『狐物語』とクレチアン・ド・トロワの
物語における喪の嘆き
クレチアンの物語における服喪の様子の描写について
高
名
康
文
*はじめに―エルサン夫人とエニードの嘆きの描写を巡って
Lors s'est alee a l'uis seoir ; forment conmence a soupirer et ses cheveus a descirer,
ses braz estraint, ses braz detort,(*) plus de .C. foiz jure la mort ;
.C. foiz se pame en petit d'eure, mout se debat et se deveure :
Que fera ge, lasse, chaitive ? mout me poise que je sui vive. Or ai ge perdu toute joie et la riens que je plus amoie ; onques n'oi mes si grant esmai.
Dolante, lasse, que ferai ? (典拠は後で示す。*の行のヴァリアントについても同様。) 試訳(扉のあるところに行くと、かがみこみこんで強く溜息をつき始めま す。髪を毟ったり腕を絞めたり、腕を捻ったりして、100 回以上、死にま すと誓います。短い間に 100 回気絶します。大いにもがいて、自分を呪い ます。「どうしましょう、ああ、情けない。生きていることが、とっても 辛い。今や、私は全ての喜びを失ってしまいました。一番好きなものと一 緒に。かつてこれほどにがっかりとしたことはありません。悲しい、ああ、 どうしましょう。」 何の説明もなく、上の引用文をつきつけられた場合、読者は、この一節がど のような文脈の中に置かれていると想像するだろうか? 自分の全ての喜びの 源になっていた大切な人を失ってしまった女性が、身も世もなく泣き崩れてい る。そう解釈するのが自然というものだろう。旅芸人の公演に遅参してきた中 世の聴衆が上に引用したテクストのみを聞いて、次のような展開を予想するこ とは果たして可能だったのだろうか?
Qant j'ai rece tel anui, que ai ge a faire plus de lui ? Mais aut ermites devenir, en un bouchage Dieu servir : qui de tel chose est mehaigniez joie en pert toute, ce sachiez, et hardemant, force et color ; perdue a tote sa valor.
試訳(このような悲しみ(/煩い)を受けた以上、今後はこの人のことをど うしましょうか? 隠者になって、森に行って神に仕えればいいんだわ。こ ういうことで災難を受けた人は、全ての喜びを失ってしまうの ご存知あ れ 大胆さも、力も、血色も。この人は、値打ちを全て失ってしまった。) 恋人を失った貴婦人は、このような悲しみを受けた以上は、もう二度と恋はし ないと誓い、修道院に入って余生を過ごすというのが、この一節が成立した 12 世紀後半の物語の約束事なのだが、引用文においては、「隠者になって、森 に行って神に仕え」るべきだと言われているのは、嘆いている女性ではなくて、 その「恋人」なのである。これでは、まるであべこべではないか。彼は生きて おり、厄介者として扱われているのだ。彼が受けた災難とは......睾丸を失 うということであった、と書けば、全てが分かろうというものである。上で 「一番好きなもの」と言われていたのは、「恋人」ではなく、彼の体の一部分だっ たというわけである。 ある人物が周囲の人々に「喜び」をもたらす程の「値打ち」を持つには、 「大胆さ」「力」「血色」といった美徳が不可欠だというのは、トルバドゥール たちの作品、特に哀悼歌(planh)に頻出するモチーフであるが、この宮廷的 な価値体系が、引用文では肉体的レベルまで引きずり下ろされて、体の一部こ そが「恋人」の「値打ち」であり「喜び」や「大胆さ」「力」「血色」のもとに なっているという倒錯が起こっている。 このカーニヴァル的(M.バフチンの言う意味で)なテクストは、『狐物語』 第 Ib 枝篇「旅芸人になったルナール」の一節である1。上で「貴婦人」と書い
1 引用文は、Le Roman de Renart. t. 1, d. M. Roques, Paris, Champion, coll. Les
classiques fran ais du Moyen Age, 1948, vv. 2752-72 による。「第 Ib 枝篇」という名称 は、『狐物語』の全枝篇が収められた E.マルタンの校定本(Le Roman de Renart, 3 vols., d. E. Martin, Strasbourg, Tr bner, 1882-1887)でのそれによる。(ロック版では、マ ルタン版の第 I 枝篇、第 Ia 枝篇、第 Ib 枝篇をあわせて「第 I 枝篇」としている。)各技篇
た女性は、雌狼のエルサンであり、「恋人」と書いた人物は、本当はその夫で あるイザングランである。以下に、引用文までの粗筋を記しておこう。
物語の主人公である狐のルナールが、染め物屋の桶に落ちて、体をまっ黄色 にしてしまっていたところ、偶然に仇敵であるイザングランに出っくわす。ル ナールは、自分はガロパンという名前の英国から来たジョングルール(旅芸人) であると、出自を偽る。votre merci「ありがとう」の votre「あなたの」が、
foutre「性交する」に化ける英国訛り2を聞いて、イザングランはすっかり騙 されてしまう。ルナールは、旅芸人仲間に弦楽器のヴィエールを盗まれて困っ ていると言い、狼の同情を誘う。両者は、農夫の家に忍び込んでヴィエールを 盗み出そうとするが、見張り役のルナールは、入口を塞いで逃げ出し、イザン グランは閉じ込められてしまう。襲ってきた農夫の尻を噛んで防戦するものの、 飼犬に自分の睾丸を噛まれてこれを失ってしまう。どうにか自分の住処に逃げ 帰った狼は、妻や子供たちの歓待を受けるが、寝室で妻に言い寄られ、誤魔化 しが効かなくなってしまう。ことの次第を白状したところ、冒頭の引用文のよ うに妻の側から三行半をつきつけられるという次第となったわけである。 「エレックとエニード」における喪の嘆き さて、本稿で論じたいのは、上に引用したテクストと、クレチアン・ド・ト ロワの「エレックとエニード」の一場面との類縁性についてである。あまりに 唐突な比較に思われかねないので、以下に簡単に正当化を試みる。 『狐物語』第 Ib 枝篇の成立年代は、L. フーレの研究によると 1179 年であ ごとではなく、写本全体を通しての行番号を割り振るロック版において、第 Ib 枝篇は、 第 2261 行から第 3256 行の 1000 行弱を占めている。なお、*印を付した v. 2755 は、こ の写本に特有の読みで、他の写本では、 Ses dras deront, ses poins detort, 「着衣を 裂いてこぶしを捻ります。」 というようになっている。(Le Roman de Renart dit d'apr s les manuscrits C et M, d. N. Fukumoto, N. Harano et S. Suzuki, 2 vols, Tokyo, France tosho, 1983-1985, v. 8357(unit 11, v. 81).)
る3 。オイル語圏においては、マリー・ド・フランスによるブルターニュの短 詩(レー)、トリスタンとイズーの恋物語、クレチアン・ド・トロワによるアー サー王物語が盛んであった頃で、実際に第 Ib 枝篇のテクストの中で、英国か らやって来た旅芸人のふりをしているルナールは、イザングランに次のように 述べている。
Je fout savoir bon lai breton et de Mellin et de Notun4,
dou roi Lartu et de Tritan, de Charpel et de saint Brandan5.
試訳(ワッターシ、ブルターニュのレー、知ッテル。メランのコト、やん ちゃさんのコト、ラルチュ王のコト、トリタンのコト、スイカちゅラのコ ト、聖ブランダンのコト。) 「メラン」「ラルチュ」「トリタン」とあるのは、それぞれ、アーサー王物語に 登場する魔法使いのメルラン(マーリン)、アーサー王その人、トリスタン物 語のトリスタンをルナールがわざと間違って言っている形である。また、戯れ に「スイカちゅラ」と訳した Charpel は、マリ・ド・フランスの「すいかず らのレー」( Lai de Chievrefueil )を指しているのだろうと推測されている
3本論で『狐物語』の枝篇の成立年代に言及する際は、L. Foulet, Le Roman de Renard,
Paris, Champion, 1914.に依拠する。フーレは各枝篇の年代推定の際に、歴史的な事件 への言及などの客観的な証拠の他に、他の枝篇への言及があるかどうかということを証拠 にしている。このことには、近年の研究者によって正当な批判がなされているが、新たに 体系的な説が提唱されるには至っていない。
4Cf. ロック版の語彙集 p. 162 : NOTUN 2436, nuiton, netun, le lutin ; la forme tant
du jargon de Renart jongleur est douteuse.
