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世代を越えたエピジェネティックな遺伝子発現変化の規則性

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化学と生物 Vol. 52, No. 9, 2014

世代を越えたエピジェネティックな遺伝子発現変化の規則性

単一細胞追跡システムによって見えてきたもの

細胞は分裂する際に正確にDNAのコピーを作り,親 のもつ遺伝情報を子孫に受け継いでいく.ヒトを例に考 えると,もともとは母親の卵子と父親の精子が受精し,

一つの細胞から分裂を繰り返し,最終的には約60兆個 の細胞から作られるが,基本的に個々の細胞は同じ DNAをもっている.しかし,それぞれの組織・器官は 同じDNAをもっているにもかかわらず,独自の特性を 示している.これは,DNA配列に依存しない「エピ ジェネティックな発現制御」を受け,個々の細胞間で遺 伝子の発現状態が異なっているからである.近年,この

「エピジェネティックな発現制御機構」が破綻すること により,さまざまな疾患が起こることが報告され注目を 集めている.しかし,何が引き金となってエピジェネ ティックな発現制御機構が変化するのか,エピジェネ ティックな発現制御機構は個々の細胞間でどの程度のば らつきがあるのか,分裂を繰り返した際に変化するエピ ジェネティックな発現制御機構に規則性はあるのかな ど,いまだ不明な点が多い.

われわれがモデル生物として用いている出芽酵母もエ ピジェネティックな発現制御を受ける.エピジェネティッ クな発現制御機構の一つとして,高次のクロマチン構造

(ヘテロクロマチン)を形成し,内部に存在する遺伝子の 発現を抑制する「サイレンシング機構」が存在する(1, 2)

遺伝子がサイレンシングされる領域は,起点となる場所 から伸長していくが,どこまでも伸長すると生育に必須 の遺伝子の発現を抑制してしまうため,「境界」を形成 して伸長を停止させる(3)

.われわれは,このサイレンシ

ング領域の境界形成メカニズムを解析している過程で,

個々の細胞で境界が変動し,下流に存在する遺伝子の発 現状態がエピジェネティックに変化する領域を見いだし た.

現在までのエピジェネティクス分野の研究は,解析す るためのサンプル量を得るために,異なる発現状態の細 胞が混ざった状態での解析結果が大半であったため,わ れわれは,単一細胞でのエピジェネティックな発現状態 変化を解析するための手法を確立した.具体的には,境 界が揺らぎ発現状態が変化する領域に蛍光タンパク質を コードする遺伝子を挿入し,発現の有無を蛍光輝度の変

化を追跡することにより確認した.同時に,一つの細胞 が分裂を繰り返した際の世代を越えたエピジェネティッ クな発現状態変化を追跡するため,酵母の直径よりも少 し小さな隙間に酵母を挟み込める特殊なプレートを使用 し, 方向にはいかず, 方向のみに細胞が増殖する 状況で,培地を流しながら長時間培養を行った.実際に 追跡した結果を図

1

に示す.酵母の寿命は約20歳である が,生まれてから死ぬまでの間に,発現状態がONから OFF, OFFからON,そして再びONからOFFとリバー シブルに変化していることが明らかとなった.また,

ONからOFF, OFFからONの切り替わりは数世代同じ 発現状態が維持した後に変化しており,統計処理を行っ た結果,一定の規則性のもとに変化していることが明ら かとなった(4)

次に,これらの規則性が遺伝子により制御されている のか,あるいはランダムなのか,この疑問を明らかにす るため,遺伝子破壊株を作製し,切り替わりの規則性が 変化するかを解析した.われわれは以前,酵母全遺伝子 約6,000個一つひとつを解析し,境界形成にかかわる遺 伝子を55個分離していた(5)

.そのなかで,

ヒストン修飾 にかかわる遺伝子を破壊し,同様に単一細胞追跡システ ムを用い解析を行ったところ,ターゲットの異なるヒス トン修飾酵素によって違いが見られ,ONからOFFへの 切り替わりの頻度が速くなるもの,逆に,ONからOFF への切り替わりの頻度が減少し,エピジェネティックな 発現状態変化が起こりにくくなり,分裂を繰り返しても 同じ発現状態が維持されるものなど,遺伝子によってエ ピジェネティックな発現状態の規則性が変化することが 明らかとなった.この結果は,意図的に,また外的な要 因により,エピジェネティックな発現状態を制御できる 可能性を示唆した.事実,グルコース濃度を変化させて カロリー制限を行って培養することにより,エピジェネ ティックな発現状態の規則性が変化することも見いだし ている(未発表)

.現在,温度変化,薬剤存在下,DNA

損傷誘導条件下など,さまざまな状況でのエピジェネ ティックな発現状態に関してどのように変化するか解析 を行っている.そのほか,若い細胞と老化した細胞での エピジェネティックな発現状態の違いに関しても研究を

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進めている.さまざまな状況下でのエピジェネティック な発現制御の変化を網羅的に解析することにより,エピ ジェネティックな発現変化によってどの程度の多様性を 生み出すことが可能かを明らかにできると考えている.

