3 業務実施結果
3.2 検討文献
3.2.3 低エネルギー陽子が引き起こすアップセットの試験方法と頻度予想
SEU閾値が下がると、陽子によるSEU発生が優勢になることを示した。
(3) 照射実験
65 nm 6-Tr セルによる4Mbit SRAMに対する、広範囲のエネルギーの陽子によるSEUの断 面積を測定した(図3.2.3-1)。FETの上には5 m厚
の物質がある。上面からの入射が可能なようにアセン ブルした。複数の方法(サイクロトロン(減速材有り・無 し)、バンデグラフ)で照射実験を行い、エネルギー校 正の差から来る測定誤差を相互チェックした。数MeV 以下では SEU 断面積が急上昇した。この領域で、
SEU の原因が核反応からイオン化に遷移したことを 示している。さらに、SEU 発生断面積がほぼFETの サイズであるので、アップセットが直接イオン化によっ て起こっていると考えられる。
(4) TCADとSPICEによる解析
TCADを用いてLET= 0.3MeV・cm2/mg のイオ ントラックが off-状態のFET に誘起する電荷を求め た。その結果をSPICEシミュレーションに組み込み、
SEU 発生の臨界電荷量 Qcrit を求めた。NMOS と PMOS にイオンがヒットした場合の Qcrit は、それぞ れ1.4fCと1.8fC だった。
(5) 放射線輸送モデル
MREDはGeant4を基に、Si中に発生する電荷 を計算し、FETに収集される電荷を計算するシス テムである。FETの周囲に多層の有感領域を設定 し、各領域に係数を与えて、入射イオンがその FETに与える影響を推定するものである。その係 数キャリブレーションに実験データを用いる。その ため、重イオン照射により広いエネルギー範囲での SEU 断面積を測定した(表3.2.3-1、図3.2.3-2)。
MRED の校正のためには、断面積10-10 cm2 付 近となる、0.6 < LET < 2.8 MeVcm2/mg のデー タを用いた。イオン化以外のプロセスを抑制するた め多重ビット upset のデータは使わない。
FETに集まる電荷を次のように計算する。
) 1 ( ) (
5 . 22 / 1 (
1
depi
N i
i E
Q
MeV)
coll pC
図3.2.3-1. 本実験で測定した、陽子による SEU 発生断面積。線は陽子の原子核散乱を
考慮したBendelによるパラメタリゼー
ション。
表3.2.3-1. 本実験で行ったイオン照射実験
図3.2.3-2. イオン照射で測定した、
SEU断面積のLET 依存性
図3.2.3-3に示すようにFETの周りにN個の有感領域 Vi (i=1…N)を定義し、各領域からの電荷の和をとる。
Edepiは各領域に入ったエネルギー、iは各領域から
FETに電荷が入る係数である。V1 はデバイス(FET)の有
感部で、σ1はその面積。d1 はその深さである。その外の 領 域 V2 … VN は 、 実 験 で 得 た SEU断 面 積 が
N
2 3 4... となるように並べる。領域 V2 … VN は、面積 σi 高さ di i の円筒とする。各領 域 か ら の 電 荷 収 集 効 率 は
pC
pC/ m
m
crit i i
i Q LET d
aˆ / と計算できる。
この
ˆ
i を式(1)に代入すると過大評価になる。収集 係数はVi より外側の低効率領域からの電荷分を差 し引いたもので、 i j
j i
i
ˆ が式(1) に必要な
収集係数iである。図3.2.3-3において、V4 は高エ ネルギー陽子のデータ(主に核反応由来と考えられ る)に相当する。次に有感部分の上部の構造(金属 層・絶縁膜)までを含むGeant4シミュレーションを構 築し、重イオンおよび高エネルギー陽子を垂直入射 させ、FETで収集される電荷 Qcoll を式(1)に従って 計算する。 Qcoll > QcritでSEUが発生するとして SEU断面積を計算する。Qcrit を変化させると、1-bit SEU発生断面積が変化する。このデバイスで、実験 で得たいくつかのSEU断面積とカイ二乗フィットを行 うことで、Qcrit = 1.3fC を得た(図3.2.3-4)。この値が (4)項のSPICEの結果とほぼ一致したことで、モデル が完結したことになる。
(6) MREDの応用 (a) Proton Response
陽子のSEU断面積を実験と計算で比較した(図 3.2.3-5)。E > 35MeV以上はよく合っている。
2MeV以下の急激な断面積増加も再現している。
例えば、1.4MeVの陽子が有感領域に到達すると、
平均エネルギーは400keVまで下がる。
(b) Rate Predictions
仮想宇宙環境でのSEU頻度を推定した。
CREME96で宇宙空間でのイオン (1≦Z≦92) のエネルギー分布を計算し、100mil (2.54mm) 図3.2.3-4. MREDで求めた、各入射粒子 に対する SEU 発生頻度のQcrit依存性。
図3.2.3-3. MRED の計算で用いる領 域の例
図3.2.3-5. 陽子によるSEU発生断面積 のエネルギー依存性。実験とMREDの 結果を示す。
図3.2.3-6. ISS 軌道における、SEU発 生頻度のQcrit 依存性。
厚のアルミ遮蔽板を通した後、MREDに通した。以 下、横軸はQcrit 、縦軸はビットあたりのエラー頻度 を示す。Qcrit = 1.4fC がこのSRAMに対応する。
H(dE/dX)は陽子によるイオン化によるSEUの断面 積を示す。
ISS軌道 (trapped proton belts)のグラフにつ いて(図3.2.3-6)。SEUに起因するイオン種は、H
