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柑橘類(ユズ)を用いた 香る 養殖ブリの開発 - J-Stage

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Academic year: 2023

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294 化学と生物 Vol. 54, No. 4, 2016

はじめに

ブ リ( ) は,

主に日本列島沿岸に生息するアジ科の 魚である.出世魚としても知られ,大 きさとともに呼び名が変わる.また,

その呼び名は,地方によってもさまざ まである.代表的な例として,関西で は,ツバス→ハマチ→メジロ→ブリ,

関東では,ワカシ→イナダ→ワラサ→

ブリとなる.また,関東では,養殖さ れたブリを大きさにかかわらず「ハマ チ」と呼ぶ傾向にある(1).つまりスー パーなどで販売されている「ブリ」と

「ハマチ」は同じ魚であるが,別種と 思われていることもしばしばである.

ブリの養殖は昭和3(1928)年に香川県 引田町安戸池で始まり,現在は四国と 九州を中心とした西日本で主に養殖さ れている.ブリ養殖は天然種苗に強く 依存しており,春先に数gの稚魚(モ ジャコと呼ばれる)を海で捕獲するこ とからスタートする.このモジャコを 海面生け簀に収容し,1年数カ月から 2年程度の育成後に3から6 kgの大き さで出荷する(2).養殖ブリの生産量 は,年間約10万トンと日本の養殖魚 のなかで最も多く,天然魚を含めたブ リ総生産量の6割を占めている(3).ブ リは古くから重要な食用魚であり,料 理方法も刺身,たたき,寿司,焼き 魚,煮魚など幅広い(2).そのためスー パーなどでは,刺身や加熱用食材とし て切り身などで販売されることが多

い.ブリの切り身は,淡色の普通筋と 赤褐色の血合筋からなっている(図 1a).普通筋は速筋,血合筋は遅筋に 分類され,好気的代謝を行う血合筋に は普通筋に比べて,脂質が多く,タン パク質と水分が少ない.また,鉄原子 を含む色素タンパク質であるミオグロ ビンが多く,赤色を呈する.養殖ブリ の販売においては,この血合筋が褐色 に変化(褐変)し,商品価値が落ちる ことが問題となっている.この血合筋 の褐変は色素タンパク質であるミオグ ロビンが酸化し,メトミオグロビン

(メト化)になることで進行する(4). また,脂質の酸化もメト化と相互反応 し,褐変を促進させる(5).この褐変

は,ビタミンCやEなどの抗酸化物質 の飼料への添加により抑制できること が知られている.抗酸化効果をもつ天 然物の添加も褐変の抑制を目的として 行われており,ブドウ種子ポリフェ ノール,茶葉,ハーブ類,γ-オリザ ノール,エノキタケ廃菌床,オリーブ 葉およびバナナ粉末なども用いられて いる.(4)

柑橘類(ユズ)利用の始まり

ユズ( )などの柑橘類 は,ヘスペリジンやナリンギンなどの フェノール類やビタミンCなどの抗酸

柑橘類(ユズ)を用いた

“香る”養殖ブリの開発

図1a) ブ リ の 切 り 身.

淡色の普通筋(肉)と赤 褐 色 の 血 合 筋(肉).b

血合筋の時間経過に伴う 変色(褐変)の進行 点線で示す値(1.25)より 低い値で顕著な褐変が認め られる.

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化物質を多く含むことが知られてい る.そこで,ブリ血合筋の褐変を抑制 することを目的として,ユズをブリの 飼料への利用検討を始めた.その後,

ユズの果汁や果皮を添加した飼料をブ リに給与することで,ブリの身から柑 橘香がすることが明らかとなり, 香 る 養殖ブリの開発を行った.

ユズ果汁の利用

はじめに飼料への添加が容易であ るユズ果汁を用いて,血合筋の褐変抑 制を試みた(6).ブリの飼料は,魚粉を 主体とし,それに魚油やビタミン・ミ ネラル類を配合したものである.研究 室では,これらの原料を混合した後に 一定量の水を加え,造粒機を用いて円 柱状のペレットとして餌を成型してい る(モイストペレット).このモイス トペレットを造粒する際に加える水

