• 検索結果がありません。

第6章 総括

6.1 総括

固体高分子形燃料電池(PEFC)を搭載した燃料電池車(FCEV)は,運転中に 温室効果ガスである二酸化炭素を排出しないことから,次世代のモビリティと して有望視されている。

しかしながら,市場導入に向けては,従来の内燃機関車に対して競争力のある 価格設定をする必要があり,スタックコストの低減は最重要課題となる。スタッ クコストは,触媒層に使用される白金が大部分を占めるため,特に白金使用量の 多いカソード触媒層にて,触媒層微構造を最適化することで,低白金使用量でも,

十分な発電性能を得ることが可能であることを示す必要がある。

触媒層微構造の最適化のためには,製造工程の基点であるスラリー調製工程 において,スラリー中の粒子・アイオノマの分散状態が調製条件によってどのよ うに変化しているのか,またそれが触媒層における粒子とアイオノマの付着状 況及び発電特性にどのような影響を与えるのかを定量的に解析することが重要 である。

そこで本研究では,カソード触媒層のスラリーに着目し,適切なスラリー中の 粒子分散評価技術をもとに,様々な条件で調製したスラリーの評価結果と触媒 層微構造及び発電特性の関係を明らかにすることで,低白金使用量の低減化に 向けたカソードスラリーの設計指針を示すことを目的とした。得られた成果を 要約し,以下に示す。

第3章では,カソードスラリーの粒子及びアイオノマの分散状態,アイオノマ の粒子への付着状態を定量的に評価する手法を確立し,発電特性(I-V性能,プ ロトン輸送抵抗,酸素輸送抵抗)との関係を議論した。カソードスラリー中の水・

エタノール比率を変化させることで,アイオノマのサイズ分布,スラリーにおけ るアイオノマの吸着量,流動特性及び充填率を評価するとともに,調製したスラ リーから作製した触媒層をもちいたMEAの発電特性を評価し,その両者の関係 を考察した結果,以下のことが明らかとなった。

まず,アイオノマ共存下では,白金担持カーボン粒子の分散状態は溶媒組成を 変えてもほとんど変化しないことが,スラリーの遠心沈降試験より明らかとな った。アイオノマのサイズ,アイオノマの吸着量及びスラリーの充填率の評価結 果より推定したスラリー中の白金担持カーボン及びアイオノマの分散・凝集状 態は,発電特性結果とよい相関があることがわかった。すなわち,アイオノマの サイズは小さいほど,酸素輸送抵抗は小さくなること,粒子へのアイオノマの吸 着量が多いほどプロトン輸送抵抗は小さくなることが明らかとなった。また,推 定したスラリー中の粒子分散・凝集状態は,触媒層の断面観察結果と良く一致し

80

ていることからも,触媒層微構造には,白金担持カーボン粒子の分散状態ではな く,特にアイオノマのサイズ分布と粒子へのアイオノマ吸着量が大きく影響を 及ぼすことがわかった。水100%の溶媒で調製したスラリーは,凝集してサイズ が大きくなったアイオノマが,複数の粒子を取り込み,凝集体を形成しているた め,触媒層中では粒子まわりのアイオノマが酸素供給を阻害し,酸素輸送抵抗が 高くなったと考えられる。一方で,エタノールを少量添加するだけで,アイオノ マはほぐれ,サイズが小さくなり,かつ溶媒への親和性が高くなるとともに,粒 子への吸着量が減少した結果,触媒層中での酸素の供給が容易になった反面,プ ロトンの移動が困難になったものと推察される。したがって,スラリー調製時の 溶媒組成を制御するだけでは,プロトン輸送抵抗及び酸素輸送抵抗をどちらも 低減させることは困難であることがわかった。

そのため,さらに発電性能を向上させるためには,アイオノマの吸着量を適度 な値に制御し,かつアイオノマのサイズを小さくする条件を確立することが必 要であることが明らかとなった。

本検討を受けて,第4章では,溶媒中のアイオノマのサイズが小さく,かつ粒 子への吸着量が十分確保できるスラリー調製条件を確立する検討をおこなった。

具体的には,スラリー調製時の最終的な溶媒組成を固定した際に,スラリーの調 製手順が,アイオノマのサイズ分布,スラリーにおけるアイオノマの吸着量及び 充填率に与える影響を評価するとともに,調製したスラリーから作製した触媒 層の発電特性(I-V性能,プロトン輸送抵抗,酸素輸送抵抗)を評価し,その両 者の関係を考察した。

