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演劇的手法とは何か

ドキュメント内 -介護現場で共に生きる視点から考える- (ページ 148-151)

第 3 節 演劇的手法とは

3.1 演劇的手法とは何か

従来から演劇は、学校教育(初等・中等教育)の中で取り上げられてきたものである。

演劇的手法とは何かという問いに答えるためには、まず歴史的変遷の中で演劇教育が

「シアター教育」と「ドラマ教育」に分けられるところから見ていく必要がある。

正(2017)によるとシアター教育は以下のように示されている。

観客を想定したところでの演劇活動(舞台芸術としての演劇)への援助・指導が軸 となり、劇づくりや演劇鑑賞が含まれる。「連帯感を持つ個性的創造的人間を育て ること」及び「演劇表現やコミュニケーションを育むこと」を狙いとする。

(正2017:24)

一方、ドラマ教育は次のように言われている。

観客を想定しないところでの演劇活動(舞台芸術としての演劇のように見る・見ら れる関係を重要視することをしない身体表現活動)への援助・指導が軸となる。そ こにはペアまたはグループで行う、コミュニケーションゲーム・表現遊び(言葉遊 びを含む)・劇遊び・即興・身体表現のウォーミングアップなどが含まれる。仲間 内での発表としての劇づくり(例えばクラス内でのグループ劇の発表)や、演劇的 手法を活用した諸教科の授業などもここに入る。「言葉や身体感覚を育てること」

及び「表現やコミュニケーションを育むこと」「演劇の効用を活かして学ぶこと」

をねらいとする。(正2017:24)

演劇と聞くと、劇を作るというイメージが湧きやすいが、演劇教育は上述のシアター 教育とドラマ教育とに分けられ、両者はそのねらいとする点が異なることがわかる。正 は、シアター教育は「演劇を教える教育」、ドラマ教育は「演劇で教える教育」(演劇的 手法を活用した教育)と言い表すこともできるという。すなわち演劇的手法により行わ れるものは、ドラマ教育に相当すると言える。

正によるとドラマ教育は1990年代から台頭してきたという。正は演劇教育のねらい が時代とともに変化するため、普遍的定義付けはままならないとしながらも、次のよう に定義付けをしている。

演劇教育とは、他者との交流から生まれた、一人ひとりの内奥に湧き起こる思いや イメージを、演劇や演劇的手法を用いて身体表現化し、他者に伝えていく行為につ いて学ぶことであり、かつその援助や指導である。また演劇教育のねらいは、豊か な身体表現や、生き生きした言葉の獲得に加えて、表現やコミュニケーションを味 わえる『自立した人間』の育成と、共存的人間関係づくりにある。(正 2017:27)

この定義を筆者なりに解釈すると次のようになる。演劇教育とは、他者との関わりの 中で生まれた思いや感情を表現し、伝えていくことを学ぶものである。そしてこの学び の中には表現技術としての身体表現や言葉の獲得がある。しかし表現技術の獲得だけで はなく、他者に対し表現し他者の表現を受け止めるというプロセスを通し、自己理解や 他者理解が進むと考えられ、ともに生きる他者との関係づくりをねらいとしているとい うものである。

この定義について理解を深めるために、正の演劇教育の指導者として大切にする点が 鍵となると考えた。よってその点を以下に挙げる。

演劇教育指導者は、演劇教育で生まれるすべての身体表現を認め、「うまい・へた」

という価値観を持ち込まず、「できる・できない」にこだわらないことも、演劇教 育の大切な基本理念であろう。誰もが安心して素直に自分を表現できる場こそ、コ ミュニケーションが弾み、円滑な共存的人間関係が生まれる場なのである。

(正2017:30)

ここで言われる演劇教育の基本理念の「うまい・へた」の価値観を持ちこまない、「で きる・できない」にこだわらないというのは、自己表現を行う上で大切な点だと筆者も 同感する。これは自分の表現に評価が下されないということを意味する。表現したもの に評価がされるとき、我々は失敗したくない、うまくやろうなどとする時もあるだろう。

しかし評価がないため、何を言っても、どのように表現しても、自分の思いに素直にな って表現できることが保証されている。素直に表現するには、自分自身がその場で表現 しても大丈夫と思えなければ、表現できないと言える。それゆえ演劇教育の現場は、表 現する上で安心・安全な場が保証されていると考えられる。また正は、やりたくないと いう者に対しては、参加を強制せず、やりたくなったら参加するように促すという。す なわちやりたくないという自分の思いに素直になり、参加するかしないかも個人に委ね られていることを意味する。

自分の思いに素直になり表現できること、そして他者の表現に対しても素直に反応で きることは、自分自身が、自己に対してと同様に、他者に対しても開かれた存在である と言える。開かれた個人の存在は、9章でも言及した「自己開示」ができることを意味 し、他者との関係を作っていく上で重要な点といえる。

以上を鑑み、演劇教育が円滑なコミュニケーション、そして共に生きる者との関係づ くりにおいて一つの有効的な手段であることが言える。

ここで、演劇的手法とは何かという問いに戻る。演劇教育のねらいが、「豊かな身体

表現や、生き生きした言葉の獲得に加えて、表現やコミュニケーションを味わえる『自 立した人間』の育成と、共存的人間関係づくりにある」(正2017:27)ことから、演劇 的手法とは、その目指すところに向かうアプローチの方法であると言える。より具現化 すれば、安心・安全が保証された場において、自分に対し素直になり他者に表現(自己 開示)でき、他者の表現にも素直に反応できる、開かれた個人であることを目指し、他 者との関係を結ぶためのアプローチであると考える。

続いて、次項において演劇的手法が学校教育においてどのように用いられているか、

見ていくことにする。

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