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第 2 章 意味のずれのある漢字同形語パターン

第 4 節 中国語の“人气”と日本語の「人気」の意味的 相違 相違

本節は前節に引き続き、ここ 20 年、中国語で使用頻度が高くなり、造語力 の強い中国語の“人气”と日本語の「人気」の意味的相違を、「流行語か否か による両言語の使用頻度の高低や造語力の強弱の相違」を軸に考察することに する。

中国語の“人气”と日本語の「人気」は意味領域が重なる部分があると同時 に、それぞれ異なる部分も見られる。両者は意味領域の関係において【第1パ ターン】の<第1類>に属する。

まず日本語の「人気」と中国語の“人气”において、意味が完全に同様か否 かについて考察することとする。

○新書や人気のある本は予約がいっぱいで、すぐに読めそうにない。(新书 和有人气的书有很多人预订,不可能马上看到。)

上記の“人气”は、ここ20年、中国語での使用頻度が高い。“人气”という 語は日本語から伝わったものなのか、それとも古代中国語にすでにあったのか を研究の焦点とする。

筆者の仮説として“人气”という表現自体は古代中国語に存在していたが、

現在の意味とは異なる別の意味として用いられていた、とする。この語が日本 に伝わってから、「人や物事に対する受けの良さ」という独特の意味が生まれ た。この用法は二十年ほど前に中国に逆輸入され、現在、中国語の流行語とし て使用している。

この仮説について、下記の通り、例文を交えながら説明することにする。

(1)古代中国語、現代中国語における“人气”の意味

“人气”という表現は、春秋戦国時代の古典作品にすでに用いられていた。

下記の例がそれである。

○且德厚信矼,未达人气;名闻不争,未达人心。(その上、道徳と信頼が篤 いにしても、人々の心に通じるとは限らない。名誉などを奪わないにしても、

人々から理解を得られるとは限らない。) 《庄子·内篇·人间世第四》

○知人气盛衰,而养其志气,察其所安,以知其所能。(ある人の意気込みが 高いかどうかを知り、その志を育てることができる。その志が堅いかどうかを 察し、どのくらい才能を持っているかを知る。) 《鬼谷子·本经·养志》

上記の“人气”は、いずれも春秋戦国時代の古典作品に使われていた例で、

「人間の感情や意気」を意味する。

明と清の時代になると、この“人气”の使用例がより多く見られるようにな った。下記の例がそれである。

例①.我那一篓红橘,自从到船中,不曾开看,莫不人气蒸烂了?趁着众人不 在,看看则个。(おれが持ってきたその一籠の蜜柑は船に乗ってから、まだ開 けて見ていないが、もしかして人の熱気で腐ってしまっているかもしれない。

ほかの人がいないうちに、ちょっと見てくれ。) 明·抱甕老人《今古奇观》

例②.及到后来,看见他所作所为,越无人气,时常规讽,只是不听。(その 行動にますます人情味がないことが分かった。彼に注意したが、聞いてくれな

かった。) 明·凌蒙初《拍案惊奇》

例③.怎得庙中有生人气?必有奸细潜藏,与我细加搜简!(なんで廟のなか に人の気配があるんだろう。回し者が隠れているはずだ。しっかり探せ!)

清·西周生《醒世姻缘传》

上記の3例のうち、例①と例③の“人气”は、人の気配や人間の身体の熱気

∙匂いという意味であるが、例②の“人气”は人間の意気や感情を意味してい

る。

次に中国語の辞書における“人气”の語釈を検証する。まず、《汉语大词典》

では、“人气”は次のように解釈されている。

(A)指人的意气、气质、感情等(人間の意気や気質や感情など)。挙げられて いる例は、漢の時代のものである。漢の董仲舒の《春秋繁露‧人副天数》では、

“天气上,地气下,人气在其间”(天の気は上にあり、地の気は下にあり、人 間の意気はその間に存在する)とある。ほかに、明の時代の吴承恩の《西游记》

第四一回では、“你这呆子,全无人气,你就惧怕妖火,败走逃生,却把老孙丢 下”(この阿呆め、全然人情味がないな。妖しい火を怖がって、自分一人で逃 げたんだろう。おれを残して)とある。

(B)人体的气味或人的气息(身体の匂いや人の息)。宋の時代の文天祥の《<

正气歌>序》では、“骈肩杂还,腥臊汙垢,时则为人气”(大勢の人が込み合い、

身体の汚れによる嫌な匂いがする。これが身体の匂いだ)、とある。清の時代 の魏源《默觚下‧治篇三》では、“人气所缊,横行为风,上泄为云”(身体の気 が立ちこめ、横に向くと風になり、上に行けば雲になる)、 とある。

(C)人的心气、情绪(人の気分や気持ち)。挙げられている例はより新しいも のである。茅盾《子夜二》では、“谣言太多,市场人气看低,估量来看还要跌 哪!”(デマが多いし、市場における人々の意欲が落ち込んでいるので、株価 はまだ下がるだろう)、とある。

上記の語釈の三つの意味項目のうち、意味(A)はすでに使われなくなり、

現在では“人情”“人味”の表現に取って代わられている。意味(B)、(C)は、

“这里地处偏僻,缺少人气,大型商业难以入驻”(ここは辺鄙だし、人気<ひ とけ>もないから、大型店がなかなか来ない)、“近来楼市人气低迷,价格一落 千丈”(最近、不動産市場で人々の意気込みが落ち込み、価格が暴落してしま った)のように依然として使用されている。

また1996年に出版された《现代汉语词典》(修订本)(注4)には、“人气”

