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ヨーロッパ(1) 欧州における大学質保証機関 Register 制度

大佐古紀雄

1 本稿の目的・ねらい

本委託事業に課せられた課題を考える際、「大学国際化の評価(質保証)」視点とは別に、「大学評価

(質保証)の国際化」という視点をあわせて見据える必要がある。実際に、高等教育質保証に関しては、

まずグローバル・レベルでINQAAHE(International Network for Quality Assurance Agencies in Higher Educationがあり、リージョナル・レベルでは欧州のENQA(European Association for Quality Assurance for Higher Education)、アジアのAPQN(Asia-Pacific Quality Network)をはじめとして、

アフリカ、アラブ、中南米など、各地に団体やネットワークが形成されている。これらが、高等教育の 質保証に関する連携を深めつつあるのが現況である。

本稿では、「大学評価(質保証)の国際化」という観点から、欧州における高等教育質保証制度に関 して注目すべき最新の動向として、2008 年3月に発足した EQAR(European Quality Assurance Register:欧州質保証機関登録)をとりあげ報告する。なお、実際の運用がはじまっていない段階での 報告であるため、今度の展開次第で本稿に記述した状況が変わりうることは、お断りしなければならな い。

2 高等教育質保証に関する欧州内協力の歴史

まず、EQAR発足の背景として理解されるべきであろう、「ボローニャ・プロセス」のもとで進めら れている高等教育質保証に関する欧州内協力の歴史について概略を述べたい。

1998 年 9月、欧州理事会は、「高等教育質保証に関する欧州内協力に関する勧告(”Council Recommendation of 24 September 1998 on European cooperation in quality assurance in higher education”)」を発表した。そこでは、下記の5点が勧告された。

A.加盟国は、透明性ある質保証システムをサポートし、必要があればこれを構築する。

B.加盟国は、質保証のための基盤となるシステムを構築する。

C.加盟国は、適切なフォローアップの対策をとるために、加盟国の合法的な仕組みと協 力しながら、必要に応じて高等教育機関を激励する。

D.加盟国は、高等教育分野で活動する国際団体だけではなく、合法的権威や高等教育機 関に対しても、他の加盟国と質保証に関する経験交換や協力を行うことを特に重視す ることを求める。

E.加盟国は、高等教育における質保証ないし質評価に関して責任を負う権威間での協力 を促進し、ネットワーク化を進める。

さらに翌1999 年には、欧州29 ヶ国の高等教育担当大臣により署名がなされた「ボローニャ宣言」

によって、2010年を目標年として「欧州高等教育圏」(EHEA)の形成が目指され、そのための一連の 取り組みは「ボローニャ・プロセス」と呼ばれている。そして、同宣言に示された取り組みの6本の柱 のうちのひとつに「質保証の面での協力」がうたわれている。なお、「ボローニャ宣言」および「ボロ

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ーニャ・プロセス」に関するさらなる詳細は、本報告書内の大佐古・廣内による別稿にゆずりたい。1 上記の勧告および宣言を直接の契機とし、両者で提示された欧州内での質保証に関する協力を促進す ることを目的として、2000 年に ENQA(European Network for Quality Assurance for Higher Education)が設立され、欧州における高等教育の質保証に関して、情報・経験の交換、啓発、プロジ ェクトの立ち上げと運営など、ネットワークとしての諸活動を開始した。

2003 年のベルリン高等教育サミットでは、高等教育の質保証に対する第一義的な責任は、個別の機 関にあることを確認しつつ、各国レベルにおいては、2005 年までに質保証システムに以下のような要 素を具備することを目標とすることを確認した。

・その国の質保証システムに求められる団体ないし機関が負う責任の定義

・内部評価、外部評価、学生参加および成果の出版を含めたプログラム評価や機関評価 ・アクレディテーションや、資格認定(certification)もしくは互換性をもたせる手続 ・国際的な参画、協力およびネットワーク化

さらに欧州レベルにおいては、参加大臣はENQAに対してEUA、EURASHE、およびESIB(現ESU)