(散乱)> H(イオン化)> Fe>He>Oという順である。
合計のエラー頻度は4.1×10-8 /bit /day となる。
CMOS の微細化が進み Qcritが小さくなると、低エ ネルギー陽子によるイオン化がさらに支配的になる と予測される。
静止軌道(CREME96最悪日)のグラフについ て(図3.2.3-7)。HeとH(イオン化)が支配的である。
合計のエラー頻度は 3.1×10-4 /bit /day となり、
他の2つの場合に比べて、頻度が104倍も高い。
静止軌道(CREME96太陽極小)のグラフにつ いて(図3.2.3-8)。鉄イオンが最大の寄与を示し、
陽子の影響はほとんどない。合計のエラー頻度は 1.2×10-8/bit/day である。
遮蔽効果のグラフについて(図3.2.3-9)。 遮蔽
(材質:アルミ)は低エネルギー粒子の除去に役立 つ一方で、高エネルギー粒子のエネルギーを低下 させ、SEUを発生させる要因を作る。この図はISS 軌道における、イオン化による陽子のSEUへの寄 与を示す。100mil アルミを1000milにすると、陽子 の寄与は1/5にはなるが、影響を消し去ることはでき ない。陽子が豊富な環境では、厚い遮蔽があっても、
陽子によるSEUが優勢になる可能性があることを示 す。
(7) 耐放射線性の評価法
今までの結果から、低エネルギー陽子によるSEU発生メカニズムが分かった。こうした環境におけ る、デバイスの信頼性の評価をするために必要な方法と注意事項を示す。
ステップ1:SEU 断面積を、低LET の軽イオンで測定する。 エネルギー 2MeV 以下の陽子は、
デバイス中で止まる寸前で十分高いLETになるので、実験は加速器のビームをそのまま使って行う べきである。低エネルギー陽子のLETのエネルギー依存性に関して、データとSRIMの計算は全体 的には一致する。しかし、1MeV 以下では、実験が難しく、実験データにも不定性がある(図
図3.2.3-7. 静止軌道(CREME96最悪 日)でのSEU発生頻度の Qcrit 依存性。
図3.2.3-8. 静止軌道(CREME96太陽極 小)でのSEU発生頻度の Qcrit 依存性。
図3.2.3-9. アルミニウム遮蔽厚み 100, 400 1000 mills に対する、ISS軌道での 陽子照射によるSEU発生頻度の Qcrit 依 存性。
3.2.3-10)。同じLETの高エネルギーイオンは、デバイス中を通り抜けるので、低エネルギー陽子か ら由来する不定性が減る。
ステップ2: デバイスの技術情報と低LET データを 用いて信頼性のあるモデルを作る。 異なる素過程か らのMCの応答を合成する方が、データを素過程に 分解するよりも易しい。モデルには、デバイスだけで なく、粒子の運動に影響を与える物質を忠実に反映 させる必要がある。
ステップ3: 低エネルギー陽子ビームを用いた実験 でと比較し、モデルの正当性を確認する。 サイクロト ロンは普通、数10MeV以上のエネルギーを持つため、
低いエネルギーの陽子を得るためには減速材を用 いることになる。バンデグラフ加速器なら、最初から 低いエネルギービームが得られる。減速材を用いる と エ ネ ル ギ ー 幅 が 広 が り 不 定 性 が 増 え る ( 図 3.2.3-11)。 1) デバイス上流の物質も、減速材とし て働くため、その正しい評価が重イオンや低エネル ギー陽子を用いた試験では特に重要になる。 2) ビームのエネルギーや広がりを実験的に求める。特 に低エネルギー領域ではエネルギーの 100keV 程 度の差でも、結果に影響を与える。 3) 厚み・順番 の再現も重要であって、例えばアルミ-絶縁層-アルミ という構成と、アルミ-絶縁層という構成では全厚みが
一致していても結果は異なる。 4) 評価の系統誤差はデバイスのパッケージ方法にも依存する。上 向きワイヤボンディングの場合デバイス上の物質量が少なく評価は有利である。フリップチップボン ディングの場合は、基板を通して照射をすることになるので100m程度への薄化(thinning) が有 効である。 5) 低エネルギー陽子の場合、厚みが10mでも違うと、SEU断面積が変わってしまう。
薄化に不均一性がある場合は、SEU発生位置を特定し、その位置での厚みを知る必要がある。ウェ ハ厚みは X線透過などによる非破壊的方法、あるいは、実験後の破壊的な方法で測定する。SEU 発生位置はSRAM等では簡単に特定できるが SDRAM/FPGA では簡単ではないので実験計画 が重要になる。
ステップ4: 校正したモデルを使って、衛星軌道上のデバイスのエラー頻度の計算をする。 これ だけ注意しても、校正に用いるデータの誤差の影響は避けられない。モデルは、制御された放射線 ソースで校正されるべきであり、確率的な検定で確認しなくてはならない。各ステップをきちんと行うこ とで、より決定された信頼性に保証を与えることになる。
(8) 結論
デバイスの微細化に伴い、宇宙環境での SEU 評価のためには宇宙に大量に存在する陽子・α 線が重要になった。低エネルギー陽子によるSEUの発生頻度は、有感領域の前にある物質の影響
図3.2.3-10. 低エネルギー陽子による Stopping power (LET)の運動エネルギー 依存性。実験値とSRIMによる計算値
図3.2.3-11. 減速材により14.4MeV の ビームを12.2(紫)、8.1(茶)、2.6(黒)
MeV に減速した場合と63.3MeVのビー
ムを10.7(緑) MeV に減速した場合の
陽子のエネルギー分布