が、この作品にもトリスタンとイズーが登場している。修道士を主人公とした 「聖ブランダンの航海」を除いては、全てが恋愛をテーマとしてもつ作品が挙 げられており、騎士や貴婦人が恋人の現実の死を嘆く、あるいは、本当は生き ている恋人を死んだと思い込んで嘆くという場面が多く描かれているが、次に 引用するクレチアン・ド・トロワの「エレックとエニード」におけるエニード の嘆きの描写を読む時、筆者は、先に引用したエルサンの嘆きにとりわけよく 似ているという印象を持つ。
Lors commen a li duelx si forz, Quant Enide cheoir le vit. Mout li poise quant ele vit, Et cort vers lui si comme cele Que sa dolor de rien ne cele. En haut s'escrie et tort ses pointz ; De robe ne li remest poinz
Devant son piz a dessirier ; Ses crins commence a detirier, Et sa tendre face dessire.
Dex, que ferai ? fait ele. Sire, Por qoi me laissiez vos tant vivre ? Morz, car m'oci tot a delivre ! 6
試訳(エニードが彼[=エレック]が倒れるのを見ると非常に強い悲しみ が起こりました。生きているのがとても辛くなって、あたかも、悲しみを
6 Chr tien de Troyes, Erec et Enide , d. J.-M. Fritz, in ses Romans, Le livre de
全く隠さない女のように彼のところに駆け寄ります。高く叫んで、こぶし を捻ります。コートの胸元には、引き裂くべきところが全く残っていませ ん。髪の毛を引き抜き始めます。柔らかい顔を引っかき始めます。「神よ、 どうすればいいのですか? 主よ、どうして、私をこんなに生かしておく のですか? 死神よ、ためらわないで私を殺して。」) アーサー王の宮廷の騎士エレックは、試練を求めての旅の途中、巨人たちと戦っ て勝利しはしたものの、開いた傷口から失血して、妻エニードのところに戻る と落馬して失神してしまう。引用文は、夫が死んでしまったと勘違いをした妻 が嘆く様子の描写とその台詞の一部である。先に引用したエルサン夫人のもの と比較すれば、類縁性が明らかであるように思える。悲しみの激しい様が身体 的に表現されていることについていえば、髪を毟るという行為は、二つの作品 に全く共通するところであるし、「腕を絞めたり、腕を伸ばしたり」(『狐物語』) という行為の結果、衣服がちぎれて、「コートの胸元には、引き裂くべきとこ ろが全く残っていません。」(「エレックとエニード」)ということになるのであ ろう。また、エルサンもエニードも、大切なものを失ってしまった以上は、 「どうしようか?」(Que fera ge ? / Que ferai ?)生きていることに意味が見
出せない。死んでしまった方がましだと述べている。すなわち、「大切なこと」 の内容を除いては、二人の女性の嘆く様は、全く同じなのである。 エニードは上に続く台詞で、「勲」(proece)と「知恵」(savoir)、「気前の 良さ」(largece)といった言葉で、亡くなったと思い込んでいる恋人のことを 称えているが、「気前の良さ」がなければ、誰にも「値打ち」がないとすると ころなどは、エルサンの嘆き節の説明で指摘したように、トルバドゥールが宮 廷人の死を悼む際に用いたモチーフを反映したものである。
Sire, cui pareil[z] n'estoit nus ! En toi s'estoit Beautez miree, Proece s'i iere esprovee, Savoirs t'avoit son cuer don , Largece t'avoit coron ,
Cele sanz cui nuns n'a grant pris7.
[...] 試訳(「ああ、」と彼女は言います。「そこにいらしたのは、本当に運が悪 いことでした。殿よ、あなたのような人は誰もいませんでした。「美」が あなたを鏡とし、「勲し」は、あなたを鏡として自らを試し、「知恵」はあ なたに心を捧げたのでした。誰も、それなしには大した価値を持つことの ない「気前の良さ」があなたに冠を被せたのでした。[後略]」) 文学史においては、クレチアン・ド・トロワこそがアリエノール・ダキテー ヌの娘であり、最初のトルバドゥールのギヨーム9世の孫にあたるシャンパー ニュ伯夫人マリー・ド・シャンパーニュの宮廷のお抱え詩人として、南仏にお ける「至純の愛」を北仏に持ち込み、その価値体系を作品において具現化した 作家であると言われている。「エレックとエニード」は、『狐物語』の初期枝篇 に先立つ 1170 年頃に成立したと推定されており8、また、『狐物語』第 Ib 枝篇 にはアーサー王物語群への言及があることは上に見た通りである。 筆者は、勤務校のある会合において、『狐物語』における問題の一節は、「エ 7 Ibid., vv. 4631-37. 8 本論でのクレチアン・ド・トロワの作品の推定成立年代は、 全て Dictionnaire des
lettres fran aises. Le Moyen Age, Le livre de poche, coll. La Pochot que, 1992 の Chr tien de Troyes の項目(J.-M. Fritz による)を参照している。
レックとエニード」に現れるような伝統的な嘆きの描写のパロディーになって いるのではないか、と論じたのであるが、参加者より、前者が後者を直接題材 にしてもじっているとすることには無理があるのではないか、という質問を受 けた。二つの個所は、確かに共通の材料から構成されているが、イザングラン は冒険を求めて彷徨う騎士ではないし、エルサンも夫の冒険を後から追う妻と いうわけではないというのである。本歌は他にも求めることができる以上、こ れをエニードの嘆きのパロディーと呼ぶことはできないというわけである。 パロディーを G. ジュネットや Ph. メナールが主張する、どのテクストの どの部分のもじりかということが明らかでなければならないという狭義的定 義9に従って理解するのであれば、それは、全くその通りなのである。しかし、 発表の際には十分に説明出来なかったのだが、筆者の主張は『狐物語』の問題 の一節が「エレックとエニード」の一節そのもののもじりであるということで はないのだ。 筆者が問題にしているのは、「エレックとエニード」と『狐物語』の背景に ある、喪の悲しみを表現する際に用いられる描写や台詞の伝統の堆積である。 『狐物語』が成立した 12、13 世紀において、俗語の物語の作者たちは、新奇な 設定、表現を創作することよりは、既に存在する作品や民話から採集した素材 を物語の伝統の中で出来合いのものとなった表現 武勲詩における定型句、 主に修道院においてなされた学校教育において培われた様々な型の描写 に よって描いたとされている。そのような状況下においては、聖人伝、武勲詩、 騎士道物語といったジャンルに特有の主題や表現が生まれた。そうした主題、 表現の本ジャンルでの用いられ方との違いさえ分かるようになっておれば、L. ハッチオンの言う「批評的距離のある繰り返し」としてのパロディー10は実現
9 Ph. M nard, Le rire et le sourire dans le roman courtois en France au Moyen Age.
1150-1250, Gen ve, Droz, 1969, p. 514(note 90); Id., Les fabliaux, contes rire du Moyen Age, Paris, Presses universitaires de France, 1983. pp. 208, 9.
