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化学と生物 Vol. 56, No. 8, 2018
養殖魚における TILLING 法を用いた品種改良技術の確立
日本で開発された水産育種技術を使ったダブルマッスルトラフグの作出
最近,日本のニュースで,さまざまな魚種の不漁につ いて耳にする.1990年代以降,国内における天然から の漁獲量は著しく減少しており,魚の乱獲や地球温暖化 による海の環境変化などが原因と考えられる.一方,世 界における魚食への需要は人口の増加や嗜好の変化など により拡大し,養殖生産量は漁獲量を上回るほど急速に 成長している.こうした世界的なニーズに対し,国内に おける養殖生産量は横ばいで,養殖産業を取り巻く状況 は厳しい.そこで,養殖業が抱える問題の解決策の一つ として,養殖するうえで有利な形質を示す魚(高産肉 性・高成長・抗病性など)を作出する 育種 に着目し た.
畜産や農作物で盛んな選抜育種は,有用形質個体の選 抜と交配を繰り返すが,自然発生する突然変異個体の出 現率が極めて低いため,膨大な時間をかけて優良品種を 作出する.植物においては,人為的に突然変異を誘発す る突然変異育種法を利用して,さまざまな品種の農作物 を作出し,この方法を発展させたTILLING法が開発さ れている(1).TILLING法とは,薬剤などにより突然変 異を誘発し,そのなかから望ましい性質をもつ遺伝子変 異を特定するものである.大きな特徴として,生物のゲ ノムに存在しない外来遺伝子を取り込む遺伝子組換えと は異なり,その生物に存在する遺伝子を使用する点で,
安全で自然に近い品種改良技術として理解されている.
本法は植物・動物のみならず,細菌などの微生物にまで 有効で,ランダムに変異が導入される.数千から数万単 位で次世代を作製し,そのなかから目的の遺伝子に変異 が確認された個体を選抜する.自家受精で数千粒の種が 収穫できる植物と同様に,養殖対象魚も何十万の卵を産 み,一対交配のため内在性多型と導入変異は見分けやす い.こうした理由で,トラフグを対象魚とし,TILL- ING法を養殖魚の品種改良技術として導入した.
本法の導入にあたり,望ましい形質をもたらす遺伝子 変異を特定することが先決である.ウシの品種「ダブル マッスル(DM)ウシ(ピエモンテ種)」は筋肉の過形 成の抑制に関するミオスタチン(MSTN)の変異によ り高産肉性を示すことが知られている(2).そこで,最初 に,モデル生物であるメダカにおいて,MSTNへの導
入変異による筋肉の影響を調べた.本法により作製した MSTN変異メダカ( )と野生型の比較にお いて,骨格筋の筋線維数および太さが増加し,体長あた りの骨格筋量(可食部位量)が1.5〜2倍に増加すること も明らかになった(3).これらの結果は,MSTNは魚類で も哺乳類と同様の働きをし,養殖魚の産肉性の向上に関 与することを示す.
次に,トラフグに突然変異を誘発する技術開発を行っ た(4).まずは,哺乳類で化学誘発剤として使用され,点 変異を引き起こすENU(アルキル化剤の一種, -ethyl- -nitrosourea)をオスの腹腔内に投与した.採精後の 精子と野生型のメスとを人工授精し,飽和変異集団
(F1)を作製した.これらのゲノムサンプルを用いて,
MSTNに導入されたヘテロ変異を高解像度融解曲線
(HRM)法を使ったハイスループットスクリーニングで 検出し,ダイレクトシーケンスで確認した.その結果,
ENUによる導入変異を同定し,トラフグ 遺伝子 における変異導入効率は1/297 kbで,メダカのTILL- INGライブラリーと同様の値(1/350 kb)だった(5).ト ラフグにおいて突然変異を誘発する方法が確立され,ゲ ノムライブラリーとして十分使用可能であることが示さ れた.
本法の実用化への鍵は,大規模な母集団を作製し,そ の中から効率良く変異体を選抜することである.大きな 飼育施設をもつ種苗生産会社と連携し,量産化を目指し たDMトラフグ親魚の作出技術の開発を試みた.これま でに確立した基盤技術を用いて,遠隔地において,生き たままMSTN変異個体を獲得する選抜システムを検証 した.導入変異確認済みの凍結精子を使い,毎回45,000 尾以上の飽和変異集団を作製した.選抜システムの効率 化を図るため,トラフグ生産現場と解析施設をつなぐパ イプラインを構築し,サンプル輸送とデータ共有の繰り 返しで変異個体を選抜した.3回の解析操作を行い,
50,974尾のトラフグについて調べたところ,62尾の MSTN変異体を同定,3尾のDMトラフグ親魚の獲得に 成功した.高成長関連遺伝子を標的にした場合において も,この選抜システムで3尾の有用変異体を得た.これ らの結果は,構築した選抜システムの有効性を実証し,
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養殖魚におけるTILLING法は大規模な飼育施設があれ ば全国どこでも導入可能なことを示した.また,DMト ラフグの親魚(F1世代)から大量の次世代(F2世代)
を作製し,導入変異の遺伝を確認した(図1).選抜し たトラフグ親魚は,MSTNの立体構造の変化で機能欠 損となり,DM形質を示す可能性が高い.さらに,トラ フグで 遺伝子破壊が引き起こす形質を確認する ため,ゲノム編集技術(CRISPR/Cas9)でMSTN欠損 体を作製した結果,DM形質を示すことがわかった(図 2).以上のことから,量産化のためのDMトラフグ作出 技術が確立した.
