第 5 章 きょうだい構成が結婚行動に与える影響とその趨勢
6.2 日本社会における社会移動と出生順位の関連とそのゆくえ
6.2.2 なぜ長子であることがリスクになったのか?: 家族主義的な社会
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の家族生活への移行による負担が増すことを意味する.また,家族成員内に要 介護者が発生すれば,介護に割く経済的資源や時間,労力が増えるために,そ れまでよりも生活の水準が下がることにつながる.このように家族成員が自分 に依存してくる度合いが高いことは,個人の生活のリスクが大きくなるという ことに他ならないのである.
本研究が主張する,「長子=リスク」という認識の根拠は,上述のように家族 内部からリスクが発生すると想定されることより導かれている.これを前提と し,以下ではなぜ長子であることが「リスク」となりうるのか,関連が深いと 思われる社会保障システムや家族構造の変動の視点から考察していく.
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このような日本の状況は,他の先進諸国における福祉政策と大きく異なって いる.たとえば北欧諸国によって代表される社会民主主義的福祉国家において は,介護に占める国家支援の比重が大きい.また,アメリカのような自由主義 的福祉国家では,国家による支援は少ないけれども夫婦家族制が前提となって いることもあり,子どもたちが介護の責務を第一義的に担うことは基本的にな い(Espin-Andersen 1990).日本は国際的にみても社会保障における家族の役割,
特に長子の役割が大きな社会として地位づけられるのである.
長子の役割が大きいということは,長子の家族生活に対する老親扶養や介護 の影響が,他のきょうだい員の家族生活への影響に比べて大きいことを意味し ている.すなわち長子と結婚した場合には,配偶者は義親の介護や扶養に長子 とともに携わることを避けられない.このような状況が想定される限りにおい て跡継ぎにあたる長子との結婚は,義親の扶養と介護が付随するがためにリス クと認識されてしまうと考えられる.
しかしながら本研究の実証分析の結果をふまえると,長子であることのリス クが顕在化したのは高度成長期以降と判断される.この理由について筆者は,
長寿化が老親の扶養および介護の期間を長期化させていること,同時期におけ る少子化の進展および家族の個人化の進展が,老親扶養や介護に対する認識を よりリスクフルなものにしていったことの2点が大きいのではないかと考えて いる.
生活水準の全体的な向上や医療技術の絶え間ない発展は,人々の寿命を延ば し続けている.要介護状態になったとしても適切な介護を受けることができれ ば生き延びることができるが,それは同時に介護役割を担う家族の資源が要介 護者に投じられることを意味する.そしてその期間が長期化するという状況は,
極端な言い方をすれば,個人の資源が家族成員によって奪われていく過程に他 ならない.
また,少子化は家族内での役割配分の選択肢を減少させた.長子が老親の介 護や扶養を中心的に担うとはいえ,長子以外にもたくさんのきょうだい員がい た戦後復興期ごろまでの世代では,役割を配分しようと思えばその選択肢は次 三男,長女,次三女とたくさんあった.しかし一人っ子や二人きょうだいが主 流である高度成長期以降生まれの世代では,そのような選択肢の多様性はもは
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やない.せいぜい自分が負担するか,もう一人のきょうだいが負担するか,負 担を二人で分け合うかという程度である.このことは,長子が老親扶養や介護 を担うこと,その負担が大きいことを以前にも増して顕在化させうる.
加えて家族の個人化によって家族成員個々の活動領域が家族外部に広がり個 人主義的な傾向が高まることは、家族役割以外の役割を各々が持ち始めること を意味する.それは個人の生活全体における家族生活の比重を低下させること であるから,老親扶養や介護によってさらなる役割が課せられることが想定さ れるならば,多様な役割を持つがゆえに生じる役割葛藤を回避する意味でも,
介護や扶養の役割を避けるのは合理的な選択である.
