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アメリカ(4) 米国における大学国際化評価の担い手

政府および第三者機関の役割-日本への示唆-

芦沢真五

今回の調査では、米国大学において国際化にかかわる組織評価、国際教育プログラムの教 育効果をはかる「物差し」が着実に定着しつつあることをあらためて確認した。このような 評価システム、事例研究、マーケティング調査、ベンチマーキングなどを通じて、個々の大 学は自らの国際化戦略を構築し、教育プログラムについては、留学生数などの「量」の評価 だけでなく、教育成果などの「質」を含む評価へと発展しつつある。本章では、国際化評価 にかかわる政府の役割を概観する。また、第三者機関が国際教育交流全般に果たす役割を、

特に評価との関連において考察し、日本の状況と比較しながら、日本の高等教育への示唆を 考えていきたい。

1. 政府機関の役割

A) 政策課題としての国際化

第2次大戦直後から冷戦時代にかけての米国における国際教育施策は、連邦政府の外交政 策と防衛政策の影響を受けてきた。1958年のNational Defense Education Act(NDEA)

や1960年に導入されたタイトル6条項(Title VI)プログラムを通じて地域研究や言語教育 のための助成が進められたことからも、外交と防衛の視点から国際教育にかかわる政策決定 がすすめられていることが理解できる。1946年にはじまったフルブライト奨学金プログラム も平和と相互理解を基本目標にかかげているが、米国に対する理解の促進や欧州諸国との安 定的な協力関係など、外交的な意図が強く反映されたものであると指摘されている(Rupp,

1999, P.59)。冷戦後においても、防衛政策の視点からの助成が継続しており、1991 年の国

家安全保障教育法(National Security Educational Act ; NSEA)に基づいて国家安全保障 教育プログラム(後述:NSEP)が運用されていることは、第1章でみたとおりである。

ソビエトが崩壊した冷戦後においては、外交政策や安全保障とならんで、高等教育のグロ ーバル化に対応した競争原理が国際教育にかかわる政策決定に影響力をもつようになった

(de Wit, 2002, P.28-29)。たとえば、タイトル 6条項による財政支援により、Center for International Business Education and Researchの設置が推進されたことにもあらわれる ように、国際社会における競争環境を意識した政府助成がすすめられてきた。個々の大学に とっても、優秀な教員、研究者、学生を獲得し、有力な企業や政府機関の支援を得るため、

世界規模での競争を余儀なくされる状況になっている。

もう一つ、米国において国際教育が政策課題となる根拠としてあげられるものは、米国人 の間での国際理解が、諸外国と比べて知識の面でも文化的繊細さの面でも非常に劣っている

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という点である。偏狭な世界観を持ち、世界の動向に無自覚であることは、自他ともに認め ているところ(Lambert, 1994, P.12)であり、このことは、マスメディアでもしばしば指摘 されている。一つの例として、National Geographicが18歳から24歳のアメリカ人500人 を対象におこなった最近の調査では、世界地図でイラクの位置を指摘することができたのは わずか37パーセントに過ぎず、20パーセントの若者は面積においてアフリカ最大の国家、

スーダン共和国をアジアの国だと答えている。1アメリカ人の若い世代の間で、世界状況に関 する理解と知識(global awareness)が極めて不十分であるという事実が、政治、経済、教 育のリーダーにとって大きな危機意識となってあらわれている。アメリカ人全体の約 75 パ ーセントがパスポートを持っていない、という事実も国際教育にかかわる関係者の危機意識 につながっている。次世代の米国を担う若者をグローバル社会で通用する人材として育成し ていくために、国際理解教育や言語教育に資源を投入すべきである、という理念が醸成され た。第1章で紹介したアブラハム・リンカーン留学委員会(Abraham Lincoln Study Abroad

Commission)が設立され、年間100 万人のアメリカ人学生(学部レベル)を留学させる、

という政策目標をかかげた背景にこの理念があることは言うまでもない。

B) 国際化にかかわる資金助成の流れ

また、注目すべき点は、第1章でみた各種の留学支援施策はそのほとんどが学生(もしくは 教員)個人への留学資金の助成という形式をとっており、大学等が実施する国際交流プログ ラムへの助成など、新規に機関レベルへの助成を実施するという動きは見られない、という ことである。つまり、米国における高等教育国際化に向けた政府助成は、大学に対する助成 金を意図したものというより、フルブライト奨学金やギルマン奨学金などに見られる海外留 学助成を主たる目的に、個人あるいはプログラム単位の資金サポートに重点をおいている。