は収録されておらず、《现代汉语词典》(第5版)(注5)で初めて収録されたが、

上記の三つの意味の説明はなく、“人或事物受欢迎的程度”(人や物事に対する 受けの良さ)と定義されているだけである。

中国語では本来、“受欢迎”“很红”がよく用いられていたが、ここ20年、“人 气”の使用頻度が高くなった。下記の例がそれである。

〇九人组合“少女时代”2007 年出道以来人气直线上升。(9人組のバンド「少 女時代」が2007年にデビューし、人気は急上昇した。)

〇在首次代表英国女王正式出访海外的威廉王子结束了上周对澳大利亚为期 3 天的成功访问之后,威廉王子的人气就大增。(初めてイギリス女王の使者とし て海外公式訪問をしたウィリアム王子が、3 日間のオーストラリア訪問を先週 大成功で終え、その人気が急上昇した。)

上記の例の“人气”は「人や物事に対する受けの良さ」という意味を示す。

しかし《现代汉语词典》(第 5 版)では“人气”は“人或事物受欢迎的程度”

としか解釈されておらず、現代中国語で依然として使われている「身体の匂い や人の息」「人の気分や気持ち」という意味を付け加えるべきである。

また小学館の『中日辞典 小学館』では、“人气”を「人々の評判」と定義し ているが、これも《现代汉语词典》(第5版)と同様に「身体の匂いや人の息」

「人の気分や気持ち」という意味が抜けているため、同じく語釈が不十分とい うことが指摘できる。

中国語の“人气”は「人や物事に対する受けの良さ」という意味を示す場合、

名詞として用いられ、“大增”、“直线上升”、“急降”、“最具”、“高”などの表 現や形容詞と呼応して使われる。また「強く人々から好かれる」という意味を 示す場合は形容詞的機能を有し、その後に“节目”、“美食”、“组合”などの名 詞が続き、“人气节目”、“人气美食”、“人气组合”など複合名詞として使われ

ることが多い。

現代中国語における“人気”について、筆者は次のように定義している。(1)

人或事物受欢迎的程度(人や物事に対する受けの良さ)、(2)人的心气情绪(人々 の意欲や気分)、(3)人体的气味或人的气息(身体の匂いや人の息)である。

意味(2)と意味(3)は古代中国語の意味を受け継いでいるが、意味(1)

は新しく付与されたものである。

なお、日本語の「人気」に見られない中国語の“人气”の用い方の特徴につ いては(3)で考察する。

( 2 )日本語における「人気」の意味

日本語の「人気」の意味について、『日本国語大辞典』『新明解 国語辞典』

『明鏡 国語辞典』を調べた。それぞれの辞書的解釈をまとめると、次のよう になる。

(A)人間の意気。「天道人気に空しからず」『浮·日本新永代蔵』という例が 挙げられている。(B)世間からの好みや評判、人々からの受け。「彼は学生に 人気がある」、「国民に人気のない政治家が多い」などがそれである。(C)その 社会、地方の気風。「人気の悪い土地柄」、「人気のいい町」という例が挙げら れている。

日本語の「人気」は古代中国語から伝えられ、古代中国語の“人气”と同じ 意味(A)を有していた。しかし現代日本語ではすでにこの「人間の意気」の 意味は使われなくなっている。日常的によく使われているのは、意味(B)で ある。「人気がある」、「人気がない」、「人気が出る」、「人気を取る」、「人気を 集める」、「人気が衰える」、「人気が落ちる」、「人気をさらう」「人気を失う」、

「人気を呼ぶ」、「人気が上昇する」の他に、「人気者」、「人気スター」、「人気 取り」、「人気俳優」、「人気商売」、「人気番組」、「人気小説」など「人気」を伴

う表現が数多く作られている。また使用頻度は意味(B)ほどではないが、意 味(C)も、「この町はどうも人気が悪いようだ」、「港には人気の悪いところが 多い」のように使われている。

日本語の意味(B)として使われる「人気」は、いつ頃から用いられ始めた のか定かではないが、次の例は八十年代の初め頃のものと見られる。

○拍手が起こる。人気のある牛らしい。(掌声响起,好像是那头很受大家欢 迎/很有人气的牛。) 『新‧里見八犬伝』鎌田敏夫

○レストランのテレビで性格俳優として、人気のある中年男と、女流評論家 が対談している。(在餐馆的电视上正在播出一名性格演员、很有人气的中年男 子和一名女性评论家对谈的节目。) 『小さな貴婦人』吉行理恵

上記二冊の本は、いずれも1981年に出版されたものである。中国国内では、

改革開放が行われて間もない頃だったため、新しい意味の“人气”はまだ使わ れていなかった。

『朝日新聞オンライン記事データベース』(1945年1月1日から12月31日 までの一年間の記事)から、「世間の好みや評判」という意味の「人気」の例 を調査したところ、三つの例が検索された。

「大人気の“勝札”街頭売出し(朝日新聞朝刊1945年7月19日)」

「米生産、民需へ綱渡り 日用品製造で国民の人気取り 金権迎合の気配も 濃化(朝日新聞朝刊1945年7月21日)」

「焼跡から悠々と 空の人気者オートジャイロ(朝日新聞朝刊1945年 9月

26日)」

上記の三例からも分かるように、日本語の「人気」(世間の評判)は、少な くとも40年代には使われていた。

〇英吉利の野菜、仏蘭西の野菜、独逸の野菜、伊太利の野菜、露西亜の野菜、

一番学生に人気のあるのは露西亜の野菜学の講義だそうです。