 誤 記 で あ る と 想 定 す る こ と に よ っ て 、 書 写 日 数 の 整 合 性 を 求 め る こ と 、 ② 「 書 之 」 は 親 鸞 の 自 著 を 示 し 、 「 書 写 之 」 は 自 著 の 書 写 で あ る と い う 区 別 の あ る こ と 、 ③ 奥 書 の 日 時 が 必 ず し も 順 序 通 り に な っ て い な い こ と 等 が そ の 根 拠 と し て 挙 げ ら れ る 。 ま た 、 親 鸞 の は じ め の 構 想 は 上 ・ 中 ・ 下 の 三 巻 を 目 標 と し て い た が 、 完 成 時 に は 取 扱 い 易 い よ う に そ れ を さ ら に 本 ・ 末 に 分 け て 六 冊 と し た も の と 想 定 し て 、 中 巻 末 の 署 名 が 康 元 二 年 正 月 一 日 の も の と 考 え ら れ る こ と か ら 中 巻 を 本 ・ 末 に 分 断 し た の は こ の 日 で あ り 、 そ の 後 同 様 に 上 巻 を 同 二 日 に 分 断 し た と 指 摘 す る こ と に よ っ て 、 康 元 元 年 か ら 翌 二 年 正 月 に か け て 筆 記 の 順 序 等 に 矛 盾 の あ っ た 奥 書 に つ い て 新 し い 理 解 が 示 さ れ 、 さ ら に 親 鸞 の 書 写 本 は 、 題 号 の 下 に 必 ず 撰 号 を 記 し て 自 著 と 厳 密 に 区 分 さ れ て い る 点 や 、 墨 の 濃 淡 等 の 検 討 か ら 親 鸞 が 編 集 し た と 理 解 す べ き で あ る と さ れ て い る 。 次 に 転 写 説 で は 、 上 巻 本 の 内 題 を 原 本 に よ っ て よ く 検 証 す る と 、 「 曰 」 と い う 字 を 一 旦 書 い た 後 に そ れ を 磨 り 消 し て そ の 痕 跡 を 覆 い 隠 す よ う に 上 か ら 大 き く 「 上 」 と 書 い た と み え る こ と よ り 、 も と が 「 西 方 指 南 抄 曰 」 で あ っ た と し 、 こ の 本 に 先 行 す る 底 本 の 存 在 を 証 明 で き る 等 と い っ た も の が 挙 げ ら れ る 。 こ れ ら 奥 書 等 か ら の 検 討 に つ い て は 理 解 し が た い 点 も 多 く 存 在 し 、 検 討 の 余 地 が あ る よ う に 考 え ら れ る 。 次 に 内 容 や 他 の 文 献 と の 比 較 に よ る 検 討 に つ い て は 、 高 千 穂 氏 3 6 や 霊 山 氏 3 7 に よ っ て 『 法 然 聖 人 御 説 法 事 』 「 七 箇 条 制 誡 」 「 起 請 没 後 二 箇 条 事 」 等 に お け る 省 略 箇 所 の 指 摘 が な さ れ 、 さ ら に 『 法 然 聖 人 御 説 法 事 』 の 省 略 箇 所 に 一 定 の 法 則 性 が あ る と し て い る 。 両 氏 に よ る と 、 『 観 経 』 所 説 の う ち 定 散 二 善 の 諸 行 往 生 に 関 す る も の 、 及 び 定 散 二 善 を も っ て な さ れ た 説 法 は ほ と ん ど 省 略 さ れ て お り 、 念 仏 往 生 を 明 か す 部 分 の み が 経 の 大 意 と し て 採 択 さ
6 れ て い る と し て 、 そ れ ら は 親 鸞 に よ っ て 編 集 さ れ た こ と の 裏 付 け で あ る と し て い る 。 こ れ ら に 対 し て 、 赤 松 氏 は 、 建 長 七 年 ( 一 二 五 五 ) 付 の 親 鸞 性 信 宛 消 息 「 か さ ま の 念 仏 者 の う た か ひ と わ れ た る 事 」 と 、 「 獅 子 身 中 の 虫 」 に 言 及 し た 九 月 二 日 付 親 鸞 慈 信 坊 善 鸞 宛 消 息 等 に 、 『 西 方 指 南 抄 』 の 「 鎌 倉 の 二 品 比 丘 尼 へ 御 返 事 」 、 同 じ く 「 津 戸 三 郎 に 答 ふ る 書 」 あ る い は 「 故 聖 人 御 坊 の 御 消 息 」 の 内 容 と そ れ ぞ れ 共 通 す る 点 が 指 摘 さ れ 、 親 鸞 は 康 元 元 年 ( 一 二 五 六 ) の 『 西 方 指 南 抄 』 筆 記 以 前 か ら そ の 原 本 を 手 に し て い た と し て い る 3 8 。 