• 検索結果がありません。

アメリカ(3) 学習成果分析の役割

第三者機関による評価活動と指標開発 長澤誠

1. はじめに

本章は、米国における国際教育の学習成果分析(learning outcome assessment)の役割 に係る第三者機関の評価活動と指標開発の動向について明らかにするものである。国際教 育は、米国の学部教育を中心として参加学生数を急速に伸ばしている。第 2 章でも述べら れたように、2016 年までに年間派遣留学生 100 万人を目的とするリンカーン委員会など、

政策面での援助も多様化し、いくつかの米国有力大学機関は、今日の教育経験に革新的な 変化をもたらそうとしている。例えば、ミネソタ大学は10 年内に50 パーセントの学部学 生を海外に送る計画を打ち出し、ハーバード大学は、海外留学を学位取得の必須条件とす る計画を発表した。1サンフランシスコ公立大学は、2010年までに学部学生の留学を倍増さ せる計画を立て、ミシガン州立大学は,発展途上国留学に重点を置くプログラムを開発し ている。メリーランド州のガウチャー・カレッジは、2006年秋季から入学の学生に,学位 取得目的の留学義務を課している(Lincoln Commission, 2005)。これらの大学機関レベル の取り組みを見ると、海外留学が卒業条件とされる大学も出てきており,数十年前の留学 経験自体を目的としていた頃とは違う意味を持ち始めている。多くの大学では、留学プロ グラムは単位取得を目的とし、それにより国際教育における学習成果分析の位置づけが重 要になってきているのである。

2. 第三者機関による学習成果分析の重要性

留学経験のある学部学生の増加に伴い、学習成果分析は米国大学における標準的な評価 活動となってきている(Steinberg, 2007)。国際教育は、各大学の運営基準により実施され、

様々な形で評価されている。学生が提携を持っていない留学プログラムに参加することは 頻繁に起こり、各大学は独自の分析システムをもって、留学先での取得単位や成績の整合 性を測る必要が出てきている。その結果は、単位換算や成績評価点平均制度(GPA)に反

1 しかし、同大学前学長ローレンス・サマーズ氏(2001-2006)は、学部生に対し「ある一定 の国際的経験(significant international experience)を卒業の要件とする」方針を掲げたが、

2006年のサマーズ氏の辞任とともに、その方針は棚上げとなっている(2008年3月現在)。こ の調査にご協力を頂いた後藤愛氏(ハーバード大学教育大学院・国際交流基金)に謝意を表明し たい。

126

映され、 いまや学習成果分析は卒業条件に係る重要なプロセスである。同時に、ある専門 分野(例:工学)での学習成果が国際的な共通性を持ち、様々な国の大学で認められるよ うになれば、その分析結果は学生たちにとっても興味深いものになると考えられる。他国 での学習成果が、自国ではどのように評価され、どのように単位・成績換算されるのかと いうような点である。また、それが卒業条件に関係するとなればなおさらである。

世界中の国際教育プログラムでの学習成果が、国境を越えて、その整合性を高めようと している。その動向は、特にヨーロッパで顕著に見られ、その他の地域にも発展していく ことが予想される。一般的に教育機関における成果分析は、個人、学部・学科・プログラ ム、機関全体に分別される。各学位レベル(学士、修士等)の学生は、カリキュラムの内 容をどのように習得したかを評価される。これらの評価の結果は、最終的に学位授与の根 幹となる。また、プログラムや大学全体の評価も、個人の学習成果分析に順ずるところが ある。プログラム評価は、履修している学生全体の学習成果に帰属し、大学レベルの評価 は、一般的に、各プログラム評価の集合体をもって成り立っているからである。とりわけ 国際教育において、個人の学習成果分析は重要性を増しているようである。これに伴い、

評価をプログラムの一部とする留学プログラムが増加しており、国際教育における学習成 果分析の設置は標準化される傾向がある。そして、国際教育全体の評価は、大学評価の一 項目として考慮される傾向があり、大学によっては重要項目として取り組んでいるところ も多数ある。

以上に述べられたように、国際教育は急速に発展しており、それと同時に、評価法開発 をもって、各大学はプログラムの質の向上を目標としている。しかし、留学プログラムの 形態も従来型の1セメスター以上の交換留学から短期プログラム、インターンシップなど、

時期、内容も多様化している。さらに、留学の分野が、言語、文学、地域研究などを中心 とするものから、異なる学問領域にも広がり、理工系の分野での交流なども盛んにおこな われるようになってきている。また、教育交流の対象国が従来のヨーロッパ中心のものか ら、それと異なる地域、国、大学との教育交流が推進されている。そこで、学習成果分析 には、学術系専門知識、国際協定、貿易規制の理解、大学間での同意も必要となり、各大 学の国際関係の部署を超え、国際教育交流を専門とする組織、第三者機関の需要が高まっ ている。そこで、代表的事例として、米司法省と連邦取引委員会により国際教育に関する 開発基準団体として認定されているForum on Education Abroad(以下、フォーラムと略 す)の取り組みを紹介したい。