DMは劣性形質なのでホモ個体で出現することから,
F3世代のDMトラフグ作製が必須となる.トラフグの 場合,一般的にオスは2年,メスは3年で成熟するため,
F1世代からF3世代のホモ個体を得るまでには5〜6年程 かかる.現在,品種改良のスピードを速めるため,日本 で開発された代理親魚技術をTILLING法と融合させて いる.代理親魚技術とは,異種の生殖細胞を移植された 宿主が,移植細胞由来の卵や精子を生産する方法であ る(6).トラフグよりも体長が小さく,成熟期間の短いク サフグにMSTN有用変異体の生殖細胞を移植すること
で,次世代作製期間を短くする.TILLINGで選抜され たF1世代を移植すれば,さらに早くホモ個体の作製も 図1■トラフグにおいてTILLING法により選抜され た有用変異と次世代への遺伝変異の確認
(1)トラフグ飽和変異集団のゲノムサンプルを用い,
ミオスタチン(MSTN)有用変異が選抜されたときの 高解像度融解曲線(HRM)像.HRM法は一塩基の違 いによって生じる僅かな融解温度の差を識別し,遺伝 子変異を見つけ出す.1回のスクリーニングで384サン プルを処理する.(2)F1世代(左)とF2世代(右)で 確認されたMSTN有用変異(C310Y)のシーケンス波 形.F2世代はF1世代で確認された導入変異を遺伝的に 受け継いだ.
図2■ゲノム編集技術により作製されたミオスタチン欠損体と 通常トラフグの比較
トラフグで 遺伝子破壊が引き起こす表現型を調べるため,
CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)/Cas9(CRISPR associated 9) を 使 っ てMSTN欠 損 体
(上)を作製した.通常トラフグ(下)と比べ,背部・尾部の筋肉 が大きくなることから,MSTNの機能欠損によりダブルマッスル 形質を示すことがわかった.
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化学と生物 Vol. 56, No. 8, 2018
可能となるだろう.
日本で開発された水産技術を使用した優良品種「DM トラフグ」の作出は,TILLING法を用いた養殖魚にお ける品種改良の成功事例となり,ほかの養殖魚(マダ イ,クロマグロ,ブリなど)への本法の普及と新たな魚 類育種産業の創出につながるはずだ.
1) C. M. McCallum, L. Comai, E. A. Greene & S. Henikoff:
, 18, 455 (2000).
2) A. C. McPherron & S. J. Lee: , 94, 12457 (1997).
3) S. Chisada, H. Okamoto, Y. Taniguchi, Y. Kimori, A.
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Chisada, Y. Yoshiura, T. Ushijima, T. Matsushita, M. Fu- jita, A. Nozawa : , 14, 786 (2013).
5) Y. Taniguchi, S. Takeda, M. Furutani-Seiki, Y. Kamei, T.
Todo, T. Sasado, T. Deguchi, H. Kondoh, J. Mudde, M.
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(黒柳美和*1,木下政人*2,吉浦康寿*1,*1 水産研究・
教育機構瀬戸内海区水産研究所,*2 京都大学大学院農 学研究科)
プロフィール
黒柳 美和(Miwa KUROYANAGI)
<略歴>1994年お茶の水女子大学家政学 部食物学科卒業/1996年同大大学院家政 学研究科修士課程修了/2002年同大大学 院人間文化研究科博士課程修了,理学博 士/2003年 日 本 学 術 振 興 会 特 別 研 究 員
(京 都 大 学 大 学 院 理 学 研 究 科)/2006年 CREST特別研究員(同大大学院)/2009 年東京大学水産実験所特任研究員/2013 年より水産研究・教育機構研究支援職員
<研究テーマと抱負>ゲノム育種技術を利 用した海産魚の品種改良<趣味>フルマラ ソン,食べ歩き
木下 政人(Masato KINOSHITA)
<略歴>1986年京都大学農学部水産学科 卒業/1991年同大大学院博士後期課程修 了/1994年同大学農学部助手(現在,同 助教)<研究テーマと抱負>ゲノム編集技 術などを利用し,生物学や産業に役立つさ かなを作る<趣味>サッカー
吉浦 康寿(Yasutoshi YOSHIURA)
<略歴>1992年東京水産大学資源育成学 科卒業/1994年同大学大学院資源育成学 専攻博士前期課程修了/1997年東京大学 院農学生命科学研究科博士後期課程修了,
農学博士/同年岡崎国立研究機構基礎生物 学研究所,リサーチ・アソシエイト/1999 年東京大学大学院農学生命科学研究科,リ サーチ・アソシエイト/2000年日本学術 振興会特別研究員(同大大学院)/同年
(独)水産総合研究センター※研究員/2005 年同センター主任研究員(※2016年より国 立研究開発法人水産研究・教育機構)<研 究テーマと抱負>養殖魚の品種改良技術の 開発と美味しい養殖魚を創ること<趣味>
愛犬との散歩,ロードバイク
Copyright © 2018 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.56.523
日本農芸化学会