今後の課題として,なぜ,境界を変動させて遺伝子の 発現状態をエピジェネティックに制御する必要があるの か,生物学的意味は何かという問題を解決する必要があ る.われわれは,ヘテロクロマチン領域の指標となるタ ンパク質の抗体を用いたChIP on chip解析により,染 色体上で新規にエピジェネティックな発現制御を受ける 領域を多数同定している.この制御領域近傍に存在する

遺伝子で機能的に類似する遺伝子が存在するかを網羅的 に解析した結果,異なる染色体上に類似の機能をもつ遺 伝子が多数存在する傾向があることが明らかとなった.

このことは「ヘテロクロマチン領域の伸長を停止させ る,あるいは伸長させる」という一つの機構を制御する ことによって,異なる染色体上に存在する多数の遺伝子 の発現状態を同時に制御することが可能であることを意 味する.一つひとつの遺伝子の発現状態を,異なるシス テムで制御するためには,それぞれに多数の遺伝子がか かわる必要がある.しかし,「ヘテロクロマチン領域の 伸長制御」という同一の機構で制御可能であれば,新た 図1単一細胞の世代を越えたエピジェネティックな発現状態変化を追跡した結果

一つの細胞から分裂を開始し0時間(00:00),40分後(00:40),1時間20分後(01 : 20),2時間後(02 : 00)(以降省略)と,遺伝子の発 現状態の変化を継時的に追跡した結果.常に発現する領域にm-cherry(赤),エピジェネティックな発現制御を受ける領域にEGFP(緑)を 挿入しており,赤と緑の重なった点(黄色)がある細胞では遺伝子が発現し,緑の点がない細胞(赤)では発現していない.元は同じDNA をもった一つの細胞から分裂しているにもかかわらず,分裂を繰り返すとさまざまな発現状態の細胞が混在していく.各写真の右上には,

それぞれの時間における同一の細胞を拡大し矢印で示しているが,分裂を繰り返すと,時間経過とともに遺伝子の発現が抑えられているの がわかる(03 : 20までは発現し,04 : 40以降発現しない.10 : 40で再び発現する)

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な遺伝子発現調節機構の存在を見いだし,同時に少ない 遺伝子でいかに生物の多様性を生み出すかという疑問を 解く一つのブレイクスルーとなるかもしれない.また,

ターゲット遺伝子が決まれば,創薬への道も開け,新た な研究分野の開拓にもつながるのではないかと期待して いる.

  1) L. N. Rusche  : , 72, 481 (2003).

  2) J. K. Sun  : , 86, 73 (2011).

  3) M. Oki & R. T. Kamakaka : , 19, 707 (2005).

  4) Y. Mano  : , e1001601 (2013).

  5) M. Oki  : , 24, 1956 (2004).

(沖 昌也,福井大学大学院工学研究科)

プロフィル

沖  昌 也(Masaya OKI)  

<略歴>1994年富山大学工学部化学生物工 学科卒業/1996年同大学大学院工学研究科 化学生物工学専攻修士課程修了/1999年 九州大学大学院医学系研究科分子生命科学 専攻博士課程修了,(博士)理学/同年日本 学術振興会特別研究員(PD)/2001年米国 立衛生研究所(NIH)研究員/2003年日本 学術振興会海外特別研究員(NIH)/2005 年長崎大学大学院医歯薬学総合研究科助 手/2006年理化学研究所神戸研究所研究 員/2006年11月〜現在,福井大学大学院 工学研究科生物応用化学専攻准教授/2007 年〜現在,同大学生命科学複合研究教育セ ンター兼任/2009 〜 2012年JSTさきがけ 研究員兼任<研究テーマと抱負>独自の解 析手法を開発し,エピジェネティックな遺 伝子発現制御機構の解明を目指す<趣味>

利き酒,料理

参照

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