大学などの機関レベルで新たに事業をおこなう場合は、政府機関からの財政的な支援を求め るよりも、企業、財団、個人などからの寄付を募ろうとする傾向が強い。個々の大学におけ る国際化の取り組みは、高等教育の競争環境とグローバル化に対応した自助努力が推進源と なっている。この自助努力を支えているのが、強力なリーダーシップやマーケティング戦略 をもとにして、自己の大学に適した国際化戦略を模索するシステムである。米国の高等教育 では機関ごとに政府補助金を投入して管理運営することは稀で、事業助成をおこなう場合で も第三者機関を通じた助成を実施するケースが圧倒的に多い。この背景には連邦政府に高等 教育機関を直接的に監理・指導する機能が事実上ないことがあるが、国際教育の分野では多 様な第三者機関が専門的で高度なプログラム助成や運営を推進する能力をもっていることに も起因している。たとえば、フルブライト奨学金については、1946年の奨学金運営開始以来、

IIE(Institute of International Education)が政府から実施運営を委託されており、奨学生 の受け入れ、ビザ手続き、奨学金の執行、事前教育(オリエンテーション)にいたるまで完

1 ‘Being too proud of themselves, many Americans don’t know where New York is’http://english.pravda.ru/world/americas/04-05-2006/79855-Americans-0

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結した運営をおこなうノウハウをもっている。こうした第三者機関の役割については本章 3

「第三者機関の特徴と事業内容」で後述する。

C) 国際化にかかわる評価の担い手

国際化にかかわる自己点検、評価、ベンチマークやグッド・プラクティス(好事例)など、

国際化にかかわる評価の取り組みも多様な形で展開されている。政府機関はこうした国際化 評価の分野では重要な役割を担っていない。大学自らがおこなう自己評価に加えて、大学の 連合体、認証(アクレディテーション)機関、その他の第三者機関が、評価のガイドライン を作成したり、評価活動をサポートする取り組みを推進している。高等教育機関は、このよ うな評価を通じて得られるデータをもとに、長期計画の策定、予算などの資源配分を決定す ることができる。学生にとっては、プログラムの内容にかかわる質的評価は、教育プログラ ムへの参加や志望大学を決める判断材料となりうる。

第 2 章でみたように、米国における組織レベルの国際化評価としては、ACE(American Council on Education)がおこなう評価ガイドラインが最も利用されているモデルである。

ACE は、複数の財団からの支援を得て、国際化評価ガイドラインを作成し、2003 年に

“Internationalizing the Campus: A User’s Guide”という形で発表した。このガイドライ ンは、ヨーロッパにおける同様の評価指標である IQR(Internationalisation Quality

Review)を参考にし、アメリカの大学に適応した指標つくりをすすめたものである。IQRは、

1999年にアムステルダム大学のHans de Wit教授、トロント大学のJane Knight教授をリ ーダーとして取りまとめられ、IMHE/OECD2とACA (Academic Cooperation Association)

によって推進された国際化評価指標である。3 ACE自己評価ガイドラインの特徴は、全米の 大学へのアンケート調査を繰り返し実施するとともに、ワークショップや研究会を開催しな がら、大学の実務者との対話の中で作り上げられてきたものである、ということである。た とえば、大学向けに実施した国際化にかかわるアンケート調査結果をまとめた“Mapping Internationalization on U.S. Campuses”(2003年)、8つの大学での質的評価を集約した、

“Promising Practice-Spotlighting Excellence in Comprehensive Internationalization”

(2002年)は、ACEガイドライン(Review Process)の策定プロセスと連動している。4 複 数 の 大 学 の 自 己 評 価 チ ー ム が 相 互 に 対 話 し な が ら 、 国 際 化 の 課 題 を 検 証 す る

“Internationalization Collaborative”、 “Internationalization Laboratory”などのプロジェ クトも推進されている。また、ACEは大学のタイプ別に国際化へのアプローチを分析してお り、2005年に4種類の大学タイプ別報告書を発表している。

個々の大学が取り組む国際共同プロジェクトや教育プログラムを評価し、好事例(Good

2 IMHE: The OECD Programme on Institutional Management in Higher Education

3 "Quality and Internationalisation in Higher Education" (IMHE/OECD, 1999)

4 ACEの大学国際化にかかわる取り組みは、以下のURLに紹介されている。

http://www.acenet.edu/AM/Template.cfm?Section=Research1