中 野 正 明 氏 は こ れ ら の 説 を 受 け 、 親 鸞 編 集 説 と 転 写 説 と の 間 に は い ま だ に 解 決 の 方 向 が 見 出 せ て い な い 現 状 に あ る と し 、 奥 書 の 理 解 や 、 他 の 文 献 と の 相 違 に つ い て 異 な っ た 見 解 を 示 し て い る 3 9 。 中 野 氏 は 他 の 文 献 と の 比 較 に つ い て 、 欠 落 や 附 記 は 親 鸞 の 手 に よ る も の で あ る こ と は 明 白 で あ る が 、 そ れ を た だ ち に 親 鸞 の 編 集 と 結 び つ け る こ と は で き ず 、 書 写 段 階 に お け る 省 略 や 附 記 で あ る こ と も 考 え ら れ る と し て い る 。 つ ま り 、 「 編 集 」 と 「 書 写 」 と の 違 い は 、 他 の 文 献 と 異 同 が あ る か と い う こ と か ら の み で は な く 、 親 鸞 が 書 く 以 前 に 『 西 方 指 南 抄 』 の 原 本 が あ っ た と 想 定 で き る か 否 か と い う こ と で あ る 。 そ れ に は 親 鸞 が 『 西 方 指 南 抄 』 を 筆 記 し た 意 図 を 考 察 す る 必 要 が あ る と し て 中 野 氏 は 、 親 鸞 に と っ て 『 西 方 指 南 抄 』 に 所 収 さ れ て い る 遺 文 が 「 大 切 な 証 文 」 で あ っ た こ と か ら 、 そ の 意 図 が そ れ ら の 遺 文 を 改 変 し て 、 一 か ら 編 集 す る と い う 意 図 で は な い こ と を 述 べ て い る 。 ま た そ の う え で 、 随 所 に み ら れ る 附 記 は 、 親 鸞 が 転 写 の 際 に 加 筆 し た も の と 、 そ の 底 本 に す で に 存 在 し た 附 記 と に 分 け て 理 解 す る 必 要 が あ る と し て い る 。 さ ら に 中 野 氏 は そ の 底 本 な り 原 典 の 成 立 時 期 が い つ ご ろ で あ る の か 考 察 し 、 宝 治 二 年 ( 一 二 四 八 ) に 親 鸞 に よ っ て 著 述 さ れ た 『 浄 土 高 僧 和 讃 』 が 『 西 方 指 南 抄 』 の 「 私 日 記 」 や 「 法 然 聖 人 臨 終 行 儀 」 等 を 土 台 に し て 作 ら れ た 形 跡 を 認 め る こ と が で き 、 親 鸞 は こ の と き す で に 『 西 方 指 南 抄 』 の 原 本 を み て い た と し 、 さ ら に 「 私 日 記 」 に は 『 本 朝 祖 師 伝 記 絵 詞 』 ( 以 下 、 『 四 巻 伝 』 と す る ) や 『 醍 醐 本 』 の 影 響 が あ っ た と 考 え ら れ る こ と か ら 、 親 鸞 が 書 写 し た 『 西 方 指 南 抄 』 の 原 本 の 成 立 は 仁 治 二 年 ( 一 二 四 一 ) か ら 宝 治 二 年 ( 一 二 四 八 ) の 間 と す る こ と が で き る と し て い る 。 ま た 、 そ の 原 本 の 作 者 と い う こ と に 関 し て 、 「 七 箇 条 制 誡 」 「 起 請 没 後 二 箇 条 事 」 の 意 味 し た 内 容 に 遡 る な ら ば 、 自 然 に 法 然 の 高 弟 で あ る 信 空 が 果 た し た 役 割 や 位 置 が 浮 か ん で く る と し 、 さ ら に 、 「 私 日 記 」 に 、 華 厳 披 覧 之 時 、 小 蛇 出 来 、 信 空 上 人 見 レ 之 怖 驚 キ 給 、 其 夜 夢 、 我 者 此 。 聖 人 夜 経 論 ヲ 見 、 雖 レ 無 二 灯 明 一 室 内 有 レ 光 如 レ 昼 、 信 空 { 法 蓮 房 也 、 聖 人 同 法 } 同 見 其 光 。 4 0 と あ り 、 「 私 日 記 」 の 全 体 を み て も 人 名 が 示 さ れ る の は こ の 箇 所 の み で あ り 、 「 私 日 記 」 が 「 公 胤 夢 告 」 の 詳 細 な 記 述 を 末 尾 に 挙 げ て 終 わ っ て い る こ と 等 を 考 え る と 、 「 私 日 記 」 の 編 者 は 信 空 の 法 系 に つ ら な る 者 と の 見 方 が 強 ま る と し て い る 。 