その結果,2step法,すなわち,まず水溶媒で白金担持カーボンスラリーを調製 し,その後エタノールを加えるという調合手順により,白金担持カーボン粒子へ のアイオノマ吸着量を増やし,未吸着アイオノマのサイズを小さくすることが 可能であることがわかった。つまり,第3章において,課題であった酸素輸送抵 抗とプロトン輸送抵抗をどちらも低減させるためには,2step法は有効な手段で あることが示された。アイオノマの吸着量向上のメカニズムとしては,吸着量が 最も多くなる水溶媒にてスラリーを調製したことで,疎水性相互作用で白金担 持カーボン粒子に比較的強く吸着したアイオノマが,エタノールを後から添加 し希釈したとしても脱着することはなく,その結果吸着量が著しく低下するこ とはなかったと推定される。

諸言でも述べたが,発電性能を向上させるための手段としては,カソード触媒 層の組成である白金目付(塗布膜厚)やアイオノマ量(I/C比率)を調整する方 法も考えられるが,白金目付量の増加はコストの増大を招く。またI/Cを大きく すると,確かにプロトン輸送抵抗は低減されるが,酸素輸送抵抗が著しく増加す

81

ることもわかっている。そのため,確立した2step法によるスラリー調製方法は,

白金やアイオノマの使用量を一切変更することなくプロトン輸送抵抗と酸素輸 送抵抗の両方を低減するために,有効なスラリー調製手段であると思われる。

第5章では,カソードスラリー調製条件であるI/C及びスラリーの分散処理時間 が,第3章で確立したスラリー特性(アイオノマサイズ分布,アイオノマの吸着 量及びスラリー充填率)に与える影響を考察するとともに,触媒層中のアイオノ マ付着率を定量的に評価し,発電特性(プロトン輸送抵抗,酸素輸送抵抗)との 関係を議論した。

その結果,スラリー調製時の分散処理時間を長くすることで,アイオノマの吸 着量はほとんど差が生じないが,アイオノマの付着率は増大するため,プロトン 輸送抵抗を小さくできることがわかった。アイオノマの吸着量は分散処理時間 にはほとんど依存しないことから,未吸着のアイオノマが乾燥過程において,よ り分散され比表面積が大きくなった粒子に対し付着することで,アイオノマの 付着率が分散処理時間とともに増加したものと考えられる。

また,アイオノマ付着率は増加すると,プロトン輸送抵抗は単調に減少する一 方で,酸素輸送抵抗は,ある特定のアイオノマ付着率をさかいに急激に増大する 結果が得られたことから,粒子の周りに,より多くのアイオノマが付着するだけ でなく,触媒層の細孔を閉塞してしまうために,酸素輸送抵抗が極端に悪化した と推察される。

以上の結果をまとめると,スラリー調製時の分散処理時間を制御することで,

スラリーの組成I/Cを変えなくても,アイオノマの付着率をある程度制御できる ことがわかった。アイオノマ付着率は,プロトン輸送抵抗と特によい相関関係が あり,アイオノマの付着率を増加させることで,プロトン輸送抵抗を減少させる ことが可能なことがわかった。一方で,分散処理時間を長くすることで,酸素輸 送抵抗は増加する。これは粒子が細かく解砕され,未吸着のアイオノマが乾燥中 に移動し,触媒層の空隙を閉塞するためと推察する。しかし,アイオノマの量そ のものが増えているわけではないため,しかし,アイオノマの量そのものが増え ているわけではないため,酸素輸送抵抗が極端に悪化しないことがわかった。

以上を総括すると,カソード触媒層の発電性能を向上させるためには,酸素輸 送抵抗とプロトン輸送抵抗の両方を低減させる必要があるが,そのためには,ス ラリー中のアイオノマのサイズを小さくし,かつアイオノア吸着量及び触媒層 中のアイオノマ付着率を大きくすることが求められる。

それを実現するための,スラリー設計指針として,2step法によるスラリー調 製手順は,最終的な溶媒組成が同一であっても,酸素輸送抵抗を増大させること