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ヨーロッパ(2) 欧州高等教育圏形成における“Stocktaking”の役割

国別の大学国際化進捗状況の評価指標として 大佐古紀雄・廣内大輔

0.本章のねらい

1999年に欧州諸国の高等教育担当大臣により署名がなされた「ボローニャ宣言」に基づいて、2010 年を目標として「欧州高等教育圏」(EHEA)の形成がめざされており、この形成過程は総称して「ボ ローニャ・プロセス」と呼ばれている。欧州における大学国際化の大きな背景であるボローニャ・プ ロセスの各国別の進度を評価する手法の一つとして運用されている”Stocktaking Report”(以下 Stocktaking)に関して、作成の方法、内容や構成、効用、そしてそれを支える理念について報告す るものである。なお本章は、1-1と1-2全体、1-3のESU(European Students’ Union:旧ESIB)

およびEURYDICE(The information network on education in Europe)に関する記述および、3の 学生の視点から見たStocktakingに関する記述を廣内が、それ以外の部分を大佐古が執筆したが、廣 内の担当部分についても大佐古が目を通し、本章の記述全体に対して責を負っているものである。

1.背景としてのボローニャ・プロセス 1-1 ボローニャ・プロセスの歴史

上述のように、一般にボローニャ・プロセスと称される過程は1999年6月19日に採択されたボロ ーニャ宣言以降の取り組みを指す。ここではボローニャ・プロセスの展開を欧州高等教育圏の形成と いう視点から把握するためには、EU の前身であるEC で教育問題が本格的に議論されるようになっ たころに遡ってその成立過程を概観してみる必要があろう。なお、ボローニャ・プロセスへの加盟国 とEU加盟国は必ずしも重複しないが、ボローニャ・プロセスはEUの高等教育政策の流れの中に位 置づいていることに留意されたい。

欧州において、高等教育に関する共通政策の形成には、学生や教員の交流を促すために 1987 年に スタートした「エラスムス計画」に代表されるように、長い歴史がある。そこでは、各国の自主性・

多様性を尊重しつつ、政策にいかに欧州としての共通性をもたせるかが常に課題となってきた。本稿 では紙幅の関係上詳細にふれることができないが、一点だけ述べておくとするならば、EU 発足の際 の根拠条約となったマーストリヒト条約第126条1項において、加盟国の自主性を尊重し,EUは加 盟国の取り組みを支援する程度にとどめながら教育の質向上を目指すという方針が示されたことは、

理解しておく必要がある。

1998年5月25日、フランス、ドイツ、イギリス、イタリアの高等教育担当大臣はソルボンヌ大学 創立800年式典に出席し、その場で「ヨーロッパ高等教育システムの構造の調和に関する共同宣言」

を採択した。これがソルボンヌ宣言である。

ソルボンヌ宣言は、上記のような各国の多様性を尊重することに重きを置いてきた、従来の路線と は一線を画するものであった。というのも、学士課程に大学院課程の設置をするなどの「調和

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(harmonization)」に向けた取り組みが、明確に盛り込まれたことである1

ソルボンヌ宣言で合意された内容を簡潔に言えば,欧州圏内の国家間の障壁を取り除き、人材の流 動性を促進するために、単位や学位など高等教育制度を調和していくことを目指そうということであ る。

こうした路線変更は、アメリカをはじめとする国際社会の中で欧州の高等教育の質を維持し競争力 を高めたいという他の国々からも支持を得ることとなり、翌1999年6月19日に29カ国(うちEU 加盟国 11 カ国)の教育担当大臣がイタリアのボローニャに集まり、ボローニャ宣言に署名したので ある。

ボローニャ宣言では、ソルボンヌ宣言の内容をさらに発展させ、取り組みの内容はより具体的なも のとして記述されている。それらは以下の6つである。

①欧州市民の雇用可能性や欧州高等教育システムの比較可能性を高めるためにディプロマ・サプリ メントを導入するなど、容易に理解し比較することができる学位制度を採用すること。

②学士課程と大学院課程の2段階制度の採用。第一課程(学士課程)は最低3年間とすることによ り欧州の労働市場でそれが証明として通用することを目指す。大学院課程は欧州圏内の修士課程 と博士課程につながっていること。

③広範な学生の流動を促進する手段としてECTSなどの単位制度の確立すること。生涯学習を含む 非高等教育の領域でも単位の取得を可能にすること。

④障壁を取り除くことで流動性を促進。学生について言えば、学習機会に気を払うこと。教職員に ついて言えば、欧州に関係のある教育・研究・訓練の経験を、法律上の定めに関わらず認定する こと。

