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マーシャル・ラーナー条件の推計

4 人民元為替レートと貿易額の関係

4.1 マーシャル・ラーナー条件の推計

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58 きい」という条件が成立すれば、為替レートの変動が貿易収支に所期の変化をもたらす。

この条件はマーシャル・ラーナー条件である。しかし従来から知られているマーシャル・

ラーナー条件が成立するのは、貿易収支は当初均衡である前提である。そのため、マーシ ャル・ラーナー条件を基づいて理論と実証研究においては、現在の中国貿易と人民元為替 レートの関係が十分に考慮されているとは言い難い。そこで本節では、従来マーシャル・

ラーナー条件がどのような理論モデルにおいて導出され、そしてより一般的な場合(貿易 収支は当初不均衡の場合)としたケースを分析する。

4.1.2 マーシャル・ラーナー条件の推計

国際経済理論により、通貨の実質為替レートの下落が貿易収支を改善させると想定され る。ただしこの想定は、実質為替レートの変動に輸出入の量がどう反応するかでその有効 性が決まることにも言及した。これはマーシャル・ラーナー条件であり、他のすべてが同 じなら、輸出量、輸入量が実質為替レートに十分弾力的に反応する場合、通貨価値の実質 的な下落は貿易収支を改善させる、というものである。

まず、自国製品を単位として測った貿易収支を、同じ単位で測った財・サービスの輸出 と輸入の差として(4-1)式で表そう。

TB = EX − eIM (4-1)

ここでTB, EX, IMはそれぞれ貿易収支(自国通貨建て)、輸出(自国通貨建て)、輸入

(外国通貨建て)を表す;eは名目為替レートを表す。両辺差分をとると、(4-2)式になる。

貿易収支の変動分は輸出額の変動分と輸入額の変動分間の差を表すことできる。

∆TB = ∆EX − ∆eIM (4-2)

∆TB = ∆EX − IM∆e − e∆IM (4-3)

両辺為替レートの変動分を∆e割ると、為替レートが∆eだけ変動した時の貿易収支の変化を

(4-4)式のようにあらわすことができる。

∆TB

∆e =∆EX

∆e − IM −e∆IM

∆e = 𝐼𝑀( 1 𝐼𝑀

∆EX

∆e − 𝑒

∆e

∆IM

𝐼𝑀 − 1) (4-4)

∆EX

∆eについて、自国商品の輸出量=海外の輸入量という関係を用いて、輸出需要の価格弾 力性(𝜂𝑋)を定義すると、

𝜂𝑋 = − 𝑝 Δ𝑝

Δ𝐸𝑋

𝐸𝑋 (4-5)

59 を得る。輸出商品の自国通貨建て商品価格と外国通貨建て商品価格の関係は、(4-6)式に 表すことができる。

p = e𝑝 (4-6)

ここで、𝑝と𝑝はそれぞれ自国通貨建てと外国通貨建ての商品価格を表す。その関係を用い て、両辺を変化分の形に変形すると、𝑝は一定であるため、Δp = 0となり、為替レートの変 化による外国通貨建ての自国通貨建て商品価格の変化は

Δp = Δe𝑝= Δ𝑒 × 𝑝+ 𝑒 × ∆𝑝 (4-7) 0 = Δ𝑒 × 𝑝+ 𝑒 × ∆𝑝 (4-8)

𝑝

∆𝑝= − 𝑒

Δ𝑒 (4-9)

となり、Δ𝑒

𝑒は為替レートの変化分、𝑝

∆𝑝は外国通貨建て商品価格の変化分を示している。こ の関係を𝜂𝑋へ代入すると、

𝜂𝑋 = 𝑒 Δ𝑒

Δ𝐸𝑋

𝐸𝑋 (4-10)

次に、自国の海外商品に対する輸入需要の価格弾力性(𝜂𝑀)は 𝜂𝑀= − 𝑝

Δ𝑝 Δ𝐼𝑀

𝐼𝑀 (4-11)

と定義できる。(4-6)式が成立し、外国商品価格𝑝は一定、∆𝑝= 0とする。したがって、

為替レートの変化による外国商品の自国通貨建て価格の変化は

∆𝑝 = Δ𝑒 × 𝑝= Δ𝑒 × (𝑝/𝑒) (4-12)

∆𝑝 𝑝 =Δ𝑒

𝑒 (4-13)

(4-13)式を(4-11)に代入すると、

𝜂𝑀= − 𝑒 Δ𝑒

Δ𝐼𝑀

𝐼𝑀 (4-14)