されているというのが筆者の立場である。G. ジュネットや Ph. メナールによ るパロディーの狭義的定義は、中世文学における間テクスト性の研究には大き な実りをもたらさないというのが私の主張であり、かつてものした拙論におい ては、このようなもじりのあり方を「ジャンルのパロディー」と呼んだのだの であった11。 これから三回程度に渡って、喪の嘆きが 12 世紀後半においてどのような形 態をとっていたか、『狐物語』の作者たちはその文学的伝統をどのような形で 作品に取り込んだかについて論じることとする。この主題を巡る文学的伝統は 聖人伝、武勲詩、宮廷風騎士道物語といったジャンルを超えている。『狐物語』 と「エレックとエニード」の嘆きに共通する嘆きの描写の表現は、北仏におけ る俗語文学の誕生以来、存在するものなのである。また、上に仄めかしたよう に、嘆きの台詞には南仏のトルバドゥールによる哀悼歌(planh)、さらに遡 ればラテン語の哀悼歌(planctus)の影響がある。本論の目的は『狐物語』に おける喪の嘆きをこのような文学的伝統の中に位置づけて、その価値転覆の様 態を明らかにすることだが、そのためにはクレチアン・ド・トロワの物語を媒 体にすることが有効であるように考えられる。『狐物語』の初期枝篇の成立年 代においては、間違いなく代表的な作家であったシャンパーニュの大作家の作 品に見られる喪の嘆きを網羅的に調査することは、この文学的伝統が当時どの ように受容されていたかについての知見を、『狐物語』だけを調査するよりは よほどに正確にもたらしてくれるだろう。クレチアンの物語作品に表れる喪の 嘆きのあり方を描写と台詞に分けて論じた上で、『狐物語』における喪の嘆き を総合的に論ずるという計画である。本稿では、まず第一にクレチアンの作品 における、問題の主題の描写について論じることとする。
Urbana et Chicago, University of Illinois press, 2000(初版 1985); リンダ・ハッチオ ン『パロディーの理論』辻麻子訳、未来社、1993 年を参照。特に第二章。
11Y. Takana, La prodie dans le Roman de Renart(1) , in『福岡大学人文論叢』31-2
クレチアン・ド・トロワの物語作品に現れる喪の嘆きの描写
『聖アレクシス伝』における喪の嘆き 喪の嘆きの描写は、フランス文学の始まりに既に見出せる。文学的な価値を 持ったオイル語テクストとしては最も古いものに属する 11 世紀の聖人伝『聖 アレクシス伝』における聖アレクシスの死を巡る部分を見てみよう。ここでは、 父、母、妻が嘆く様子が続けて描かれているが、その中の母の嘆きを引用する。 85De la dolur qu'en demenat li pedra Grant fut la noise, si l'antendit la medre, La vint curante cum femme forsenede Batant ses palmes, criant eschevelede : Vit mort sum filz, a terre chet pasmede.
試訳(父親の表す悲痛の物音は大きく、母親の聞きつけるところとなった。 狂った女のように走ってそこにやって来た。掌を打ち、髪を振り乱して叫
んでいた。息子が死んでいるのを見て、気を失って地に倒れる。)
86
Chi dunt li vit sun grant dol demener, Sum piz debatre e sun cors dejeter, Ses crins derumpre e sen vis maiseler, Sun mort amfant detraire ed acoler, N'i out si dur ki n'esto st plurer.
試訳(その場で、母親が強く悲しんで、胸を叩き、身を投げ出し、髪をち ぎり、顔をかき毟り、死んだ子供をひきよせて抱きしめるのを見た者で泣
かない程に心の頑なな者はいなかった。)
87
Trait ses chevels et debat sa peitrine, A grant duel met la s e carn medisme :
E ! filz, dist ele, cum m'o s enhadithe, E jo pechable, cum par fui avoglie :
Nel cunuisseie plus que unches nel vedisse12.
(下線は筆者による) 試訳(髪を引っぱり、胸を叩いて自分自身の体を大いに痛めつけた。「あ あ、息子よ。」と述べる。「なんと私を憎んだことか。私も罪ゆえに、なん と、ものが見えていなかったことか。一度も見たことがないのと同然に、 この子に気がつかなかったとは。」) 引用した三つの詩節(レース)では、下線で強調したように、冒頭で紹介した 『狐物語』や「エレックとエニード」と同様の「胸を叩く」とか、「髪を引っぱ る」というような激しい身ぶりを描写する表現が連続して出現している。特徴 的なのは、嘆く人物が母であることだ。引用個所の続きには、妻の嘆きが展開 されるが、身ぶりの描写はなされていない。これは、妻が母親同様に振舞わな かったということではなく、語りが繰り返しを省略していると解釈するべきで あろうが、男女の愛が物語の中心主題になるのは、もっと時代が下ってからの 12
La vie de saint Alexis, d. M. Perugi, Droz, coll. Textes litt raires fran ais, 2000, vv. 421-35. 下線は筆者による。
ことなのである。 母親の嘆きのこのような描き方は、その後に成立した物語の中においても踏 襲されることになる。例えば、1150 年頃に成立したとされる古代物語のうち の一つ『テーベ物語』の冒頭がそれである。ここでは、「オイディプス王」を 下敷きにしたエピソードが展開されるが、神託を受けたライウスが、生まれた ばかりのわが子(オイディプス)を殺すように命じる場面においては、死を必 定のものと思い定めた母親イオカステが前述のような身ぶりをして嘆く様子が 描かれている。
La mere pleure, crie et bret, ses poinz detort, ses chevex tret ; pasmee chiet sor son enfant et demeine doulor mout grant13:
試訳(母親は、泣き、叫び、わめき、こぶしを捻り、髪を引っぱります。 気を失って子供の上に倒れ、大きな悲しみに身を任せます。) 物語の形式が、半諧音十音綴から成る詩節(レース)の繰り返しから平韻八音 節に変化しても、嘆きの描写においては、身ぶりが重要な構成要素となってい る。どうやら、『聖アレクシス伝』から『テーベ物語』を経て、『狐物語』や 「エレックとエニード」に至るまで、喪の場面で描かれる身ぶりには、大きな 変化はなさそうである。
13 Le Roman de Th bes. t. 1, d. G. R. de Lage, Paris, Champion, coll. Les classiques
中世における服喪の身ぶり 上記三作品には、人の死に際して、俗人(聖職者に対するという意味で)の 女性が、髪を毟る、衣服の胸元を引き裂くというような身ぶりをするという描 写が見られるが、歴史家たちは、このような身ぶりが中世における儀式化され た習俗であったことを指摘している。秘蹟書の写本画には、このような身ぶり が実際に描かれていることがある。例えば、J.-C. シュミットは『中世の身ぶ り』において、11 世紀初頭の「イヴレア司教ヴァルムンドゥスの秘蹟書」の 写本画中には俗人の瀕死から葬儀に至る連続した場面が描かれていることを紹 介して、「嘆く女性の形象は、強度を増しつつ、哀悼の身ぶりの儀式的なレパー トリーすべてを表している。彼女は、頬を押さえたり胸を叩いたり、髪を引っ ぱったり、腕を天に挙げるか死者に向けたりする。」と書いている。シュミッ トの分析によると、人の死に際して、周りの者がとる身ぶりは、まずは聖職者 による祈りの身ぶり(祝福する、聖体拝領をする、歌う)と、俗人の身ぶりと に区分され、さらに俗人の身ぶりは、女性による悲痛の激しい身体的な表現と、 男性たちの技術的な身ぶり(死者を洗う、覆う、運ぶ、埋葬する)とに区別さ れる14。 『テーベ物語』の例からも分かるように、女性がこのような激しい身ぶりを するのは、近しい人が実際に死んだり、あるいは死んだと思い込んでいる場合 に限ることではない。実際に死んでいなくても、死の危険に晒されているのを 見た場合、このような身ぶりをすることこそが、相手に対する誠実さの徴であ ると考えられていたことが読み取れるエピソードが「エレックとエニード」に 14 ジャン=クロード・シュミット『中世の身ぶり』、松村剛訳、みすず書房、1996 年、p. 228 より引用と要約。同書の pp. 216-25 には、「イヴレア司教ヴァルムンドゥスの秘蹟書」 中の写本画の図版がある。また、7 世紀から 10 世紀までのラテン語の聖人伝には、聖人の 死に際して、「聖職者は賛歌によって、俗人は嘆きによって」悲しみを表現するとあり、 俗人の嘆きは具体的には、「胸をこぶしで打つ」、「頭を地に打ちつける」という身ぶりで もって記されている。(M. Lauwers, La mort et le corps des saints , in Le Moyen Age, 94(1988), pp. 21-50 の p. 28)
ある。先に引用した場面に先立って、ジヴレ(Givret)という騎士とエレック が激しく戦う場面があるが、それを見守るエニードの描写を引用する。
Enide, qui les esgardoit, A pou de duel ne forsenoit. Qui li ve st son grant duel faire, Ses poins detordre, ses crins traire, Et les lermes des iauz cheoir, Loial dame po st veoir ; Et trop fust fel qui la ve st, S'au cuer piti ne l'en pre st15.