こ こ で 、 「 私 日 記 」 の 作 者 と 『 西 方 指 南 抄 』 の 作 者 が 同 一 人 物 で あ る 可 能 性 と 、 以 前 に 「 私 日 記 」 を 作 成 し て い た 者 が 後 に 『 西 方 指 南 抄 』 に 所 収 し た と い う 両 説 が 考 え ら れ る と す る 。 さ ら に 、 「 公 胤 夢 告 」 の 詳 細 な 解 説 や 、 高 倉 天 皇 御 得 戒 の 記 事 に お い て 「 其 戒 之 相 承 自 二 南 岳 大 師 一 所 レ 伝 、 干 レ 今 不 レ 絶 、 世 間 流 布 之 戒 是 也 」 4 1 と 南 岳 大 師 よ り 所 伝 の 円 頓 戒 で あ る こ と に ふ れ て い る と こ ろ 等 か ら 、 「 私 日 記 」 の 編 者 の 候 補 と し て 信 空 か ら の 円 頓 戒 正 嫡 の 後 継 者 で あ る 湛 空 等 が 挙 げ ら れ る と し て い る 。
7 つ ま り 、 『 西 方 指 南 抄 』 の 自 筆 本 は す で に 信 空 系 の 弟 子 の 間 で 成 立 し て い た も の を 、 帰 洛 し た 親 鸞 が 下 野 高 田 在 住 の 門 弟 ら に 念 仏 の 安 心 を 示 そ う と し て 、 真 仏 に 師 法 然 の 遺 文 集 を 付 与 す る た め に 康 元 元 年 に な っ て 転 写 し た も の と 推 測 す る の が 妥 当 と し て い る 。 中 野 氏 は 、 こ の よ う に 考 え る な ら ば 、 『 西 方 指 南 抄 』 は 法 然 研 究 の 一 等 資 料 と し て 、 あ る い は 法 然 伝 研 究 の 基 本 的 文 献 と し て 再 認 識 さ れ て し か る べ き 文 献 で あ る と し 、 史 料 と し て の 信 憑 性 は 他 の 法 然 の 伝 記 ・ 遺 文 集 と 比 べ て 、 量 的 に 豊 富 で 質 的 に も す ぐ れ て お り 、 も っ と も 高 く 位 置 づ け ら れ る べ き も の で あ る と す る 。 こ の よ う に 、 『 西 方 指 南 抄 』 に は 親 鸞 の 編 集 か 、 書 写 か と い う 問 題 が あ り 、 必 然 的 に そ の な か に 所 収 さ れ る 「 十 七 条 御 法 語 」 に つ い て も 同 様 の 問 題 が 含 ま れ て い る の で あ る 。 b 、 『 西 方 指 南 抄 』 の 構 成 と 「 十 七 条 御 法 語 」 の 位 置 『 昭 法 全 』 で は 『 西 方 指 南 抄 』 の 目 次 と し て 次 の よ う に 示 さ れ て い る ( 巻 数 ・ 丸 括 弧 ・ 囲 み は 筆 者 ) 。 西 方 指 南 抄 目 次 上 本 ・ 末 一 、 法 然 聖 人 御 説 法 事 二 、 ( 公 胤 夢 告 ) 中 本 三 、 建 久 九 年 正 月 一 日 記 四 、 法 然 聖 人 御 夢 想 記 五 、 ( 十 七 条 法 語 ) 六 、 法 然 聖 人 臨 終 行 儀 七 、 ( 諸 人 霊 夢 記 ) 中 末 八 、 ( 七 箇 条 起 請 文 ) 九 、 葬 家 追 善 事 4 2 一 〇 、 源 空 聖 人 私 日 記 一 一 、 ( 三 機 分 別 ) 一 二 、 ( 鎌 倉 二 位 禅 尼 に 答 ふ る 書 ) 一 三 、 ( 四 箇 条 問 答 ) 下 本 一 四 、 ( 大 胡 太 郎 実 秀 の 妻 に 答 ふ る 書 ) 一 五 、 ( 大 胡 太 郎 実 秀 に 答 ふ る 書 ) 一 六 、 ( 正 如 房 へ 遣 は す 書 ) 一 七 、 ( 光 明 房 に 答 ふ る 書 ) 一 八 、 基 親 取 信 信 本 願 之 様 一 九 、 ( 基 親 書 翰 上 人 返 書 ) 二 〇 、 ( 或 人 念 仏 之 不 審 聖 人 に 奉 問 次 第 ) 二 一 、 ( 浄 土 宗 大 意 ) 下 末