(飼料原料1 kgあたり450 mL)の一部 をユズ果汁で置き換える形でユズ果汁 を添加した.飼料原料1 kgに対して,

果 汁 を0(対 照),12.5, 25ま た は 50 mLで添加した飼料を作製し,凍結 保存した.これをブリ幼魚に40日間 給餌した.(ブリは飼料の着水とほぼ 同時に摂餌するため,果汁の流出はほ とんどないと考えられる).魚類養殖 では,成長を阻害する飼料は受け入れ られないため,成長へ及ぼす影響も観 察した.飼育中にブリがユズ果汁を添 加した飼料を忌避する行動も見られ

ず,試験終了時の魚の摂餌量と成長 は,いずれの添加量の区においても対 照区と同等であった.褐変抑制効果の 評価には,ブリを3枚におろした後に 半 身(フ ィ レ) 中 央 部 か ら 厚 さ 約 1 cmの切り身を作り,発泡スチロー ルトレーに並べ食品用ラップフィルム で覆い4 Cで保存したものを用いた.

この血合筋の色調を0から24時間後ま で3時間おきに色彩色差計を用いて計 測した.その結果,ほとんどの測定時 間で,ユズ添加区のa*値(赤さの指 標)は対照区のa*値よりも高かった.

褐変の指標として用いたa*/b*値(b*

=黄色さの指標)でも同様であり,ユ ズ果汁添加によって血合筋の褐変が抑 制された(図1b).飼育試験終了後に ユズ添加区の魚を研究室にて刺身で試 食したところ,多くの学生が柑橘香を 感じた.そこで,柑橘香のブリの身へ の移行を確認するために市販飼料にユ ズ果汁を10%添加した飼料で大型の ブリを30日間飼育した.飼料が体内 に残留することを避けるため,2日間 絶食した.その後に魚を取り上げ,香 気成分は脂質部分に多く存在すると予 想し,フィレから脂質を抽出した.さ らに脂質から香気成分を抽出し,GC/

MSによる検出と同定を行った.その 結果,ブリの身から5種の柑橘類に特 有な香気成分(リモネン,ミルセン,

β-フェランドレン,γ-テルピネン, - シメン)が,検出・同定された(図 2).これらのことから,ブリの身にユ ズの香気成分が移行・蓄積されること

が明らかとなり,ユズの香りがする養 殖ブリの実用化に至った.

ユズ果皮ペーストの利用

ユズから果汁を得る際,廃棄物と して果皮や種などが廃棄物として排出 される.それらの割合は重量比でおお よそ果汁:果皮:そのほか(種やさの う)=20 : 40 : 40であり,果汁よりも果 皮の比率が高い.果皮の一部は食品と して利用されているが,ほとんどが廃 棄されているのが現状である.この果 皮には上述したユズの抗酸化成分が残 留しているため,廃棄物の有効利用と してユズ果皮の利用に着手した.ユズ 果皮をブリの飼料に利用する際の懸念 点として,果皮は肉食魚が本来摂取し ないであろう食物繊維を多く含むた め,成長の阻害や糞排出量(環境負 荷)の増大が懸念された.そこで,こ れらの項目も褐変と脂質酸化の抑制効 果と併せて評価した(7).ユズ果皮は ペースト化して利用した.ユズ果皮 ペーストを飼料に10%以上含ませる と,成長の阻害と糞の排出量の増加が 認められた.血合筋の褐変と脂質酸化 の抑制効果は,飼料へのユズ果皮ペー スト5%以上の添加で確認された.以 上のことから,ユズ果皮の添加量は,

飼料に対して重量で10%以下と決定 した.また,14回以上の給餌によっ て切り身の褐変と脂質酸化の抑制効果 を獲得でき,その効果は5日の絶食で

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消失することを明らかにした(8).柑橘 由来の香気成分は,給餌回数の増加に 伴う蓄積が確認された.これらの知見 に基づき高知県宿毛湾の海面生け簀に おいてユズ果皮添加飼料で育成した高 知県産養殖ブリは,回転寿司チェーン 店より「土佐ゆずぶり」として冬期に 限定販売された.これによって,廃棄 ユズ果皮の有効利用と養殖ブリの高付 加価値化を可能した.