2との協力の下、以下の2点について進め、2005 年のサミットにおいて報告することを求めた。なお、

上記4団体をまとめて”E4 Group”と呼ぶ。

・質保証のための規準、手続きおよびガイドラインの開発

・質保証ないしアクレディテーション団体・機関に対する十分なピア・レビューシステ ムを機能させる仕組みの検討・探求

2004年に、ENQAは、団体名の”Network”を”Association”と変更した。ゆるやかな組織を意識させ る「ネットワーク」から、より組織基盤を強固にして活動を推進することを主眼としたものである。

2005年のベルゲン高等教育サミットにおいては、前回サミットでE4 Groupに課された先述の課題 に対する報告として、”European Standard and Guidelines for Quality Assurance in the European

Higher Education Area”(通称ESG)が提出され、サミットでの承認を受けた。その後の課題となっ

たのは、第三者機関に対するピア・レビューの方法として、この報告で提示された「national review に基づいた質保証機関のEuropean Register」の考え方である。考え方自体は承認されたため、さらに 実際の運用に関する詰めを行い、具体案を2007年のサミットに報告することが、E4 Groupに求めら れた。

2007年のロンドン高等教育サミットにおいて報告されたRegisterの具体案は承認され、ひきつづき 設立作業に入ることとなった。サミットにおいては、E4 Groupに対して、その後の進捗状況の報告及 び、Registerを2年間運用した後、すべてのステークホルダーを考慮しつつRegisterに対しても外部 評価を行うことを求めた。

3 EQARの概要 3-1 目的

1

欧州における高等教育質保証に関するこれ以前の国際的取り組みについては、本稿では 紙幅の関係上とりあげない。

2

EUA は European University Association 、 EURASHE は、 European Association of

Institutions in Higher Education、ESU は、European Students’ Union の略。

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先述の Register 設置の案を受けて、2008 年3月4日に国際非営利団体として発足したのが EQAR

(European Register for Quality Assurance Agencies)である。事務局はベルギー・ブリュッセルの EUA事務局内におかれている。

ロンドンサミットにおいて発表されたコミュニケ(London Communiqúe)では、Registerの目的を

「ESG に沿って活動し信用に足る質保証機関に関する客観的な情報を公開し、すべてのステークホル ダー及び一般市民がアクセスできるようにすること」としている。

さらに、EQARに期待されることとして、以下の5点が挙げられている。3

・高等教育諸機関に対する信用を高める基盤を提供することにより、学生移動を促進す ること。

・いわゆる「偽アクレディテーション」(accreditation mills)に信頼性を与える余地を 縮減すること。

・当該国における仕組みや決まりと合致する限りにおいて、諸国政府に対して、高等教 育諸機関がRegisterに登録されたどの機関を利用してもよいという権威を与える基 盤を提供すること。

・当該国における仕組みや決まりと合致する限りにおいて、高等教育諸機関に対して、

異なる質保証諸機関から選択するための手段を提供すること。

・質保証諸機関の質を高め、機関間の信頼を促進する道具としての機能を果たすこと。

3-2 規準・レビュー・登録申請

EQARは、理念的にESGに合致する機関であればすべて登録を認めるという方針をもつ。規準とし てのESGを理念的に満たすことを示す基盤として、ENQAの正会員(full membership)を得ている ことで、通常はEQARへの登録を承認する十分な根拠になるとみなされる。

EQAR自体は、質保証機関に対するレビューを組むことはない。応募する機関がレビューを組む際に 取る方法として次の2つが挙げられている。

1.国家によって組まれたレビュー。ENQAの会員資格のために組織されたレビュー も含む。これが通常の登録方法である。

2.非国家機関によって組まれたレビュー。ENQAもしくはEQARに認められた他 の機関によるものである。この方法は、国家によるレビューの組織が不可能もし くは十分にできない場合に採りうる方法である。