8 二 二 、 四 種 往 生 事 二 三 、 ( 黒 田 の 聖 へ 遣 は す 書 ) 二 四 、 ( 念 仏 大 意 ) 二 五 、 九 条 殿 北 政 所 御 返 事 二 六 、 ( 熊 谷 へ 遣 は す 書( 九 月 十 六 日 付 ) 二 七 、 ( 要 義 問 答 ) 二 八 、 ( 津 戸 三 郎 に 答 ふ る 書 ) 先 述 し た よ う に 「 十 七 条 御 法 語 」 を 含 め 、 『 西 方 指 南 抄 』 に は 題 名 が 付 さ れ て い な い 遺 文 が 多 い 。 目 次 中 、 括 弧 で 囲 ん だ も の が 親 鸞 真 筆 本 に お い て 題 名 の な い 遺 文 で あ り 、 『 真 宗 聖 教 全 書 』 ・ 『 親 鸞 全 集 』 で は 各 々 独 自 の 題 名 が 付 さ れ て い る 。 ま た 、 『 昭 法 全 』 で は 、 他 の 写 本 や 『 語 灯 録 』 に お け る 同 内 容 の も の と 対 照 し 、 そ れ ら を 参 考 に し て 題 名 が 付 け ら れ て い る 。 な お 本 論 で は 、 『 昭 法 全 』 の 題 名 に よ る も の と す る 4 3 。 ま ず 、 「 十 七 条 御 法 語 」 の 前 後 の 遺 文 に つ い て 、 「 一 、 法 然 聖 人 御 説 法 事 」 は い わ ゆ る 『 逆 修 説 法 』 に あ た る 4 4 。 「 二 、 公 胤 夢 告 」 は 『 醍 醐 本 』 「 別 伝 記 」 の 末 尾 や 『 四 巻 伝 』 等 の 諸 伝 記 に も 詳 し く 挙 げ ら れ て い る 。 「 三 、 建 久 九 年 正 月 一 日 記 」 は 『 醍 醐 本 』 ・ 『 語 灯 録 』 で は 「 三 昧 発 得 記 」 に あ た る 。 「 四 、 法 然 聖 人 御 夢 想 記 」 は 『 拾 遺 漢 語 灯 録 』 「 夢 感 聖 相 記 」 と 同 内 容 で あ る 。 「 十 七 条 御 法 語 」 の 後 に は 「 六 、 法 然 聖 人 臨 終 行 儀 」 が 続 き 、 こ れ は 『 醍 醐 本 』 「 御 臨 終 日 記 」 や 『 拾 遺 漢 語 灯 録 』 「 臨 終 祥 瑞 記 」 に あ た る 。 「 七 、 諸 人 霊 夢 記 」 は 『 西 方 指 南 抄 』 独 自 の も の で あ る 。 続 い て 『 語 灯 録 』 の 「 七 箇 条 起 請 文 」 に あ た る 「 八 、 七 箇 条 起 請 文 」 等 が 掲 載 さ れ 、 以 後 の 遺 文 は 『 語 灯 録 』 と 対 応 す る も の が 多 い 。 こ れ だ け 『 語 灯 録 』 と の 関 係 が 深 い な か で 全 く 対 応 す る も の が な い 「 十 七 条 御 法 語 」 は 『 西 方 指 南 抄 』 の な か で も 特 殊 な も の で あ る と 考 え ら れ る 4 5 。 ま た 、 「 十 七 条 御 法 語 」 の 前 後 に 所 収 さ れ る 遺 文 に つ い て は 、 そ れ ぞ れ い く つ か 問 題 が 指 摘 さ れ 、 偽 撰 説 が 出 さ れ た も の も 多 い 。 で は 、 何 故 こ の 位 置 に 「 十 七 条 御 法 語 」 が 所 収 さ れ る の で あ ろ う か 。 目 次 の 項 目 上 で み る と 、 比 較 的 「 十 七 条 御 法 語 」 は 前 の 方 に 所 収 さ れ て い る が 、 実 際 に は 「 法 然 聖 人 御 説 法 事 」 が 長 文 で あ る た め 、 分 量 的 に み る と 、 全 体 の 中 ご ろ に 所 収 さ れ て い る こ と と な る 。 中 野 氏 は こ の 『 西 方 指 南 抄 』 の 所 収 順 序 に つ い て 、 そ れ ま で も 平 松 氏 等 に よ っ て 、 雑 然 と し た 配 列 が 疑 問 視 さ れ て い た こ と を 挙 げ 、 一 貫 性 を 見 出 す こ と は 難 し い と し な が ら も 、 編 集 意 図 を 明 ら か に す る と い う 目 的 の も と 考 察 し て い る 。 中 野 氏 は 、 『 西 方 指 南 抄 』 を よ く み る と 、 教 義 篇 ・ 伝 記 篇 ・ 書 簡 篇 ( 消 息 ・ 法 語 篇 ) と い う 一 定 の 秩 序 を も っ て い る と す る 。 す な わ ち 、 「 法 然 聖 人 御 説 法 事 」 が 教 義 篇 、 「 公 胤 夢 告 」 か ら 「 私 日 記 」 ま で は 伝 記 篇 、 そ れ 以 降 が 書 簡 篇 で あ る 。 