⑤比較可能な尺度や方法を用いることにより質保証について欧州で協力を促進すること。

⑥高等教育におけるヨーロッパ次元の促進。すなわちカリキュラム開発や機関同士の協働、教育・

研究・訓練の連携をヨーロッパとしての視点から進めること。

このように、欧州における高等教育政策は、各国の独自性を何よりも重視するという姿勢から、緩 やかながら統一を図ろうとする動きへと変化してきた。しかしながらここで今一度注意を要すること は、このボローニャ宣言でさえも、加盟各国に対し、直接的な強制力を持つものではなく、最も重視 されていることは、各国の自発的な努力であるとされている点である。

加盟各国がそれぞれの努力により、このプロセスをどのように進めているかについて互いに報告し、

更なる課題について検討するため、2年以内ごとに加盟各国の高等教育担当大臣が会合を持つことも、

ボローニャ宣言の中で合意されている。これが、高等教育大臣会合あるいは単にサミットと呼ばれる ものである。

現在までにサミットはすでに4回開かれており、その都度新たな加盟国を迎えると同時に、過去約 2年間の取り組みを振り返り、次回2年後のサミットに向けた目標を設定している。以下には、これ までに開催されたサミットの概要をまとめたものである。また、2009年4月末には、いわゆるベネル

1 これも詳細はふれられないが、「調和」という方向性は、実はマーストリヒト条約制定の過程で提案さ れながら一度破棄されている。

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クス(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)がホスト国となり、ルーヴェンおよびルーヴァン・ラ・

ヌーヴ(Leuven and Louvain-la-Neuve)にて開催されることになっている。

1-2 これまでに開かれたサミットの概要

・プラハ(チェコ)2001年5月

クロアチア、トルコ、キプロス、リヒテンシュタインが新たに加盟し、総加盟国(地域)数が 33 カ国になる。当初ボローニャ宣言で目標とされた6つを再確認することに付け加えて、生涯学習の整 備、高等教育機関と学生との関係の見直し、欧州高等教育圏の魅力向上に努めることの3点を強調し た。

・ベルリン(ドイツ)2003年9月

アルバニア、アンドラ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、バチカン、ロシア、セルビア・モンテネグ ロ、前ユーゴスラビア共和国マケドニアが新たに加盟し、総加盟国数が 40 カ国になる。この後の 2 年間で優先的に取り組むべき事項として、質保証制度の確立、2段階学位の整備など9つの項目を挙 げた。とりわけ、質保証制度、2 段階学位、容易に判別でき比較可能な学位の導入に関しては 2005 年までに完成させるという具体的な期限を定めることとなった。また、2 段階学位制度を発展的に見 直し、博士課程を含めた3段階として整備していくこととなった。

・ベルゲン(ノルウェー)2005年5月

アルメニア、アゼルバイジャン、グルジア、モルドバ、ウクライナが新たに加盟し、総加盟国数が 45カ国になる。質保証の面で、学生の関与の遅れが目立ったことが指摘された。また同じ質保証関連 で、ENQAのガイドラインが採用されると同時に、European Registerの設立について前向きに取り 組むことが合意された。加えて、更なる課題と優先事項としては、研究力強化のため博士課程の整備 に努めること、社会的次元を考慮し、高等教育への機会均等や奨学措置の充実に努めること、流動性 を促進すること、欧州高等教育圏の魅力を高め世界の他の地域との協働することが話し合われた。

・ロンドン(イギリス)2007年5月

2006年に独立を果たしたモンテネグロが改めて加盟したことにより、総加盟国数が46カ国となっ た。今後取り組んでいく重点課題としては、以前からの課題であった流動性の促進や社会的次元はも とより、これらに関するデータを蒐集することが合意された。また、雇用可能性について検討するこ とがBFUGに要請されたほか、地球的文脈におけるEHEAと銘打ち、ボローニャ・プロセスの内容 を世界に発信していくことが合意された。

1-3 ボローニャ・プロセスの構造

上記の通り、ボローニャ・プロセスは、2 年おきに参加国の担当大臣が一堂に会して、2 年間のプ ロセスを見直し、その後の方向性について確認する高等教育サミットが行われる点に大きな特徴があ る。このサミットをサポートするのが、Bologna Follow-Up Group(以下 BFUG)そして Bologna Process Board で あ る 。 と り わ け 前 者 は 、 参 加 46 ヶ 国 の 政 府 代 表 、 お よ び 関 係 団 体 と し て