第 4 節 本論文におけるワークショップの実践
4.8 まとめ
10 章では、まずコミュニケーションの支援形態として採用したワークショップの定 義やワークショップで起こっていることについて述べた。次にワークショップのコンテ ンツとして当初コミュニケーション支援として妥当であると考えていた異文化トレー ニングについて概観した上で、本論文で異文化トレーニングを行うと仮定した際の懸念 点を示した。そして演劇的手法による体験がキーコンセプトに基づく体験と類似してい る点を示し、最後に介護施設の外国人介護人材と日本人職員がともに参加する演劇的手 法に基づくワークショップの実践報告を行っている。筆者が意図した以上に、ワークシ ョップの参加者からコミュニケーションへの気づきが多く挙げられ、コミュニケーショ ンの学びほぐしが、一人一人に生じたと推察される。
実践を通して得られた参加者の気づきから、仕事中は本当に仕事の話のみなされるこ と、それゆえ、なかなか話しかけるチャンスがないこと、話しかけることへのためらい があったり、一度形成された印象が変わらずに続くことが挙げられている。この点は本 論文で行われた調査結果と一致する点も見られており、調査対象としていなかったワー クショップ実施施設においても同様の声が挙げられたことから、このようなことに対す る支援の必要性を再認識させられた。業務中はどうしても、仕事中心で話す時間はない かもしれない。しかし「気軽に話しかけられる」「同僚との関係が近い」「コミュニケー ションで失敗しても、このメンバーならば大丈夫、失敗してもまた話しかけることがで きる」という気持ちが持てることは、コミュニケーションの量を増やし、さらに深化さ せるのだと筆者は考える。そして「コミュニケーションしたい」気持ちを、コミュニケ ーションに関わる者から引き出しているのだと考えられる。その結果外国人介護人材に とっては、コミュニケーションツールである日本語の学習意欲をもたらすのではないか と考えている。そして日本人職員にとっては、コミュニケーション相手をよく見ること、
コミュニケーションが言葉だけではないという意識が高まるのだと考える。
最後に終章で本論文全体のまとめと今後の課題を述べる。
参考文献(10章)
苅宿俊文(2012a)「イントロダクション ワークショップの現在」苅宿俊文・佐伯胖・
高木光太郎編『ワークショップと学び1 まなびを学ぶ』,イントロダクション,東 京大学出版会,pp.1-22
苅宿俊文(2012b)「まなびほぐしの現場としてのワークショップ」苅宿俊文・佐伯胖・
高木光太郎編『ワークショップと学び1 まなびを学ぶ』,第 2 章,東京大学出版 会,pp.69-116
川島裕子編著(2014)「富良野グループと連携した演劇的手法による教員養成課程の学 生ならびに現職教員のコミュニケーション能力育成プログラム開発成果報告書」北 海道教育大学
〈 http-//hato-project.jp/hue/mt_files/p3_teachertheater_141204.pdf 〉
(2018年3月18日アクセス)
佐伯胖(2012)「「まなびほぐし(アンラーン)」のすすめ」苅宿俊文・佐伯胖・高木光 太郎編『ワークショップと学び1 まなびを学ぶ』,第1章,東京大学出版会, pp.27-68
正嘉昭(2017)「演劇教育とは何か-生きた表現とことばの学びの地平-」『日本語学』
36(3),22-30.
中島裕昭・渡辺貴裕・高尾隆・鈴木直樹・中西紗織・田中龍三・石野由香里著・川島裕 子編(2017)『〈教師〉になる劇場 演劇的手法による学びとコミュニケーションの デザイン』フィルムアート社
中野民夫(2001)『ワークショップ-新しい学びと創造の場-』岩波新書
公益社団法人日本介護福祉士会(2014)「外国人労働者の受け入れと、介護の技能と技 術、日本語能力・コミュニケーションの重要性」法務省第8回第6次出入国管理政 策懇談会資料1〈 http://www.moj.go.jp/content/000124150.pdf 〉(2017年5月31 日アクセス)
原沢伊都夫(2013)『異文化理解入門』研究社
文部科学省コミュニケーション推進会議(2011)「子どものたちのコミュニケーション 能力を育むために~「話し合う・創る・表現する」ワークショップへの取組~の審 議経過報告のとりまとめ」
〈 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/08/__icsFiles/afieldfile/2011/08/30/
1310607_2.pdf 〉(2016年4月15日アクセス)
八代京子・荒木昌子・樋口容視子・山本志都・コミサロフ喜美(2001)『異文化コミュ ニケーションワークブック』三修社
八代京子(2005)「異文化理解の教育とトレーニング」本名信行、秋山高二、竹下裕子、
ベイツ・ホッファ ブルックス・ヒル編『異文化理解とコミュニケーション2 [第2 版]-人間と組織』第5章,三修社,pp.98-126
渡部淳(2001)『教育における演劇的知 21世紀の授業像と教師の役割』柏書房 渡部淳(2014)「獲得型教育とドラマ技法研究」渡部淳+獲得型教育研究会編『教育に
おけるドラマ技法の探究-「学びの体系化」に向けて』第1章,明石書店,pp.9-34