そ の う え で 編 集 意 図 に つ い て 考 察 し 、 中 野 氏 が 『 醍 醐 本 』 の 編 集 意 図 を 考 察 す る 際 に 注 目 し た 「 公 胤 夢 告 」 が 『 西 方 指 南 抄 』 で も 重 要 で あ る と す る 。 当 時 朝 廷 ・ 幕 府 か ら 尊 信 を 得 て い た 天 台 の 代 表 的 学 匠 で あ る 公 胤 に 関 す る 記 事 を 「 法 然 聖 人 御 説 法 事 」 の 直 後 に 挿 入 す る こ と で 、 そ の 内 容 に 学 問 的 正 統 性 が あ る こ と を 強 調 し 、 そ の 後 に 続 く 宗 教 体 験 記 等 は い わ ゆ る 証 拠 記 録 と い え る も の で 、 法 然 の 思 想 と 行 状 に つ い て 宗 教 的 威 厳 性 ・ 信 憑 性 を 高 め よ う と し て 添 え ら れ た と い う 意 図 が あ る と し て い る 。 つ ま り 、 『 西 方 指 南 抄 』 の 編 集 意 図 は 、 「 法 然 聖 人 御 説 法 事 」 を 公 開 す る こ と に あ っ た と し 、 そ の 他 の 遺 文 は そ れ を 正 統 付 け る た め の も の と し て い る 。 こ れ ら の こ と は 何 れ も 親 鸞 編 集 説 を 肯 定 す る に は 矛 盾 を 生 ず る 問
9 題 で あ り 、 そ れ 以 前 に 底 本 あ る い は 原 典 が 存 在 し た と す る 転 写 説 を 裏 付 け る こ と に な る も の で あ る と 指 摘 し て い る 4 6 。 中 野 説 で は 、 「 十 七 条 御 法 語 」 は 伝 記 篇 に 含 ま れ 、 こ こ に 収 録 さ れ て い る 遺 文 は 三 昧 発 得 の 体 験 者 で あ る 法 然 に 対 し て 、 宗 教 者 と し て の 霊 験 性 を 強 調 す る 意 図 を 感 じ る と さ れ て い る 。 筆 者 は は じ め に 配 さ れ る 「 法 然 聖 人 御 説 法 事 」 の 正 統 性 を 証 明 す る た め に 、 以 下 さ ま ざ ま な 遺 文 が 続 く と い う 中 野 氏 の 説 は 妥 当 で あ る と 考 え る 。 ② 御 法 語 の 真 偽 に つ い て 法 然 の 思 想 を 研 究 す る う え で 、 根 拠 と な る 資 料 が 信 頼 で き る も の か と い う 前 提 は 欠 か せ な い 。 そ の 意 味 で 法 然 遺 文 に つ い て 偽 撰 と 判 断 す る こ と も 重 要 な こ と で あ る 。 し か し 、 真 偽 を 判 断 す る こ と は 非 常 に 難 し く 、 慎 重 な 考 察 が 必 要 と な る 。 田 村 圓 澄 氏 は 、 独 自 の 判 断 基 準 で 次 々 と 法 然 遺 文 の 偽 撰 説 を 発 表 し た 。 田 村 氏 に よ っ て 偽 撰 と さ れ た 遺 文 は 、 「 三 昧 発 得 記 」 ・ 「 法 然 聖 人 御 夢 想 記 」 ・ 「 没 後 遺 誡 文 」 ・ 「 七 箇 条 制 誡 」 4 7 ・ 「 送 山 門 起 請 文 」 等 多 数 あ る 。 偽 撰 と す る 根 拠 は さ ま ざ ま で あ る が 、 田 村 説 の 根 底 に 一 貫 し て あ る も の は 、 法 然 の 真 筆 と 『 選 択 集 』 の 内 容 に 合 致 す る も の 以 外 は 真 撰 と は 認 め な い と い う 見 方 で あ り 、 す べ て そ の 基 準 で 判 断 し て い る 4 8 。 こ の 田 村 氏 の 判 断 基 準 は 極 端 で あ る と し て 、 後 に 多 く の 研 究 者 に よ っ て 疑 義 が 呈 さ れ る の で あ る が 4 9 、 松 本 史 朗 氏 が 「 禅 勝 房 伝 説 の 詞 」 や 「 念 仏 往 生 要 義 抄 」 を 偽 撰 と 判 断 す る 際 の 根 拠 も 、 田 村 氏 と 同 様 『 選 択 集 』 の 説 示 を 基 準 に 考 え ら れ て い る の で あ る 5 0 。 そ の 他 に も 、 こ れ ま で 偽 撰 説 が 出 さ れ た 遺 文 5 1 と し て は 、 『 三 部 経 大 意 』 5 2 ・ 「 登 山 状 」 5 3 ・ 「 東 大 寺 十 問 答 」 5 4 等 が 挙 げ ら れ る 。 