(下線は筆者による) 試訳(エニードは、彼らを見ていましたが、もう少しで悲しみのせいで狂 うところでした。彼女がこぶしを捻り、髪を引っぱり、涙をこぼして、大 いに悲しむ様を見た者は、彼女に貞淑な女性を見たことでしょう。もしも、 彼女を見て心に憐れを催さなない者がいるとすれば、あまりに情がないと いうものでしょう。) また、俗語文学の中で、人の死、あるいは死の危機に際して、激しい身ぶり をとる様子が描かれるのは女性ばかりかといえば、そうではない。男性の登場 人物もまた、女性と比べれば圧倒的に少ないものの、嘆きの身ぶりをする様が 描かれている。『聖アレクシス伝』でアレクシスの父親は、上の引用に先立つ 場面で、髭を毟りながら嘆くと描写されており16 、『ロランの歌』においても、
15 Chr tien de Troyes, Erec et Enide , op.cit., vv. 3803-10.
ロランの死を聞いたシャルルもまた同様のしぐさをするとある17 。男性が髭を 毟ることは、女性が髪を毟ることに対比しうるわけであるが、前者は権力、後 者はこの世における美という、宗教的には「虚栄」の象徴とされるものである。 この世において一番大切にしていたものを失った以上は、これらを保持してい ても仕方がないというわけである。髪や髭を毟るというのは、この時代におけ る価値観に体系づけられた記号化されたしぐさなのだ。故に、上に見たように、 喪のしぐさをする人物が必ず「早い死を願う」という台詞を述べているのは、 当然のことであるともいえる。 クレチアン・ド・トロワの作品において喪の嘆きの描写を構成する要素 以上に、中世における喪の嘆きの表象における身ぶりの重要性を指摘したが、 『聖アレクシス伝』における母親が嘆く場面においては、「掌を打つ」(v. 424)、 「叫ぶ」(vv. 424, 436)、「胸を叩く」(vv. 427, 431)、「体を投げ出す」(v. 427) 「自分の髪を引っぱる/ちぎる」(vv. 428, 431)、「顔をかき毟る」(v. 428)、 「大いにわが身を苛む」(v. 432)、「涙を流す」(v. 436)という行為やしぐさが 描写されている。ほぼ同様の傾向が「テーベ物語」においても確認された。ま た、『聖アレクシス伝』には、身ぶりではないが「狂ったようになる」(v. 423)、 「気を失う」(v. 425)、「髪をふりみだす」(v. 424)という状態が描写されてい 387)本論では女性の嘆きが考察の中心となっているので、とりあげられなかったが、武 勲詩における男性の嘆きの場面に関しては、P. ズムトールに『ロランの歌』をとり上げ た重要な研究 (P. Zumthor, Etude typologique des planctus contenus dans la Chanson de Roland , in La technique litt raire des chansons de geste : colloque international tenu l'Universit de Li ge du 4 au 6 septembre 1957, Paris, Les belles lettres, 1959, pp. 219-35)とその続編(Id. Les planctus piques , in Romania, 84 (1963), pp. 61-69)がある。前者では「悲しみの外面における徴」というモチーフを表現 するには「泣く(plurer)」という動詞、「髭を抜く」というイメージ、「気を失う(sei pasmer)」という動詞を含む定型句があることが指摘されている(pp. 228, 29)。後者で は、コーパスを比較的古い年代に作られたとされる5つの武勲詩に広げて、ズムトールが 定型句と考える表現の例を網羅的に拾っている(pp. 66, 67)。
17 Trait ses crignels pleines ses mains amsdous. (La chanson de Roland, d. C.
た。以下に、クレチアン・ド・トロワの作品群においてはどうであるか見てい くこととしたい。 彼の作品のうち、「エレックとエニード」、「クリジェス」、「ランスロまたは 荷車の騎士」「イヴァンまたは獅子の騎士」、「ペルスヴァルまたは聖杯の物語」 を考察の対象とする18。彼の作品であるかどうか議論の分かれるその外の物語 (「ギヨーム・ダングルテール」と「フィロメナ」)については考察の対象から 外す。以下に、各作品における嘆きの場面を以下に箇条書きにするが、各場面 には、底本とした校定本の行番号に続いてその場面の本論における略号、簡単 な場面の紹介を記すこととする。略号に*印を一つ添えたものは、死者に対す る嘆きでも、相手が死んだと思い込んでの嘆きでもないが、大変に危険な目に 直面していて、命を落とす可能性がある状況にある時の嘆きであるということ である。また、略号の右に付した回数は、喪の嘆きの描写を構成するというこ とで、この後抽出する要素が、それぞれに、のべ何回現れているかを記したも のである。(*印がついていないのに、構成要素の出現回数が 0 というものも あるが、それについては後で述べることとする。) ・「エレックとエニード」 vv. 3803-10(Erec1*)-4 回 ジヴレ(Givret)という騎士とエレックが激しく戦う場面を見守るエニードの 描写(前出) 18底本は、上に引用した「エレックとエニード」が収められているポショテック版(Chr
-tien de Troyes, Romans, Paris, Le livre de poche, coll. La pochot que, 1994)とする。 それぞれの作品の校訂者と底写本、所収ページは以下の通りである。 Erec et Enide , d. J.-M. Fritz, d'apr s le ms. BN fr. 1376, pp. 55-283 ; Clig s , d. Ch. M la et O. Collet, d'apr s le ms. BN fr. 12560, pp. 285-494 ; Le chevalier de la charrette ou le roman de Lancelot , d. Ch. M la, d'apr s le ms. BN fr. 794, pp. 495-704 ; Le chevalier au lion (Yvain) , d. D. F. Hult, d'apr s le ms. BN fr. 1433, pp. 705-936 ; Le conte du Graal ou le roman de Perceval , d. Ch. M la, d'apr s le ms. Berne 354, pp. 937-1211. 以下、 これらから引用する際には、作品名と行番号のみを示すこととする。
vv. 4321-74(Erec2*)-4 回 二人の巨人に恋人を連れ去られて嘆く乙女の描写 vv. 4602-69(Erec3)-6 回 エレックは巨人二人との激しい戦いに勝利するものの、その際に負った傷が原 因で気を失ってしまう。彼が死んだものと思い込んで嘆くエニードの描写。 (前出) ・「クリジェス」 vv. 2033-48(Clig s1)-4 回 物語の前半で主人公として活躍するアレクサンドル(後半の主人公クリジェス の父)は、アーサー王の留守中に王位の簒奪を企ったアングレ伯との戦いに勝 利するものの、戦場の外で待機していた五人の騎士たちは、戦いの後、彼の姿 を見つけられないが故に、死んだと思い込む。彼らが嘆く様子の描写。 vv. 2076-88(Clig s2)-0 回 アレク サンドル に密かに 思いを寄 せるソル ダモー ルが嘆く 様子の描 写が Clig s1 に続いてなされる。 vv. 2579-81(Clig s3)-0 回 ソルダモールと結婚し、息子クリジェスが生まれた後、アレクサンドルは病に 倒れて死ぬ。ソルダモールは悲しみのあまり、後を追うように死んでしまう。 vv. 5707-34(Clig s4)-3 回 フェニスは、夫のもとを逃げ出してクリジェスのもとへ行くため、侍女テラッ サの調合した薬を飲んで死んだふりをする。夫である皇帝アリスとコンスタン ティノープルの人々が嘆く様子の描写。 vv. 6048-82(Clig s5)-2 回 死んだふりをしているフェニスを人々が埋葬する場面。
・「ランスロまたは荷車の騎士」 vv. 4157-4247(Lancelot1)-0 回 ランスロは、冒険の末にゴール王国に誘拐されたアーサー王の王妃(グニエー ヴル)を解放することに成功するが、彼が至純の愛を寄せる王妃には冷たい態 度をとられる。武装を解いで移動していたところを、功名心にはやるゴール王 国の人々によって囚われてしまう。彼が死んだという噂を聞いた王妃が嘆く様 子が描かれている。 vv. 4248-4396(Lancelot2)-0 回 王妃が死ぬほどにやつれる様を見た人たちから、王妃が死んだという噂が広ま る。ランスロもまた自殺の衝動にかられながら嘆く様が描かれる。 ・「イヴァンまたは獅子の騎士」 vv. 1144-72(Yvain)-7 回 イヴァンに夫を殺されたローディーヌ(イヴァンの未来の妻。ここではまだ名 前への言及がない)と周りの人々が嘆く様子の描写 ・「ペルスヴァルまたは聖杯の物語」 vv. 3366-90(Graal1)-1 回 恋人が頭を切り落とされて殺されたのを嘆く乙女(後にペルスヴァルの従姉だ と判明する)の描写 vv. 6464-69(Graal2*)-2 回 重傷を負った恋人の騎士(後に、ゴーヴァンに恨みを抱くグレオレアスという 人物であることが分かる)を抱いて嘆く乙女の描写 vv. 8366-82(Graal3*)-2 回 悪しき乙女にそそのかされて、そこを渡るものは必ず命を落とすという「危険 な瀬」(le Gu p rilleux)での冒険へと向かうゴーヴァン。それを城から眺め
て嘆く乙女たちの描写と台詞。 クレチアン・ド・トロワの作品においては、嘆きの主体が母親から、騎士の 恋人か妻に移るとはいうものの、人物が嘆く様の描写に出てくる表現には『聖 アレクシス伝』と大きな変化はない。このことをまず確認しよう。まずは、* 印を付していない、死者あるいは死んだと思い込まれている人に対する嘆き、 本来の意味での喪の嘆きについて、描写を構成する状態や身ぶりについての表 現を抽出して、それらがどこに現れているかを箇条書きにする。出典を記す際 には、上で記した略号を使うが、嘆いている人物と行番号を付すこととする。 なお、あまりにも一般的な悲しみを表す表現と思われる「嘆く」(plorer, faire / demener duel)については、考察の対象から外している。 「狂ったようになる」