図6.1 本研究の全体像
さらに,戦前から高度成長期に直系制家族的規範による拘束性に対して,人々 がそれを完全に許容した状態であった可能性も指摘できる.ここでいう拘束性
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とは,直系制家族的規範に人々が拘束される程度を意味している.単独相続に より長男を跡継ぎとし,他方で次三男や女性は離家を促進されるという制度に 人々がどれだけ縛られていたかということである.実際に「家」制度のもとで 生じていた出生順位に応じた役割の差異化は,家系や家業の維持のためには合 理的な選択であり,当たり前であり,そして老親扶養および介護とトレード・
オフの関係にあった.このような家族内役割の違いを本研究では不平等のひと つとしてとらえてきたわけだが,運命的に与えられたこの不平等は,仕方がな いものだと思われていたか,あるいはどの家族においても一般的にそのような 構造がみられて比較する対象がないゆえに,人々がその不平等性に対して無自 覚的であったのかもしれない.
6.2.3 出生順位による移動機会格差のゆくえ
今後の日本社会においては,出生順位と社会移動の関連はどのようになって ゆくだろうか.筆者は,現在既に確認されているように学歴や職業達成の差異 については出生順位が影響を与えないのに対して「長男・男性きょうだいのい ない長女=跡継ぎ」という直系制家族的規範が完全に消失しなければ,長男や 長女が結婚市場において避けられる状況から脱することはできないと考える.
学歴を得るための資源投資については,予め親が必要な資金をある程度予測 を立てて計画的に子どもを産むことが可能である.近年出生順位の効果がみら れなくなってきた背景には紛れもなくこのような親による出生行動の制限があ り,それが結果的に出生順位による格差が消失したようにみえることにつなが っていると考えられる.
世代間移動については,職業階層的地位を保持できる十分な資源のある継承 的職業階層のみに限り長男による世襲性が今後も確認される可能性があるが,
それ以外の階層では基本的には出生順位による差異はみとめられなくなってく るだろう.
しかしながら結婚においては,直系制家族的規範によって「家」を継ぐ者の 存在がいまだ求められており,その意味で長男や男性きょうだいのいない長女 は次世代の家系維持者を確保する要員として重要な役割を担ったままである.
家族の連続性を前提としない,真の意味での夫婦家族制が普及しない限りは,
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長男や長女の結婚における差異は消失しないであろう.
また,現在では長子単独相続の名残を受けて長子が跡継ぎとなるパターンが 多いが,特定の地域においては末子相続や姉家督などの習慣がみられたことを ふまえれば,長男や長女にこだわらずにきょうだい員の誰か一人を跡継ぎとし て選択するような家族システムが今後新たに生じてくることも考えられる.だ がそれが意味するのは,きょうだい内での選択的投資やその制限が長子以外の 誰かに向けられることであり,そうなれば今度はより業績主義的な家族内での 選抜が行われるかもしれない.
以上のように考えてみると,きょうだい内で社会移動の差異が生じるのは仕 方のないことであるようにも思える.問題なのは,「跡継ぎ」という役割それ自 体ではなく,そこに付随するその他の家族役割の配分の不均衡である.
先述した新しい家族システムの可能性については野々山(1999)が提唱する
「任意制家族」がその指針となりうる.以下ではその概念を援用して,日本社 会のゆくえに関する一考察を述べたい.
「任意制家族」は,家族生活そのものが家族成員たちの選好動機にもとづく 任意的かつ選択的なライフスタイルとなることが促進される家族であり,野々 山(1999: 177)によって以下のようにまとめられている.
(任意制家族における家族ライフスタイルは)個々の家族成員たちが互いに相 互作用しながら,家族生活における生活目標の達成を,生活資源を構成要素とす る生活条件や生活機会の変動のなかで実現していく際に,各自の生活選好が動機 づけの中核となって,自主的な共同選択の行動パターンとして合意形成的に組織 化されるという形をとって展開する.家族成員たちの個別の生活選好に基づいて 家族ライフスタイルが共同選択ないし共同決定される場合,成員たちの個人的選 好は,ときに共同選択としての家族ライフスタイルとは齟齬を来たす場合もある.
この定義に示されるように,家族が個人による選好の結果とその相互作用に おいて決定されるシステムを有する集団へと変化してきているとするならば,
家族を形成するのも,家族を維持するのも,家族内での役割を規定するのも,
基本的には個人の選好が重視されることになる.