こ れ ら の 偽 撰 説 が 田 村 説 に よ っ て い る か 否 か は 不 明 で あ る が 、 『 選 択 集 』 等 と の 思 想 面 で の 比 較 検 討 の み で 真 偽 を 判 断 す る と い う 考 え 方 が 多 く の 先 学 に あ る こ と は 事 実 で あ る 。 こ の よ う な 田 村 氏 の 判 断 基 準 に 対 し て 中 野 正 明 氏 は 、 内 容 面 や 伝 記 と の 関 係 、 諸 本 の 文 献 学 的 位 置 づ け 等 を も と に 、 問 題 が あ る 文 献 と し な が ら 何 れ も 真 撰 で あ る こ と を 論 証 し て い る 。 ま た 松 本 氏 の 「 念 仏 往 生 要 義 抄 」 偽 撰 説 に 対 し て は 安 達 俊 英 氏 が 、 松 本 氏 の 偽 撰 説 の 根 拠 に 対 し て 異 な る 視 点 を 挙 げ 、 偽 撰 と は 出 来 な い と し て い る 。 た だ し 、 松 本 説 の 根 拠 に 否 定 し き れ な い 要 素 も あ る と し て 、 可 能 性 が 全 く な い と は い え な い と す る 5 5 。 ③ 御 法 語 の 伝 承 に つ い て こ れ ま で 法 然 の 御 法 語 は 、 書 誌 的 な 研 究 や 真 偽 問 題 に 関 す る 研 究 、 ま た 、 『 選 択 集 』 等 の 教 義 書 や 伝 記 の 記 述 を 解 明 す る た め に 用 い ら れ る こ と が 中 心 で あ っ た 。 一 つ 一 つ の 御 法 語 に 注 目 し 、 そ れ ら が ど の よ う な 背 景 の な か で 説 か れ 、 ど う い っ た 変 遷 を 経 な が ら 伝 え ら れ て き た か と い う こ と を 考 察 す る 研 究 は 、 藤 堂 恭 俊 氏 『 法 然 上 人 研 究 』 二 ( 山 喜 房 仏 書 林 、 一 九 九 六 年 ) 、 永 井 隆 正 氏 「 『 西 方 指 南 抄 』 所 収 「 法 語 十 八 条 」 に つ い て 」 ( 『 印 仏 研 』 四 二 ― 二 、 一 九 九 四 年 ) の 研 究 が あ る の み で 、 こ れ ま で あ ま り さ れ て こ な か っ た 。 藤 堂 氏 は 『 法 然 上 人 研 究 』 の な か で 、 二 種 類 の 御 法 語 に 関 す る 伝 承 に つ い て 考 察 し て い る 。 は じ め に 「 禅 勝 房 に よ っ て 聴 聞 さ れ た と 伝 え ら れ る 宗 祖 の 詞 の 研 究 」 で は 、 「 禅 勝 房 」 と い う 人 物 に 注 目 し 、 禅 勝 房 に よ っ て 伝 え ら れ た 詞 の 伝 承 に つ い て 考 察 し て い る 。 藤 堂 氏 は ま ず 、 禅 勝 房 が 伝 承 し た と 考 え ら れ る 詞 を A 系 統 ( 遺 文 集 に 掲 載 さ れ る も の ) 、
10 B 系 統 ( 『 法 然 上 人 伝 記 ( 九 巻 伝 ) 』 に 掲 載 さ れ る も の ) 、 C 系 統 ( 『 法 然 上 人 行 状 絵 図 ( 四 十 八 巻 伝 ) 』 に 掲 載 さ れ る も の ) の 三 系 統 に 分 け 、 A 系 統 を 基 準 と し て B 、 C 系 統 が い か な る 詞 を 取 捨 選 択 し て 掲 載 し た の か 比 較 し て い る 。 そ し て A 系 統 に な い も の を B 、 C 系 統 に 追 加 し て い る 点 は 、 宗 祖 の 詞 の 捜 索 の 網 の 目 を 細 か く し た た め に 蒐 集 し 得 た と す る 。 後 世 に く だ る ほ ど 真 偽 の 問 題 が 出 て く る が 、 『 法 然 上 人 伝 記 』 ( 以 下 、 『 九 巻 伝 』 と す る ) や 『 法 然 上 人 行 状 絵 図 』 ( 以 下 、 『 四 十 八 巻 伝 』 と す る ) の 編 者 が 真 偽 に つ い て な ん の 考 慮 も な く 掲 載 し た と は 考 え ら れ な い と し 、 む し ろ 真 偽 の ふ る い に か け ら れ た 結 果 で あ る と し て い る こ と は 注 目 す べ き で あ る 。 