を得る。したがって、(4-10)と(4-14)を(4-4)式に代入し、整理すると、

∆TB

∆e = 𝐼𝑀(𝜂𝑋+ 𝜂𝑀− 1) (4-15)

となる。したがって、

60

∆TB

∆e ⋛ 0 ⇔ 𝐼𝑀(𝜂𝑋+ 𝜂𝑀− 1) ⋛ 0 (4-16) が成立し、マーシャル・ラーナー条件を導くことができた。

(4-16)式は有名な伝統的なマーシャル・ラーナー条件(Traditional Marshall-Lerner

condition, 下記TML 条件)である。輸出価格弾力性と輸入価格弾力性の和が1より大きい

ければ、為替レートの変動より貿易収支を改善できるということになる。しかし(4-15)式 が成立するのは (1)当初時点で貿易収支均衡している、(2)自国財の価格および貿易相手 国の財の価格がともに一定である、(3)所得水準は(為替レートの変動があっても)一定 である、という三つの制約のもとにはじめて成立する命題であることを強調されなければ ならない16。もし当初時点の貿易収支が不均衡であるならば、為替レートの貿易収支調整機 能を考える場合、単純に TML 条件を適用するということで十分ではなく、もっと複雑な ものになる。現実に、多数国の貿易収支は赤字あるいは黒字であり、貿易収支が均衡して いるケースはまれである。つまり、EX ≠ eIM。その点を考慮すると、(4-4)式は(4-16)式に 変換できる。

∆TB

∆e = 𝐼𝑀( 1 𝐼𝑀

𝐸𝑋 𝑒

𝑒 𝐸𝑋

∆EX

∆e − 𝑒

∆e

∆IM

𝐼𝑀 − 1) (4-17)

ここで、mは自国通貨建ての輸出額と名目為替レートと外国通貨建ての輸入額の積の比率 であり、交易条件を表す。(4-16)式を以下のように表すことができる。

∆TB

∆e = 𝐼𝑀(𝑚𝜂𝑋+ 𝜂𝑀− 1) (4-18)

𝑚𝜂𝑋+ 𝜂𝑀> 1 (4-19)

方程式(18)は一般マーシャル・ラーナー条件(Generalized ML Condition, GML 条件)

と呼び、Murata & Satoma(1991)により提起された。GML条件は当初の貿易収支が不均衡 である場合、もし輸出と輸入弾力性が(4-18)式のように成立できれば、為替レートの変動 が貿易収支を調整できることを示す。しかし、(4-18)式は貿易収支額が自国通貨建ての場 合しか適用できない。岡部(2011)は一般化のマーシャル・ラーナー条件を発展させ、具体 的には表4-1にまとめられる形で示した。

16 Kenen (1985)より

61 表4-1が示すように、もし当初貿易収支が均衡していれば、為替レート変動による貿易 収支の調整効果を規定する条件は、自国通貨建てでみても、外国通貨建てでみても同一で ある。しかし、当初貿易収支不均衡である場合、為替レート変動による貿易収支の調整効 果を規定する条件は、自国通貨建てでみるか、それとも外国通貨建てで見るかによって異 なったものとなる。また、当初時点で貿易収支が赤字の場合、mは1より小さいため、自 国通貨建てで貿易収支を均衡するための条件は、外国通貨建てでの収支均衡化条件よりも 厳しくなっている。つまり、輸出入の価格弾力性が一定とした場合、自国通貨建てで赤字 を改善することは、外国通貨建ての場合より相対的に困難である。一方、当初時点で貿易 収支が黒字の場合、mは1より大きいため、自国通貨建てで貿易収支が均衡するための条 件は、外国通貨建てでの収支均衡化条件よりも、緩やかである。つまり、輸出入の価格弾 力性を一定とした場合、自国通貨建てで黒字を縮小することは、外国通貨建てより相対的 に容易である。したがって、為替レートの変動による貿易収支不均衡に対する調整効果の 大きさは、当初の貿易収支が黒字か赤字か、貿易収支は自国通貨建てか、外国通貨建てか によって異なっている。

4-1 伝統的と一般化のマーシャル・ラーナー条件

貿易収支 (自国通貨建て)

貿易収支 (外国通貨建て) 当初の貿易収支が均衡である 𝜂𝑋+ 𝜂𝑀> 1 𝜂𝑋+ 𝜂𝑀 > 1 当初の貿易収支が不均衡である 𝑚𝜂𝑋+ 𝜂𝑀> 1 𝜂𝑋+ (1 𝑚⁄ )𝜂𝑀> 1 注:m=輸出額対輸入額の比率