Issi touz li peuples enrage, (Clig s4 コンスタンティノープルの人々, v. 5730)
Ne s Clig s fait duel a chertes Tel qu'i[l] s'en afole et confunt, Plus que tuit li autre ne font
Et merveille est qu'il ne s'ocit,(Clig s5 クリジェス19, vv. 6060-63)※これは、
見せかけの嘆き
Mais de duel faire estoit si fole
C'a poi qu'ele ne s'ochioit.(Yvain ローディーヌ, vv. 1150, 51) Aussi comme femme desvee(Yvain ローディーヌ, v. 1156)
「叫ぶ」
En haut s'escrie [...](Erec3 エニード v. 4607) A la fe e s'escrioit
Si haut qu'ele ne pooit plus,(Yvain ローディーヌ, vv. 1152, 53) Et crie et plore et se desraisne
Come chaitive dolereuse :(Graal1 ペルスヴァルの従姉, vv. 3370, 71)
「気を失う」
Si se pasment sor son escu(Clig s1 五人の騎士, v. 2037) Cornins et Nere s se pasment,(Clig s1 五人の騎士, v. 2039) Chevalier et vaslez se pasment,(Clig s5 騎士と小姓, v. 6052) Si recheoit pasmee jus.(Yvain ローディーヌ, v. 1154) Et se repasme a chascun pas,(Yvain ローディーヌ, v. 1160)
「涙を流す」
[Et] Thorons et Acariondes, Des euz lor coroient a ondes
Les lermes jusque sor le piz,(Clig s1 五人の騎士, vv. 2041-43)
「胸を叩く」
Et les dames et les puceles
「髪を引っぱる/抜く/千切る」
Ses crins commence a detirier,(Erec3 エニード, v. 4610) Et Permenidos desor touz
A ses cheveus detraiz et rouz.(Clig s1 五人の騎士, vv. 2045, 46) S'i commenchoit a deschirer,
Et ses chaveus a detirer.
Ses cheveus tire [...](Yvain ローディーヌ, vv. 1157-59)
「顔をかき毟る」
Et sa tendre face dessire.(Erec3 エニード, v. 4611)
「掌を打つ」
[...] batent lor paumes,(Clig s4 コンスタンティノープルの人々, v. 5731)
すなわち、「聖アレクシス伝」で母の嘆きの描写を構成していた要素のほとん どが、クレチアン・ド・トロワの作品でも使われている。これに加えて、次の ような要素も抽出できる。
「こぶしを捻る」
[...] et tort ses pointz ;(Erec3 エニード v. 4607) Tuerdent lor poinz, [...](Clig s4 集団, v. 5731)
「着衣を引き裂く」 De robe ne li remest poinz
Devant son piz a dessirier ;(Erec3 エニード, vv. 4608, 9) [...] et ront ses dras,(Yvain ローディーヌ, v. 1159)
「死者を膝に抱く」
Devant son seignor [s']est assise,
Et met sor ses genouz son chief ;(Erec3 エニード, vv. 4628, 29)
「こぶしを捻る」というのは、先に引用した「テーベ物語」の母の嘆きの描写 に出て来る身ぶりである。「着衣を引き裂く」は、ここでの二例に加えて、以 下に紹介するように、*印を付した場面からも二例拾えるので、よく使われる 表現であったことが伺える。 次に、出典の略号に*を付した場面(死者に対する嘆きでも、相手が死んだ と思い込んでの嘆きでもないが、大変に危険な目に直面していて、命を落とす 可能性がある状況にある時になされる嘆き)について見る。「聖アレクシス伝」 の母が嘆く様の描写と共通するものは、 「狂ったようになる」 Enide, qui les esgardoit,
A pou de duel ne forsenoit.(Erec1*エニード, vv. 3803, 4)
「叫ぶ」 なし
「気を失う」 なし
「涙を流す」
「胸を叩く」 なし
「髪を引っぱる/抜く/千切る」
[...] ses crins traire,(Erec1*エニード, v. 3806) La pucele aloit [...]
[...], et ses crins detirant(Erec2*乙女, vv. 4327, 28) Mas ele ot ses doiz en sa trece
Fichez por ses chevox detraire,(Graal2* グレゴレアスの恋人, vv. 6464, 65) Et les puceles do palais
Et les dames lor chevox tirent,(Graal3* 城の乙女たち, v. 8366, 67)
「顔をかき毟る」 La pucele aloit dessirant [...]
et sa tendre face vermeille(Erec2*乙女, vv. 4327-29)
「掌を打つ」 なし 更に、『聖アレクシス伝』の母が嘆く様の描写にはないが、*印のないクレチ アン・ド・トロワの作品の場面にあったものと共通する身ぶりとして、以下の ものがあげられる。 「こぶしを捻る」
Ses poins detordre, [...](Erec1*エニード, v. 3806)
「着衣を引き裂く」 La pucele aloit dessirant
Ses dras, [...](Erec2*乙女, vv. 4327, 28)
Si se depiecent et desirent(Graal3* 城の乙女たち, v. 8368) 「死者を膝に抱く」 なし 相手が実際に死んだわけではなくても、死んだ(あるいは死んだと思い込まれ ている)場合と同じように、嘆きは描写されていることが分かる。*なしの場 面では、複数の例があがった「叫ぶ」(3例)と「気を失う」(5例)がここに は一例もないことが気がかりであるが、これらは、喪の場合以外にも、強い悲 しみや憤り(古仏語の ire)を持った人物を描く際には頻出する表現である。嘆 きの対象がいよいよ死ぬという時にならなければ、叫んだり気を失ったりはし ないのだという説明は無理だろう。偶然のことと考えられる。「胸を叩く」「掌を 打つ」「死者を膝に抱く」については、そもそも先に挙げた例でも一例ずつしか ないので、ここに例がないことに理由付けを試みる意味はなさそうである。 さらに、新たに次の要素がこれに加わる。 「溜息をつく」
La pucele plore et sopire,(Erec2*乙女, v. 4333)
「口づけをする」
Que ele molt sovant baisoit
Es iauz, el front et en la boiche.(Graal2* グレゴレアスの恋人, vv. 6467-69)
以上の他に、状況からいって死が直接的に想起されることはないが、先に挙 げたような嘆きと同様の表現が使われている例がある。(このような例には、 略号に*印を二つ添えることとする。) 「ペルスヴァルあるいは聖杯の物語」の冒頭部分では、ペルスヴァルが母親 のもとから出立するにあたって、母親より「女の人が接吻を許してくれても、 それ以上のことはしてはいけない。でも、愛情にほだされて指輪を下さるとい うのであれば、もらっても構わない」という忠言をもらう。母親の忠言の比重 は無論、「それ以上のことをしてはいけない。」というところにあるのだが、彼 は宮廷から隔離して育てられて野生児の如き状態にあるため、このことを理解 しない。その結果、天幕の乙女に出会った時、彼女に無理やり接吻して、指輪 を奪い取るという愚行を犯す。(確かに、それ以上のことはしなかったわけだ が。)極めて喜劇的な場面なわけであるが、恋人が戻って来ることを恐れる乙 女の嘆きの描写(Graal4** 天幕の乙女, 718-24 行)には「こぶしを捻る」と いう喪の嘆きの描写に頻出する表現が使われている。
Et cele plore andemantiers,
Que que il [=Perceval] la prie et semont, Et cele un mot ne li respont
La damoiselle, ainz plore fort, Mout durement ses poinz detort. Et cil manja tant con li plot Et but do vin tant con il pot. (下線は筆者による)
試訳(その間、乙女は泣いています。ペルスヴァルがお願いしたり、誘っ たりしても、乙女は一言も返しません。むしろ、強く嘆いています。とて も強くこぶしを捻ります。彼の方はといえば、好きなだけ食べて、葡萄酒 を飲めるだけ飲みました。) また、同作品の後の場面で、ペルスヴァルは、彼に一夜の宿を提供してくれた 乙女の城主ブランシュフルールに頼まれて、彼女の城を包囲している群島王ク ラマドゥーの執事アガングロンを戦いで降参させて、囚われの身とし、アーサー 王の宮廷に送る。アガングロンの小姓は、ことの次第をクラマドゥーに報告す るが、この場面では主君の命は保証されているのにも関わらず、「髪を引き抜 く」という表現が使われている20。(Graal5** 小姓, vv. 2311-12)
Dit li vallez, qui tel doel fait Qu'a deus poinz ses chevos detrait.