ま た 、 藤 堂 氏 は 「 法 然 上 人 の 常 に 仰 ら れ け る 詞 の 伝 承 と そ の 法 然 諸 伝 に お け る 役 割 ― と く に 「 念 仏 申 に は ま た く 別 の 様 な し 」 の 詞 を め ぐ っ て ― 」 に お い て 、 「 つ ね に 仰 せ ら れ け る 御 詞 」 に 説 か れ る 「 仏 申 に ハ ま た く 別 の 様 な し た た 申 せ は 極 楽 へ む ま る と し り て 心 を い た し て 申 ハ ま い る 也 」 5 6 と い う 詞 に つ い て 、 「 短 い 詞 な が ら も 、 そ れ な り に 法 然 在 生 の 時 代 は い う に 及 ば ず 、 滅 後 百 年 を 経 過 し た 時 点 に お い て す ら 、 な お 、 法 然 の 主 張 す る 称 名 念 仏 の 真 意 を 伝 え る 詞 と し て 検 討 が 加 え ら れ ね ば な ら な い 程 、 問 題 を 提 供 し て い る 」 5 7 と し て こ の 詞 の 伝 承 に 注 目 し て い る 。 藤 堂 氏 が こ の 詞 に つ い て 解 明 し よ う と し て い る こ と は ① こ の 詞 の 「 語 録 類 」 に お け る 伝 承 と 、 法 然 が こ の 詞 を 常 に 語 ら ね ば な ら な か っ た 理 由 、 ② こ の 詞 の 「 伝 記 類 」 に お け る 伝 承 と 、 そ れ ら の 伝 記 が い か な る 意 図 の も と に こ の 詞 を 伝 承 し て い る の か と い う 二 点 で あ る 。 は じ め に 、 ① 「 語 録 類 」 に お け る 伝 承 に つ い て は 、 『 西 方 指 南 抄 』 所 収 「 法 語 十 八 条 」 ・ 『 明 義 進 行 集 』 所 収 「 第 五 、 白 河 上 人 信 空 」 ・ 『 和 語 灯 録 』 所 収 「 諸 人 伝 説 の 詞 ( 信 空 伝 説 第 十 条 ) 」 ・ 『 一 言 芳 談 抄 』 第 一 一 三 条 ・ 『 祖 師 一 口 法 語 』 第 一 条 の 五 種 に み ら れ る と し て い る 。 そ し て こ れ ら を 比 較 検 討 し た 結 果 、 『 四 十 八 巻 伝 』 の 作 者 は 『 和 語 灯 録 』 か ら こ の 詞 を 取 材 し た 可 能 性 が 高 い と し て い る 。 ま た 法 然 が こ の 詞 を 常 に 語 ら な け れ ば い け な か っ た 事 情 と し て は 、 『 明 義 進 行 集 』 と 『 遣 北 陸 道 書 状 』 と の 検 討 か ら 、 一 つ に は 法 然 以 前 に お け る 既 成 の 念 仏 と 、 法 然 の 主 張 す る 念 仏 と の 間 に 一 線 を 画 す る 必 要 が あ っ た こ と 、 二 つ に は 「 新 義 」 と 名 づ け ら れ る 一 念 義 、 所 謂 背 師 自 立 の 説 を 打 破 す る こ と と い う 意 図 が あ っ た と し て い る 。 次 に 、 ② 「 伝 記 類 」 に お け る 伝 承 に つ い て は 、 『 法 然 上 人 伝 絵 詞 』 ( 以 下 、 『 琳 阿 本 』 と す る ) ・ 『 拾 遺 古 徳 伝 絵 詞 』 ( 以 下 、 『 古 徳 伝 』 と す る ) ・ 『 九 巻 伝 』 ・ 『 法 然 上 人 伝 法 絵 』 ( 以 下 、 『 高 田 本 』 と す る ) ・ 『 四 十 八 巻 伝 』 の 五 種 に み ら れ る と し て い る 。 こ の 内 、 『 琳 阿 本 』 ・ 『 古 徳 伝 』 ・ 『 九 巻 伝 』 の 三 種 の 伝 記 に 収 め ら れ て い る も の は 、 そ の 主 旨 が 常 に 念 仏 す べ し と い う 点 に 置 か れ て い る こ と か ら 、 語 録 類 で は 「 名 号 を と な ふ る ほ か 一 切 や う な き 事 也 と 云 」 う 、 『 西 方 指 南 抄 』 の 主 旨 を 継 承 し て お り 、 『 高 田 本 』 ・ 『 四 十 八 巻 伝 』 の 二 種 は 念 仏 を 申 す こ と よ り は 、 念 仏 の 目 的 ・ 結 果 に 主 眼 が 置 か れ て い る こ と か ら 、 『 明 義 進 行 集 』 と 『 和 語 灯 録 』 に あ る 「 只 申 セ ハ マ イ ル コ ト ナ リ 」 と い う 主 旨 を 継 承 し て い る と し て い る 。 