秋庭裕子
本稿は、European Benchmarking Initiative in Higher Education(以下、EBI)について、
2007年11月8日にベルギーで開催されたEBI初のシンポジウムと、EBIのウェブサイト を中心にまとめたものである。ヨーロッパでも、近年、大学評価活動においてベンチマー キングが注目されており、その流れとして、EBIが 2年プロジェクトで、ベンチマーキン グのガイドラインを作成中(2008年3月現在)である。
EBIとは?
z 目的:ボローニャ・プロセス達成に向けて、欧州各国の高等教育の関係者に有益な情 報を提供することで、高等教育の活性化・同調を促進する。
z 欧州委員会(European Commission)からファンドを得て、ESMU1が中心となって、
UNESCO-CEPES、CHE2、アバイロ大学(ポルトガル)と共同で進めている2年プ
ロジェクトである。EBI の最終目標としては、ヨーロッパの高等教育機関に対して、
グッド・プラクティスとなるベンチマーキング・ガイドラインを作成することである。
同ガイドラインは、調査に基づいた多角的なベンチマーキング指標を提供することで、
各高等教育機関が、ニーズに応じて、指標を応用できるメリットがある。また、高等 教育におけるベンチマーキング自体が新しい分野であるため、その情報を共有できる よう、関連文献・情報のデータベースもサイトで公開予定である。
z EBI 初のシンポジウム(2007年11月)では、ベンチマーキングの概念、プラクティ ス、現行のベンチマーキングを実施している高等教育機関の事例などが報告されたが、
これはプロジェクトの中期報告としては、初めてものである。
ベンチマーキングの概念
z ベンチマーキングは、ビジネス・セクターのプロダクティビティ・マネージメントか ら由来している3。現在、EBIで使用されている「高等教育におけるベンチマーキング」
の定義は、ユネスコ(Vlasceanu et al., 2004)を参考にしている。EBIのウェブサイ
1 European Centre for Strategic Management of Universities
2 Center for Higher Education Developmentの略。ドイツに拠点を置く高等教育関連のシ ンクタンク。このプロジェクトが開始される以前から、ベンチマーキングの調査と実務者 レベルのワークショップを実施している。
3 EBIのシンポジウム資料によると、1979年Xeroxがビジネス分野において初めて使用し たとある。
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トによると、ベンチマーキングとは、類似した高等教育機関との比較を通じて、自己 評価・改善を行うことで、その機関の長所・弱点を明らかにしていく「プロセス」で あると定義されている。
z EBIが指摘しているように、高等教育におけるベンチマーキングの定義は多様であり、
先行研究から見ても、これといった一貫した定義があるわけではなく、曖昧である。
ENQA4も、ベンチマーキングに関する定義・カテゴリー分けを行っているが、これも 系統的なものでもなく、「ヨーロッパのベンチマーキングの実施を改善しなくてはいけ ない」と結論づけている(EBIのシンポジウム資料より)。
EU modernization agendaの重点要件
EBIのシンポジウムでは、ベンチマーキングと関連して、ボローニャ・プロセスの達成に 向けて考慮されるべき項目として、以下の3点を指摘している。
① カリキュラム
z 学位システム、質の保証、学位の認定、生涯学習のシステムをヨーロッパ域内で整 備していくこと。
z 学位の相互認定システムの確立をスピードアップさせること。
z 優秀な教員を確保すること(国際的競争力を高めるため)。
② ファンディング
z ヨーロッパ各国の高等教育における、非公的資金の拠出をどう増やしていくのかが 課題である。特に、授業料徴収の問題を挙げている。非公的資金と関連して、ビジ ネス・セクターとどう連携してくのかも検討する必要がある。
③ ガバナンス
z ヨーロッパ域内での同調の流れのなかで、各高等教育機関の自治とアカウンタビリ ティをどう維持していくのか。
z 改革戦略については、各高等機関が打ち立てるべきである。
z その改革戦略を立ち上げるにあたっても、資源(人的・財政的)に精通した専門性・
人材をどう高めていくのか。
z 教員の給与体系の整備(報酬制の導入など)
EBI ベンチマーキング調査 (CHEが実施)
上述したオンラインのベンチマーキングの指標作成に向けて、CHEが事前にベンチマー キング・ネットワークの実態調査を実施し、2007年11月の中期報告シンポジウムで、そ の結果を報告した。その概要は、以下の通りである。
z 調査対象:現行のベンチマーキング・ネットワーク(ヨーロッパ地域外も含む)を対 象に調査を実施。20強のベンチマーキング・ネットワークを対象とし、18のネットワ
4 European Network for Quality Assurance