3. 学習成果に係る評価指標開発

今回の調査を通じて注目すべき点は、国際教育プログラムの質評価、とくに教育交流プ ログラムに参加した学生の学習成果(learning outcome)にかかわる研究がすすめられ、

この研究が教育交流の改善や新規プログラム開発に貢献しつつあるということである。そ の中心的な役割を担っている機関がフォーラム(参照:参考資料1)である。教育交流プロ

127

グラムの質評価は、ここ数年、多くの研究者や実務者と連携して成果を挙げており、その 取りまとめが、「国際教育における成果分析:Outcome Assessment in Education Abroad」

として2007年3月に発表された。前節では、第三者機関による学習成果分析の重要性につ いて述べたが、ここでは学習成果分析が、実際、どのように開発・実践されているのかを 紹介したい。

学生たちは、海外で実際に何をどの程度学んでいるのか?本当に現地でなければそれは 学べないのか?国際教育が「量」から「質」へと移行している中、これらの質問への答え は、学生はもとより、プログラム開発を進めている大学にとって重要な事項である。ある 調査によれば、短期留学は「自信」、「柔軟性」、「国際性」を養うのに役立ったという結果 が出ている。しかし、本題は、投資した留学経費から予想した効果が得られたのか、とい う点である (Sutton 他、2007) 。この問いに対して、フォーラムによるプロジェクト「国 際 教 育 に お け る 成 果 分 析 」 で は 、「 知 識 と ス キ ル(Knowledge and Skills)」、「 態 度 (Attitudinal)」、「人生の選択(Life choice)」という3つの事項を中心としてフレームワーク を構築し、学生の学習成果分析はもとより、これからの国際教育プログラムの開発に役立 てようとしている。

A) 知識とスキル

国際教育における学習成果分析において最も重要な要因は、このプログラムをとおして でなければ、特定の知識とスキルが得られないのか、という点である。この議論は、以下 の3状況において重要である: 1) 国際教育を学位プログラムの必須科目とする場合、2) 国 際教育のプログラム開発に多大な投資をする場合、3)その他、職能的要因に直接関係する場 合。これらは、特に、国際教育の必要性に疑問(または、不必要性)を投げ掛けられたと き考慮すべき事項である。これに関して、以下の 6 つの注目すべき質問事項が提案されて いる。

1. 本学キャンパス内のコースワークに限定された場合と比べて、学生たちはこの国際 教育(留学)プログラム参加後、より効果的に学び、より積極的に授業に参加する ようになるか?この国際教育(留学)プログラムは、本学キャンパスで提供されて いるコースワークと相乗効果を促す類似性があるか?

2. ホスト国において教員の講義はより良くなるか、悪くなるか?(授業の質評価は、

米国内では精力的に執り行われているが、海外における授業の質を厳密に調査した 記録はない。)

3. 学生たちは、ホスト国勤務の米国教員とホスト国出身の教員が担当する授業の、ど ちらからよりよく学ぶのか?

128

4. この国際教育(留学)プログラムは、本学キャンパス内のコースワークを効果的に 補う要素があるか?ホスト国の教員の講義は、本学と同質の教材を使い、授業の高 水準を保てるか?学生は、そこからよりよい知識を習得できるか?

5. オンライン教育(情報)が、どのように海外での学習活動を変化させたか?(例え ば)学習の観点において、コンピュータ上のミケランジェロ作のダビデ像を見るこ とは、現地で実際の像を見ることを忠実に再現できるか?

6. この国際教育(留学)プログラムによって、学生はどのような能力(スキル)を習 得、もしくは向上させられるか?また、同プログラムは、ホスト国で実行されたプ ロジェクトやサポートを継続的に提供し、学生の将来の学術成績を高めることがで きるか?

B) 態度

様々な調査研究において、国際教育経験後の(米国)学生の、外国人、他文化に対する 態度の変化に注目している。あらゆる調査において、学生の「異文化」への目覚め、理解、

感受性の発達は国際教育プログラムの結果として発見されている。しかし、その他の人格 形成や人としての成長についての記述は稀である。そこで、「態度」に関する4つの質問事 項が挙げられる。

1. この国際教育(留学)プログラムの結果として、学生はホスト国での公共心を養 えたか?

2. この国際教育(留学)プログラムの結果として、学生はより強い(国際)社会的 な責任を感じるようになったか?

3. この国際教育(留学)プログラムの結果として、学生は社会正義や経済的正義に より貢献しようと思うようになったか?

4. この国際教育(留学)プログラムの結果として、学生は他人の宗教や信仰への理 解をより深めたか?

これらの質問に対する答えは、学生が留学先のホスト国(および、その暮らしや学びの 状況)によって変化すると考えられる。例えば、社会的責任や経済的正義に関しては、イ ンドに滞在した学生からより洗練された回答が得られるかもしれない。また、ヨーロッパ では、ホスト国での公共心をより強く感じるとも考えられる。

C) 人生の選択

国際教育関連の調査で最も興味深い項目のひとつは、プログラム参加後の学生の人生に おける選択である(職業、継続教育、所属する社会、ライフ・スタイル、その他の留学経