冬期限定販売の理由

これらの成果をベースとして鹿児 島県東町漁業協同組合の養殖ブリブラ ンド「鰤王(ぶりおう)」から柚子鰤 王(通称:柚子ぶり)を開発し,2007 年度から冬期限定販売を行っており,

その味は好評を得ている(2014年度 は休止,2015年度から再開).ブリは 秋から冬にかけて,体に脂肪を蓄え る.その脂肪に柑橘類の香気成分が蓄 積すると考えている.ほかの季節にお いても柑橘の香気成分を蓄積させるこ とも可能であるが,大量のユズ添加を 行う必要がある.そこで,脂肪酸の合 成に関与するグルコース-6-リン酸脱 水素酵素(G6PDH)の肝臓における 活性と脂肪酸の分解に関与するカルニ チンパルミトイル基転移酵素II(CPT- II)の血合筋における活性を測定し,

両者の関係から効率良く香気成分を蓄 えられる時期を推定した.両酵素とも 水温または日長に強く影響を受け,

G6PDHの活性は8月から12月にかけ て上昇し,CPTIIの活性は8月から10 月にかけて急減した.腹側の身の粗脂 肪含量は1月に向けて蓄積量が増加し

た(図3).また,ブリは温水性の魚 のため,低水温下では摂取した飼料の 消化が遅くなり,摂餌量が著しく減少 する.そこで,脂肪の蓄積と柑橘香の 図2ブリの切り身から抽出された柑橘香気成分の検出(6)

黄色の矢印が柑橘の香気成分を示す.これらの香気成分は,対照区では検出されず.

図3a)日照時間,水温とブ リの切り身(腹側)の粗脂肪 含量の変化.b)脂肪酸の合 成(同 化) に 関 わ るG6PDH の活性と異化に関わるCPTII の活性の変化

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付加に必要な摂餌量と給餌回数の観点 から,10月以降にユズの果汁や果皮 の添加を開始することとした.そのた め,十分に柑橘香がするブリとして仕 上がるのは12月くらいとなってしま い,冬期限定販売となっている.

おわりに

ユズの抗酸化機能に着目し,ブリ の身の褐変抑制を目的として研究を始 めたが,予想外の結果としてブリの身 への柑橘香の付加が確認された.これ によって,養殖ブリに天然魚にはない 特性・価値をもたせることが可能に なった.これはユズやブリに限らず,

ほかの柑橘類や養殖魚を用いても可能 であり,現在では「フルーツ魚(さか な)」として知られるようになった.

養殖魚の生産地には,地域特有の柑橘 類が生産(高知のユズ,大分のかぼ す,徳島のすだち,愛媛のミカン,広 島のレモンなど)されていることが多 く,これらを掛け合わせることで地域 の養殖ブランド魚の創出へと発展して いる.これらの取り組みによって,養 殖魚の味や身質は飼料によってコント ロールできることが普及できたと思わ れる.この養殖の利点を活用すること で,養殖魚にはさまざまな付加価値を つけることが可能と考えられ,現在は 健康に寄与できる養殖ブリの開発にも 取り組んでいる.

  1)  宮 下  盛: 最 新 海 産 魚 の 養 殖

(熊井英水編著),湊文社,2000,  p. 

52.

  2)  谷口直樹: よくわかる! 日本の 養殖業 ,緑書房,2015, p. 34.

  3)  一般財団法人農林統計協会: 水産 白書 平成26年度版 ,2014, p. 4.

  4)  森岡克司,大西研示,伊藤慶明:

日本水産学会誌,79, 1009 (2013) .   5)  J. Sohn, Y. Taki, H. Ushio, T. Ko-

hata,  I.  Shioya  &  T.  Ohshima: 

70, 490 (2005).

  6)  深田陽久,橋口智美,柏木丈拡,

妹尾歩美,高桑史明,森岡克司,

沢村正義,益本俊郎:日本水産学 会誌,76, 678 (2010).

  7)  H. Fukada, R. Shimizu, T. Furuta- ni & T. Masumoto: 

23, 511 (2014).

  8)  深田陽久・松浦拓人・高橋紀行・

益 本 俊 郎:日 本 水 産 学 会 誌,80,  769 (2014).

(深田陽久,高知大学教育研究部)

プロフィール

深田 陽久(Haruhisa FUKADA)

<略歴>1999年北海道大学大学院水産学 研究科博士課程修了/同年日本学術振興会 特別研究員(PD)/2002年同振興会海外特 別 研 究 員(University of Washington)/

2004年高知大学農学部講師/2005年同大 助教授/2008年同大教育研究部自然科学 系農学部門准教授(組織改変),現在に至 る<研究テーマと抱負>魚類生理に基づく 養殖魚の飼料開発<趣味>釣り(特に渓流 でのルアー釣り),ツーリング<所属研究 室 ホ ー ム ペ ー ジ>http://www.cc.kochi-u.

ac.jp/~fukaharu/FishNutritionKochi  University/Welcome.html

Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.294

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