試訳(激しく悲しんで、両手で髪を引き抜いて、小姓は言います。) これらの例は、「こぶしを捻る」、「髪を引き抜く」というしぐさが、死とは関 係がない場合にも、強い悲しみを表現する時に用いられるようになっているこ とを示している。とはいえ、先に抽出した他の表現はこれらの周りには見あた らないので、クレチアン・ド・トロワが伝統的な喪の描写を頭に入れてこのよ うな語りをしたのか否かは定かではない。もしも、これらの表現のかわりに、 もっと一般的な「狂ったようになる」、「気を失う」、「叫ぶ」、「泣く」というよ 20 嘆いている人物が女性ではなく男性であることは、Clig s1 における五人の騎士の一人 ペルメニドス(Permenidos)が同様のしぐさをしている例と同様に、奇妙な印象を与え る。上に記したように、男性であれば、髪ではなく髭を抜くのが普通な筈だから。
うな表現が単独で出て来るのであれば、喪との関連は全く想起されないことで あろう。 最後に挙げる例も、「ペルスヴァルあるいは聖杯の物語」からのものである が、これには喪との関連が全くないとは言い切れない。物語の後半部では、ペ ルスヴァルは物語の表舞台から去って、ゴーヴァンが主人公の位置につくが、 その始まりにあたって、彼はギガンジブレルという騎士より決闘の申し込みを 受けて、アーサー王の宮廷から出発する。この場面では、宮廷の人々が彼のた めに嘆く様子が描写される(Graal6** 宮廷の人々, vv. 4736-42)。
Ainz que il [=Gauvain] fust de cort me z, Ot apr s lui molt grant doel fait,
Maint piz batu, maint chevol trait Et mainte face esgratinee.
Ainz n'i ot dame si senee
Qui por lui grant doel ne demaint, Grant doel en font maintes et maint. (下線は筆者による) 試訳(ゴーヴァンが宮廷から出立しようという時、彼の後には大きな悲し みが沸き起こった。多くの者が胸を叩き、髪を引っぱり、顔をかき毟る。 彼のために大いに悲しまないほどに賢い婦人はいない。男も女も、多くの 者たちが大いに悲しむ。) 下線部が示すように、ここでは上に挙げた喪の描写の構成要素が三つも続いて いる。このようなケースで喪と関係が無いのは、クレチアンの作品においては 他にないので、やはり、悲しみと死との結び付けが行われているようにも考え
られる。それは、これから始まる決闘でゴーヴァンが命を落とすことを予想し て宮廷の人々が嘆いているということを表しているのだろうか? それとも、 騎士の華たるゴーヴァンが出立することは、人の死に匹敵する程に辛いのだと いうことを表しているのだろうか? 描写の順序について クレチアン・ド・トロワの作品における喪の嘆き各場面の紹介の際に、各場 面の略号の右側に付した回数が示すように、多くの例では、喪の嘆きの描写の 構成要素が複数回現れている。構成要素の中には、「叫ぶ」、「泣く」といった、 悲しみ一般を表現するものもあるが、こういうものが一度出てくるだけでは、 喪の嘆きの描写に特有の表現とは言えないであろう。先に示した「エレックと エニード」や『聖アレクシス伝』の例が示すように、短い節の中にいくつもそ のような表現が積み重なっているというのが典型的な服喪の様子の描写という ことになる。 喪の嘆きの描写の構成要素を列挙するにあたって、頻出度が高いものを上に しなかったのは、クレチアン・ド・トロワの描写の順序には完全とは言えない までも、ある程度の法則性を読み取ることができるように思えるからである。 表1 狂ったよ うになる 叫ぶ 気を失う 涙を流す こぶしを 捻る 胸を たたく 着衣を 引き裂く 髪を 引っぱる 顔を かき毟る Erec1* ①3803,4 ④3807 ②3806 前 ③3806 後 Erec2* ①4328 前 ②4328 後 ③4329 Erec3 ①4607 前 ②4607 後 ③4608-9 ④4610 ⑤4611 Clig s1 ①2037,②2039 ③2041-43 ④2044,45 Clig s4 ①5730 ②5731 Clig s5 ③6060-63 ①6052 ②6053.54 Yvain ①1150,51 ②1152,53 ③1154,⑥1160-64 ⑤1159 後 ④1156-59 前 Graal3* ①8368 ②8366,67 Graal6** ①4738 前 ②4738 後 ③4739
表1には、嘆きの描写を構成する要素がそれぞれの場面でどのような順序で現 れるかを示している。ある構成要素が唯一の場面でしか現れていないケースで は、その構成要素を、ある場面が一つかそれ以下しか構成要素を含んでいない 場合はその場合を表から省いてる。表中の丸数字は、その要素が何番目に来て いるかということを、それに続く数字は行番号を示す。また、行番号の後に 「前」「後」と記しているのは、一行に二つの構成要素がある場合で、どちらが 前か後かを示している。 例えば、比較的多くの要素を含んでいる Erec3 のエニードの嘆きと Yvain のローディーヌの嘆きを例に取れば、前者は「叫ぶ→こぶしを捻る→着衣を引 き裂く→髪を引っぱる→顔をかき毟る」、後者は「狂ったようになる→叫ぶ→ 気を失う→髪を引っぱる→着衣を引き裂く→気を失う」である。「叫ぶ」「髪を 引っぱる」「着衣を引き裂く」という要素は両者に共通している。髪と着衣に ついての描写の順序は違っているものの、「叫ぶ」が一番先に来るというのは 変わらない。更に、Clig s1 では主君アレクサンドルが死んだと思い込んで、 五人の騎士が順番にそれぞれの嘆きを表しているが、「気を失う→気を失う→ 涙を流す→髪を引っぱる」のうち、「気を失」ってから「髪を引っぱる」とい う順序は Yvain と共通している。 上で「髪を引っぱる」と「着衣を引き裂く」の順序が入れ替わっていること については、この作品がとっている韻律の性質から説明が可能である。ここで とり上げている物語は、全て八音節平韻の形態をとるが、Yvain の 1159 行は、
Ses chaveus tire et ront ses dras となっている。 Ses chaveus tire は 4
音節、 ront ses dras は 3 音節なので、 et で繋げると、ちょうど八音節
になる。 ront ses dras が後に来ているのは、次行末の pas と韻を踏む
ためである。 Erec2* の 4328 行は別の言い回 しで ses dras, et ses crins
detirant とあり、着衣と髪は「引っぱる」という動詞の直接目的補語として 結びつけられている。八音節の一行を構成するのには大変に都合が良いわけだ
が、そのために、韻律の制約を離れても一種の結び付けが出来て、Erec3 のよ うに行をまたいでいても、隣接して出て来ているとは言えないだろうか?。 中世における描写の順序については、女性の美が顔であれば必ず髪、額、眉、 両眉の距離、目、頬とその色、鼻、口、歯、顎の順に描かれるということがよ く知られている21。この法則の厳密さには到底及ばないが、クレチアン・ド・ トロワの作品における喪の悲しみの描写は、大まかに言って「狂いそうになる」 「叫ぶ」「気を失う」「涙を流す」というような、広く悲しみを表現する要素に 続いて、「こぶしを捻る」「胸をたたく」「着衣を引き裂く」「髪を引っぱる」 「顔をかき毟る」というな身ぶりに関する表現が出て来るという順序で描かれ ていることが表からは読み取れる。(表で、網をかけているマスは、この順序 になっていないことを示す。) さらに、これを『聖アレクシス伝』における母親が嘆く場面と比較してみよ う。先ほど「状態」と「行為やしぐさ」に分けた構成要素を混ぜこぜにして並 べると、第 85 詩節においては、「狂ったようになる」(v. 423)、「掌を打つ」(v. 424)、「髪をふりみだして叫ぶ」(v. 424)、「気を失う」(v. 425)、第 86 詩節に おいては、「体を投げ出す」(v. 427)、「自分の髪をちぎる」(v. 428)、「顔をか き毟る」(v. 428)、第 87 詩節においては、「自分の髪を引っぱる」(v. 431)、 「胸を叩く」(v. 431)、「大いにわが身を苛む」(v. 432)とある。しぐさの順序 については殆ど共通することはないものの、導入部の第 85 節において、「狂い そうになる」「叫ぶ」「気を失う」という要素が出ていることは、クレチアン・ ド・トロワの作品においてこれらが早く出ていることに一致する。ここには、 一種の伝統が出来ていることを見るべきであろう。 以上の考察によって、クレチアン・ド・トロワの殆どの作品において喪の嘆き の描写がなされていること、その描写は、「聖アレクシス伝」以来のフランス