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z その基本的な調査結果は、高等教育におけるベンチマーキングには、これといって明 確なモデルはないということである。興味深い結果としては、教育・大学行政に関す るベンチマーキングの実施に対し、研究に関するベンチマーキングの実施は極めて少 なかったことである5。また、コミュニティー・アウトリーチや就職に関する項目は、
回答に含まれていなかった6。
今後のEBIの活動:理論から実践へ
2008年には、ヨーロッパ諸国の高等教育機関に対して、ベンチマーキングの理解・実践 を拡充することを目的として、ワークショップを開催予定である。EBI のウェブサイトに よると、ワークショップは2日間にわたり、3つのテーマ(研究・国際化・高等教育機関 内の質保証のあり方)に分かれている。3つのワークショップに共通した達成目標は、以 下の通りである。
1. ベンチマーキングの必要な分野の選定の仕方
2. 選定分野に合ったベンチマーキングのアプローチの選び方 3. ベンチマーキングのパートナー、コーディネーターの選定の仕方 4. ベンチマーキング・プロセスの結果の活用方法について
5. ベンチマーキングのタイムフレームの設定の仕方
6. ベンチマーキングに必要な人的・技術的・財政的支援の選定について
(http://www.education-benchmarking.orgより抜粋)
2007年11月に筆者が参加したシンポジウムが、EBIの活動中期報告であるとすれば、
このワークショップは、実務者を対象に、ベンチマーキングをより定着化させる目的であ るといえる。現在のところ(2008年3月)、ガイドラインはウェブサイトにアップされ ていないが、同ワークショップでは、そのガイドラインを使って、実践的に学べるとのこ とである。
まとめ
ヨーロッパ域内での自己評価・改善の動きのなかで、EBIを事例として、ベンチマーキ ングの指標・モデル作りの流れを取り上げた。本稿を執筆する段階では、まだオンライン・
5 Teichler教授によると、研究に関しては、高等教育機関やベンチマーク・ネットワーク毎
というよりも、分野や研究室単位で異なるアプローチがあるため、調査の結果としては出 にくかったのではないかという意見であった(2008年3月:研究報告会にて)。
6 EBIシンポジウムの質疑応答で、コミュニティー・アウトリーチに関するベンチマーキン グは、この調査結果には出なかっただけで、他のネットワークでは実施しているという意 見があった。
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ツールは公開されておらず、実際どのような指標が用いられているのかは、ここでは取り 上げることができず、現状報告にとどまる形となった。
EBIシンポジウムでは、ヨーロッパの高等教育におけるベンチマーキングの今後の課題 として、 グローバル・チャレンジ、 国際的競争力、 ファンディング、 ベンチマーキ ングの専門家の人材不足、が挙げられていた。上述したように、高等教育におけるベンチ マーキング・ネットワーク自体が国際的に見ても少ないため、ベンチマーキングの知識を どうまとめ、共有・普及させ、今後どうやって専門家を育成するのかが課題になるであろ う。
参考文献・サイト (順不同)
1. European Benchmarking Initiative in Higher Education (EBI) のサイト http://www.education-benchmarking.org/page/get/?id=7
2. Centre for Higher Education Development (CHE)のサイト http://www.che-concept.de/cms/?getObject=302&getLang=en 3. European Network for Quality Assurance (ENQA)のサイト
http://www.enqa.eu/
4. 「大学国際化の評価指標策定に関する実証的研究(課題番号16203039)」報告書 研究代表者:古城紀雄
5. Davis, J.L. (1995) University strategies for internationalization in different institutional and cultural settings: A conceptual framework, in P. Blok (ed.) Policy and policy implementation in internationalization in higher education, EAIE occasional paper 8, European Association for International Education, EAIE, pp.3~18.
6. 塚原修一(2008)「高等教育市場の国際化」.玉川大学出版部
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