終章 本論文のまとめと今後の展望
本章では、本論文のまとめを行い、本論文から得られた知見をふまえ、今後の展望を 述べる。
第1節 本論文のまとめ
人口の高齢化の進展により介護人材不足が喫緊の課題である日本社会では、介護を担 う外国人人材の受け入れが行われている。従来の定住外国人や本論文で対象としている EPA 制度に基づく人材のみならず、留学制度、技能実習制度による人材の受け入れに ついても検討が行われ、昨年から法律が施行されたことにより、介護分野の雇用は外国 人に対して門戸が大幅に開かれたと言える。介護を担う外国人人材の受け入れに関し、
受け入れ要件の一つである日本語力については常に議論がなされてきた。本論文の対象 でもあるEPAに基づく受け入れについても同様であり、先行研究からは候補者の日本 語力が十分ではないことへの指摘や、介護現場の日本人職員から候補者との日本語での コミュニケーションについて不安の声が挙がっており(中井2009、小川他2010、赤羽 他2013など)、「十分な日本語力でのコミュニケーション力」が介護サービスを行う上 で求められている(厚生労働省外国人介護人材の受け入れあり方に関する検討会 2015、
上林2015)。
介護を担う外国人人材が日本で働く覚悟を決め来日するからには、日本語というコミ ュニケーションツールを磨くことは努力すべき点であると言え、この点に異存はない。
しかし、言葉は学んだからといって直ちに運用能力に結びつくわけではなく、この点を 考慮すると、介護を担う外国人人材の日本語力に関する議論の根底には、コミュニケー ションを担う外国人側が努力し言語を身につければ、コミュニケーションが問題なく行 われるという見方があると考えられる。
ところが、本論文執筆のきっかけとなった武内(2017)で見られた外国人介護福祉士 の「相手に言いたいことがあり、日本語での表現の仕方もわかっているが、どうしても 言いたいことが言えない」という声はどうだろうか。この発言をした外国人介護福祉士 のように日本語ができたとしても、相手に言いたいことが言えなかった状況もコミュニ ケーションができていないと捉えることができる。さらにその要因が日本語力に起因す るものではないことから、外国人側の日本語力だけではコミュニケーションを十全に機 能させることが不可能であると言える。
従来の外国人側の日本語力に関する議論や先行知見を概観すると、日本語教育分野に おける研究では、日本語研修・学習支援制度に関するもの(神吉他2009、野村2013な
ど)、国家試験・就労現場の専門用語に関するもの(三枝 2012、遠藤2012b)、専門用 語(就労現場・国家試験)の支援に関するもの(川村・野村2010、中川他2013など)、 日本語研修・学習支援の実践報告(三橋・丸山2012、登里他2014など)など、その多 くは日本語に焦点が当てられている。また、介護現場のコミュニケーションに視点を置 く研究でも同様に日本語に焦点が当たっているものがある一方で、現場で行われている コミュニケーションに関するフィールドワークから、コミュニケーション力が日本語力 によらないという報告もなされている(小川2016)。さらに、異文化理解や異文化コミ ュニケーションの研修の必要性が挙げられている(公益社団法人日本介護福祉士会 2014)。
以上、コミュニケーション力が日本語力に還元されている点、コミュニケーション力 が個人の能力に還元されている点、また、介護現場におけるコミュニケーションを対象 とする際、どのコミュニケーションに注目するのか-外国人介護人材対利用者なのか、
対日本人職員なのか-といった焦点化の必要性、コミュニケーションを円滑に進めるた めに異文化理解教育など叫ばれているものの、実際に行われている支援の少なさが指摘 される。
これらの問題は、そもそも外国人介護人材と日本人職員とが共生する上でコミュニケ ーションをどう捉えるかといった議論が十分なされぬまま、支援が開始されたことによ ると考えられる。
本論文では、日本語の表現の仕方が分からなかったのではなく言いたいことが言えな かったという武内(2017)の声に応えるべく、どのような支援が具体的に行えるのか検 討して行きたいと考えた。そこでまずコミュニケーションの定義が必要であると考えた。
本論文では言語能力はコミュニケーション能力の一部に過ぎず(石井1990)、コミュ ニケーションが自分とは異なる他者ありきで成立するものだという点に立脚し、コミュ ニケーションの定義を板場(2010)に倣い「個人のレベルを超えた共同体的な過程や現 象である」とした。
この定義をふまえ、日本人職員と外国人介護人材のコミュニケーションに対象を絞り、
コミュニケーションが円滑に進められるよう介護現場に基づいた具体的な支援を行う ために、研究目的を以下2点設定した。
一つは、介護現場に携わる外国人介護人材と日本人職員とのコミュニケーションの実 態について観察を通しできる限り明らかにすること、さらに介護現場に関わる人々の声 が大切かつ必要であると考え、外国人介護人材と日本人職員が、お互いのコミュニケー ションについて、どう捉えているのかインタビューを行いその視点を明らかにすること、
そしてその結果をふまえ、コミュニケーションを円滑に進める上で求められる大切な点