21 Voir E. Faral, Les arts po tiques du XIIeet du XIIIesi cle, Paris, Champion, 1924, pp. 79-81.
における俗語文学の伝統を踏んでいるらしいことが明らかになった。 クレチアン・ド・トロワの作品における嘆きの描写の変化 しかしながら、どのような人物がどのような嘆き方をしているかを詳細に見 ていくと、クレチアンの作品の中で、喪の嘆きの描写は必ずしも一枚岩という わけではなく、時代が下るにつれて変化が生じていることを読み取ることがで きるように思われる。 クレチアンの最初の作品「エレックとエニード」において、ヒロインのエニー ドが二度に渡って喪のしぐさをしながら嘆く様子が描かれていることと、語り 手によってそのような身ぶりは貞淑な妻の徴と評価されていることを上に見た が、その次に書かれたとされている「クリジェス」においては既に、注目する べき変化が生じている。 この作品に喪の嘆きの描写が五つあることは、上に見た通りであるが、その うち三つで誰が嘆いているかといえば、Clig s1 はアレクサンドルの臣下の五 人の騎士、Clig s4 と Clig s5 はコンスタンティノープルの人々であり、これ らは、集団による嘆きである。 一方、Clig s2 と Clig s3 には物語の前半部の主人公アレクサンドルの妻ソ ルダモールの嘆きが描かれているのだが、これらには先にあげた嘆きの描写の 構成要素が一切現れていない。Clig s2 において二人はまだ結ばれてはいない。 二人はアーサー王の宮廷においてお互いに恋心を抱いていたのであるが、恋に 未熟であるばかりに、互いの思いを打ち明けられないままに、それまで過ごし てきたのだった。アレクサンドルの臣下たちが、主君が死んだものと思い込ん で、嘆きながら敵の城から帰って来るのが聞こえてきた時、ソルダモールは、 自分の思いが他人に知れることを恐れて、悲しい様子を表にすることが出来ず、 心の中で苦悩するのである。(Clig s2 ソルダモール, vv. 2076-88)
Or cuide bien que mar fu nee Soredamors, qui ot le cri Et la pleinte de son ami. De l'angoisse et de la doulor Pert le memoire et la coulor, Et ce la grieve molt et blece Qu'ele n'ose de sa destrece Demostrer semblant en apert. En son cuer a son duel covert, Et se nus garde s'en pre st, A sa contenance ve st
Que grant destrece avoit el cors, Au semblant qui apert defors.
試訳([人々が]恋人のことで叫び嘆くのを聞いて、ソルダモールは、生 まれてきたのが不幸でしたと思います。苦しく、悩ましく、分別を失い顔 色が悪くなります。悲しんでいる様子を明らかに見せる勇気がないために、 苦しみ傷つきます。嘆きを心に隠しますが、もしも誰かが注意してみれば、 外に現れる様子から、内に大きな悲痛を持っていることが分かったことで しょう。) 古代物語の『エネアス物語』のディドーの恋に端を発する「打ち明けられない 恋」のテーマが初めてクレチアンの作品に入ったのが「クリジェス」であるが、 ここでは、悲しみを叫びや身ぶりという形で表に出せず、そのこと故に内面に おける苦しみが倍加されるという新しい喪の嘆きの表現が誕生している。 この場面におけるアレクサンドルの死の噂が間違いであることは、上にも述
べた通りである。彼がずっと後になって病死する場面でのソルダモールの嘆き は激烈であるが、それについての語りはあまりにもあっけない。(Clig s3 ソ ルダモール, vv. 2579-81)
Soredamors tel duel en ot Que apr s lui vivre ne pot, De duel fu morte ensemble o lui.
試訳(ソルダモールは非常な悲しみを抱き、彼の死の後生き長らえること は出来ませんでした。悲しみのあまり、彼と共に死んでしまいました。) 戦いの後、王妃の仲立ちによってアレクサンドルはソルダモールと結婚をする が、その後、息子クリジェスの誕生、アレクサンドルの弟アリスによる、本来 兄が継ぐべきであったコンスタンティノープルの皇帝の位の簒奪、和解といっ た顛末が手短に語られた後は、アレクサンドルは病を得てクリジェスにアーサー 王の宮廷で騎士としての修行をしなさいという忠告を残すやすぐに死んでしま う。後を追うように息を引き取るソルダモールには、喪に服す時間すら残され ていない。 物語の主人公を大急ぎで息子のクリジェスに交代させて、簒奪された皇帝の 位の回復の物語を始めようとする物語の作者は、喪の場面に筆を割く気がなかっ たのだという説明は、確かに可能であろう。しかし、前作「エレックとエニー ド」において、エニードが夫の危難のたびに、我々がここで服喪の身ぶりと呼 んでいるしぐさをしており、そうすることこそが貞淑な妻の証であるという語 りもなされていたことと比較すれば、ソルダモールが一度も服喪の身ぶりをせ ずに舞台から消えていくことには不思議な感じを受ける。エニードが内面にお いても外面においても言葉少なに描かれているのに対して、クレチアンは、ソ
ルダモールには恋の芽生えの際に、200 行弱にも渡って恋の苦しみの独白をさ せている22。言説によって内面を表現できる者には敢えて身ぶりによって悲し みを表現させないということのようにも見えるが、どうなのだろうか? この着想に従って、クレチアンのこれ以降の作品について述べることとする。 「クリジェス」に続いて 1177 年から 1181 年の間に書かれたと推測されている 「ランスロまたは荷車の騎士」においては、アーサー王の王妃グニエーヴルが、 ランスロが死んだという噂を聞いて嘆くという場面(Lancelot1)が存在する。 第 4157 行から第 4247 行までの 100 行近くに渡って展開されるこの場面で、王 妃は、自分を救ってくれたランスロに冷たい態度をとってしまった自分のこと を責めて、自ら首を締めて自殺しようとするほどの苦悩を表しているが、不思 議なことに、ここにも上にとりあげた喪の描写に頻出する表現が一度も現れな い。彼女は、叫びもしなければ、気を失いもせず、ひたすら後悔の念を独白の 形で述べるのである。これに続いて、彼女に至純の愛を捧げるランスロの 150 行弱に渡って展開される嘆きの場面(Lancelot2)においても、ほぼ同じこと が指摘できる。(ここでのグニエーヴルとランスロの台詞については、服喪の 台詞を主題とした続稿で述べることとする。)「クリジェス」の場合と同じく、 個人の内面が作品の前景に出れば出るほど、儀礼的な悲しみの表出は描かれな くなるという傾向が認められる。 「ランスロあるいは荷車の騎士」に平行して書かれたとされている「イヴァ ンあるいは獅子の騎士」においては、イヴァンに殺された泉守りの騎士を人々 が葬送する場面があるが、死んだ騎士の妻が、伝統的な服喪の身ぶりをしなが ら嘆く様子(Yvain ローディーヌ, vv. 1152-1160)が描かれている。この女性 こそがイヴァンの未来の妻ローディーヌなのだが、ここでの描写は、上に述べ たソルダモールとグニエーヴルの描写とは対照的である。 22 Clig s , vv. 869-1042.