藤 堂 氏 は こ れ ら 伝 記 類 を 比 較 検 討 し た 結 果 、 各 種 法 然 伝 で は こ の 法 然 の 詞 を 伝 え る だ け で 終 わ ら せ て い な い こ と か ら 、 こ の 詞 を 紹 介 す る だ け が こ れ ら 伝 記 作 者 の 目 的 で は な く 、 彼 ら の 意 図 す る と こ ろ は ① 法 然 門 下 に お け る 背 師 自 立 の 邪 義 を 打 ち 破 る こ と 、 ② 法 然 門 弟 の 主 張 に 対 し て 法 然 の 主 張 す る 念 仏 の 真 意 が ど こ に あ る か を 明 示 し 、 開 顕 す る こ と と い っ た 二 点 に あ る と し て い る 。
11 次 に 永 井 隆 正 氏 は 、 「 十 七 条 御 法 語 」 第 一 条 に 説 か れ る 、 或 人 念 仏 之 不 審 ヲ 、 故 聖 人 ニ 奉 レ 問 曰 、 第 二 十 願 ハ 、 大 網 ノ 願 ナ リ 。 係 念 ト イ フ ハ 、 三 生 ノ 内 ニ カ ナ ラ ス 果 遂 ス ヘ シ 。 仮 令 通 計 ス ル ニ 、 百 年 ノ 内 ニ 往 生 ス ヘ キ 也 。 { 云 云 } コ レ 九 品 往 生 ノ 義 、 意 釈 ナ リ 。 極 大 遅 者 ヲ モ テ 、 三 生 ニ 出 サ ル コ コ ロ 、 カ ク ノ コ ト ク 釈 セ リ 。 又 阿 弥 陀 経 ノ 已 発 願 等 ハ 、 コ レ 三 生 之 証 也 ト 。 5 8 と い う 御 法 語 を 、 一 つ の 御 法 語 と す る か 、 二 つ の 御 法 語 と す る か と い う 問 題 、 ひ い て は 、 こ の 遺 文 を 「 十 七 条 」 と す る か 、 「 十 八 条 」 と す る か と い う 問 題 に 関 し て 考 察 し て い る 。 良 忠 の 『 浄 土 宗 要 集 』 ( 以 下 、 『 東 宗 要 』 と す る ) と 信 瑞 『 広 疑 瑞 決 集 』 5 9 と の 比 較 か ら 、 「 又 阿 弥 陀 経 ノ 已 発 願 等 ハ 、 コ レ 三 生 之 証 也 ト 」 と い う 一 節 は 、 『 東 宗 要 』 や 『 広 疑 瑞 決 集 』 に は な い こ と や 、 親 鸞 真 筆 本 で は 前 半 の 御 法 語 と 分 け ら れ 、 改 行 さ れ て 記 さ れ て い る こ と か ら 、 前 半 と 分 け て 第 二 条 と な る 可 能 性 が あ る と し 、 は じ め の 「 大 網 の 願 」 に つ い て は 、 『 東 宗 要 』 や 『 広 疑 瑞 決 集 』 に な い た め 、 親 鸞 の 言 葉 で あ る 可 能 性 が あ る と し て い る 6 0 。 永 井 氏 は 、 こ れ ら の 対 応 法 語 と の 比 較 に よ っ て 、 こ の 第 一 条 は 『 東 宗 要 』 系 統 6 1 の 内 容 を 親 鸞 は 自 ら の 言 葉 で 書 き 直 し 、 そ の 解 釈 は 『 広 疑 瑞 決 集 』 系 統 の も の を 利 用 し て い る 可 能 性 が あ る と し て い る 。 つ ま り 、 こ の 第 一 条 は 、 少 な く と も 、 法 然 が 直 接 門 弟 に 語 っ た 御 法 語 が 記 さ れ て い る わ け で は な く 、 親 鸞 の 何 ら か の 意 図 が 書 写 の 際 に 加 味 さ れ て い た 可 能 性 が 高 い と し て い る 6 2 。 藤 堂 氏 、 永 井 氏 と も に 、 非 常 に 緻 密 な 研 究 で あ る が 、 一 つ の 御 法 語 に か ぎ ら れ て い る 点 で や は り 限 定 的 で あ る 。 そ し て そ の 結 果 が 他 の 遺 文 に も 関 わ る か ど う か は 更 な る 研 究 を 要 す る 。 「 十 七 条 御 法 語 」 全 体 を 考 察 す る こ と に よ っ て は じ め て 解 明 で き る 背 景 も あ り 、 そ れ が 本 論 の 目 的 と す る と こ ろ で あ る 。