通常は、一機関が複数のレビューを受ける必要がないようになっている。反対に、複数の目的をあわ せ持ったひとつのレビューを受けることは可能で、その中でESGに対して理念的に合致をしている根 拠を示すことができればよい。これについては、登録委員会および総会(General Assembly)が共同 で、レビューに際しての最低要件およびガイドラインを含んだ応募要領を作成する予定である。

登録委員会は、レビュー報告書(セルフ・スタディおよび外部評価)および応募機関から提供された さらなる情報をもとにして判定を下す。否の判定となった場合、最終判定が下される前に、さらなる説 明をする機会を設定することが認められている。応募機関は、判定手続きに対してまたは判定に関する

3

なお、本章のこれ以降の記述は断りがない限り EQAR ( 2008.3 )にもとづいて書かれて

いる。

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疑義に対して不服を申し立てることができる。不服申立ては、不服審査委員会(Appeals Committee)

がこれを審議し、判定を下す。申立てが認められれば、応募再審査となる。

3-3 構造とガバナンス

最大限の信用を得るため、ステークホルダーが誠実なパートナーシップを結ぶアプローチを採ること が、EQARの特質とされている。EQARの仕組みを開発しこれを形成してきたのは、先述のE4 Group である。

登録委員会(Register Committee)は、EQARへの登録の可否を審議する機関である。質保証に関 する経験を持ち、個人の資格で活動するメンバー11名で構成される。内訳は、E4 Groupの4機関から 各2名、Business EuropeおよびEducation Internationalから各1名、そして同委員会の指名による 議長が1名加わる。さらに同委員会の開催時には、ボローニャ・プロセスのフォローアップを行う Bologna Follow-up Group(BFUG)から、5名のオブザーバーが臨席する。

総会は、基本的事項(予算や組織の役員選出など)の決定を行う。総会は、創設メンバーとしての E4 Groupの各団体、そして社会的パートナー(Social Partner)として、産業界の団体であるBusiness Europeおよび教員団体であるEducation Internationalもメンバーに加わる。さらに、個々の欧州高 等教育圏内の政府代表や、欧州評議会(Council of Europe)そして UNESCO-CEPES(UNESCO’s European Centre for Higher Education)が、政府側メンバーとして加わる。

通常、政府側メンバーと非政府側メンバー(創設メンバーや社会的パートナー)のそれぞれに多数決 がなされる。この二重多数決原理は、ボローニャ・プロセスにおける政府とステークホルダーとの協力 体制を反映したものである。

理事会(Executive Board)は、組織の運営に責任を負う。これにより、登録委員会は運営のタスク を負う必要がなく、独立して審議・判定にあたることができる。日々のマネジメントは、事務局長

(Director)を頭とする1.5人分の常勤者で組織される事務局(Secretariat)があたる。

EQARプロジェクト・マネージャーのTückによれば、EQARの基本原理として、第1に、「正当性、

透明性および信頼性」をあげている。そのために、登録委員会が独立性をもち、ESG という明確な規 準をもって、EQAR の運営と登録の判定とは分離されている。EQAR 内の各組織についても、権限が 限定され、相互に独立しており、チェック・アンド・バランスが機能する仕組みが構築されている。さ らにE4 Groupと社会的パートナーの責任の下、政府やBFUG Consultative Groupの巻き込みもはか って、ステークホルダーの協力を得ており、それぞれに異なる役割が明確に定義されている。

第2に、「不要な負担の回避」をあげている。そのために、組織は単純な構造で、手続きも非官僚的 なものとし、審査においてもENQA正会員の資格が援用できる仕組みとなっている。

4 まとめ

では、Register制度が今後大学国際化の評価とどう連動していくのだろうか。グローバリゼーション の時代にあって、従来各国の制度内で完結し、その質も国家(もしくはそれに準ずる国内の権威)が自 国民に対して保証するものであった大学・高等教育制度は、他国から吟味されることが当たり前になっ ているといってもいい。その吟味の結果が、学生や教員に対して移動する行き先を示す道しるべになり、

国際共同研究を進める相手先を探す手がかりともなり、受け入れる側にとっては、学生が母国で受けた