A la fe e s'escrioit
Si haut qu'ele ne pooit plus, Si recheoit pasmee jus. Et quant ele estoit relevee Aussi comme femme desvee S'i commenchoit a deschirer, Et ses cheveus a detirer.
Ses cheveus tire et ront ses dras, Et se repasme a chascun pas, [...] 試訳(時折、これ以上にない程に高く叫んで、気を失って地面に倒れます。 起こされると、狂った女のように自分の髪をひきちぎったり毟ったりし始め ます。髪を引っぱり、服をちぎります。一歩ごとに、また気を失います。) この描写は、敵にとどめをさそうとして、敵城に一人入り込んだはよいが、閉 じ込められてしまったイヴァンの目を通してのものであることに注意しなけれ ばならない。彼は、城の侍女リュネットにもらった、身につければ人から見え なくなるという効能を持った指輪の力によって、かろうじて身を隠しているの である。彼にとっても、物語の聴衆にとっても、この段階ではまだ、ローディー ヌ(というよりも、この段階ではランデュックの奥方)は、夫の棺をかつぐ男 たちと同様に匿名の存在である。(ローディーヌの名が物語の聴衆に明かされ るのは、イヴァンとの結婚の場面の第 2414 行を待たなければならない。)匿名 の人物たちが集団的に喪を表明しているという光景は、女性の悲しみの深さそ のものを表現しているというよりは、イヴァンの不安を物語の聴衆に印象付け るための装置になっているとはいえないだろうか? 彼女はまだ、物語のヒロ
インの地位についていないのである。この意味で、彼女の嘆きは、「クリジェ ス」に出てくるソルダモール以外の嘆き(Clig s1, Clig s4, Clig s5)と同様 に、集団的な服喪の儀式の中の一要素として現れているということが出来る。 クレチアンの最後の作品「ペルスヴァルまたは聖杯の物語」(1181-1185 年 頃成立)での Graal3* と Graal6** には、「胸をたたく」「髪を引っぱる」「顔 をかき毟る」という表現があるが、これらも集団的な嘆きの描写である。これ に対して、ペルスヴァルにグラアルの秘密を明かす乙女(実は彼の従姉)は、 恋人を膝に抱いて一人嘆いているのだが、上に列挙した喪の嘆きの描写の構成 要素で彼女の嘆きの描写に使われているのは、「叫ぶ」という最も一般的な表 現に過ぎない(Graal1)。物語後半に瀕死の恋人を抱きかかえて登場する乙女 は、指を三つ編みに突っ込んで、髪を引き毟っている (Graal2*、vv. 6464-6466)とはいうものの、彼女が物語の中で登場するのはこの場面だけであり、 嘆くためだけに舞台に出てきた人物に見えないでもない。 以上の考察から認められることは以下の通りである。クレチアン・ド・トロ ワの物語作品においては、『聖アレクシス伝』以来の伝統となっている、身ぶ りを中心とした喪の嘆きの描写の構成要素がほぼあらゆる作品に現れる。しか し、詳細にそれらの嘆きの場面を検討すれば、「クリジェス」以降の作品では、 そのような描写は、物語の中心に位置して、その心情にスポットライトがあたっ ているような人物に適用されることは少なくなり、死者や死に瀕している人の ために嘆く集団、あるいはそのような集団に属する個人に主に適用されている。 激しく身ぶりをしながら嘆く様子を描かれる人物は、あたかも職業的な泣き女 の如く、物語のその場面以外には現れないこともある。その一方で、物語の中 で中心的な役割を担い、長い独白によって苦悩や嘆きを表現する「クリジェス」 のソルダモール、「ランスロ」のグニエーヴルとランスロのような人物は全く、 叫んだり、泣いたり、激しい身ぶりをするということがない。集団に属する人 物は服喪の儀式の一環として嘆き、心情が問題となる個人はモノローグによっ
て嘆く。ここには、悲しみを表出する方法の二極化とでもいったものが認めら れる。
僅かでも、他の作家の作品に目を転じよう。イギリスのヘンリー2世の宮廷 で文学活動をしたとされるマリー・ド・フランスは、ケルト民話を宮廷風の趣 味にアレンジして「レー」(lais)と呼ばれる八音節平韻の物語群を創作した。 そのうちの「不幸な男」( Chaitivel )と「二人の恋人」( Deus amanz )
に恋人の死を嘆く女性が描かれている23。しかし、この二つには、上で列挙した
服喪の様子の描写の伝統的な構成要素はほとんど見出されない。唯一、後者に、
Puis que sun ami ot perdu, Unkes si dolente ne fu. Lez lui se cuch e estent,
Entre ses braz l'estreint e prent ; Suvent li bais oilz e buche. Li dols de lui al quor la tuche : Ilec murut la dameisele, Ki tant ert pruz e sage e bele24.
試訳(恋人を失ったので、王女はかつてない程に悲しみました。彼の傍ら に身を横たえると、両腕で抱きしめます。何度も目や口に口づけをします。 彼を失った悲しみが心臓に達して、高貴で賢く美しい娘はその場で死んで
しまいました。)
23 前者は、J. リシュネル校訂版(Marie de France, Les lais de Marie de France, d. J.
Rychner, Paris, Champion, coll. Les clasiques fran ais du Moyen Age, 1966) の Chaitivel の第 143 行から第 164 行に、後者は下の引用個所にあたる。
とあるように、死体を抱きしめ、口づけをするという動作が、クレチアン・ド・ トロワの作品においても Perceval2* のグレゴリアスの恋人にも見出されるが、 モチーフの性質から言って、比較的新しい伝統に属する表現のように思われる。 恋人の死を見た乙女は、あまりにも大きな悲しみを受けたため、泣きも叫びも せず、髪を毟りもしなければ胸も叩かないで、息をひきとってしまうのである。 トマの「トリスタン物語」(1170-75 年頃)の最後の場面において、イズー は「二人の恋人」の王女と同じように恋人の死体を抱きしめながら死んでいく が、ここでイズーの悲しみの強度を端的に示すのは、ドゥース写本の第 1802
行にある「マントの前をはだけたまま通りを行き」(la rue vait desafublee25)
という描写である。人前でマントをきちんと着用するという当時としては当然 の礼節を、高貴な者が悲しみのあまりに忘れているということであるが、あた かも作者はこの表現に全てを集約させることによって、マントを引きちぎった り、髪を抜くといった伝統的な表現が出てくるのを避けているようにも見える。 歴史家 Ph. アリアスは、13 世紀から 18 世紀までの間(彼の言う「飼い慣 らされた死」と「汝の死」に挟まれた「己の死」の時代)、死に立ち会う人々 は、過度の喪の表明をしなくなっていたと指摘した26。無論、ゆっくりとした 変化であったに違いなく、また、文学作品の中での約束事は現実とは必ずしも 一致しない。ここで問題にしている表現は中世後期の物語作品にだって見出せ る。伝統とは、古びてもなお残るものなのだから。しかし、12 世紀末におい て、服喪の場面における激しい身ぶりに居心地の悪さを感じるメンタリティー が生まれつつあったことが、以上の作品に伺えるのではないだろうか。
25 Thomas, Le Roman de Tristan, d. F. Lecoy, Paris, Champion, coll.
Classiques fran ais du Moyen Age, 1992, v. 3074.
26 フィリップ・アリエス『死と歴史』、伊藤晃・成瀬駒男訳、みすず書房、1983 年、pp.